全日病ニュース

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pを守るためにqの削減を真剣に考える時期にきている」

【寄稿地域医療ビジョンへの各病院の対応について】

pを守るためにqの削減を真剣に考える時期にきている

経産省は“協議の場”に参加する保険者に病床削減の誘導を期待している

国際医療福祉大学大学院教授・全日病広報委員会特別委員 高橋 泰

なぜ、経済産業省の地域医療に関する研究会に参加したか

 2015年4月5日の日経新聞3面の“けいざい解読”に、「経済産業省の地域医療に関する研究会が3月下旬、報告書をまとめた。『また他省庁の政策課題に横やりを入れている』と思って眺めると、これが意外に優れたデータを提供しているのだ。」という、気になる書き出しで始まる解説記事が掲載された。
 この記事は、経済産業省が1月から3月にかけて開催した「将来の地域医療における保険者と企業のあり方に関する研究会」の趣旨と報告書を紹介した物である。私は昨年末この研究会のメンバーになり、今回この研究会の概要を説明する原稿の依頼がきた。
 この会は、経産省が運営官庁であることや「将来の地域医療における保険者と企業のあり方」という名称とは裏腹に、現在進行中の医療提供体制改革を意識した研究会である。この会が3月にまとめた提言は「全日病ニュース」の4月1日号にも紹介された。

昨年の「全日病ニュース」での予測を振り返る

 昨年の11月1日号の「全日病ニュース」に、「医療提供体制改革に向けて民間病院団体と各病院が行うべきこと」という原稿を投稿させていただいた。この中で、想定すべき2つのシナリオと言う形で、今回の医療制度改革の進行を予測した。
 少し長いが、まず、去年の記事を読んでいただきたい。

 現時点(昨年10月末)では、改革がどの程度進み、将来の地域の機能別病床数がどの程度のレベルに収束するかを予測することは、難しい。その代わりに、改革が最も進んだ場合のシナリオと、改革がほとんど進まない場合のシナリオを以下に示す。
 改革が最も進むシナリオは、「都道府県が、国が作成した病床数の大幅削減を織り込んだガイドラインに沿って地域医療構想の原案を作成する。地域(二次医療圏)ごとに開催される協議の場において都道府県が作成した原案に対して関係者が意見を述べるが、実質上、国のガイドラインとほとんど変わらない地域医療構想が追認される。この地域医療構想が実現されるよう国は、基金、診療報酬、税制、医療法の改正、過剰病床の買い上げ、介護保険施設などへの転換に対する補助を行うなど種々の方策を駆使し、積極的に動き、地域の病床機能や病床数が、地域医療構想に沿う形で大きく変化する。」というものである。
 このシナリオに沿って今後の医療提供体制改革が進めば、人口減少社会に応じた医療提供体制の適正化や政府や保険財政の健全化に寄与するが、多くの地域の病院は、病床構成の変更や病床削減を求められることになり、多くの病院にとって辛い改革になる可能性は高い。
 一方改革が進まないシナリオは、「地域の協議の場が、国の作成したガイドラインを参考に、地域医療構想を作成する。この場合、協議の場において地域の現状が混乱しない配慮がなされ、国のガイドラインと大きくかけ離れた現状維持に近い地域医療ビジョンに落ち着く可能性が高い。更に地域医療構想に沿った機能別病床数に向けた改革を行おうとしても、現場の反発が強く、国も積極的な実現に向けた策を取らず、結局ほとんど地域の医療提供体制は何も変わらない。」というものである。
 この改革が進まないシナリオのようになれば、一時的には医療現場の混乱は避けられるが、中長期的には保険財政が破たんし、医療機関が診療報酬を請求しても、支払いの遅延や、請求額の3割カットした額しか支払われないなどの、最悪に近い事態が発生する可能性が高まるレベルまで国の財政が逼迫していることを理解しておく必要があるだろう。

「S(総医療費)=p(価格)×q(提供量)」

 日本の医療費は毎年1兆円のスピードで拡大を続けている。医療界からすれば、高齢者が増えており、また医療が進化し高価な技術が普及しているので、仕方がないということになる。
 しかし,財政破たんの可能性を睨みながら財政を管理・運営する立場にある財務省や日本経済をコントロールする経産省からすると、「これ以上の医療費の拡大は認められない」と考えることもやむを得ないことだろう。
 ここで重要なポイントは、財務省の真の目標は「診療報酬の引き下げ」ではなく、「総医療費の拡大抑制」であるということである。
 「S(総医療費)=p(価格)×q(提供量)」という関係があるので、S(総医療費)を抑えるには、我々になじみの深い診療報酬(p)を下げるという方法以外に、提供量(q)を下げるという方法があることがわかる。
 財務省、経産省は、今回の医療提供体制改革に対して、前者の改革が最も進むシナリオを期待し、地域の病床機能や病床数が地域医療構想に沿う形で大きく変化すること、すなわち、qが小さくなることを期待していることは間違いない。
 その彼らにとって今回のガイドラインで問題になると思われるのが、「病床の削減」は「医療機関の自主的な取り組み」により進められ、強制的な病床削減は行われないことが明記されていることである。
 常識的に考えて、多くの医療機関が自主的に病床削減を申し出るとは思えないので、医療界の外から見ると、今回のガイドラインによる医療制度改革では、「qの調整は無理」であると判断される可能性が高い。そうなると目標値となるSに合わせてpを低下させて、総医療費を調整するという常套手段がとられる可能性が、ますます高まると思われる。
 pの大幅な低下によるSの調整は基本的に好ましくない。なぜならば、この方法によると残るべき医療機関が淘汰され、そうでない医療機関が生き残る可能性が高く、医療提供内容の質が劇的に低下する可能性が高いからである。
 安倍内閣がプライマリーバランスの均衡を目指しているので、S(総医療費)の伸びは大幅に抑えられる、あるいは伸びが認められない可能性が高まっている。また、医療制度改革によるqの削減も望み薄となると、次回の診療報酬改定で、2006年の診療報酬改定をはるかに上回る大幅な診療報酬ダウンが実施されることが非常に心配になってくる。
 「p(診療報酬)」を守るためには、医療界自身が「qの削減(病床削減)」を真剣に考えるべき時期にきていると筆者は考えている。

今後目指すべきqの削減を経産省が促進

 一方、qの削減は「今後過剰が予想される高機能病床および病床過剰地域の病床を減らす」という方法であり、やりようによれば、地域の医療提供内容の質をほとんど低下させずにS(総医療費)の削減を実施できる可能性があり、pの削減よりも望ましい方法である。
 ただし、この方法は医療の詳細な内容がわからないと実施ができないので、これまでは、医療界の外の勢力はほとんど手出しできなかった方法である。
 そこで経済産業省が音頭を取って、本来医療費の高騰を阻止する立場である保険者を集め、さらに協議の場(地域医療構想調整会議)で討議に必要なデータを作成し、保険者を協議の場で、q(病床)の削減に関する議論ができるよう強化することを目指したのが、最初に紹介した「将来の地域医療における保険者と企業のあり方に関する研究会」である。
 経産省のホームページ上で公開されている報告書の要旨には、「報告書では、高齢化や人口減少が更に進行する2040年まで見据えた医療需要の推計や現状の医療提供体制に関する考え方を整理した上で、医療保険者と企業が連携して行う、医療提供体制及び医療需要の適正化についての提言の方策について検討を行っています。医療保険者と企業が将来の地域医療への貢献に向けて、自らの保有するデータ等の根拠に基づき、地域医療の将来の姿を構想し、都道府県や他の医療保険者と認識を共有した上で、その実現に向けて具体的な方策の提言を行うなど、主体的な取り組みを行っていくことが期待されます。」と、研究会の議論内容が紹介されている。
 医療機関やそこで働くスタッフを守る立場である医師会や病院団体が、自ら病床削減を積極的に提唱するのが難しい現状を考えると、今後、今回のような活動が活発化し、保険者や経済団体などが協力して医療提供の内容の知識を蓄え、qに関する具体的な削減案を提案していく中で、医療提供側と互角の議論ができるようになることを期待したい。
 医療提供者と保険者とのバランスの上でqの削減が行われるようになることが、p(診療報酬)を低下させず、Sを拡大させない、最も現実的なシナリオだと思われる。