第1章 2025年の日本を想定した報告書:「病院のあり方に関する報告書」(2011年版)

主張・要望・調査報告

「病院のあり方に関する報告書」

第1章 2025年の日本を想定した報告書

 全日本病院協会における医療提供に関する本格的な検討は、1998年「中小病院のあり方に関するプロジェクト委員会」の発足に始まり、その成果は49ページの報告書にまとめられた。
 その後、近未来の医療提供体制を中心に継続するケアとしての介護にまで検討が及び、2000年からその内容のまとめが隔年に「病院のあり方に関する報告書」として発刊されてきており、2007年版は107ページに及ぶ報告であった。
 「はじめに」の中で先述した通り、本報告書に共通する柱は、会員病院が質の高い医療提供のために行うべき取り組みの提示、望ましい継続可能な提供体制のあり方の提言、会員病院の対応に関する助言である。このような一貫した姿勢は、利益誘導型となりがちな病院団体の取り組みとしては画期的なものとして多数の関係者から評価されてきた。
 今回数えて6回目となる「病院のあり方に関する報告書」作成に関して、2010年4月、会長から委員会へ、「高齢社会がピークに達する2025年の日本における医療介護提供のあり方を十分検討し報告書とするよう」に指示があった。
 既刊の報告書や直近の医療情勢にとらわれず、社会構造の変化や経済の将来見通し等も踏まえた現実的な対応と、これまで追求してきた理想的な医療提供の姿もあわせ再検討したので報告する。
 2025年の日本における医療介護提供体制に直接影響する可能性の高い主な変化は以下の通りである。

1.人口の変化

①人口減少・少子高齢社会の急速な進展

 2005年、日本の総人口は減少に転じた。1899年に人口動態統計を取り始めて以来はじめてのことであり、既に人口減少社会は現実のものとなっている。2005年に1.26 と過去最低を記録した合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子どもの数)は低水準で推移しており、少子化傾向に歯止めがかからない。その一方で、平均寿命は高水準にあるため、人口減少下での少子高齢化が進み、年少人口(15歳未満人口)比率は世界最低水準、老年人口(65歳以上人口)比率は世界最高水準となっている。
 近年の人口の推移は、国立社会保障・人口問題研究所が2005年12777万人から2009年12740万人に減少するとした予測通りとなっており(実数12750 万人)、大胆な人口増加計画が実施されない限り、2025年には人口が11927万人に減少する見込みである。

②悩ましい生産年齢人口、労働力人口の減少

 経済・社会活動を担う中核である生産年齢人口(15歳以上65歳未満人口)は、1996 年以降減少、労働力人口(就業者と完全失業者の合計)も1998年をピークに減少傾向に転じており、2025年までを展望してもこれらの減少傾向が継続することは避けられない状況にある。
 生産年齢人口、労働力人口は、2007年から2025年までにそれぞれ8442万人から7096万人(16%減少)、6650万人から5820万人~6320万人(5~12%減少)が予想されている 。産業全体に影響が及ぶが、これは労働集約的な医療や介護分野において最大の課題である。
 労働生産性が現状と同様であると仮定した場合、現在最も現実的とされる実質GDP成長率1%が続くと300万人、0.5%にとどまれば800万人の余剰就業者が増えるとの見解を示す報告 もあるが、この場合でも、医療介護業界への就労につながるのかは不明である。また、次世代ロボットが人間352万人分の労働力を代替し、不足する労働力427万人分の約8割を補填するとの試算もあるが、この中でも医療・介護分野に関しては、人を抱きかかえることができる介護ロボット等の導入で97万人分の労働力としか計算されていない

 雇用政策研究会:労働力人口の見通し2007年

 小林真一郎:2025年高齢化で変わる日本経済・社会、季刊 政策経営研究、三菱UFJリサーチコンサルティング、東京、2009

 機械産業記念事業財団2008年4月

③生産年齢人口、労働力人口の見通し

 今後、10~15年後を見通す場合、従来の考え方を変える必要がある。すなわち、生産年齢人口、労働力人口の実態(比率)は、大きく変わらざるを得ない。健康な高齢者、あるいは、障碍者でも、社会活動に貢献できる社会体制が構築されているであろう。また、東日本大震災後の日本復興には、今まで以上に、これらの人々の活躍が必要である。

2.疾病構造の変化

 厚生労働省患者調査から1982年から2010年までの疾病構造の変化を見ると、高齢化の進展もあり悪性新生物、高血圧症、脳卒中、糖尿病が増加しているが、今後もこの傾向は続くと共に、その他、筋骨格系や尿路性器系疾患、眼及び付属器疾患の急増も予測される。厚生労働省患者調査を基にした疾病構造推計によると、2025 年には手術患者数は1.3倍、短期入院患者数は1.7倍、慢性期入院患者数は2.5倍程度に増加するとされている

 患者調査、DPC 調査等の統計調査データを用いた看護職員必要数の長期将来推計に関する検討-伏見委員提出資料-(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/06/dl/s0622-6a.pdf)

3.社会保障給付費/医療費の伸びと医療従事者不足

①社会保障給付費/医療費の伸びと財源論

 この15年で激増する後期高齢者・要介護高齢者を支えるためには、社会保障の根幹の一つである医療・介護の一定水準の確保が必要である。そのためには財源と人材の確保の見通しが重要となる。
 2007年度社会保障給付費は91.4兆円と初めて90兆円を超えたが、2008年度は94.8兆円(対前年度増加額は2.7兆円)、対国民所得26.8%(対前年度比2.6%増)と更に伸び過去最高を更新した。このうち、年金は49.5兆円(52.7%)、医療費は29.6兆円(31.5%)、福祉その他は14.9兆円(15.9%)で、高齢者給付費は65.4兆円と全体の約7割を占めている。
 2011年度予算(一般会計過去最大の92.4兆円)では、一般歳出54兆円のうち社会保障関係費は5.3%増の28.7兆円となり50%を超えているが、今後団塊の世代の高齢化に伴い、要医療・要介護者が右肩上がりで増えることから、社会保障給付費も確実に増大し、2025年には141兆円国民所得比26.1%と試算されている

 社会保障関係費: 社会保険費、生活保護費、社会福祉費、保健衛生対策費、失業対策費からなる
 社会保障給付費: 国・地方公共団体の歳出、社会保険等から支払われたものを含む社会保障全体の給付額

 社会保障国民会議の2025 年度医療介護費用の財政試算では、シナリオによって差異はあるものの、2007年の41兆円(医療費34兆、介護費7兆円)から、2025年には倍以上の85~93兆円(医療費66~70兆、介護費19~24兆円)に、年金は65兆円になると予想しており、生活保護の給付世帯も確実に増えていくとされている。予測に従うと実に今後15年という短い期間に、社会保障費は150兆~160兆円に達することになる。
 周知のごとく現在の日本の財政状況は、末期的状態にある。国債、借入金、政府短期証券を合わせると2009年末の債務残高は900兆円を突破、2010年度国債発行額は過去最大の44.3兆円(歳入に占める依存度48%)となり、債務残高は2010年度末には973兆円と空前の1,000兆円に迫りつつある。更に、約1800の地方公共団体の財政不足は、地方税収等の落ち込みにより1994年以降急速に拡大し、2009年度末には197兆円となっている。
 財政赤字を国際公約に従って半減させるには、44.3兆円の半分22.1兆円の歳入の伸びか歳出削減が必要となる計算となるが、現実には消費税の引き上げしか策はないとされ、この場合実に9%の引き上げ(1%は2.4兆円相当)が必要となる。
 ギリシャの財政破綻がEU や世界に与えた影響が大きかったことから、日本の財政健全化に対する各国の圧力はこれまで以上に強くなっており、現民主党政権の対応の緩慢さもあって、2011年1月27日S&P(Standard & Poor's 米投資情報会社)は長期国債の格付けをAA-に引き下げた。国債の大半が国内で調達されているからと言って、健全な状態には程遠いということは明らかで、長期金利の引き上げがあった 場合の混乱も指摘されている。プライマリバランスが大きく崩れている中で超高齢社会に突入し、このままの状況が続ければ、国際的信用力を失いデフォルトや高いインフレ状態となる可能性も否定できない。

 厚生労働省「社会保障の給付と負担の見通し」平成18年5月 (http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/05/dl/h0526-3a.pdf)

 社会保障国民会議:最終報告平成20年11月4日 (http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyoukokuminkaigi/saishu/siryou_1.pdf)

 2010年6月トロントで行われたG20首脳会議で2013年までに各国の財政赤字を半減させるとの宣言が採択されたが、日本だけは例外視され不名誉な結果となった。日本はG20の前に財政健全化目標として、プライマリーバランスの対GDP比赤字を2015年までに半減、2020年までに黒字化を掲げ、「国際公約」としてG20で例外扱いを受けている。

②医療従事者不足

 社会保障国民会議へ提出された2025年度医療介護費用の財政試算の基礎データでは、医師数が27万人から33~34万人へ、看護師数が130万人から170万~204万人へ、介護職員数は117万人から211万~255万人へと増員が必要とされている。医師や看護師数ですら現在の養成計画ではまだ不足する計算であるが、医療に関係する人材の確保以上に大きな課題が、急増する要介護高齢者の介護サービスを支える人材の確保である。介護サービスは典型的な労働集約型の事業であり、介護ロボットの出現等により一定程度の代替は可能としても、基本的に人による対応が必須である。更に介護サービスの場合、ベテラン介護職員だからいくつもの業務がこなせるというものではないため、介護サービス量やニーズに応じた介護職員数が必要になる。試算に見合う介護職員の確保には、毎年7.6万人ずつ増やさなければ到達できない数である。現在でも全国的に介護職員が不足しており、しかも介護の専門職である介護福祉士を養成する大学・専門学校が全国で急増したことや3Kという悪いイメージも重なり、最近では入学者の定員割れが続いているうえに、更に少子化で就業人口が減少することを考えると、とても達成できる数字だとは想定されない。
 財政問題と人材確保問題は表裏一体の関係にある。人材確保のための処遇改善には診療報酬、介護報酬の引き上げが必要であり、財源確保の選択肢には消費税引き上げか保険料値上げしかないが、国民が負担増をどこまで許容するのかは不明である。
 但し、元気な高齢者が増えてきていることも踏まえ、現在65歳以上となっている高齢者の定義を70歳以上とすべきとの主張も見られる。定義の変更に伴い、年金支給年齢を遅らす等の 措置がとられるならば、労働人口が大きく変化することとなり、かつ高齢者を支える人口も増加することとなるので、若年者の負担増の問題も緩和される可能性があり、考え方が変わりうる要素はある。全日病としては、若年者の減少が確実視される中で、健康な高齢者の経験を活用することは歓迎すべきことと考える。医療・介護分野を含めて、多様な就業形態等環境整備が図られることが望ましい。

 厚生労働省調査では、全国の養成校は434校、定員数25,407人に対し、2008年度の入学者数は11,638名であった。介護労働不足が叫ばれ始めた2006年71.8%、2007年64.0%、2008年には定員半分以下の45.8%と急速に減少している。

4.2つのシナリオ

 2025年における医療介護提供のあり方を示すに当たっては、これらの厳しい想定に従った現実的なシナリオと、今回の大震災のように窮地に陥った際には国民は英知を結集し一致団結してこれを克服することを期待し、9つのテーマに関する理想的なシナリオを示すこととした次第である。

<現実的シナリオ>

 確実に招来する現象とこれに対応する科学技術の発展も加味した医療介護提供体制を考える必要がある。
 人口ピラミッドから見て、2025年の人口減少は既成の事実であるが、人口減少は主要大都市部では少なく、地方の過疎化の進展が大きな問題であり、限界集落の急増もほぼ間違いなく招来すると見られている
 医療介護提供体制は、大都市部、中小都市部、郡部それぞれの特性を十分に考え再構築すべきである。大都市部では現行の医療介護提供体制の拡充により対応可能であるが、現在でも問題となっている地方の医療崩壊は、担うべき人材の偏在と経済効率性のみを求める国の施策からますます厳しい状況になることが予想される。医療提供体制の再構築で最大の問題である医師・看護師を中心とする医療従事者配置の地域格差の是正は行政の責務であり、制度による誘導も必要である。
患者動向を踏まえると、一般的に急性期医療の提供には社会保障国民会議のB3シナリオのような集約化が求められるが、同時に圧倒的に増加する日常の慢性疾患管理のための「プライマリケア医機能」の充実が必要である。また、地域によっては医師や保健師による定期巡回制度の導入、および救命救急について医療圏を越えた協調協働の仕組みづくりやドクターヘリの導入等の有効な搬送システムの構築等包括的な取り組みが欠かせない。
 厳しい財政状況が予想される中、消費税の引き上げは必須であるが、これまでと同様な医療費、介護療養費の伸びは国民から容認されないであろう。決められた財源の中で一定水準の医療や介護を提供するには効率化は欠かせず、医療施設・介護施設の機能をより明確にし、機能分化と集約化/連携を一層推し進める必要がある。
 国民の責務としての健康管理・健診受診や介護予防の徹底および地域全体で捉えるべき介護提供の確立等の大きな課題から、標準的診療の徹底や重複検査の排除、多薬剤使用の見直し等の細部の課題まで、多面的に同時に再検討する必要がある。また、ICT(Information Communication Technology)を利用した「社会保障カード」等による国レベルと「健康管理/疾病管理/介護手帳」等による個人レベル双方での情報管理と情報共有も重要な取り組みである。
 公的財源が限られた場合には、保険診療で行う医療提供の範囲の議論は不可避である。その場合、最先端医療や超高齢者に対する医療提供のあり方等を十分検討する必要があるが、一定程度の制限は止むを得ないであろう。
 国民の医療介護に関連する要求は一方的に高まるばかりであるが、国民の義務についても議論すべき時期に来ている。即ち、疾病の早期発見早期治療の仕組みづくりをどの年齢からどの範囲までにすべきかについては今後の議論を待つとしても、特定健診非受診者、喫煙者等健康管理上、最低限守るべきルールに意図的に従わなかったものが関連疾患に罹患した場合の対応等は何らかの形で問う必要がある。
 超少子高齢社会においては、若年労働人口減少に伴う医療介護従事者の減少が提供体制の縮小をもたらす可能性が高く、積極的な高齢者の社会的活用と女性の就業率を上げるための社会環境整備が求められる。
 最近再び議論されるようになってきた外国人労働者の受け入れは、「外国人の帰化に対する日本人の抵抗感を克服するのは難しいだろう」との予測もあるがⅹⅰ、介護領域における需給見通しから考えると積極的に推し進めるか、あるいは地域全体で高齢者を見守る体制作りをするかのいずれかを早急に決めるべきである。
 現実的なシナリオを考える場合、今後の科学技術の進歩も確認する必要があるが、最新技術を駆使したとしても労働集約的構造の変化や医療費の抑制に繋がるものではない。
 最近、その実現に向けて厚生労働省が色々な場面で話題として取り上げている「社会保障国民会議」に提案した医療提供モデルの成立は、消費税引き上げによる財源確保を前提としている以上困難も予想され、代替案の作成が必要と考える。

 国立社会保障・人口問題研究所2009年―人口統計資料集

 北海道新聞2011年4月21日

ⅹⅰ US National Intelligence Council: Global Trends 2025: A Transformed World(世界潮流2025)

<理想的シナリオ>

 これまで「病院のあり方に関する報告書」において、理想的な医療介護の提供のためには、正確な疾病調査に従い、地域特性をふまえた一定の人口毎の医療圏の設定と急性期から慢性期まで更には介護まで切れ目にない継続したケアの出来る提供体制と、これを維持するための科学的な報酬体系の確立が不可欠であることを述べ、更に国民の信頼を得るための質向上の取り組みの重要性を示してきた。
 今回は、医療圏/医療・介護提供体制/医療従事者/医療費/診療・介護報酬/医療の質/病院における情報化の意義と業務革新/産業としての医療/医療基本法の9つのテーマに絞り、2025年の医療介護のあり方を想定して検討したので報告する。