全日病ニュース

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病院協会は「協議の場」に民間病院を参加させる取り組みが急務

寄稿/医療提供体制改革に向けて民間病院団体と各病院が行うべきこと
病院協会は「協議の場」に民間病院を参加させる取り組みが急務

国際医療福祉大学大学院教授(全日病広報委員会特別委員)高橋 泰

医療提供体制改革のスケジュール

 今年の10月から各病院が、どのような医療を提供するか病床が何床あるかを都道府県に報告する「病床機能報告制度」が始まった。
 来年には国がガイドラインを示し、各都道府県において「協議の場」が設定され、国のガイドラインを踏まえて、地域(≒二次医療圏)ごとにどのような機能の病床をどの程度配置すべきかの目標を設定する「地域医療構想(ビジョン)」が作成される予定である。
 さらに、現状の機能別の病床数と都道府県が作成した地域ごとの機能別の病床数の乖離を、国からの補助金(基金)なども利用しながら解消し、地域の病床を2025年以降の社会に応じた形に変えていく事業が始まる。

医療制度改革の背景

 わが国の人口構成は、今後、(1)0~64歳人口が毎年100万人ずつ減少し、この傾向は今世紀末まで続く、(2)75歳以上人口は、2025年頃まで年間50万人のスピードで急増し、2025年から増加スピードが鈍り、2030年以降横ばいになる、という2つの大きな変化により、急速に変化していく
。  わが国の医療提供体制は、今後短期間で急増する75歳以上の医療事情と、今後減り続ける0~64歳の医療事情に対応する形で変化していく必要がある。  0~64歳が必要とする医療とは、どのような医療であろうか。
 これは、従来の急性期医療、言い方を変えれば、治癒を目的とする医療である。このような医療は、技術を尽くして患者を徹底治療する医療であり、病気やケガが治れば、元の生活に戻れることがほとんどである。
 一方、75歳以上が必要とする医療とは、どのような医療であろうか。
 75歳以上の後期高齢者も従来型の急性期医療を必要とする場面が多いが、後期高齢者が主に必要とする医療とは、病気は完全に治らなくとも、地域で生活を続けられるよう身体も環境も整えてくれるような「生活支援型医療」であり、年齢が進めば進むほど、この傾向は強まる。複数の病気を抱えた高齢者が、完全には治らずとも地域で暮らし続けることを支える医療であり、今後、このタイプの医療の需要が増える。
 このようにわが国全体で見れば、従来の急性期病床の需要は、2030年以降急速な減少が見込まれる一方、生活支援型医療の需要は都市部を中心に急速に増大するので、従来型の急性期医療を提供する病床から生活支援型病床や介護施設への転換が必要になる。
 わが国では、人口当たりの病床数や医師数などの医療資源においても、人口動態の推移においても、地域差が大きい。また、ほとんどの地域で人口が減少するが、その程度は地域により大きく異なり、人口の構成の変化も大きな地域差がある。
 現在、急速に進行中の「従来型の急性期医療」から「生活支援型」への医療需要の変化、及び、医療資源や人口動態の地域差の解消を目指し、各地域が国全体との整合性を持たせながら、各地域の状況に応じて医療提供体制改革を進めようとしているのが、今回の改革の背景である。

これまでの医療改革との違い

 1986年に実施された第一次医療法改正により、1990年以降、年齢階級別の人口と有病率をもとに地域ごとの病床総数の上限が決められ、地域の総病床がその枠を超えた場合、その地域において新たな病床は許可されないという「病床規制」が行われている。
 しかし、1990年以前から多くの病床が存在した地域や、1990年以降の人口減少などにより病床数が病床枠を超えてしまった地域において、枠を超えた病床数を減らすための具体的な対策は、これまで取られてこなかった。
 これまでの改革を病院から見れば、新規の病院の開設は規制されていたが、既存の病院は、自分の在り様を変えることが求められることのない改革であった。
 一方、今回の改革は、地域の実情に応じて、それぞれの病院の在り様を変えてほしいという内容の改革である。  多くの病院が、病床の一部を「従来型の急性期医療」から「生活支援型」に転換したり、病床のダウン・サイジングをしたりすることを求められる可能性がある。

想定すべき2つのシナリオ

 今回の医療提供体制改革により地域の病床の構成や数がどの程度変わるかを予測した上で、各病院は「病床機能報告」を行ないたいところである。しかし、現時点では、改革がどの程度進み、将来の地域の機能別病床数がどの程度のレベルに収束するかを予測することは、ほとんど不可能と言える。そこで、改革が最も進んだ場合のシナリオと改革があまり進まない場合のシナリオを以下に示す。
 「改革が最も進むシナリオ」は、
・都道府県が、国が作成した病床数の大幅削減を織り込んだガイドラインに沿って地域医療構想の原案を作成する。
・地域(二次医療圏)ごとに開催される「協議の場」で都道府県が作成した原案に対して関係者が意見を述べるが、実質上、国のガイドラインとほとんど変わらない地域医療構想が追認される。
・この地域医療構想が実現されるよう国は、基金、診療報酬、税制、医療法の改正、過剰病床の買い上げ、介護保険施設などへの転換に対する補助を行うなど種々の方策を駆使し、積極的に動き、地域の病床機能や病床数が、地域医療構想に沿う形で大きく変化する。
というものである。
このシナリオに沿って今後の改革が進めば、人口減少社会に応じた医療提供体制の適正化や政府や保険財政の健全化に寄与するが、多くの地域の病院は病床構成の変更や病床削減を求められることになり、多くの病院にとって辛い改革になる可能性が高い。
 一方、「改革があまり進まないシナリオ」は、
・地域の「協議の場」が、国の作成したガイドラインを参考に地域医療構想を作成する。
・この場合、「協議の場」において地域の現状が混乱しない配慮がなされ、国のガイドラインと大きくかけ離れた、現状維持に近い地域医療ビジョンに落ち着く可能性が高い。
・さらに、地域医療構想に沿った機能別病床数に向けた改革を行おうとしても、現場の反発が強く、国も積極的な実現に向けた策を取らず、結局、ほとんど地域の医療提供体制は何も変わらない。
というものである。
 「改革があまり進まないシナリオ」のようになれば、医療現場の混乱は一時的には避けられるが、中長期的には保険財政が破たんし、医療機関が診療報酬を請求しても支払いの遅延や請求額を3割カットした額しか支払われないなどの、最悪に近い事態が発生する可能性が高まるレベルまで国の財政が逼迫していることを理解しておく必要があるだろう。
 前者の「改革が最も進むシナリオ」は財務省や内閣府などが望むシナリオに近いものであろう。また、後者の「改革があまり進まないシナリオ」は、現場の意見を尊重し、大きな混乱を望まない医師会や厚生労働省が望むシナリオに近いものであろう。
 現実のシナリオはこの2つのシナリオの間で進むことになるが、現在のわが国の財政状況と人口減少に対応しようとする国や財務省の決意は固いので、前者に近いシナリオに向けて舵が切られる可能性は決して低くないと考えておくべきだろう。

都道府県の民間病院協会がすぐに行うべきこと

 地域医療構想が地域の医療提供体制の整備や各病院の病床構成にどの程度影響があるかは未知数であるが、非常に大きな影響を及ぼす可能性が否定できないことを考えると、民間病院にとって、地域の機能別病床数の枠組みを決める地域医療構想の作成に関わる「協議の場」に、民間病院の代表を送り込むことは不可欠であろう。
 現在、二次医療圏レベルで開催される地域医療構想の「協議の場」の人選の影響が、とても大きなものになる可能性を認識している人は行政関係者にも病院関係者にも少なく、現状のまま進めば、地域医師会の代表、病院代表(公的病院の院長)、学識経験者などで各地域の「協議の場」が構成され、民間病院の声を反映するメンバーが協議の場にいない「協議の場」が各地で作られる可能性は、決して低くない。
 都道府県レベルでも民間病院が代表を送り込む仕組みがない都道県が少なくなく、まして二次医療圏レベルで民間病院の代表を送り込む仕組みをもつ地域(二次医療圏)は皆無に近い。しかし、「今は、天下の一大事」ということで、急場しのぎでもよいので、都道府県レベルあるいは地域の民間病院が集まり、代表を決め、都道府県に民間病院の代表を入れるようアピールすることが求められるだろう。

医療提供体制改革に向けて各病院が対応すべき3つのポイント

 これまで述べてきたように、医療提供体制改革に応じて、病院も経営方針を大きく変えていく必要があるだろう。
 最後に、その3つのポイントを示す。
●ポイント1 地域に求められる変化に対応した経営
今後、地域の現状や人口推移に応じた地域医療ビジョンが都道府県ごとに発表され、ビジョンの示した方向には誘導策、ビジョンに反した動きには罰則が用意されることになる。
 都道府県の言うとおりに経営を行うことは必ずしも勧められる経営のスタンスとはいえないが、地域がどの方向を目指して進み、自院がどの方向に進むと追い風が吹き、どの方向に進むとアゲインストの風が吹くかを見届けることが重要になってくる。時代の流れている方向を見誤らないことが、何よりも大切である。
●ポイント2 減収増益を目指した経営
 これから多くの地域で病床のダウン・サイジングを中心とした人口減少社会に向けた撤収戦が求められるだろう。早期に適切な撤収戦略を立て、うまく撤収を行えば、ほとんど無傷で済むが、決断が遅れ、体力を消耗してからの撤収は、全滅に近い痛手を負うことが多い。
 地域の需要の減少に応じて、見切りをつけるべき領域は早めに諦め、むしろコストを上手く削減することにより、減収増益を目指したビジネスモデルの構築を目指すべきであろう。
●ポイント3 地域の活性化を視点に入れた経営
 住民がいなければ病院もなりたたない。また、医療・福祉は地域の生活を支える基本インフラであり、医療・福祉が充実していなければ、人はその地域から去っていくことになる。特に過疎地域では、地域の自治体と協力して、病院や施設が地域の魅力を挙げる存在になるよう施設運営が求められる。