主張・要望・調査報告
「病院のあり方に関する報告書」
第1章 病院のあり方に関する報告書2000年版を振り返る
未来を語るためには、過去に行われた未来予測がどの程度正確であったかを、他の分野も含めて概観する必要がある。「病院のあり方に関する報告書2000年版」では、予測される社会・人口・疾病の状況に照らして、医療に期待される役割を果たすために解決すべき課題を明らかにし、その解決に向けて、国、自治体、会員病院など、関係者の行うべき事項をあわせて示した。単なる未来予測とは区別される。「病院のあり方に関する報告書2000年版」に示された事項が未達成であるならば、課題として認識したことが誤っていたのか、あるいは、引き続き重要な課題ではあるものの別の理由で未達成なのかが検討されるべきである。後者には、関係者の活動が不十分であったことも含まれる。本報告書で2040年の医療を検討するにあたって、まずは20年前に予測された2020年がどのようなものであったかを検討する。
1.20年前の2020年未来予測
予測通りとなった事項の多くは、人口推移(少子高齢化・生産人口減少)と社会保障の限界(特に年金)に関連する事項で、統計的な考察から可能であった内容と、すでに始まりつつあったICT を利用した種々の取り組み、特にネット社会の実現等であった。
一方、外れた事項は、経済・財政・国際競争に関するものが多く、ドラスティックに変わると予測されたものの多くは実現されなかった。(なお、章末に未来予測についての代表的な資料を示す。)
2. 病院のあり方に関する報告書2000年版 1 の評価
社会・人口・疾病の状況が変化すると、医療に期待される役割もそれに応じて変化する。「病院のあり方に関する報告書2000年版」では、医療提供にあたって重要な責務を全日病が社会に対して担っているとの認識のもと、これに対応する理想的な医療提供体制を、解決すべき課題とあわせて示すものであった。
「全日病は、護送船団の取り組みから決別する」、「病院団体自らが、医療提供体制見直しを提言し、その実現に努力する」、「会員が医療の質の向上のために理論構築から実践まで取り組む」等の大命題は、ほぼ実現した。
重要提言で実現できなかった事項は、「診療報酬包括払いの導入(ただしDRG/PPS を提言したがDPC/PDPS が導入された)」、「公私格差(補助金・賃金水準・投資費用)の是正、地域別格差(人件費・物品費・投資費用)の是正」、「アウトカム評価の確立と診療報酬等への反映」、「頻回な制度改定による運営体制への影響の排除」等である。
当時、医療提供体制のあり方、医療の質や安全に関するまとまった主張は存在せず、医療関係者や会員に与えた影響は大きかった。医療安全に関する取り組みはほぼ全病院で実施されるようになり、現在も継続されている。しかし、医療の質に関する取り組みは、未だ十分に各病院に浸透しているとは言い難く、特に治療結果に関する評価の実践は一部病院に限られており、今後の課題である。
機能分化の推進、ケースミックス概念の推進(患者のリスク、重症度を考慮した病院機能の評価)、介護との連携、診療報酬包括払いの導入は、理想的な提供体制の構築につながっている。しかし、民間病院の運営に関して「医療分野を重要なサービス産業と位置付け、投資を促進するための環境整備を行い、公的資金、病院債等の資金調達を検討する」ことは未だ不十分であり、今後とも継続して取り組む必要がある。
1 公益社団法人 全日本病院協会「病院のあり方に関する報告書(2000年版)」https://www.ajha.or.jp/voice/arikata.html(2000.1.20 参照)
(資料) 2000年頃前後に公表された20年後の予測と、その評価
(太字が実現 細字が実現されていない内容。あくまで、病院のあり方委員会委員による評価である)
①『平成三十年』、堺屋太一、朝日文庫、2004「少子高齢化」と「交通網の発達」の2大テーマ
- 平成28年に出生数が遂に100万人を割る
- 郊外のニュータウンは高齢化でゴーストタウン化
- 農村部も過疎化進行
- 情報次第で呼び出し音が変わる携帯
- 「ニックス・カフェ」と呼ばれる個人オフィスができる。電子機器を並べたデスクが並び、コーヒーも飲める。個人事業者などが利用
- ネットで選挙結果を予想
- 若者がテレビ電話を楽しむ
- 介護にシェアリングエコノミーのような仕組みを導入
遠く離れた親を介護するため「遠くの隣人」というシステムができる。要介護者が離れている家族同士で、「介護する側」、「される側」を交換するシステムで、自宅近くにいる相手の親を介護する代わりに、遠く離れた親を介護してもらう。 - 「 パソエン(パーソナルエンターテインメント)」と呼ばれる遊びが大人気
カメラとセンサーを使って、リアルタイムの顔ハメ映像を自分で演じて披露する。映像はプロ野球選手やフラメンコダンサーなど、3万種類以上あり、宴会芸の定番で、政治家の接待にも主にこれが使われる。
②『極秘資料が証す 新・変貌する東京圏 最後はこうなる』、矢田晶紀、経済界、1996
- 六本木が再開発されて、ナイトスポットからビジネス街になる
- 品川駅に新幹線が止まり、ターミナルとして発達する
③『これから5年 10年驚くべき超未来図』、新ライフ・スタイル総研、青春出版社、1997
- 自動車電話が軽量化し、将来大きく発展する。
- ポケットベルに数字や英字が表示されるようになり、人々の行動が一変する。
- パソコン通信の発達で長距離出張の必要がなくなる
- 新幹線も飛行機もビジネスで使わなくなる
- 電車や飛行機は「観光」がメインになり、ゆったり移動するようになる
④『ビル・ゲイツ 未来を語る』、ビル・ゲイツ(西和彦翻訳)、アスキー、1995
- ノートパソコンはますます小型化して、ポケットサイズのコンピューターになる
- スケジュールや天気予報をチェック、ゲームもブラウズも可能。子供の写真を表示、デジタルマネーで支払、GPS、生体認証
- 全ての情報は「情報ハイウェイ」(ネット)を通じてやりとり
- 音楽のダウンロード販売
⑤ジョブズの未来予測、Computerworld Information Technology Awards Foundation、1995
- デバイスの軽量化とEコマースの到来
- インターネット上の流通チャネルの構築
- 中間業者の排除―巨大IT企業
- 車の販売網―代理店なし―店舗で試乗車のみ展示、注文すれば後日現物が届く
- クラウドサービス
- Webは極めて重要な存在になりつつあるが、何百万人もの人生を変えるような出来事とは恐らくはならない
⑥『次の20年』討論会 第4回サンフランシスコ 2000年7月6日―来たるべき 2020年のテクノワールドに関するビジョン
自家発電装置が支える脱都会:『未来研究所』代表ポール・サッフォ
- 洗濯機程度の大きさの発電装置(装置には石油化学製品が入っており、副産物は真水だけ):脱都会を進める大きな推進力
- 大型トレーラーと衛星受信アンテナでネバダ砂漠のまん中でコンピューターを動かす電力を確保可能
遠隔体験:米ヒューレット・パッカード社研究所量子構造研究計画主任、スタンリー・ウィリアムズ - 精度の高い感覚と大量の情報伝達力を備えた装置開発
- 『ミクロの決死圏』を実現:体中を遠隔操作で移動していくセンサーが集めた情報を受け取ることで、生体の血管の中を旅する体験ができる。
デスクトップによる経済への参加:米ベンチマーク・キャピタル社共同経営者、ビル・ガーリー - すべてのコンピューターがナップスター方式で接続
- 人々はインターネットにログオンし、経済活動を「実践」できるようになる―20年以内にニール・スティーブンスンの SF『スノウ・クラッシュ』(アスキー出版局刊)そっくりの世界になっていくだろう
- 電子メールに音楽を添付できる巨大な添付ファイルが登場
⑦「未来のオフィス 2020」管理職クラス紹介派遣会社 OfficeTeam、「Office of the Future: 2020」、2005年7月
- モバイル化がますます進み、柔軟な運用:パソコン、電話、ファックス、スキャナー、電子手帳、カメラなどの複数のハードウェア機能が、1つの便利なデバイスに統合
- 組織の中核となるチームが、ホームオフィスや臨時の事務所、カフェなど、各地に散らばる従業員を管理:事務所には「mote」という大変小さなセンサーが組み込まれ、温度や湿度、照明などを監視して、オフィス環境を最適な状態にする(椅子に組み込まれた mote は、ユーザーの筋肉緊張を感知すると、背中をマッサージするように椅子に信号を送る。従業員の血圧や心拍数などに変化が起こった場合に適切な薬と栄養補給剤を注入。)