第8章 病院における情報化の意義と業務革新:「病院のあり方に関する報告書」(2015-2016年版)

主張・要望・調査報告

「病院のあり方に関する報告書」

第8章 病院における情報化の意義と業務革新

病院における情報化

1.情報とは何か

 情報(Information)とは、事実・事象・判断の記録をいう。特定の状況における評価、判断や行動に必要な知識である。情報とは動的なものであり、流れである。内容(意味)、媒体、方向、対象、仕組み、目的を持つ。情報自体が変化するとともに、物理的に同じ情報でも、状況により受け手の意味や解釈が異なる。流れは、制御しなければ、途絶または氾濫する。情報(信号)は減衰し、あるいは雑音(ノイズ)が混入し、変質する。これらに対応するために、データベース(Database:DB)、知識発見(未知かつ潜在的には有用な知識を、データから引き出す方法Knowledge Discovery in Database:KDD)とデータマイニング(発見の段階)が重要である。
 データ(Data)とは、事実・事象・を表現したものであり、伝達、解釈、処理等に適するように形式化、符号化されたものをいう。記録とは、文字、画像(映像)、音、記号、あるいは、それらの複合により物理的に媒体に固定化したものである。媒体には、紙、布、木、金属、プラスティック、磁気媒体(テープ、IC チップ、ディスク)等がある。また、組織または個人が法律上の義務に従って、または業務上の取引において、証拠として作成し、受け取り、維持する(ISO 15489)。
 データベースとは、一定の目的と形式を持って、系統的に記録、集積されたものをいう。公共および組織の財産である。データ(事実・現実)の二次利用の基礎となる。構造化され・系統的に蓄積され、検索可能なものである。データベースでは、データを選択(selection)、射影(projection)、結合(join)することに意味がある。データを表形式で表現するリレーショナルデータベース(RDB)が一般的である。しかし、現在は、非定型的、迅速、かつ、柔軟に抽出できる非構造型のDB、データウェアハウス(DataWare House:DWH)が注目されている。
インテリジェンス(Intelligence)とは、分析・選択・統合化された情報をいう。評価、判断が加わる。なお、情報をデータと区別してインテリジェンスの意味で用いることがあるので注意を要する。

2.情報化とは

 情報化とは、標準化と情報共有による、高い質と効率性をもたらすための情報技術の活用をいう。情報化は情報システムによる情報活用と言い換えることができる。
 情報時代において、情報活用は組織運営の要である。ICT(information communication technology)化を直訳すると、情報伝達技術化となるが、この場合、手段の目的化、すなわち、情報機器の導入が目的となり、情報機器に踊らされる、あるいは、使われる虞がある。

3.情報化の目的

 情報システム開発・導入の真の目的は、情報技術を用いて情報を活用し、業務を効率化するとともに、業務の仕組を変え、組織運営を円滑にすることである。
 情報化においては、融通の利かない機械にもわかるように、論理的に記述(文書化)する必要がある。情報システムの導入や開発の要点は、現状の業務(As Is)を作業レベルまで洗い出し、望ましい、あるいは、あるべき業務(To Be)との相違を把握し、その相違を小さくするようにシステムを構築することである。一般論ではなく、自院の業務工程(フロー)を具体的かつ詳細に分析することが必要である。まず、現状の業務を洗い出し、文書化し、業務工程表を作成する。ついで、理解を容易にするために、業務行程図に落とし込む。手法は様々であるが、人にも理解でき、情報システム構築(コーディング)にも使える代表的な手法がUML(UnifiedModeling Language)である。後述の厚生労働省の電子カルテの標準的モデル作成に関する事業でも用いられた。
 業務分析した結果も重要であるが、むしろ、組織内で分析する経過が重要であり、その結果として業務革新が実行(人間の頭も整理)される。しかし、実際には、情報機器の導入を目的と誤解し、現在の業務をそのまま電子化すればよいと考える病院も多い。システム開発の目的が不明確な病院もある。それぞれの組織の理念・目的・方針あるいは情報技術に対する考え方によって、情報システム導入の目的は多様であり、組織の状況に応じて定められるものである。

4.情報システムの顧客は誰か

 情報システムの顧客は様々である。開発側から見ると、顧客とは、発注者、支払者、利用者である。医療側から見ると、病院経営者、病院管理者、管理職、SE(Systems Engineer)、各職種(医師、看護師、薬剤師、検査技師、事務等)、各担当者である。

5.情報システムの顧客の要求は何か

 顧客の要求には、顕在要求と潜在要求とがある。両者を合わせたものが “真の”要求である。顧客はICT に関しては素人なので、自分の要求をICT の言葉で表現し、要求仕様書を書く(要求定義)能力は乏しい。開発側が、いかに引き出すかが重要である。これを、要求開発という。利用者と開発者との共同作業である。利用者が何をしたいか(要求機能)を明確にすることが重要である。これが曖昧だと、プロジェクトが頓挫するか、システムが使いにくい、あるいは使えなくなる。
 立場に関係ない共通の要求事項もあるが、立場により要求事項が異なり、相反することに留意しなければならない。

6.情報システムに求められる機能

 情報システムに求められる機能を考える前提として、病院の業務を理解し、それを支援する方策を考える必要がある。
 病院の業務の特徴は、①多部署で多職種が、並行して業務を遂行、②患者の状況に応じて、変更・修正・割込みが頻繁、③年中(24 時間365 日)無休、④逐次、業務(作業)の進捗管理、結果の確認(評価)が必要等であり、組織管理が難しい業態である。

7. HIS(Hospital Information System)の発展段階

 厚生労働省や日本医療情報学会は、診療記録の電子化を、第1 段階の電子カルテと定義している。病院情報化の発展段階は、標準化と情報共有の状況に基づいて以下のように分けて考えることができる。

第1 段階  診療記録の電子化 個別の情報システムが独立して(stand alone)稼動
第2 段階  LAN(local area network) 等で連動して稼動
第3 段階 データの二次利用が可能
第4 段階  医療機関相互の情報共有(地域連携)
第5 段階  医療関係組織相互の情報共有(機関連携・機関ネットワーク)

 多くの病院は第2 段階にあり、第3 または第4 の段階に進みつつある。
 第2 段階においても、オーダリング、部門業務、医事請求、記録、参照機能は当然なければならない。
 第3 段階のデータの二次利用に関しては、その範囲や程度の差が大きい。経営管理への二次利用、診療データの二次利用を個別の努力で活用している事例もあるが、大部分の病院では不十分である。
 第4 段階の医療機関相互の情報共有(地域連携)は、近年、急速に進展しつつある。情報システムの相互利用の程度の差が大きい。
ⅰ  患者の基礎情報(氏名、住所、保険記号・番号、既往歴、アレルギー歴、家族歴等)
ⅱ  検査データ、処方内容、検査画像、検査所見
ⅲ 診療要約、看護要約
ⅳ 診療記録、看護記録
 第5 段階では、地域連携に加えて、団体、プロジェクト、グループ毎に、ネットワークを造り、データを収集・分析して、統計データ、ベンチマークに活用する広域連携が行われる。すでに、全日病では、具体的に診療アウトカム評価事業、DPC 分析事業に活用している。これらの事業を発展させて、医療の質評価事業に厚生労働省の補助金を得て医療の質評価公表等推進事業を実施している。統計データのみならず、一部ではあるが、個別の病院名が特定できる形で結果を公表している。

8.多様な連携

 地域のネットワークを地域連携という。医療においては、病病、病診、病介護施設連携である。医療機関や介護施設間の連携にとどまらず、職能団体(医師会、薬剤師会等)、自治体(都道府県・市区町村)、保健所、救急隊、警察、学校、町会等との連携もある。
 地域医療の範囲は、医療圏(1 次・2 次・3 次・全国)で区分されるが、生活圏は交通事情に影響され、医療圏を超えた連携も行われている。
 連携の目的は、機能に応じて、紹介/ 逆紹介、救急、健診/ 検診、研究会、委員会、講演会、防災等がある。内容ごと、疾患ごとにネットワークは入れ子構造になっている。

9.診療連携とデータ共有

 診療連携には、患者基本情報、医療機関情報と診療情報の共有が必要である。連携の目的と時期によって、対象の医療機関・診療科・医師が異なり、共有すべき情報の範囲と内容を個別に検討する必要がある。
 情報の大部分は病院情報システム(HIS)に存在するが、複数ベンダーの複数システムを接続しており、データを一元管理する場合は少ない。診療情報の他医療機関との共有、すなわち、患者基本情報、診断名、検査データ、処方内容、診療記録等、電子データの共有は困難である。
 業務フローや情報システムが異なる多施設間の診療連携を図るには、目的とアクセス権限に応じて、診療データ・診療記録を相互に参照、編集できることが必要である。その際、患者IDの照合が困難であり、社会保障・税番号(個人番号)制度と関連して、医療等分野の番号制度が検討されている。また、データベース構造が標準化されておらず、データ移行に多くの作業と費用を要し、情報システムの相互運用性に問題を生じる。データは共有財産であり、その利活用が制度的に促進される必要がある。

10.地域診療情報連携ネットワーク

 診療記録は患者のもの“マイカルテ”という考え方がある。診療記録は個人情報であり、患者には自己情報の制御権があるが、所有権、管理責任は医療機関にあり患者のものではない。また、患者以外の個人情報が記載されている場合があるので、すべてを開示できないことがある。
 欧米では、医療保健システム(Health system)の一部として、健康記録(EHR:Electronic healthrecord)が普及しているが、いわゆる電子カルテ(EMR:Electronic medical record)は未だ一般的ではない。個人に関する複数施設の医療・健康情報(PHR:Personal health record)が次の段階として検討されている。関連施設間の情報共有はされているが、それ以外の施設との情報連携は今後の課題である。
 我が国においては、e-Japan、u-Japan、i-Japan戦略、スマート・ジャパンICT 戦略と相次いで打ち出され、i-Japan 戦略2015 の厚生労働省の「地域医療再生基金」や経済産業省の「サービス産業活動環境整備調査事業(医療等情報化共有基盤構築調査事業)」により、地域診療情報連携ネットワークが構築されつつある。しかし、多くのプロジェクトは実証研究の段階であり、継続的に実務として運用するには課題が多い。クラウド、スマートフォン、PDA 等の情報技術の急速な進歩により、“いつでも、どこでも、誰でも”が実現しつつある。また、スマート・ジャパンICT 戦略において、医療ではスマートプラチナ社会を目指すとしている。

11. 病院情報システム(HIS)の今後の要件

 HIS の今後の課題として以下がある。

① 医療従事者の思考に合致して思考・作業を支援する

 近未来を考える場合の最重要事項は、医療従事者の思考経路に合致した情報システムの開発である。医療従事者の思考の流れ、業務の流れを阻害しないシステム構築が必要である。現状は、医療従事者が情報システムの制約に合わせているのが実情である。

② 国家的プロジェクトに資するデータベース構築と利活用

 疾病、診療内容、受療行動等の統計、特に、患者単位で異なる医療サービスを受けた場合に連結可能な統計が必要である。研究・利用の公益性、セキュリティ、個人情報保護が担保されなければならない。

③医療と介護の情報共有および連携

 医療と介護は、制度が全く異なり、両者を統合する情報システムの構築は困難である。しかし、医療及び介護を受ける人は同じなので、情報共有、連携の仕組みは必須である。現在でも、相互の情報を開示、参照することは容易ではないが、可能である。

12.情報システム導入

 情報システムの開発・導入は、目的志向すなわち運用重視でなければならない。市販の情報システムで、現在の業務、および、今後実施したい業務が運用できれば導入する。業務の実態に合わなければ、運用に合うように開発あるいは改良しなければならない。しかし、独自の開発にはリスクが伴うので、十分な検討と周到な準備が必要である。情報システム構築には、これでよいということはなく、継続的な改善が必要である。社会制度、医療制度、医療の内容、人々の価値観の変化に柔軟に対応しなければならないからである。

13.情報化の効果

 電子カルテ等のHIS の導入は、現段階では費用対効果が良いとは言えない。しかし、業務の標準化と情報共有による、質向上、効率化、業務革新、将来構想のための基盤整備という観点からは、大きな貢献をしている。使い勝手が悪く、機能が不足している等、職員満足には到らないが、多職種が情報を共有するという観点からは有効である。すなわち、どこからでも、(付与された権限の範囲で)だれでも、入力あるいは参照することが可能となる。また、患者へのモニター画面や印刷による説明、待ち時間の短縮等、患者満足の点からも無くてはならないものである。使い勝手が悪いと言っていても、電子カルテを導入した病院で紙カルテに戻したという話は聞かない。元には戻れないのである。一度、導入した電子カルテシステムを、他の開発会社のシステムに変更することは容易ではないが、更新を機会に別の開発会社に変更する事例は少なくない。この場合に、相互運用性が担保されていないことが大きな問題である。これは、一病院だけではなく、国家的な損失であり、国家的プロジェクトとして解決しなければならない。

14.情報活用のための組織構築

 病院では、情報を活用し質を向上するために、組織革新の一つとして、以下の部署を設置している。その業務は固定的ではなく、プロジェクト毎に、職種・部署横断的なチームを作って柔軟に対応しなければならない。

①企画情報推進室

 組織横断的なプロジェクトや医療の質向上活動(MQI)、非定型業務、職員への情報リテラシー教育・啓蒙活動を推進、情報システム構築・維持管理(ハード・ソフト・運用)。

②医療情報管理室

 医療情報の整備と有効活用のため、医事・会計・人事情報だけではなく、医療情報(診療記録等)を包括的に管理。

③質保証室

 総合的質経営の基盤整備、内部顧客の支援、外部顧客の要求事項の把握と対応、情報の収集・利活用、委員会・研究会事務局、質保証に関する包括的な業務を担当。

④地域連携室

 地域医療機関及び患者との情報伝達/ 共有、地域を対象とする講演会・研究会事務局等の業務を担当。

15. 院情報システム(HIS)導入の問題

 情報化社会において、医療においても情報化が急速に進みつつある。HIS 構築は、質向上、安全確保、効率化に必須の事項である。
 HIS は、部門システム、オーダリングシステム、電子カルテ等として、種々の医療用システムやアプリケーションが開発されている。残念ながら、問題なく日常業務を円滑に進めることができるシステムはないといっても過言ではない。開発側が顧客の要求を把握できず、製品(情報システム)が、顧客(医療者側:利用者)の要求を満たしていない。したがって、情報システムの不具合を医療者側の努力で業務のつじつまを合わせて運用しているのが実態である。
 独自のシステム開発は言うに及ばず、医事会計システムにおいても、システム導入当初から、問題なく運用できる事例はまれである。パッケージソフトであるにもかかわらず、情報システム導入時には、問題が発生するのは当たり前として済まされている。顧客の要望に応え、顧客の問題や課題を解決することが目的のはずだが、問題や課題を積み残したまま、新たな問題を引き起こすことが多い。

16.情報化の経営への貢献

 情報化の経営への貢献を判断する視点は、①業務の運用が楽になるか(効率化)、②医療の質向上に役立つか、③データを効率的、効果的に活用できるか、④継続的改善、業務革新に役立つか、④会議・教育・研修等に活用できるか、⑤収益増・支出削減に役立つか等である。その前提として、費用対効果が良いことが挙げられる。
 マン・マシン・インタフェイスやマン・アプリケーション・インタフェイスが未成熟で、使い勝手が悪い。それでも、無くてはならないものとなっている。

17. 病院情報システム(HIS)導入が円滑に行かない理由

 HIS 導入が円滑に行かない理由は下記の通りである。

①病院と開発側の認識および考え方の相違

1)病院の要望と開発側の設計思想の相違がその原因となる。
2)両者の立場による常識、慣習、用語等の相違が原因となる。

②病院毎の、機能、規模、業務や考え方の相違による仕様変更(カスタマイズ)

 パッケージでも、そのままでは運用できず、大なり小なり、それぞれの病院の運用に合わせたカスタマイズが必要である。

③病院内の意思決定の不明確・遅延による、度重なる要望や仕様変更

 情報システムの顧客とは誰かの認識が問題である。顧客(利用者)は、現場作業担当者、情報システム担当者、病院管理者(病院長)、資金提供者(理事長、院長)、患者等々である。現場作業担当者といっても、業務毎に関与する職種、部署が異なるので、立場によって要求内容が異なる。病院が組織として、どの段階でどのような方法で、意思決定するかが明確でない場合が多い。

④病院側の情報システムに関する知識不足

 病院側が、基本要件を、漏れなく、明確に、開発担当者に示すことができない。

⑤医療の特性

1)医療の特性として、業務が一律ではなく、患者の状態変化による変更(中止、追加、修正等)が常であり、非定型的な業務が極めて多いことである。
2)多職種が多部署で、組織横断的に業務を行っている。業務を行う場所と時間が固定しておらず、常に移動する。
3)医療制度、医療保険制度の頻回の変更に情報システムを対応させなければならない。

⑥開発側が医療の業務の流れや運用を熟知していない

 開発側が医療の業務の流れや運用を熟知していないために、情報技術を熟知しない医療側の要望をそのまま聞いて、システムを構築すると、機能の一部が漏れたり、機能はあるが運用に支障が出る場合が多い。

⑦開発効率

 個々の病院向けシステム開発や変更は、効率が悪く、対応が困難である。

18.基本要件検討プロジェクト発足

 情報システム導入の諸問題を解決することは、個々の病院の範囲を超えている。そこで、2002 年6 月、全日病の医療の質向上委員会にHIS の基本要件検討プロジェクトチームを設置し、活動を開始した。
 委員構成は、①病院:病院経営者、病院実務担当者、システム担当者、②病院管理研究者、③開発会社:システム開発会社、工業界等である。
 本プロジェクトの意義は、情報システム利用者としての病院団体が主体となり、利害関係者が一致協力して情報システムに関する問題を解決することにある。前述したように、HIS 導入が円滑に行かない理由は様々であり、利用者側、開発側双方に問題があり、また、双方に言い分がある。そこで、関係者が協力して、問題の本質を把握し、解決策を検討している。
 本プロジェクトを核として、2003 年に厚生労働省厚生科学研究班「電子カルテ導入における標準的な業務フローモデルに関する研究」(2 年間、主任研究者 飯田修平)が発足した。

19. 標準的電子カルテ開発計画とプロジェクト

 厚生労働省の電子カルテの標準的モデル作成に関する事業は、「保健医療分野における情報化に向けてのグランドデサイン」が基本である13。「電子カルテ導入における標準的な業務フローモデルに関する研究」は、運用を基本とした研究である。研究の目的は、情報システムの導入をより効果的に進めるために、業務プロセスを可視化し活用する方法を研究し、病院で使用できる業務フローモデルのひな型を開発し、提供することである。また、調査により病院における情報システムの現状を把握することである。
 成果を、「電子カルテと業務革新―医療情報システム構築における業務フローモデルの活用―」として出版した。ついで、2005・2006 年度の厚生労働科学研究で部門内の業務フローモデルを作成し、2009・2010 年度厚生労働科学研究で手術室内の具体的な3 手術術式に関する業務フローモデルを開発した(図8-1、図8-2)。その後も、手術室内の質保証プロジェクトの研究を継続している。また、情報システム導入指導者養成のe-Learning の仕組みを作った(経済産業省事業費)。さらに、基本要件策定の手引きを作成した。

13  保健医療情報システム検討会:保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン最終提言
  (http://www.mhlw.go.jp/shingi/0112/s1226-1a.html)

20.病院における情報システム導入

①開発・導入に関する基本的考え方

 情報システム開発・導入に関する基本的考え方は、目的志向である。情報システムに使われるのではなく、情報システムを活用することである。情報システム構築には、これでよいということはなく、継続的な改善が必要である。社会制度、医療制度、人々の価値観の変化に対応しなければならない。既存の情報システムで、現在の業務、および、今後実施したい業務が運用できればそれを使用し、あるいは改良する。無い場合には、新たに共同開発する。

②共同開発

1)情報システムを共同開発する場合に、多くの問題が発生する。その原因は様々であるが、稼働前に問題を洗い出して、対応する必要がある。情報システム開発・導入において、医療従事者がある程度苦労することはやむを得ないが、患者には迷惑をかけないことが基本原則である。
2)種々の障害が発生して、開発が頓挫し、中途から、開発会社を変更し、開発範囲も縮小しなければならない場合がある。

21.情報システム導入の問題点と対策

①情報化の意義を理解しないまま、システム導入を目的にする病院が多い。

 情報、情報化、情報技術に関する教材と教育研修プログラムの開発が必要である。

②情報化のための院内体制を構築できない、あるいは不備がある。

 病院側に役立つシステム導入および開発の組織体制作りの手引きが必要である。

③情報化の意義や導入の目的を認識して開発しても、途中で目的からそれる。

 システム導入および開発の進捗管理の手引きが必要である。

④医事システムやオーダリングシステムから経営指標を分析するに止まる。

 必要なときに必要な様式のデータを得られる、運用が容易なデータベースの構築が必要である。

22.情報活用の問題点

 情報活用においては、①情報格差、②情報氾濫、③情報攪乱、④情報途絶・遮断、⑤情報漏えい、⑥情報操作等の問題がある。これらは、情報システムの脆弱性と、運用上のヒューマン・ファクターによる。いずれも解決が困難な課題である。
 情報収集においては、①社会保障・税番号(マイナンバー)、②目的外使用、④自由と制約のトレードオフ、⑤公益と個人の権利保護の関係等の問題がある。
 技術的には、①利用者の常識や思考経路に沿った仕様、②ユビキタスさらにはスマートな利用、③柔軟なデータベース、④データの蓄積と利用、⑤相互運用性、⑥国家的プロジェクトの継続、⑦昭和100 年問題等がある。

23.組織の再構築と情報システムの発展

 情報活用と質向上には組織の再構築が必要である。業務は固定的ではなく、プロジェクト毎に、職種・部署横断的に柔軟に対応しなければならない。また、標準化による部門間、職種間、病院間、地域内の情報共有が必要である。目的によって、情報システムを段階的に発展させなければならない。情報システムに求められる基本機能は、データの入力、蓄積、表示、参照等であり、データの二次利用が重要である。運用には、応答性、視認性、操作性等が重要である。

24.今後の課題

①マン・マシン・インタフェイスやマン・アプリケーション・インタフェイスを改良し、負荷を感じることなく利用可能とする。

・利用者の常識、思考経路に沿った、仕様にする。
・入出力機器入力: 音声入力、手書き入力、キーボード、マウス、視線入力、動作入力、生体認識装置、Q Rコード、バーコード出力: 画面、音声、振動、印刷、投射、形態( 触覚)・画面レイアウト、画面遷移、操作性等。
・医療従事者のみならず、患者や家族も説明なしで利用できるようにする。

②いつでも、どこでも、だれでも、容易に利用できる、スマートプラチナ社会とする。

 医療者、受療者、保険者、国民がそれぞれの立場で、アクセス権限の範囲内において、セキュリティが担保され、いつでも、どこでも、必要な情報を利活用できるようにする。近年の簡易携帯装置(PDA・ウェアラブル端末)、スマートフォンの開発によりユビキタス社会さらにはスマートプラチナ社会を目指している。実験段階ではあるが、生活環境の中で、健康に関する生体情報を収集し、分析することが可能である。
また、これらも組み合わせて、遠隔診断、遠隔治療の一部が可能となる。

③柔軟なデータベース構築

 予め、詳細な設計を必要としない構造が望ましい。顧客要求は常に増大し変わる。業務は頻繁に変更される。したがって、必要なデータ項目は変わり続ける。最終段階までに時間がかかるようなら、中間データベース(データウェアハウス:DWH)を構築して利活用する。

④データの蓄積と利用過去のデータを蓄積し、利活用可能とする。

 システムや機器は更新可能であるが、データは最重要の財産である。データの移行、連携を容易とする。レセプトデータの利用に関する検討が進み、一部で試行的に利用できるようになった。しかし、制約が厳しく、円滑な利活用を疎外している。国家的規模で構築されたデータベースは国民の公共財であり、セキュリティを担保した上で、利活用しやすくすることが肝要である。蓄積することではなく、有効活用することがデータベース構築の目的である。

⑤相互運用性を推進する。

 ハード、ファームウェア、ソフトウェアいずれも、共通の基盤で構築され、相互運用性が担保されなければならない。国家的プロジェクトとして、早急に共通基盤構築を実現しなければ、効率化は図れない。すなわち、共通の規格制定あるいはデータ構造およびインターフェイスの開示等の基盤整備をするべきである。
 現状では国際競争に勝てないどころではなく、情報後進国になりつつある現実を直視しなければならない。

⑥国家的プロジェクトとして、以上を継続的に推進する。

 単年度予算の弊害や、担当者交代による研究の打ち切りが多い。継続することが必須である。
 医療情報システム、HIS は極めて複雑かつ困難なものであり、有能な研究者、実務者の共同研究が必要である。産・官・学の協力が必要である。

25.2025 年における情報活用

 2025 年の社会状況を予測すると、人口構成をみると、高齢社会の様相が大きく変化しているであろう。日本においては、人口が減少しているが、80 歳代に突入した団塊の世代の多くが、組織の現役を引退した後も、余生ではなく、社会の現役として役割を果たしている。
 団塊世代以降の後期高齢者は情報弱者ではなく、社会的活躍が期待できる。前述の技術的、制度的課題を解決することにより、日常生活の中で情報機器を意識することなくICT を活用し、生産性が向上し、社会及び個人への負荷が減少し、安全、安心、快適な社会生活が期待できる。また、日常生活の中で健康状態が把握でき、そのデータが蓄積され、健康の維持増進に活用できる。異常を認めた場合には、それらのデータを活用するとともに、診断・治療においても身体的、経済的、時間的な負荷を少なくできる。
 我が国が世界で初めて高齢社会の基本的課題を達成し、全世界のモデルとなっていよう。これが、スマートプラチナ社会であろう。

    参考文献

  • 飯田修平,永井肇,長谷川友紀編著:HIS導入の手引き,じほう,2007
  • 飯田修平:なぜHISの安定稼働は難しいのか 新医療 2010.5
  • 飯田修平,成松亮編著:電子カルテと業務革新―医療情報システム構築における業務フローモデルの活用―,篠原出版新社,2005
  • 飯田修平 他(インタビュー):多次元構造データベースを基盤とした“機能する”HISを構築し、医療の基盤整備と質の向上を推進する、新医療 2013.11
  • 飯田修平:病院における情報システムの導入・開発の問題点.病院経営、2005.12
  • 飯田修平:情報技術と医療の質向上 病院管理実践の視点から.医療と社会、10(4)、2001
  • 飯田修平、成松亮編著:電子カルテと業務革新―医療情報システム構築における業務フローモデルの活用―、211p、篠原出版新社、東京、2005
  • 飯田修平:医療における総合的質経営 練馬総合病院 組織革新への挑戦、179p、日科技連出版社、東京、2003
  • 飯田修平、田村誠、丸木一成編著:医療の質向上への革新―先進6病院の事例―、285p、日科技連出版社、東京、2005
  • 飯田修平:医療経営における情報活用 データベースとシンクタンクの重要性、病院経営新事情 200号、1999.11
  • 西垣通:続基礎情報学「生命的組織」のために、240p、エヌティティ出版、東京、2008

情報化と業務革新

1.病院における情報化の意義と潮流

 情報通信技術の進歩発展により、情報収集・蓄積・利用における量・速度、さらには、場所を選ばない接続環境(ユビキタス)などは、前回2011 年版の本報告書発行時をはるかに凌駕し発展してきた。情報通信技術を有効に利用することができれば、自院における業務改善、情報管理から、連携医療機関との情報共有、地域包括ケアシステムの効率的な運用、さらにはビッグデータの利活用まで、その可能性は計り知れない。その具体的な運用と目指すべき姿を提言する。

①医療機関内における情報化

 医療の質向上を目指すための、指示と実施の明確化、医療安全上のチェック、医療従事者チーム間の情報共有、各種クリニカル・インディケーター(臨床指標)のチェックなどは言うに及ばず、医療機関の経営・運営に資するグループウェア、医療材料や薬剤管理、人事管理、請求など、医療の効率化という面でもその効果をすでに多くの医療機関で享受している。
 しかし、電子カルテにおける一部のソフトウェアベンダーによる仕様のブラックボックス化による囲い込みは、病院間の連携やベンチマークを阻害するものであり、かつ高コストをきたすものである。医療情報を国民の健康に資するものにするためには、仕様をオープンにした安価な標準電子カルテを国として設定すべきである。

②地域内連携

 地域内の医療機関間で情報を共有するために国のHL- 7規格下情報をシームレスに連携するシステムが、一部の都道府県や市町村単位、基幹的病院単位で構築されつつある。これらも、連携システムを構築するベンダー間の相互運用性に障壁がある。そこでも、国による統一規格化が求められる。さらに、病院と診療所の双方向性の確保のためには、診療所システムの確立も今後の課題となる。

③介護情報との統合(地域包括ケアシステム)

 高齢社会の中で、一人の患者を軸に考えた際、医療と介護との情報の共有が求められる。②のシームレスな医療情報システムを拡大する方法が第一と考える。しかし、医療情報とは別に介護情報と④の生活情報を集積し、患者・利用者が医療と接触した時点で、医療側が情報を閲覧し、必要な情報を抽出するという考え方もできる。後者は、患者本人が情報を管理するPHR(PersonalHealth Record)を想定し、そのデバイスは、患者が持参するIC カードやスマートフォン、USB メモリー、そしてクラウドなどが想定される。

④ Life-Log と生活情報

 データ集積によって、医療情報、あるいは介護情報が経時的に集積されることで、情報はLife Log となる。この情報に、本人の生活、嗜好、趣味情報、さらにセルフメディケーション情報や代替医療情報などの生活情報が加わり、分析に供されるならば、予防医学の大きな発展をみることが期待される。

⑤既存の枠組みの中のビッグデータ

 既存のビッグデータとして、急性期病院ばかりでなくデータ提出を条件とされた地域包括ケア病床を有する病院等におけるDPC データ、レセプト情報・特定健診等情報データベース(ナショナルデータベース、NDB)、さらには、国保医療に加えて介護保険データを含む国保データベースシステム(KDB)などが存在する。これらは世界最大規模のビッグデータとして多くの可能性を有している。適用される症例が限定されたランダム化比較対照試験(RCT)やQALYなどの手法を用いる医療技術評価(HTA)に対して、実診療行為に基づくデータベース(Real World Data、RWD)ともいう。ただし、両者共に科学的論証が必要である。
 これらデータを、匿名化して供することによって、地域医療計画をはじめとした公衆衛生や医療費適正化に資するばかりではなく、医療機関同士のベンチマークによって病院の運営と質の効率化に寄与すことは明らかであり、データ利用ルールの確立が強く求められる。

⑥ IoT とビッグデータ

 今後の情報社会を予測すれば、技術の進展とコストの低下により、ビッグデータを用いたIoE(Internet of Everything)、IoT (Internetof Things)の世界が幕を開ける。人間生活のあらゆる情報がインターネットに接続され、そこで集められた情報をデータマイニングの手法を使って、想定を越えた関連性を引き出すことができる可能性がある。遺伝子情報による予防医療やオーダーメイド医療、日常生活と予防医療、病後の管理、介護予防、認知症予防など、その効果は多くの可能性を有する。ただし、機微な個人情報の利活用には一定の制限と設けるべきである。

2.情報イノベーションと医療

①遠隔医療

 「地域消滅」などといった言葉が交わされる人口減少社会を迎える。高度成長期と同じ医療・介護サービスをすべての地域で求めることはできなくなったと理解すべきである。その中で、臓器別専門医と家庭医、総合診療医のあり方などとともに、過疎地における医師の配置、病院病床の配置が問題となってくる。さらに、高齢者の増加によって施設入所からあふれ出した在宅医療・介護の増加が問題となってくる。
 それらの解の一つとして、遠隔医療や遠隔介護に供するシステムのイノベーションが期待される。遠隔診断、遠隔見守りから、遠隔治療、遠隔介護技術が、センサー機器の発展、またロボット技術の発展により供されるに違いない。

②クラウド

 先に挙げたIoT はクラウド技術によるところが大きい。仮想化サーバーの低価格化、通信速度の高速化、仮想化端末とソフトウェアの発展により、医療に関わるシステムそのものの考え方が変化する。システム管理は容易となり、セキュリティ分野でも、効果が期待される。

③多様化する端末

 すでに、社会ではPC のみならず、スマートフォンやタブレット、さらには今後ウェアラブル端末の発展が見込まれている。病院内におけるシステム端末の利用のみならず、BYOD(Bring Your Own Device)と呼ばれる自分の端末をシームレスに病院システムに接続することが可能となる。これによって、いつでもどこでも患者情報にアクセス可能となる。これによって、医療職の仕事のあり方が変わる可能性があり、同時に遠隔診療時のセキュリティ確保と責任の所在について議論が必要となろう。この場合にも、セキュリティ対策が必須である。

図8-3 某病院における仮想化環境構築例

コラム : 国民総背番号制度

 社会保障・税の共通番号(マイナンバー)法案は、2013 年5 月に国会を通過した。マイナンバーは2016 年1月より税や年金分野で運用が始まる。
 医療分野では、厚生労働省は「医療等分野における情報の利活用と保護のための環境整備のあり方に関する報告書」で、医療・介護等の分野においてシームレスな地域連携や医療情報等の活用等を目的に「医療等ID(仮称)」を導入し、体制整備を目指すとする。
 マイナンバーを医療に利用することに関して、個人情報保護の観点から多くの反対意見もある。当然メリットとデメリットは付きまとう。デメリットのない仕組みは存在しない。今後、推移を見極めた上で、医療への利用について検討すべきである。