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持分なし医療法人への移行促進策について

医療法等一部改正案に盛り込まれた

持分なし医療法人への移行促進策について

公認会計士 五十嵐邦彦

1 はじめに

 通常国会に提出された医療法等の一部を改正する法律案に、持分なし医療法人への移行促進策の延長が盛り込まれました。「持分あり医療法人」から「持分なし医療法人」への移行計画を国が認定する制度については、今年9月までとなっていることから、その延長を行うものですが、今回の改正は、現行の制度とは、実務としての本質が根本的に異なると言っても過言ではありません。本稿では、現行制度を踏まえつつ、今回の改正の持つ意味やポイント、今後の見通しについて解説します。  

2.現行制度の概要

 認定制度は、経過措置型医療法人であって、新医療法人(持分なし社団)への移行をしようとするものが、移行計画を厚生労働大臣に提出して、その移行計画が適当である旨の認定を受けることができるものです。当該認定を受けることで後述する税制上の措置や移行反対社員の退社による持分払戻資金の融資を独立行政法人福祉医療機構から受けることができます。認定を受けると3年間で持分なしに移行する必要があるが、移行せずに取り下げることも可能となっています。ただし、取り下げた後の再申請はできません。
 税制上の措置は、租税回避の防止策上の条件は付くものの、以下の内容となっています。
 ①持分を有する個人のうちの一部が、持分を放棄した場合、他の持分を有する個人にその分の経済的利益が移転するので、通常は贈与税の課税対象となる(みなし贈与課税)が、認定後であれば、移行計画による持分なし移行によって事実上経済的利益が生じない部分については、納税猶予及び免除又は税額控除という手立てにより、贈与税の課税がなくなる。
 ②持分を相続又は遺贈により取得した場合、持分については財産価値があるので、通常は、相続税の対象となるが、相続税の申告期限において認定医療法人となっていれば、移行計画による持分なし移行によって財産価値がなくなった部分については、納税猶予及び免除又は税額控除という手立てにより、相続税の課税がなくなる。
 以上の制度により、持分なし移行を後押しするというものとなっているわけです。ただし、まったく税負担なしで移行できるというわけではありません。後述する法人に贈与税が課税されるか否かは、認定制度の利用にまったく関係なく判断されます。

3.現行制度の利用局面と利用件数が少ない理由

 現行の認定制度は、平成26年10月の制度開始から2年を過ぎているが、利用する法人が少ないという状況になっています。実務家から見れば、この制度の意味がないということではなく、当然のこととして予想されたことです。
 なぜなら、上記税制上の措置①と福祉医療機構の融資は、持分なし移行の過程で社員の一部の退社等謂わば波風が立つ状況下のものですし、税制上の措置②は、いつ発生するか予想できない相続に係るものだからです。少数の社員が一丸となっている通常の医療法人にあっては、持分なし移行する際の税負担は、認定制度を利用してもしなくても何ら変わりません。このため、現行の認定制度の一番大きなメリットは、「相続が発生した後」に利用できることにあります。いつ発生するかわからない相続に備えるということは、認定日から3年以内に移行しなければならないことを考えると、なるべく認定を先延ばししたほうが良いということになります。このため期限に近い今年に認定を受けようと準備していた法人は、多くあったと推定されます。

4.法人に対する贈与税課税

 相続税法第66条第4項は、医療法人を含むすべての法人類型に対して「相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められるときは、当該法人を個人とみなして、これに贈与税又は相続税を課する」と規定しています。これは、持分を放棄することで財産権が消滅し、その後の相続税負担が無くなることとなるが、このことにより出資者の親族等の相続税又は贈与税の負担が不当に減少すると認められる場合には課税の公平が図られないということで、受贈益が発生した法人に対し課税することとしたもので、持分の定めのある社団医療法人が、持分の定めのない社団医療法人に移行する場合には、原則として医療法人に贈与税負担が生じるということです。この問題が移行が進まない一番の原因であることは周知の事実で、現行の認定制度においても同様の状況にあったわけです。
 この贈与税が課税されない移行をするには、社会医療法人になること、特定医療法人になることの他は、以下の運営の適正性要件を満たさなければなりません。
①同族等役員等制限要件
「その役員等のうち親族等の数が、それぞれの役員等の数のうちに占める割合は、いずれも3分の1以下とする旨の定めがあること」という規定を定款又は寄附行為に置いた上で、このとおりの運営をしなければなりません。
②経営組織の適正性要件
適正性の判断としては、理事の定数は6人以上、監事の定数は2人以上であることその他適正なガバナンスに関する定款又は寄附行為の規定が必要であるほか、運営実態の適正性として他の同一の法人の役員等の占める割合の制限や、社会的規模要件として特定医療法人に準じたもの又は社会保険診療収入等割合80%(社会医療法人よりは要件緩和されており福祉系介護保険収入も含める)で医療計画に記載されている(社会医療法人と異なり5疾病だけでなく5事業でも可)医療機関が存在することが必要とされています。
③特別の利益供与禁止要件
当該法人に財産の贈与若しくは遺贈をした者、当該法人の設立者、社員若しくは役員等又はこれらの者の親族等に対し、施設の利用、余裕金の運用、解散した場合における財産の帰属、金銭の貸付け、資産の譲渡、給与の支給、役員等の選任その他財産の運用及び事業の運営に関して特別の利益を与えないことが必要とされ、特別の利益を与えていると判定される例は示されていますが網羅的ではありません。
④残余財産帰属先制限要件
法人が解散した場合にその残余財産が国若しくは地方公共団体又は公益社団法人若しくは公益財団法人その他の公益を目的とする事業を行う法人(持分の定めのないものに限る。)に帰属する旨の内容の規定が定款又は寄附行為になければなりません。
⑧公益に反する事実なし要件
当該法人について法令に違反する事実、その帳簿書類に取引の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装して記録又は記載をしている事実その他公益に反する事実がないことが要求されています。

5.新しい認定制度の根幹と利用局面

 新認定制度は、現行と異なりこれを利用するとしないとでは、法人の税負担が違ってくるというところに大きな特徴があります。すなわち、法人に対する不当減少贈与税課税が生じない運営の適正性要件を含めて認定を受けるということになるわけです。
 運営の適正性要件としては、現在の上記要件のうち、役員数、役員の親族要件、医療計画への記載要件は不要になることと、利益供与禁止要件との関係で役員報酬について不当に高額にならないよう定めていることが明らかにされています。ただし、上記通達そのものは、認定以外での移行、さらには医療法人以外の法人を含めた広い範囲の不当減少課税に関するものなので、通達の一部が廃止や今回の認定制度に合わせて改正されるわけではないと見込まれるため、他の要件は、同様の内容になると推定されます。したがって、ある意味要件緩和と言っても一部に止まるわけですが、実務上とても重要なのは、認定という行為を経て課税の有無が一応の確定をするということです。現行制度では、持分なし移行の結果、法人に贈与税が課税されるか否かについては、最終的には個々の法人の事実認定の問題で、不当減少課税を避けるための対策を講じるとしても、実務的には、どこまでやればよいのか判断が難しく、実務家としては保守的に判断せざるを得ません。他法人の事例で、すでに移行したところが不当減少課税を受けていないという事実があったとしても、決着済ではないとても不安定な状況にあります。この点が、社会医療法人や特定医療法人への移行とは根本的に異なるわけです。
 また、認定制度に合わせて、認定を受けない移行における運営の適正性要件が、緩和されるわけではないと考えられます。その意味で、新認定制度は、期間限定のまさに移行促進策であり、この機会にすべての医療法人が、持分の問題をどうするか真剣に考える必要があると考えます。

 

全日病ニュース2017年5月15日号 HTML版

 

 

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