全日病ニュース

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医師の働き方改革に向けた病院の対応

医師の働き方改革に向けた病院の対応

【新春座談会】複数勤務の取扱いで大学病院が医師を引き揚げる可能性も

医師偏在対策をどう進めるか総合医のキャリアパスが大事

猪口 次に、医師偏在対策をテーマにお話をうかがいます。私は最近、青森で講演する機会がありました。そこで実感したのが医師不足地域の医療の深刻さです。東京だと開業医の多さが問題になりますが、医師不足地域では、勤務医不足だけでなく、「診療所の医師が高齢でリタイヤし、後を継ぐ医師がいない」というような話が日常的に交わされます。政府の医師偏在対策はどのように進んでいますか。
吉田 医師偏在は、国のかたちを考える際に、都市と地方の不均衡の陰に必ずある問題で、一朝一夕に解決できません。特効薬はないものの、2018年7月に成立した改正医療法等で形作ったやり方として、医師の養成過程において、キャリアパスを通じて偏在是正を働きかけるとともに、都道府県に偏在対策全体を担ってもらうことを明確にしました。こうした取組を一つずつ実行いただきたいと思っています。
 養成過程における対応としては、医学部入学時の地域枠の活用や臨床研修のカリキュラムの変更があります。専門医養成については様々なご意見がある部分もありますが、地域間・診療科間の偏在是正にしっかりとつなげていく必要があると考えています。さらに、都道府県による医師確保については、他県との関係と、県内の両方の視点で、医師確保計画を今年度中に策定することになっています。
 我々としては、都道府県への支援とともに、医師確保計画の動き始めを注視します。対応が足りないところも出てくると思いますので、それを補う対策を丁寧に対策を積み上げていくつもりです。
猪口 医師不足県でも、県庁所在地や大学病院がある地域は大丈夫ですが、その他の地域に医師をどれだけ散らばすことができるかが課題です。
織田 地域医療構想調整会議で再編統合の再検証を要請する424の公的・公立病院の発表に至る経緯を説明するために、新潟で講演しました。新潟は公立病院中心の県であるとともに、面積が大きく、医師不足地域が多くあります。人口減少も進み、病院がつぶれたら大変だと実感しました。再検証の要請対象の病院がなくなると、足がなくて、困る住民が出てきます。基本は、病院のダウンサイジングで、病院の機能を縮小させ、高度急性期は連携で対応するのが望ましいという話をしました。
 また、地域医療構想を考える場合に、人口が少ない二次医療圏(構想区域)があり、統合が必要だと思います。
猪口 二次医療圏の見直しは必要です。逆に、東京の場合は人口が多すぎるし、高度急性期は中央部に集中するという特殊性があります。ところが、それが考慮されずに二次医療圏が設定されていて、あまりに広域に設定されていると感じます。
安藤 東京は多摩地域であっても、二次医療圏の人口が多く、南多摩医療圏では143万人。八王子市だけで高度急性期・急性期の医療も過不足なく提供され、医療は完結しています。
吉田 質の高い医療を提供していくことを目指す中で、提供体制をエリアとして捉えた場合に、「尺」が合わないことをどう考えるかという問題と、人口の少ない二次医療圏を統合して一つにした場合に、そこに医師をどう配置するのかという問題があると思います。
 個々の医師や医療機関の選択によるのが基本となりますが、それだけでは医師が行かない地域が出てきた際、県内で医師派遣を行う、あるいは若い医師も高齢の医師も医師不足地域に好んで来てもらえるよう、インセンティブのようなものを設けて、それを機能させていく、といったことが求められています。遠隔診療などで情報通信技術を駆使するとしても、やはり、一定数、実際に人に来てもらう必要があります。
中村 医師派遣については、ある程度強権を発動して、医師配置の義務化を考えないと、結局、医師は動いてしまいます。医師不足地域は、患者も少ないので経営的に厳しく、家族が生活し、子ども育てる上でも、都会のほうが当然よいからです。本人の意思があっても、周りが反対することがあり、ある程度の強制力の働くルールを作らないと、医師偏在対策はうまくいかないと思います。
全日病の総合医事業を医師不足問題に役立てる

猪口 医師不足解消の手立てとして、総合医を話題にします。
 全日病は、2018年度から総合医育成プログラムを開始しました。各国で総合的な診療能力のある医師が位置づけられているのに対し、日本は総合医が極端に少なく、総合医を育成している大学病院はあっても、普及していません。医師不足を解決するためには、総合医を増やす必要があります。
 総合医育成プログラムは、専門医で10 ~ 20年間やってきて、他の分野に目を向けようとしている医師に対して、2年間の研修期間を設け、認定するものです。このような事業が広がることが、医師不足問題にかなり役立つのではないかと考えています。
吉田 我々も同じ思いを持っています。日本専門医機構の総合診療専門医に定数が設けられているわけではないので、「何人」という目標を示すには至りませんが、医療関係者や患者・住民から、地域に総合医が必要である、という意見をよく伺います。行政としては、総合医がキャリアを積んでいくことができる体制をつくらなければいけないし、やれることもあると思いますが、現状で機構の募集状況をみると、増えていないと言わざるを得ません。どうすれば総合医が増えるのでしょうか。
猪口 私が医師になった頃は、臨床研修制度もなく、当初は何でも診てやろうという気持ちでした。今では働き方に問題があるといわれるかもしれませんが、夜の急患もできるだけ見学し、当直はできるだけ対応する。そうやって、身に付けてきました。それが、臨床研修制度が始まり、専門外の医療に手を出すと訴えられるという風潮もあり、専門医志向が強まって、状況が変わっていきました。
織田 医師になって2年間は非常に重要な時期であるのに、臨床研修でお客さんのように扱われ、十分な経験を得ずに研修を終えると、萎縮してしまい、後から総合医として頑張ることも難しくなります。一方で、地方では、人口が減少し、85歳以上の複数の疾患を抱える高齢患者が増えています。そうすると、臓器別専門医よりも総合医が必要になります。
 織田病院では、佐賀大学医学部附属病院の総合診療部から医師が来ていますが、やはり、総合医を選んだ医師のマインドは違うと感じます。そして、そのマインドが周りにも感化しているようで、そのような広がり方もあると思います。
安藤 現在、医師養成制度は、医学部の5~6年生と卒業後の2年間をシームレスにして、医師国家試験はペーパーテストの負担を減らすよう見直して、少しでも早く地域に出して、臨床を学ぶという見直しが行われています。
猪口 我々はそれに賛成します。
中村 医師の技術は「匠」であり、極端にいうと、丁稚奉公のように毎日病院で患者に張り付いて身につけた経験や知識が将来やっていく糧になると教わった世代に私は属しています。しかし、今は時間管理が厳しくなり、管理者として、時間がきたら「帰りなさい」と研修医にいわざるを得ない。
 大事な時期に、患者に接する時間が少なくなると、将来的にも何でも診ようという気が起きにくくなります。周りも専門医なので、目指す姿も専門医になります。
吉田 総合医を育成するために、もちろん医育機関にも期待しますが、全日病の事業を含め、キャリアパスを整備する取組みと、総合医を目指す思いを育む、くじけさせない仕組みが行政側と医療現場、医療界に求められているのだと感じます。
猪口 続いて、医師の働き方改革を議論します。罰則を伴う医師の時間外労働規制が2024年度から適用されます。それに向け、様々な議論が行われており、宿日直の取扱いも整理されました。ただ、副業・兼業の取扱いが決まらないことが、病院の医師の働き方改革への準備を妨げています。もし、医師の供給源である大学病院が医師の管理を厳しくすれば、日本中の市中病院の二次救急などがパンクするのは間違いありません。
吉田 現在、厚労省の「医師の働き方改革の推進に関する検討会」で、医師の複数勤務の取扱いについても議論が行われています。ただ、労働法制の一般則における取扱いがまだみ通せない中で、医師だけを先行させるわけにいかないため、はっきりしない議論が続いているところです。
 まずは、現状の複数勤務の状況を丁寧に見る必要があると考えています。大学病院をはじめとする大規模病院がどういう思いでいるのか、ルールが決まると、何が起きるのかを予見する必要があります。
 議論の出発点として、医師の総労働時間は、複数勤務であっても通算して管理されます。後はそれを誰が管理するか、追加的健康確保措置を誰が実施するかといった課題が出てきます。一般労働者では、本務とそれ以外というのが普通で、主たるところが管理するのが、基本的な建て付けです。
 しかし、医師のように日常的に複数勤務を行う状況は、医師以外の職種には見当たらない特異的な慣行です。このため、一般労働者のルールを医師に適用してよいのかについては、もう少し丁寧な議論が必要だと考えています。
猪口 2024年度に向けて準備を始めたいのですが、週の半分は大学病院からのアルバイトに頼っている中小病院もあり、複数勤務の取扱いがはっきりしないとやりようがない面があります。大学病院が民間病院から引き上げるといううわさも出ています。
 また、宿日直規定も通知が出て、大体決まりましたが、労働基準監督署が実際にどのような運用を行うかはわかりません。
吉田 医師が健康的に働くことは、質の高い医療に資するので、患者にとっても有益です。日本全体の長時間労働是正の動きもあり、医療も今のままではいられないというのが出発点です。一方で、地域医療に与える影響も考慮し、折り合いをつけてやらないといけない。
 ただ、暗い話ばかりではありません。医師の働き方改革をめぐる議論が行われる中で、今まで全く労務管理をしていなかった病院が変わったり、産業医の活用が増えたりしていることは、前向きに評価できることだと思います。
 それぞれ大変に重い課題ですが、民間病院が地域で頑張ることは、町づくり、コミュニティづくりの基盤になります。個々の選択はシビアであるかもしれませんが、地域として前向きに進んで行くことを期待しています。そうすれば、住民、患者も安心できます。

 

全日病ニュース2020年1月1・15日合併号 HTML版