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ホーム全日病ニュース(2021年)第978回/2021年1月1・15日合併号号感染予防では国民の意識と行動が重要
縦割りの壁を超えて感染症の危機を乗り切る

感染予防では国民の意識と行動が重要
縦割りの壁を超えて感染症の危機を乗り切る

感染予防では国民の意識と行動が重要
縦割りの壁を超えて感染症の危機を乗り切る

新型コロナウイルス感染症対策分科会 尾身 茂 会長 に聞く

 新型コロナウイルスが、日本の社会と経済に大きな影響を及ぼしている。2021年は、ウイルスの終息に向けて重要な年になるだろう。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長として、最前線で指揮をとる尾身茂先生に新型コロナウイルスの感染状況と対策の考え方を聞いた。尾身会長は、感染予防と経済活動を両立させる上で、国民の意識と行動が重要であると強調した(12月4日に取材)。

感染予防と経済活動の両立が求められる
― 国内で最初の新型コロナウイルスの患者が確認されて1年になります。昨年4~5月の感染の第1波は、緊急事態宣言を出して乗り切りましたが、11月以降、第3波と呼ばれる大きな波が来ました。緊急事態宣言解除後の感染状況をどう見ていますか。
 緊急事態宣言を出した当時と宣言解除後では、新型コロナウイルスに対する取り組み方が変わっています。未知のウイルスに対する初めての経験であり、緊急事態宣言を出した昨年4月は、現在よりはるかに緊迫感がありました。医療が逼迫し、患者数が急増するなかで、とにかく感染を鎮静化させなければという思いから、緊急事態宣言が出されたわけです。
 その結果、比較的短期間で感染を下火にすることができました。しかしその一方で、経済に対するダメージが大きいことがわかりました。感染予防と経済活動の両立が求められるようになったのです。
 感染症で亡くなる方がいる一方で、仕事を失ったことで命を絶つ人がいるのです。どちらの命も大切であり、感染がある程度抑えられたら、経済活動を再開したいという思いになりますし、人々の意識も変わってきます。
 夏の第2波も、11月の第3波も、そうした国民の意識の表れであると言えます。ウイルス感染を軽視している人はいないと思いますが、経済を動かしたいと思えば、イベントを再開し、GoToキャンペーンが必要ということになります。
 日本は、欧米諸国がとったロックダウン(都市封鎖)のような強権的な手法はとっていません。罰金を課すような拘束力の強い方法はとらず、人々の権利を尊重し、国民の自主的な行動と協力を期待しているのです。その意味では、国民の意識がとても重要です。政府の公的な対策と合わせて、国民の意識と行動が感染状況を左右する大きな要素であると指摘する研究者もいます。感染者数などの客観的なデータを見て、総合的に判断して自らの行動を決めていると思います。
 感染が下火になれば、それに応じて人々の活動が活発になります。感染の波を繰り返すことは当初から予想されていたことであり、そのことを前提として感染対策を考える必要があります。

表1 感染リスクが高まる「5つの場面」
 新型コロナウイルス感染症の伝播は、主に「クラスター」を介して拡大することがわかっています。
 これまでのクラスター分析で得られた知見から、感染リスクが高まる「5つの場面」としてまとめられています。
場面1 飲酒を伴う懇親会等場面
場面2 大人数や長時間におよぶ飲食場面
場面3 マスクなしでの会話場面
場面4 狭い空間での共同生活場面
場面5 居場所の切り替わり



新型コロナウイルスの特性と難しさ
― 背景には、新型コロナウイルスの持つ特性がありますね。
 このウイルスは、感染してもほとんどの人は無症状か軽症であり、60歳以下ではその傾向が強いのです。感染の自覚がないので、感染したことを知らずに活動し、県を越えて広域に移動することで感染が広がることがわかっています。
 無症状であり感染していることがわからないのですから、本人に責任があるとは言えません。それが、この感染症の難しいところです。そこで、感染リスクの高い「5つの場面」(表1)を示し、感染を避けるための行動を呼びかけています。
 その一方で、高齢者や基礎疾患のある人はリスクが高いこともわかっています。無症状の人が家に帰り、そこで高齢者が感染すれば重症化の恐れがあります。
 感染しても無症状であり、本人は健康と感じているので、普通に生活して移動する。そのことによってだんだんと感染が広がり、家庭や職場で感染するケースが増えてきたのが11月以降の感染拡大です。分科会では、感染状況を基に、強い対応が必要と考え、11月9日に緊急提言を出しました。外出の自粛や飲食店などに対する営業時間の短縮要請を行う必要があると訴えました。人々が外出を控え、密になることを避ける行動をとれば、必ず感染を下火にすることができます。

日本の検査数は決して少なくない
― これまでの新型コロナ対策を振り返って反省点はあるでしょうか。日本の検査数は少ないと言われました。
 検査については、当初からキャパシティが小さいと言われていました。2009年の新型インフルエンザ流行の際の教訓が活かされていないという指摘もあります。
 日本では、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)の流行がなかったし、新型インフルエンザについても死者の数は他国に比べて圧倒的に少なかったのです。そうした成功体験があったが故に、新たな感染症に対する備えが十分ではなかったと思います。
 感染症対策で注目すべきなのは台湾です。台湾は、SARSの流行で大きなダメージを受け、それ以降、感染症に対する警戒を強めて検査体制を強化し、法体系も整えてきました。
 感染症対策の遅れは反省しなければなりませんが、過去のことを言っても仕方がないので、与えられた条件の中で今できることをやるということです。
 政府の努力により、検査数はずいぶん増えています、それでもまだ十分とは言えず、さらに体制を整える必要があります。
 理解していただきたいのは、世界的に見て日本の検査数は決して少なくはないということです。絶対数で見れば少ないのですが、新型コロナの死者1人当たりの検査数で比較すると、他国より多くの検査が実施されています。感染のレベルを考慮すると、日本の検査数は決して少なくないことを理解してほしいと思います。
――保健所の体制についてはどうでしょうか。
 保健所は公衆衛生の拠点として重要な役割があるのですが、これまで保健所の数も職員数も減っていて、ハンディキャップを背負いつつ、新型コロナに対応したと思います。保健所は、クラスターの疫学調査や患者の入院手配、さらに検体の搬送まで複数の業務を担っていて、限界だという声もあります。しかし、これまで感染の大きな拡大に至らずになんとか凌いで来られたのは、間違いなく保健所の踏ん張りのおかげです。

ワクチンの見通しと期待 効果を見極め感染対策に活かす
― 新型コロナウイルスのワクチンが開発され、海外では接種が始まりました。ワクチンは、どの程度期待できるでしょうか。
 欧米で開発が進められているワクチンは、新しい技術を使った初めての試みであり、その有効性・安定性については未知の部分があります。海外ではすでにワクチン接種が始まっていますが、日本国内では一定数の治験を踏まえてPMDA(医薬品医療機器総合機構)が審査を行い、最終的な合否を決めることになります。私は、日本の審査機関を信頼していますし、有効でないワクチンや副反応が多く安全と言えないワクチンを認めることはないと信じていますので、PMDAが承認した場合には私自身もワクチン接種を受けようと思います。
 ワクチンの審査では、有効性・安全性が許容範囲にあるかどうかを判断することになります。合格と判断したとしても、ワクチン接種により、多少の痛みや微熱が出ることはあるでしょう。インフルエンザワクチンも万能ではありませんが、新型コロナのワクチンも、感染を完全に防げるとは限りません。それでも、接種を受けることで安心感を得られます。
 ワクチンが迅速に承認されたとして、接種が始まるのは、春以降になるでしょう。ワクチンの接種が始まると、どの程度予防効果があるかがわかります。それを踏まえて、どこまで社会経済活動の制限を緩和できるのかがわかると思います。ワクチンの効果を見ながら、経済活動を進めることができるようになるかもしれません。
― そう考えると、この冬の感染対策が重要ですね。
 冬はウイルスが感染しやすい季節であり、油断すれば感染爆発の恐れもあります。そうなれば社会活動を止めなければならず、経済にも大きなブレーキになります。失業者が増えて若い人たちの生活も影響を受けることになりますから、それは絶対に避けなければなりません。感染拡大を防ぐことが経済活動の前提であり、その意味でこの冬の対策は非常に重要であり、感染を避けるための行動をお願いしたいと思います。

現在の危機を乗り越え新たな感染症に備える
― 今後、新たな感染症が出現する可能性はあるでしょうか。
 新型コロナが終息したとしても、新たな感染症が出現する頻度は高くなっています。世界的に人口が増え、人々の移動も多くなっていますし、森林の開発が進んで人と動物の接触の機会が増えることを考えれば、新たな感染症はこれからも出てくるでしょう。
― 次のパンデミックに備えるためにも公衆衛生の強化が必要ですね。
 日本の公衆衛生は、諸外国に比べて弱いところがあり、人材も不足しています。
 病院や診療所の医療の現場では日常的に接しているので身近に感じられますが、保健所に行くのは母子手帳をもらいに行く時ぐらいで、敷居が高いと感じているかもしれません。しかし、新型コロナのなかで保健所の役割の重要性は理解されていると思います。
― 今後の新型コロナ対策について一言お願いします。
 これまで感染拡大を抑えて何とかやってこられたのは、医療現場を支える医療関係者、保健所、国民の努力の結果だと思います。しかし課題も見えてきています。
 例えば役所の縦割りであるとか、医療機関と行政、国と地方の間の連携などです。個人情報の問題があり、保健所のデータがなかなか国に上がってこないという問題もありました。疫学情報は、ウイルスとの闘いにおいて一丁目一番地ですから、国と地方の間の壁はないほうがいいのです。
 現在は感染症と闘っている危機ですから、これまでの経緯は忘れて大きな目標のためにみんなが協力・連携することが大事です。国民を含めて適切な判断ができるように日本の社会が一つの方向に向かうことが大切であり、改善の余地はありますが、少しずついい方向に向かっていると思います。
― ありがとうございました。

 

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