全日病ニュース

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利他の精神で、地域に貢献!

医療法人社団 十善会 野瀬病院 法人本部長 林 政徳

利他の精神で、地域に貢献!

シリーズ●病院事務長が考えるこれからの病院経営⑤─病院事務長に求められる役割やスキル

 病院の経営環境が厳しくなる中で、経営の一翼を担う病院事務長の役割はますます大きくなっています。シリーズの第5回は、野瀬病院(兵庫県神戸市)の林政徳法人本部長にご寄稿いただきました。

包容力と解決力を備え、最善を尽くすことが大切
 私は、法人内の役割を大きく二つに分けており、スペシャリスト集団とジェネラリスト集団の役割を明確化しております。この二つの集団の一番の理解者であり良き相談相手であり、問題に対して逃げずにとことん向き合い解決していく力、すなわち包容力と解決力の両方がバランスよく備わっていることが必要と考えます。
 当法人の組織体制は理事会の下部組織に部長会があり、それぞれの部門に担当部長が配置され、大小の検討事項を部門長が担当部長へ上申し部長会で検討し、必要なら理事会に部長会の案件として上申し決定する仕組みを構築しています。いろいろな部門が協力し合いながら病院を運営していく上で必要になってくることが、部門間での相互理解であり、個人のスキルとしては傾聴力と何に対しても興味を持つことだと考えます。
 そして、事務長にとって何よりも大切なことは最善を尽くすことであり、このくらい出来ていれば大丈夫とか、この場合はこれだけやれば等、最善を尽くさない場合、事業運営の上り坂、下り坂は対応出来ても“まさか”の事態への対応が出来なくなります。そして、想定外の問題に対して解決することが出来なくなり、組織の運営が停止します。この状況にならないためにもイレギュラーな出来事に対する対応力が必要不可欠と考えます。そのためにも逃げない、逃がさない、とことん解決する努力をする対応力、いざというときの事務長が組織にとって大切な存在になると考えます。

医療政策の方向と当院の対応
 当法人が事業展開しております、兵庫県神戸市長田区は1995年の阪神・淡路大震災にて甚大な被害を受けました。そして、2020年の今、25年の歳月をかけて復興してまいりました。それでも震災前と比べても賑わいは戻らず、閑散とした状態だとマスコミはじめ、いろいろなところから残念な評価をされております。しかし当法人は今の地域を分析し、地域にマッチした医療・介護サービスだけでなく、地域のみなさんとのコミュニティーを構築し提供することでこの地域になくてはならない存在となり、地域のみなさんにまた必要としていただけたことに感謝しながら運営しております。地域にとって何が必要なのか、地域包括ケアシステムについてどう参画するのがいいのか等、その時に最善を尽くすことが大切だと考えます。
 この地域は、震災によりたくさんの命が奪われ、震災後に人口が3分の1となりました。当院の外来患者数が1日約10人となり、震災後、経営の危機を迎えました。病床を介護療養へ転換し行き場のなくなった独居の高齢者の入院受け入れを積極的に行い、何とか経営を維持しておりました。そして2003年に今の理事長が診療部長として着任すると、今の地域に必要なことは何かを考え、外部の訪問看護師の訪問時に同行させてもらったり、整形外科医師でありながら、地域の医療を理解するために医師会の内科研究会に参加させてもらったり等、自分の時間を使い、自分の目で見て確認し方針を決定してきました。
 地域には、少年野球チームやサッカーチームをはじめ、たくさんのスポーツチームが存在しますが、この地域で怪我をして当院に治療目的で来院されても入院や手術やリハビリが必要と診断されると、外部(中央区や須磨区や他の区)での治療を希望して、仕方なく他の医療機関へ紹介しないといけない状況でした。
 また、高齢化率33%を超えた地域のお年寄りが転倒し怪我をしてしまう現状を目の当たりにして、患者さんや利用者さんでもある地域のみなさんのための医療・介護が実践されていないと残念な気持ちになりました。
 だからこそ、この地域で必要なのは、地域急性期医療の充実と高齢者を支える介護の整備、予防医学であると考え、法人内での組織作りに取り組み、地域や近隣の“使い勝手の良い、都合の良い法人”を目指し、法人の理念でもある「愛情・丁寧・親切」を念頭に置き、法人運営に取り組んでいます。

病院に求められる経営改革と人材育成
 診療報酬改定の対応につきましては、かなり早い時期から各部門長や役職者が何回も改定セミナーに参加し情報を集め分析し、医事課長と情報共有し改定前に整備されている状態となっております。だからといって、必要な治療は算定出来なくても医師の指示で行っていますので、各スタッフが納得のいく治療、その向こうには患者さんが納得の治療を受けていただいている証となると考えています。
 まずは、患者さんをしっかり診察し、患者さんにとって最善策を提案することを一番に考え、当院で引き続き治療する、より専門的に治療が必要なら高度急性期へ紹介する、長く治療が必要なら慢性期へ紹介する。これは、地域急性期医療を担っている当院にとって当たり前のことですが、経営のことだけを考えると見失ってしまい、入院のベッド稼働率を上げろ、オペ件数を増やせ、外来患者数を増やせ、という指示のような暴言が飛び交う法人になってしまいます。
 新病院への移転(2014年)から今年の8月で7年目に入りました。私は、外部環境により入院のベッド稼働が落ちたり外来患者さんが減少したりした時には、「他の病院も一緒です」と言って、自分たちの法人の問題を他のせいにする、言い訳を考える、すなわち出来ない理由を探す法人になってはならないと常に考えております。だからこそ、日頃から地域のみなさんとつながりながら、困った時の十善会の理念(愛情・丁寧・親切)を実行することでいざという時には地域が助けてくれています。
 2020年の1月から胃カメラ検査がほとんど予約されておらず、なぜ予約が入らないのかと聞くと「企業検診はだいたい12月までに済んでしまいますので、年明けの1月から3月は検診の閑散期ですので仕方ありません」と検診担当からの説明でした。私はすぐ地域の企業や自治会、婦人会等のあらゆる団体に連絡し、全ての胃カメラ枠を予約することが出来ました。その後、検診担当から「ありがとうございました」とお礼を述べられ、また医事課長や主任からも「すごいですね」と褒めてもらいました。
 私は人材育成をしたことがありません。自分に出来ることを精一杯実行するだけです。経営改革や人材育成という言葉は、比較することが前提にあると考えています。前出の胃カメラの件も私が出来ることをやる、最善を尽くす、そして胃カメラの予約を埋めることが目的ではなく、胃カメラを受けることで地域のみなさんが少しでも結果に対して留意し健康管理を意識していただきたいという思いを理解してもらうこと、地域のみなさんの元気を守りたいと大袈裟ではありますが、このような考えでお勧めしたからこそ予約が埋まったと思っております。
 ここで、私がいつも自分自身に言い聞かせているのが「自分の値打ちは他人が決める」です。胃カメラの予約を埋めた私が偉いのではなく、利他の精神で動いた結果であり、少しでもお役に立ててよかったと思う気持ちを大切にしたいと考えています。
 経営会議、法人運営会議、その他たくさんの経営指針を検討する組織がありますが、根本は当法人に関わるすべての人たちのために何が出来るかを考えることが、素晴らしい組織であり人材であり、いつまでも地域に必要とされる法人になると確信しています。

今後、重視すべき事業分野
 今後、地域のために何が出来るかを追求し続けることが大切だと考えます。今、動き出そうとしているプロジェクトについて触れたいと思います。当法人より200m程南に大きなショッピングモールがあります。巨大なホームセンターと日帰り温泉施設、フィットネスクラブを同じ敷地内に所有しているこの地域にはなくてはならない存在であり、この地域にマッチングした素晴らしい企業です。この企業の社長と当法人の理事長による対談と各法人の見学会を、広報誌作成を理由に企画立案し、先方も快くお引き受けくださり実現しました。
 先方の企業の目標は“都市緑化”、当法人の目標は“おせっかい好きの集団形成”この二つの目標をうまく融合させて一つの目標を共同で策定し、具体化していくプロジェクトが動き出します。緑に溢れた都市に、この地域の幼児から高齢者など全ての人が集う神戸市長田区オリジナルCCRC(多世代コミュニティー)を共同で運営する、参画してくれる仲間を増やし、いつのまにか巨大なおせっかい好きの集団が形成され、地域全体が人のために地域のために活動する集団になること。今回の対談で、社長と理事長は同じ年の52歳、夢は大きく持つ、人のご縁を大切にする等共通点が多かったです。同じ価値観で地域のために取り組みやすいからこそ実現していく事業だと確信しています。一般企業と民間病院の“地域のための協働のあり方”を提言できるように具体的に少しずつでも進めていきたいと思います。

最後に
 私は医療メディエーターの勉強をし、人を評価したり嫌ったりすることがなくなりました。人の好き嫌いは人間関係を構築する上では必要ないと考えます。夢を語り、実現していく、事務長としてすべての出来事に興味を持ち前向きに捉え、いろんな人を巻き込んで最善を尽くすことが何よりも必要なことだと思います。逃げない、逃がさない、最善を尽くして取り組むことが人のためになります。
 いろいろな難題が飛び込んでくる“まさか”が多い業界ですが、人の世だからこそ、人とのご縁を大切にし、人を評価することなく大切に思う気持ちが、より良い組織を育むと信じています。これからも全国の事務長と連携を図りながら、一緒に頑張りたいと思います。

 

全日病ニュース2020年10月1日号 HTML版