全日病ニュース

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総合診療専門医 家庭医療学を核にプライマリ・ケアの専門性を確立すべき

【プライマリ・ケアと総合診療専門医に関する議論に思う】

総合診療専門医
家庭医療学を核にプライマリ・ケアの専門性を確立すべき

既存専門医延長の議論に懸念。わが国プライマリ・ケアの現状を十分踏まえて議論を期待

プライマリ・ケア検討委員会委員長(常任理事) 丸山 泉

 日本の医療に文脈性を持ち込むことは容易なことではない。右肩上がりの経済状況を経験した医師群が世代交代するまでは難しいのではないだろうか。
 一方で、急激にニーズが高まることが明確な入院施設の運営の厳しさについては言うまでもなく、現実と現場を知らない作家が書く文脈となってはならない。
 トーマ・ピケティが「21世紀の資本論」で述べているように、経済成長が緩やかな先進国は格差社会の道を歩んでいる。日本も例外ではなく、一部の経済学者によると、総中流化から少数の富める者と大多数の貧しき者との二極分化になりつつあると考えられている。
 すべての現象は有機的に連関しており、人口減、一時的な高齢者増の後に来る高齢者減、少子化、労働人口の不足は、格差においても是正のベクトルではない。このようなことから、プライマリ・ケア(以下PC)の強化が日本に突き付けられている喫緊の課題であるのだ。
 このことは、11月に出されたOECDの2014年医療の質レビュー(日本)の提言にも書かれている。患者側の構造変化や格差問題は経済発展の阻害因子となる。そのために医療における変革も必要であると言っている。
 人口構成の変化と、それによる経済的な問題、特に税収減の問題、加えて格差の問題、それは貧困格差ばかりでなく、世代間負担の格差、地域間格差など、PCが包み込むべきものは厚く高い壁である。
 PCの強化を唱える時には、どのようなものが対象であるのかがきわめて重要である。
 病院医療の世界にそれを当てはめてみると、人口減は患者減につながり、一時的な高齢者の増加は認知症や多疾病罹患患者の増加を意味するので、病棟、外来に関わらず、従来の方法では対応できない。ひいては病院経営の大きな決定因子となる。
 もっと大事なことは格差の顕在化である。富の再分配としての社会保障が、再分配すべき対象があまりにも巨大になることによって立ち行かなくなる可能性が強い。
 患者層の変化はもっと深刻なものとなるだろう。毎日外来に100人来るとして、その内の90%がある程度潤沢な生活レベルの人である場合と、10%がそうである場合は様相がまったく異なってくる。
 つまり、医療も格差社会を念頭においたシステム構築を求められている。
 このようなことから、時代に即応した文脈性のあるPCの強化を必要としているのであるが、PC領域のドラスティックな改革が可能であるかと問われれば、私はそれはないし、してはならないと答える。
 理由は、通津浦々で行われている診療の一つ一つは継続性を担保されなくてはならないし、例え、医療界でよしと思う道理にかなった改革であっても、国民に混乱を引き起こすことはできないからである。
 今日の正午、日本のPCは誰が担っているのであろうか。言うまでもなく、診療所と病院の両輪である。とすると、PC強化の文脈は一点に帰着する。名称的にはただの現象であるが、現実に今PCを担っている「かかりつけ医」の対応能力をどう高めるかである。
 分かりやすく説明すると、将来的に50万弱の人の看取りの場が確保できないと推計されているが、内科を主標榜とする診療所はおおよそ6万超のはずであり、これに病院外来も加わるので、乱暴に計算すると一施設あたり6~7件の在宅看取りをプラスしていただければよい。解決可能な課題となる。
 問題は受療側である。独居老人世帯が増えており格差が広がる中で、問題になるのは実はこちら側のことである。福祉的な手当や介入がこれまで以上に可能なのか、圧倒的な多数の前に人手と財源はどのようにするのか、そちらの方が余程深刻である。
 話が横道にそれたので元に戻すが、かかりつけ医の対応能力をどう高めるかには、日本医師会や病院団体の総力戦が求められている。では、どのような方向に高めればいいのであろうか。
 そこに19番目の基本領域の総合診療専門医の役割があると考えている。
 PC領域の医師の仕事に専門性があると考える人はきわめて少数であった。
 海外で発展している家庭医療学を、米国や英国などで学んだ一部の人々が先見的にとなえていただけであった。
 日本の医学部のメインの附属病院は特定機能病院である。このことが日本の医療がいかにPCを軽視してきたかを如実に示している。講座としての家庭医療学を名称に関わらず発展させてきた大学医学部はきわめて少ない。
 総合診療専門医は、日本専門医機構によって協議が進められているが、日本医師会長もそのことについては是とすると表明しており、間違いなく成立すると考えている。
 総合診療専門医のはたす役割は、地域包括ケアの現場での業務独占を意味するものでは決してない。標榜は可能となるはずであるが、成立後、微修正を行いながら、国民に信頼を得る診療科となるかどうか、また臨床研修後の若い医師にとって、魅力ある領域となるかどうかにかかっている。
 かかりつけ医の対応能力を高めることは、スキルの研修の積み重ねだけではない。そのために総合診療専門医はPC領域での専門性を家庭医療学をコアとして明示できるものとなり、PC領域で医療をする者にその方向性を示さなくてはならない。
 専門医としての確固たる確立はこれからの日本のポリシーメイキングともなる。曖昧なものではその役目をはたさないだろう。
 最後に、病院施設における関わりは、(1)総合診療専門医の育成プログラムに携わる、(2)家庭医療学を基盤とした総合診療を診療の中に位置づける、この2点がやや混乱しているようであるので整理していただきたい。
 また、専門医機構の議論が日本のPCの現状を十分に認識したうえで進むことを願っている。既存の専門医育成の延長の議論になりがちな点を強く案じている。