全日病ニュース

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医師に対する教育と研修も医療の側に課せられた課題

【終末期医療に関する座談会(その2)】

医師に対する教育と研修も医療の側に課せられた課題

今は過渡期。議論や現場の信頼積み上げなどの動きがいつか集約に向かう

医学部教育・臨床研修に終末期が欠如している

横野  国家試験には倫理に関する部分もありますが…。
池上 国家試験というのは客観性を保つための択一の問題です。その中にインフォームド・コンセントもありますが、それは極めて浅薄な技術論の選択肢に還元されますので、その背後にある考え方への関心は極めて乏しいというのが私の実感です。
横野 私が申し上げたかったのはまさにそのことです。実際に、こういう場面を考える上で基礎になる倫理が医学部で学ばれているかというと、余り期待できないという…。
池上 1つには、昔と比べると学生が患者に接する機会が少なくなっています。したがって、何が最先端で、何が一番いい治療方法であるかということには関心があっても、終末期の問題に対する関心は乏しい。そうしたことは卒業後の研修の対象であるということで、努力義務になっているんです。
 そういう中で、マスコミからの圧力によって医師の価値観や対応が変わってきていると私は思うんです。ただ、マスコミは国民の不安を静めるよりも国民の不安をかき立てるような報道をしがちです。それによって関心は高まりますが、解決の糸口は示さず、いかに大変かという漠然とした不安感を増長する形の報道が多いのが現状です。
木村 そうすると今の医学生に、今議論されているような死の教育を施すのは無理だと…。
池上 無理とまでは言いませんが、大学病院というのは、時に終末期に遭遇しますが、市中の病院と比べて遭遇する機会は少ない面がありますから。
宮澤 医療者側がどうあるべきかという話が今されていますが、同時に、国民のコンセンサスを得るということが必要ではないでしょうか。そういう意味から、私は、GLがもっとたくさん出ても構わないと思っています。
坂本 その点は私もそう思います。
宮澤 いずれ厚労省が中心になって基本的なところをまとめていくという流れになるのではないでしょうか。それから、報道の側が問題を提起するということがあってもいいと思います。どうしようと国民が思い始めることが一つのきっかけになるかもしれません。
池上 関心が高まっても、これが一つの方向性であるということを示さないで、いたずらに不安をかき立てるだけに終わるのは問題ではないかと思いますが…。
宮澤 一定の方向づけは必要だと思いますが、患者や家族の終末期における幸せとは何なのか、人間としてのあるべき姿は何なのかというところから、いずれ収束していくのではないでしょうか。
 ただ、幸せとかの抽象概念は人によって様々です。「とにかく生きていてくれればいい」とか「意識がなくても生きていてくれるだけで自分の精神的な支柱になる」という方もいるかもしれない。あるいは、「回復の見込みがないのなら静かに眠らせてほしいとずっと言っていたから、そういう形で終わらせてあげたい」という方もいると思います。
 

地域包括ケアには終末期対応の標準化が不可欠

宮澤 色々な議論がある中で、少なくとも外してはいけないのは、患者ないしは家族にとって何が幸せなのかという観点、それと、それを助けられる医師ができる範囲がどこまでなのかということ、この両方をはっきりさせておかないと、この問題は着地していかない。その安定したところに落ちつくまでには、まだ少し時間が必要なのではないでしょうか。
徳田 しかし、私はもう待ったなしの状況にあると、したがってスピードが必要だと思っています。先ほどは、漠然とよい方向に向いているのではないかと申しましたが、一方で、今はスピードが求められているとも思うのです。
 私は、医学部で老年医学を学ぶ機会を持たせないとだめだろうと思っています。というのも、すでに入院の7~8割、多いところは9割が高齢者だからです。だから、高齢者の身体は若年層とは違うということから始まる医学教育が必要だということが第1点。
 もう一つは、認知症の患者がすごく増えるということです。65歳以上の予備軍、MCIも入れると4人に1人の時代です。つまり、終末期に4人に1人が意思決定できなくなる現実がすぐそこにあるわけです。ですから、もっと積極的に教育研修に取り組むべきところにきている、必要なことは、その方法論をどうするのかということだと思うのです。
 高齢者が増えていく中、医療を、介護を、地域包括ケアシステムをどうするのか。まさに待ったなしの状況にあるわけですから、どういう形で進めるか、この1~2年のうちに方向づけをしなければならないのではないでしょうか。
 では、解決に向けたツールは何か。我々はそれを検討しなければなりません。幾つかの道筋があると思うのですが、1つには、医学部にも、臨床研修ではなおさら、終末期医療を学べるところを巡る臨床研修システムが必要ということです。
 地域包括ケアシステムの実践において、終末期への対応の標準化が絶対に必要となります。地域包括ケアシステムでは、医療、介護あるいは福祉に関係する人だけでなく、住民も意識改革が求められる状況となります。終末期の話はそこに出てきてもいいわけで、どの段階でどんなふうに知らしめるのか考えるべきです。いずれにしても、スピードというキーワードは忘れてほしくありません。
木村 今は、卒後研修でも地域医療ということで外の病院に出ますから、大学病院で経験しない終末期とか在宅医療というものを学ぶことができると思うので、私も、やはり死の教育というのは医学生に絶対に必要だと思います。
横野 川崎協同病院や東海大の事件は90年代に起きていますが、判決文を見ると、その当時の病院現場や医療界には終末期をめぐる議論やコンセンサスがないことに、裁判官自身もある意味で衝撃を受けているという印象を受けます。その頃と比べれば、今は色々なGLが出てきており、議論は確実に進んできていると思います。
 法制化について言えば、通常国会への提出が見送られた尊厳死法案は、書面の意思表示があって一定の手続を踏んだ場合に医師の免責を想定しています。一方で、今の成年後見制度では、代理人を決めて医療上の決定を委ねることができません。全日病のGLでも代弁者をどう位置づけるかという論点が示されていますが、私は、医師の免責よりも、医療上の決定を任せる代理人を本人が事前に決めておくという部分の法制化の方が先ではないかと思います。
池上 私もそう思います。というのは、代弁者というのは、仮にその患者と延命治療について直接的な話しを交わしていない場合でも、その患者の価値観を理解することができる人であるはずです。臨死期を迎えたときに、患者の価値観を踏まえた選択することのできる代弁者を決めるのは、きわめて重要なことです。
 延命治療について、元気なときあるいは老人ホームに入居する段階で言ったことと実際の臨死期の場面とで、価値観が全く変わらないと考えるのは非現実的です。いわゆる尊厳死法案は、それが変わらないという前提のもとにリビングウイルを法的に位置づけるという主旨でして、私は意味がない法案だと認識しています。

          

国の方針・法制化の前に国民議論をまとめる必要

坂本 医療について国民の多くは、かみ砕いて説明を聞いたり、自分のこととして考えることのできる場面があって初めて理解できると思います。全日病は公益法人ですし、全国に会員病院がありますので、国民が終末期の具体的な議論に参加できるような、一種のトークセッションを各地域で何回も開く。そして、北から南まで全国で開催できたら多くの国民は終末期について考えるようになると思います。国民にそういう機会を与えてくださればありがたいと思います。そういう方法で浸透させていく以外に、前に向かって進むよい方法はないのかなと思います。
 消費者教育推進法が昨年できた結果、振り込め詐欺とかの悪徳商法の被害にあわずにすむように小中高で生活教育に取り組むということになり、都道府県に補助金が交付されました。各自治体で市民の啓発が行なわれるようになっているのですが、自治体が実施している啓発には医療は入っていません。医療は特別な分野と考えられ、厚労省の関係は啓発の対象になっていないのです。国民は、医療の受け方や仕組み、終末期の迎え方などもよくわからない状態できていると思います。全国にこれだけの数の病院が参加している全日病で、そういう取り組みをやってもらいたいと思います。
木村 セミナーをしてほしいと。
坂本 皆が参加できて意見が言え、自分のこととして考えられる場の提供です。
宮澤 やはり、国民の意識がどうあるのかということが大きな観点になってくると思います。その意味では、色々なGLをつくっていく中で、現場ではこういうことが起こっているという情報を提供したり、終末期を巡る出来事が起ったときに、色々な団体がきちんと意見を述べるということが必要なのではないでしょうか。
 最終的にどう取りまとめるは国の責任であるだろうと思います。ただし、その前提として、皆さんの意見を集約できるような形ができることが必要です。坂本さんがおっしゃったように、各地域でシンポジウムなりの集会を開いて浸透させていくことが必要ではないでしょうか。
横野 イギリスでは、今、生殖補助医療に関して、ミトコンドリア置換の体外受精にどういうルールを設けるかということを何年も議論をしています。どういう形で議論しているかというと、各地を回って色々なフォーカスグループでミーティングをする、そこに一般市民や色々な立場の人が参加し、専門家を交えて話し合いをしているんです。そういうことをして何年もかけて政策をつくろうとしています。
池上 国民に対する普遍的な啓発活動としては、マスコミが国民目線で論点を整理して1つの方向性を出すことが重要だと思います。その一方で、第3者的な相談機関は必要かもしれません。
横野 どんなGLや法律ができても、解決が難しい、紛争になりそうなケースはあると思います。それをできるだけ減らしていくためには、実際に問題が起こる前から医療者と家族・患者が色々な話をして、そういう場合の認識を共有していくということがかなり重要な役割を果たすと思います。
徳田 本日は色々なご意見をいただいて、本当にありがとうございました。最後にどうやって啓発していくかについてもご意見をいただきましたので、病院のあり方委員会として、皆様のご意見を整理させていただき、具体的な案を考えてみたいと思います。さらに、今後の取り組みの結果を踏まえ、あらためて色々なご批判・ご助言をいただきたいと思います。
木村 本日は具体的な結論にはいたりませんでしたが、大事な点が幾つか見出せたかと思います。今後もこうした機会をもちたいと思います。終末期医療のあり方に関する国民に対する啓発活動を色々な形で展開していきますので、引き続くご協力をお願いします。