全日病ニュース

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熊本復興の証として学会を開催震災の経験を共有し、地域医療に役立ててほしい

【第58回全日本病院学会 in 熊本】
山田一隆・学会長に聞く

熊本復興の証として学会を開催震災の経験を共有し、地域医療に役立ててほしい

 第58回全日本病院学会 in 熊本が10月8、9の両日、熊本市で開催される。4月の熊本地震の発生で一時、開催が危ぶまれたが、熊本県支部は熊本復興の証として学会を開催することを5月の役員会で決定した。その経緯を学会長の山田一隆・熊本県支部長にきいた。
 震災という大きな困難を乗り越えて開催される今回の熊本学会。学会開催にかける熊本県支部の思いは熱い。災害時の医療に関する特別セッションを組んでいるほか、多彩な講演、シンポジウムが予定され、充実した内容となっている。

震災発生から学会の開催を決めるまで

―熊本では4月に大きな地震がありました。地震を乗り越えて学会開催を決めた経緯を教えてください。
 4月14、16日に震度7の地震が起きて、県内を中心に大きな被害を受け、医療機関も被災しました。地震からしばらくの間は、救援活動に追われ、学会のことを考える余裕はまったくありませんでしたし、こんなときに学会を開いていいのかという気持ちでした。
 それが学会開催に変わったのは、熊本県支部の方々の復興への強い思いがあったからです。とくに阿蘇立野病院の上村晋一院長の存在を抜きにしては語れません。
 テレビや新聞でご覧になったと思いますが、南阿蘇地方では、山の斜面が大きく崩れ、阿蘇大橋が崩落するという大きな被害を受けました。阿蘇立野病院は、山肌が崩れ落ちた手前100メートルほどの場所にあります。斜面に亀裂が出来て、さらなる崩落のおそれがある中で、同病院が診療は続けることは難しいだろうとみられていて、病院閉鎖の報道もありました。
―少し先走った報道ですね。
 阿蘇立野病院は、この地域で唯一の大きな病院です。また、理事長・院長の上村先生は、外科領域で私の後輩ですし、全日病の活動をともに担ってきた人です。今回の学会の実行委員の1人でもあります。ともに活動してきた先生の病院が閉鎖されるという事態は受け入れがたく、そうした状況で学会のことを考えるどころではなかったですね。

西澤会長が視察 阿蘇立野病院は復興へ

 そうした中で、全日病の西澤会長が5月17日に熊本に視察に来ることになりました。地震発生から1か月で、被災病院の激励が目的でしたが、「上村先生になんと声をかければいいのかわからない」と言っていました。
 ところが、視察の前日、上村先生から電話があり、阿蘇立野病院は復興することになったという知らせが入ったのです。
 国土交通省が斜面の状況を詳細に調べた結果、阿蘇立野病院が立地する地帯は、地震発生後、寸分も動いていないことがわかったのです。さらなる崩落の恐れがなくなったことから、国交省は立野地区の復興の方針を決めました。国道57号を復旧し、阿蘇大橋に代わる橋を整備する。阿蘇立野病院も復興することになったと、上村先生がいつもの元気な声で話してくれました。このときは、国交省は地域のために仕事をしていると思いましたね。
―そのことは西澤会長にいつ話したのですか。
 会長が熊本に着いて移動する車の中で報告しました。同行した日本医療法人協会の加納会長とともに、とても喜んでくれました。阿蘇立野病院では、上村先生が笑顔で出迎えてくれて、被災の状況をくわしく説明してくれました。
 ただし、阿蘇立野病院の復興には3年がかかります。同病院には200人あまりの職員がいますが、復興するまでの間、熊本市内の病院に協力を依頼して、職員を受け入れてもらうことにしました。

支部役員が全員一致で学会開催を決める

―地震後はじめての明るいニュースでした。
 阿蘇立野病院復興の知らせが、熊本復興に向けて一歩を踏み出すきっかけになったと思います。上村先生自身が、「熊本復興の証として絶対に学会をやりましょう。こんなときこそ、学会をやらなくては意味がないじゃないですか」と言ってくれました。
 それから学会開催に向けて動きはじめたのです
 熊本県支部役員の皆さんが阪神淡路大震災など過去の震災の記録を調べてくれて、地震があってもあえてその年に学会を開催したケースがたくさんあることがわかりました。加えて、その時点で200以上の演題登録があり、全国から問い合わせがあって、激励の言葉もいただきました。
 また、学会の運営を委託したコンベンション業者が地震から1か月後の状況を詳細に調べてくれました。その結果、学会会場の中で問題があるのは1会場だけで、他の会場は使えることがわかりました。また、ホテルもほとんどの施設が10月には通常どおりに営業できることがわかりました。この点は、県内のネットワークに強みのある地元業者を選んでよかったと思います。
 これらを踏まえて5月18日の支部役員会で協議し、全員が一致して学会開催の方針を決めました。そのことを5月21日の全日病理事会で報告し、「絶対に開催すべきだ」という言葉をいただきました。
 学会開催の方針を決めるに当たって、3つの条件を考えました。1つ目は、余震などの状況次第で適切に判断すること。2つ目は参加者に対し、交通や宿泊施設の安全・利便性に関する情報を提供することです。3つ目は、学会企画に「災害時における医療提供のあり方」を加えることでした。
 地震の影響で学会の準備は若干遅れましたが、開催を決めた後は学会実行委員会が早急に対応し、通常の準備状況となっています。演題数も2014年の福岡学会を上回る576題に達しました。また、学会当日に行われる予定だった『第13回熊本暮し人まつり みずあかり』も予定どおり行われることが決定しました。学会会場近くの熊本城前と花畑町一帯で、ろうそくの灯りで街を彩るまつりが行われます。学会とあわせて熊本復興を象徴するイベントになることでしょう。

行政中心で医療活動を展開災害時の対応として課題も

―震災時の医療活動はどんなものだったのでしょうか。
 今回の熊本地震では、県が対策本部を設置し、各地の保健所が拠点となってシステムを作りました。そこにDMAT やJMAT、AMAT、そして地域の医師会が参加して、医療活動を展開し、情報提供も密に行われましたので、評価できる仕組みだったと思います。ただ、行政が中心で、病院団体や医師会はメインでなかったので、動きにくかった面もありました。医療面で柔軟な対応ができず、そのためにクレームも多く寄せられました。
―例えば、どんなことですか。
 この患者はどこに送ったらいいのかとか、こういう患者にはどんな処置が必要ですかといった問い合わせがあったのです。この症状ならあの病院がいいが、診療しているのかといった情報が不足していました。災害対策として今後の課題だと思います。
―震災を経験してどんな思いを持っていらっしゃいますか?
 今回の地震を経験して私自身が感じたことは、都道府県における防災対策のあり方です。防災の方針は決めているけれど、総論すぎて誰が何をすればよいのかわかりにくいのです。
 阪神淡路大震災から今回の熊本地震も含め、大災害の経験を踏まえて状況に応じたガイドラインを策定すべきです。そうすれば、災害時の患者の搬送などに関する医療的な対応もうまくいくのではないでしょうか(本号掲載の「主張」を参照)。

学会プログラムは通常と変わらず充実した内容に

―学会企画では、熊本地震関連と地域医療構想の企画が予定されています。プログラムの注目点を教えてください。
 熊本地震の関連では、「災害時における医療提供のあり方」として、3つの柱を立て、いろいろな角度から災害時の医療を考えます。1つ目は、熊本県行政からの特別講演で、熊本県医療政策課に依頼しています。地震の際に行政がどう動いたのかを報告してもらいます。
 2つ目はシンポジウムで、DMAT、JMAT、AMAT、そして熊本県の地域医師会の代表者に集まってもらい、今回の医療活動を踏まえて討議します。益城地区の医師会にもご出席いただき、現場での苦労や課題を出し合い、今後の実践に活かしたいと思います。
 3つ目として、BCP(事業継続計画)に関する講演を企画しました。災害などで不測の事態が生じたときに、どういった手を打てば病院を継続させることができるのか、専門家に講演をお願いします。
 もう一つの学会企画は、「地域医療構想の現状と今後の対応」で2日目に行います。こちらもシンポジウム形式で行い、高橋泰・国際医療福祉大学教授と松田晋哉・産業医科大学教授に総論をお願いし、現場の意見として、都会の立場で猪口正孝常任理事、地域の立場で織田正道副会長が発言し、それを受けて今後の地域医療構想の取り組みについて議論します。
 地域医療構想に関しては、必要病床数の推計が一人歩きしている感があります。推計どおりに病床を減らして、今回のような震災で病院が被災し、患者をどこにも搬送できなくなったらどうするのかという思いがあります。
 また、学会特別企画として、「くまもと映画プロジェクト」による「うつくしいひと」を上映します。熊本における地域おこしを象徴する40分の映画です。地域おこしは、復興を考える上でも重要ですので、ぜひご覧になってください。その映画の主演者であり、熊本出身で熊本県立劇場館長・東京理科大学特命教授の姜尚中先生に、「災いの時代を生きる─自力と他力の結びつき」をテーマに特別講演をお願いしています。
 全日病には13の委員会があり、それぞれ重要なテーマを企画しています。そのほとんどがシンポジウム形式で講演・討議されます。
 また、日本看護協会もDiNQL(労働と看護の質データベース事業)に関する企画を用意し、積極的に対応していただいています。

学会に参加して多くを学んでほしい

―学会参加にあたり注意すべきことはありますか。
 交通機関や宿泊施設、観光施設はほとんどが通常どおりです。参加者の安全と利便性について、随時情報提供していますので、不明な点がありましたら、学会事務局に確認してください。
―最後に会員・参加者に対するメッセージをお願いします。
 主要な企画を紹介しましたが、地震があったのでプログラムが通常より少ないということは一切なくて、むしろ増えています。今後の医療のあり方に関する重要なテーマが議論されますので、ぜひ学会に参加して、忌憚のないご意見をいただくとともに多くを学び、持ち帰って地域医療にさらに貢献していただきたい。
 私たちは、震災から1日も早く復興したいと考えています。熊本の復興の様子を実際にみていただき、各地の経験をもとにご助言をいただければ幸いです。
―お忙しいところ、ありがとうございました。

 

全日病ニュース2016年9月1日号 HTML版

 

 

全日病サイト内の関連情報
  • [1] 第58回全日本病院学会in熊本 開催を決定|第872回/2016年6月1日 ...

    http://www.ajha.or.jp/news/pickup/20160601/news01.html

    2016年6月1日 ... 理事会に出席した学会長の山田一隆・熊本県支部長が5月18日の支部役員会・学会
    実行委員会で熊本復興の証として ... 医療活動を展開したことを報告するとともに、上村
    晋一学会実行委員が院長を務める阿蘇立野病院の状況を説明した。

  • [2] 第58回全日本病院学会in熊本 開催を決定

    http://www.ajha.or.jp/news/backnumber/pdf/2016/160601.pdf

    2016年6月30日 ... 県経由のルート構築を進める一方、被. 災病院からの緊急の .... 一隆・熊本県支部長が
    5月 18日の支部役員会・学会実行委員会で熊本復興の証 ... 全日病の西澤会長と医法
    協の加納会長は5月17日、熊本を視察し、阿蘇立野病院を訪問した ...

  • [3] 熊本県:会員の各種一覧 - 全日本病院協会

    http://www.ajha.or.jp/search/url/kumamoto_url.html

    病院名称, URL. 特定医療法人萬生会 熊本第一病院, http://vansay.jp/ 外部サイトへ
    リンク. 医療法人社団永寿会 天草第一病院 .... 医療法人社団順幸会 阿蘇立野病院,
    http://www.asotateno.or.jp/main.htm 外部サイトへリンク. 医療法人桜十字 桜十字
    病院 ...

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