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ホーム全日病ニュース(2022年)第1006回/2022年4月1日号医師の働き方改革を通じた未来志向のチームビルディング

医師の働き方改革を通じた未来志向のチームビルディング

医師の働き方改革を通じた未来志向のチームビルディング

シリーズ●医師の働き方改革に備える② ハイズ株式会社 代表/ 慶應義塾大学 特任教授  裵 英洙

 2024年度からの本格実施が予定される「医師の働き方改革」。法的ルールの遵守にとどまらず、魅力的な病院づくりにつなげる必要があります。働き方改革に備えるシリーズの第2回は、ハイズ株式会社代表の裵英洙さんに未来志向のチームビルディングについて執筆していただきました。

【はじめに】
 これまでに経験したことがない速度で高齢化社会が迫り、新型コロナウイルス感染症、地域医療構想、医師偏在問題などの外部環境の激変も進みつつある医療界。多様かつ多量な医療・介護ニーズに応えなければならない過酷な医療現場では、医師をはじめ多くの医療職が過重労働を強いられています。そのような環境下で、いよいよ2024年4月から医師の働き方改革が本格的にスタートし、より高い生産性を追求する働き方が求められています。
 この改革は、医師の時間外労働時間の上限規制がA水準では960時間、B水準/連携B水準/C水準では1,860時間となり、法的拘束力を有する大きなパラダイムシフトとも言え(図)、働きすぎといわれて久しい医師の厳しい労働環境に大きなメスが入ることとなります。同時に、病院経営の観点からは、少ない人的資源の中で、法的ルールを順守しつつ、労働生産性の向上と職員のやりがいの両立を目指すという難解な連立方程式を解いていかないとなりません。だからこそ、医療現場と経営の両者が、業務負担の見極め、要・不要業務の切り分け、適切な業務を適切な職種への移管等の取り組みをともに考えていくことが重要となります。
 院内の働き方改革推進のメインエンジンの一つとして、多職種を巻き込んだタスクシフト/シェアがあり、多くの医療機関では取り組み始めています。タスクシフト/シェアは多職種協働を基本とするチーム医療と強い親和性を持っており、より良いチームならタスクシフト/シェアはより一層加速します。本稿では、医療機関における働き方改革を効率的かつ効果的に推進するためのチームづくりについてお伝えします。

【チーム医療とタスクシフト/シェア】
 昨今の医療現場は単独職種でものごとが解決する場面は少なくなってきており、チーム医療全盛期であり、多職種協働が共通認識となってきています。チーム医療とは、一人の患者に対し、複数の医療専門職がチームで連携して治療やケアに当たることを指し、患者を中心に様々な医療者がそれぞれの価値を提供し、医療の質を高めることが目的です。実際のところ、医療の高度化・複雑化が進む中で、単一職種のみですべてをまかなうことが困難になってきているため、病院では多くの専門職がチーム制で働いているのが現状と言えるでしょう。
 さらに、複数の専門職の視点が入ることで医療ミスや抜け漏れを未然に防ぐ安全網にもなり、医療安全上の効果も期待できます。だからこそ、業務を各専門職に適切・適時・適者に割り振り、個々のプロフェッショナルが責任と矜持を有しつつ、その専門スキルを十分に生かし、患者への提供価値を極大化することができる労働環境の創出がチーム医療の重要視点となってくるのです。つまり、効果的かつ効率的なタスクシフト/シェアを実施することで、個々の専門職のスキル発揮の場を創出し、その職種のやりがいやモチベーションを高めることができ、チーム医療の付加価値向上につながっていくことが期待されています。このように、これからの医療機関運営では、働き方改革視点とチーム医療視点の両視点を有するタスクシフト/シェアが当たり前の時代となっていくでしょう。
 さらに、厚生労働省「医師の働き方改革を進めるためのタスクシフト/シェアの推進に関する検討会」では6分野、約280項目をタスクシフト/シェアの優先業務として列挙しており、それらをベースに改正医療法を通じて多くの医療職のさらなる業務範囲が広がることとなりました。医療政策の面からもタスクシフト/シェアが後押しされており、その波はどんどんと大きくなってきています。ただ、やらされ感・押し付け感満載のタスクシフト/シェアは短期的効果を上げることができるかもしれませんが、自律性・自立性のチーム文化の醸成にはつながらず、長期的にはどこかで息切れし、人的資源の量的投入で課題解決を図るこれまでと同じの力技に舞い戻りかねません。タスクシフト/シェアを実行する診療科や部門におけるチームでは、タスクシフト/シェアを“される”側のモチベーションマネジメントが重要となってくるのです。つまり、チーム内のモチベーションを保ちつつ、チーム医療における業務の効率的分担を狙い、各専門職種がその能力を存分に発揮できる場の創出が必要となります。

【良いチームとは何か】
 効率的にタスクシフト/シェアを実現するために、まずは良いチームを創る必要があります。チーム医療を実践している現場リーダーや管理職の方々は日夜、良いチームづくり、いわゆるチームビルディングに苦心していると思われます。良いチームは自然発生的にはなかなか出来上がらず、リーダーの意識的建設が必須となり、リーダーのマネジメント力が問われる領域です。そこで、チームビルディングのポイントを3つの視点から見てみましょう。
①仲良しグループからの意識的脱却
 チームとは、異質な人間がある目標を達成するために熱意を持って助け合う組織であり、単なる人の集まりであるグループとは異なります。また、チームビルディングとは、同一のゴールを目指し、複数メンバーが個々の能力を最大限に発揮しつつ一丸となって進んでいけるような効果的な組織づくりやチームをまとめる手法のことです。つまり、「優秀なリーダー的存在である◯◯さんとそのお手伝いをしてくれる人達」という構図からの脱却をしなければなりません。優秀な人が「手が足りないから手伝ってくれ」というのでは、メンバーは主体的に関われないため、モチベーションが低下し、チームとしてのパフォーマンスはあまり長続きしないものです。「ひとりの優秀な人」対「その他大勢」の構図ではなく、チームメンバーそれぞれが対等かつ有機的に作用する関係性が重要となります。
②心理的安全性の醸成
 チームメンバーに主体性を出してもらうには、率直かつ建設的な本音の意見が場にどんどん出てくるようなチームの雰囲気作りが必要です。そのために最も必要なのは、メンバーの心の安心安全(心理的安全)の確保です。対人関係においてリスクある行動を取ったときの結果に対する個人の認知の仕方は様々ですが、「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられるかどうかはチームのベースラインとして極めて重要です。だからこそ、チームリーダーが率先して、チーム内の次の3つの意識を排除することを心がけましょう。
1.「 無知・無能」の排除:「あいつは分かってない」
2.「 邪魔」の排除:「あいつは不要だ」
3.「 ネガティブ」の排除:「あいつはダメだ」
 3つの意識は知らず知らずのうちにチーム内に蔓延し、公式・非公式な言動としてチーム内の各所に出現し始めます。阻害され始めたチームメンバーはその空気感を鋭敏に読み取り、チームとの心理的距離を取り出し、仕事へのモチベーションを低下させ、チームへの帰属意識を薄くし始めます。だからこそ、リーダーが日常的に会議等の場で、3つの意識の排除を徹底してチーム内で周知することが重要となります。
③チーム目標はSMART(スマート)に
 チームを同じ方向に動かすためには目標設定は重要です。ただ、やみくもにリーダーが求める目標だけを押し付けてもチームメンバーは付いてこられない場合もあります。その際は、“SMART”を意識して目標設定することがポイントです。
Stretch(ちょい高め):ちょっと頑張ってみるくらいのレベル
Measurable(測定可能):数値化にこだわってみる
Achievable(達成可能):無理難題では挫折するので要注意
Realistic(現実的):今ある資源を活用できるように
Time-related(期限付き):だらだらしない
 タスクシフト/シェアにおいて、医師が忙しいからという理由で何でもかんでもチーム内のメンバーにどんどん業務を渡していったら受け手側の業務はオーバーフローしてしまい、モチベーションも低下しかねません。“SMART”を意識しつつ、どのタスクをいつまでにどれくらい渡していくのか、その成果指標は何にするのか等の目標をしっかりとチーム内で話し合ってから、実際のタスクシフト/シェアを始めてみることが重要でしょう。

 チームビルディングにもチームマネジメントにもリーダーは不可欠です。医療機関では診療科長や師長等の管理職がリーダーに当てはまることが多く、臨床現場では職種として医師が該当する場合もあるでしょう。そのリーダー自身が、“良いチームを作りたい”、“作っていこう”と強く望み、上記3つのポイントを意識的に実践していくことが必要と考えられます。

【働き方改革は“病院づくり”である】
 多くの産業では「働き方」の多様化がスタンダードとなってきており、医療界も例外ではありません。働く者にとっては働き方の選択肢が多く、適切な労働時間を含めた良好な職場環境が好まれる傾向が高まってきています。産休・育休制度の充実、正規・非正規の様々な雇用スタイル、フレックス・時短勤務等の柔軟な働き方など、職員が魅力と感じる様々な選択肢を用意しなければ医療機関は選ばれない時代がやってくるでしょう。働き方改革は法的なルールを守るための取り組みでもありますが、それ以上に、将来的に良い人材の離職を防ぎ、または外部から優秀な職員を獲得するための魅力的な「病院づくり」のための投資でもあるのです。
 「ES(Employee Satisfaction)なくしてCS(Customer Satisfaction)なし」この経営の格言は医療機関にも当てはまります。職員満足度を高めることなくして、患者満足度の向上は望めません。働きやすく、かつ働きがいのある病院は、間違いなく優秀な職員から選ばれやすく、その先には質の高い医療を提供することで患者さんのさらなる笑顔を生みだすことができると考えられます。
 働き方改革の真の意味は、職員が総力を挙げて取り組む“働きやすくかつ働きがいのある病院”づくりと言えるでしょう。

 

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  • [1] 病院のあり方に関する報告書

    https://www.ajha.or.jp/voice/pdf/arikata/2021_arikata.pdf

    加えて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で明らかとなった医療・介護分野に. おける諸課題は、国や各自治体、提供体制側それぞれにあり方の再考を迫るものである。

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