第2章 「想定される2040年の世界」:「病院のあり方に関する報告書」(2021年版)

主張・要望・調査報告

「病院のあり方に関する報告書」

第2章 「想定される2040年の世界」

 本報告書は、主に政府・公的機関や研究者ならびに信頼性の高いシンクタンクなどから出されている情報をもとに、2040 年の世界を以下のように想定し、これを前提として医療・介護・福祉の提供がどうあるべきか議論した結果をまとめている。

1)人口・社会構造

1.人口

 人口統計は比較的信頼性が高いとされる。不確定要素としては外国人の受け入れに対する政策、体制の整備により、外国人の流入が影響を受ける。外国人は若年者の割合が多いこと、また定住した場合には出生率が高いことが想定されることから人数に比較して、社会に与える影響が大きい。
 2040 年まで総人口は減少傾向が続く。年少人口、生産年齢人口は減少する(図2-1)。老年人口は全体とすると増加するが、これは後期高齢者(75 歳以上)の増加によるものであり、前期高齢者(65 ~ 74 歳)はむしろ減少する。年少人口は、これまでも減少傾向が続いていたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)世界的大流行により出生が大きく落ち込み、日本を含めて各国が少子化対策のために社会保障費の配分の見直しを行う可能性が高い。その効果については、現時点では予測が困難であるが、少子化対策の結果生じる年少人口増加は2040年においては医療・介護・福祉の主要な利用者ではないため、医療・介護・福祉提供のあり方を議論する際には大きな影響をもたらさないと考えられる。
 世界人口も高齢化が進むが、特に東アジア(台湾、韓国)において顕著である。かつて日本は高齢化において世界のトップといわれたが、現在では高齢化は東アジア諸国に共通した問題となっており、東アジア諸国がむしろ1つのトップグループを形成していると考えた方がよい。トップグループ諸国は世界に向けた情報発信の役割が期待されており、相互の情報共有の必要性が増している。また、東南アジアにおいて、フィリピン、インドネシア、ベトナムなど、外国に労働力を供給する余力を有する国も限られてきている。

2.高齢者の雇用継続

 教育期間の長期化、栄養状態の向上、体力的な負担の軽いサービス産業の占める割合の増加により、かつての15-64 歳を生産年齢人口とする人口統計の意味は薄れてきている。むしろ20-74 歳、あるいは、多様な働き方の選択肢が増えることを考慮して65-74 歳においては20-64歳の1/2 として生産年齢人口を推計することが実際的であろう(表2-1)。
 65-74 歳の就業を可能とすることは、(1)熟練労働力の絶対数の確保、(2)年金受給年齢の繰り下げ、の観点から重要である。そのため、同一労働同一賃金の推進、多様な働き方を可能とする働き方改革、テレワークの推進が必要である。
 医療・介護の現場では、専門家によるコンサルテーションなどの遠隔診療、患者の居宅における生体機能のモニタリング、画像診断におけるAI(Artificial Intelligence, 人工知能)の導入などが推進されると予想されるが、これらは、医療・介護人材の効率的な配置の観点からも必要である。

3.経済成長率と経済規模

 OECD の推計では2040 年の日本のGDP は2020 年に比較して24.7%増加にとどまり、低成長が続く見通しである。一般に、国の成熟化とともに経済成長率は低下することが多い。1人当たりGDP では、OECD 諸国の中での中位を維持する見込みである。人口規模の大きな中国、インドなどのLMIC(Low and Middle Income Countries)では日本に比較して経済成長率は高いことから、日本の相対的な経済規模は低下し、これは国際的な発言力にマイナスの影響を与えることが危惧される。従来、日本のプレゼンスが大きかった、国際連合(UN)、世界保健機関(WHO)、アジア開発銀行(ADB)などの国際機関、ISO などの標準化・認証において、発言力を維持するためにこれまでに増して大きな努力を強いられるようになる。

4.医療・介護従事者の確保

 医療・介護は労働集約的な面があり、業務量の増加は必要人員数の増加に直結する。全産業労働人口は減少するにもかかわらず、医療・介護に従事する者は増加する。また、医療・介護従事者においても専門分化の進展、高学歴化、高齢化が見られる。医療・介護に必要な人員をいかに確保するかは重要な課題である。働き方改革により過重な業務負荷を避け、多様な働き方を可能にすることが推進される必要がある。地域によっては、特定の職種を確保することが困難になることも予想される。医療・介護職従事者の需要にあわせた配置の工夫、遠隔診療の推進、医療施設などにおける人員基準の弾力的な運用などが検討される必要がある。

以下は、主要な検討課題である。

  • 医療・介護従事者の教育研修、専門資格の取得にあたって、不足地域での一定期間以上の経験を要件とすること
  • 医療・介護従事者に地域毎に(何らかの形での)定員を設け、あるいは報酬を増やすなど経済的誘導を図ること
  • 遠隔診療、人員基準について地域ごとに運用ルールを設定すること

2)経済・財政

1.経済成長を規定する3要素

 長期的な経済成長率を規定する3要素は(1)労働力(人口増加)(2)資本(機会・工場等)ストック(3)全要素生産性(TFP、Total Factor Productivity)―主に技術進歩である。2040 年に向け、労働力は若年者減少のため大きく低下し、思い切った移民政策でも取らない限り諸施策を行っても現状維持が達成できれば大成功と言われている。また、資本の面でも、最近日本の設備投資はほぼ減価償却に見合った規模であり資本の寄与はなしと考えるのが妥当で、主に技術進歩による全要素生産性の向上が、1%台の成長率を維持できるかの鍵とされている2

2 野口悠紀雄、「経済最前線の先を見る」、東洋経済ONLINE、(2020.1.19 参照)

2.経済見通し

 国立社会保障・人口問題研究所の推計(平成29 年推計)の中位推計では、2040 年生産年齢人口は約7600 万人から約6000 万人に減少する。生産年齢人口(15-64 歳)は、年平均0.5%減少のペースを速め、2030 年代半ばには年平均1%前後、2040 年代半ばには同1%台前半のペースで減少する。
 人口減少を補うだけの労働生産性の伸びが確保できれば経済成長は可能だが、現状程度にとどまった場合は、労働力人口減少ペースが0%台後半にとどまる2020 年代はプラス成長を維持することができても、2030 年代以降はマイナス成長が常態化する恐れが懸念されている。但し、労働力人口減少ペースが2040 年代半ばに1%台前半でピークアウトした後は、これまでの生産性の伸びを前提にした場合では、マイナス成長常態化を回避可能とも指摘されていて3、技術進歩に大きな期待がもたれている。

3 牧田健、「2020 年代入り後のわが国経済─展望と課題」、JRI レビュー、日本総研、2017

3.財政見通し

 人口減少・高齢化の影響は、経済よりも財政に重くのしかることは、有識者の共通認識である。
 年金をはじめ次世代の負担を前提に成立している社会システムや巨額の公的債務がある場合、人口減少・高齢化は致命的であり、社会保障関連費への影響は大きく大幅な負担増は避けられない。
 2019 年10 月の消費税10%増税にて一服感はあるが、年々増加しつつある国家予算の引き締めがない限り基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)黒字化は不可能とされていた3
 消費税の2%引き上げで対GDP 比約0.5%の税収増となるが、社会保障給付費(対GDP 比)が2018 年から2040 年に6.5%増加するので、消費税率換算で約13%の増税に相当する財源が必要と想定されている。給付費増大の主な理由が医療・介護分野であることから、財政再建の「本丸」は社会保障改革とも言われている4,5
 このように、2040 年時の経済財政に対する楽観論がない中で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)世界的大流行が発生し、この対策のための歳出膨張により、さらなる財政悪化が急激に進んでいる。2020 年度は、第1次~3次の補正予算策定で当初予算とあわせ175.7 兆円に拡大し、過去最大だった2019 年度(104.7 兆円)の約1.7 倍にのぼった。補正の財源は全て国債発行で賄われ、2020 年度の国債発行額は90.2兆円となる一方、コロナ禍の企業業績悪化などで税収の下方修正は避けられず、さらなる財政指標の悪化は必至となった。
 政府は国・地方のPB を2025 年度に先送りしたばかりであったが、2020 年度当初の予定9.6兆円の赤字から20 兆円と増大し、目標達成は全く不可能になったと言わざるを得ない。東日本大震災後の復興税(所得税2.1%上乗せ25 年間の臨時増税)同様の償還財源の確保が必要であるため、金融所得課税強化、高所得層増税等に加え環境税創設も選択肢とされ6、国民生活そのものへの影響も甚大になりかねない。
 このように財政見通しが厳しい中では、社会保障費の中で年金と共に最大の歳出である医療費に対する削減圧力は必至である。過去にみられた診療報酬の大幅引き上げは常識的にみて望み薄であることから、医療提供者も確固たる連携推進や統合などによる経営の大規模化や徹底した効率化を真剣に考える必要がある。

3 牧田健、「2020 年代入り後のわが国経済─展望と課題」、JRI レビュー、日本総研、2017

4 「【数字は語る】甘い政府見通しは危険 膨張する社会保障費にどう立ち向かうか」週刊ダイヤモンド(2019.11.30)、キャノングローバル戦略研究所

5 各種改革(働き方改革、最適な社会政策としてのベーシック・インカムの導入等、外国人労働者の受け入れ拡大、年金支給開始年齢の67 ~ 68 歳まで引き上げ、非製造業の生産性向上、中小企業対策の見直し等)への取り組みで、「2020 年代で実質1%、名目2%程度の成長はかろうじて実現可能で、将来の消費税率引き上げ幅は最終的に10%台後半までに抑制可能であろう」とする意見もある。牧田健、「2020 年代入り後のわが国経済─展望と課題」、JRI レビュー、日本総研、2017

6 佐藤主光、「コロナ緊急対策と日本の財政状況について」月刊資本市場、No426、2021

3)環境問題

 近年、環境問題は経済活動の発展と地球温暖化防止の両立をどのように図るべきかという観点から各国の重要な政策にあげられている。2040 年にかけて地球温暖化防止は各国において重要な政策課題であり続け、医療提供、病院経営にも影響を与えることが予想される。
 2040 年に向けて、数多くの研究者が地球温暖化による大きな影響(異常気候―熱波、超大型台風、豪雨・豪雪、極端な干ばつ等、陸地の後退、海や湖の有毒プランクトンによる貝毒等)を警告しており、2億人の気候難民の出現を予測する報告すらある。
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による経済活動が停滞した2020 年は減少を示したが、最近のCO2 排出量は下げ止まり、削減目標の未達成への懸念(国際エネルギー機関(IEA)、2021)、達成しても気温2度以上上昇を抑制しきれないとする報告(OECD iLibrary、2015)もあり、迅速な対応が求められている。最大の課題は地球温暖化の推移とその防止策の成否である。

1. 温暖化対策に向けた世界的な取り組み

 国際的に気候変動に対応するための交渉の場が国連気候変動枠組み条約の締結国会議(COP、Conference Of the Parties)であり、COP に科学的な根拠となる情報を収集したり提供する役割を担うのが、気候変動に関する政府間パネル(IPCC、Intergovernmental Panel on Climate Change)で、6年毎に科学的背景、適応、緩和など気候変動にかかわる最新の知見をまとめた報告書を公表している。
 1997 年、COP3 では世界初の温室効果ガス削減枠組みである京都議定書が採択され、先進国全体の排出量を1990 年比で5%削減する目標を設定した。2015 年、COP21 では新たな枠組みとして「パリ協定」が採択され、21 世紀末の気温上昇を1.5℃未満に抑える目標が設定された。EU 主要国を中心に種々の対策が打ち出されているものの、温室効果ガス排出量の50%以上を占める中国、米国が不参加、2017 年にはトランプ前政権が協定から離脱するなど、各国の足並みはそろっていなかった。しかし、バイデン新政権はバーチャル気候変動サミット(2021年4月22 日)で、今が気候変動問題への取り組みにおける「勝負の10 年」とし、2030 年までの排出量を2005 年比で50 ~ 52%削減するとこれまでの目標を2倍近くに引き上げ、世界最大のCO2 排出国の中国とインドからの新しい取り組み・提示はなかったものの、中国が協力を表明しており、期待感が高まっている。
 残念ながら日本の取り組みは遅れていると言わざるをえず7、2014 年、IPCC 第5次報告書では、極めて高い確率で人間活動が地球温暖化の原因であるとし、このまま温暖化が進行すると気温が最大4℃以上上昇する可能性が予測されているが、いまだにCO2 排出の多い石炭火力発電所設置計画を有し、しかも途上国へノウハウを輸出しようとして他国の脱炭素化を妨害している現実を、我々医療提供者も真剣にとらえなければいけない。
 2030 年に向けた温室効果ガスの削減目標について、政府の地球温暖化対策推進本部の会合(2021 年4月22 日)で2013 年度に比べて46%削減することを目指しさらに、50%の高みに向けて挑戦を続けていくとした菅政権の表明が、今後とも継続されることに期待したい。

7 COP25 開会式で国連グテーレス事務総長が「世界のいくつかの地域では、石炭火力発電所が今でも多く計画、建設されている。この炭素中毒をやめなければ、私たちの気候変動対策は間違いなく無駄になる」と指摘も、小泉環境大臣が「石炭火力発電に関する新たな政策をこの場で共有することは残念ながらできない」と演説。会期中にNGO から日本に皮肉を込めて「化石賞」を2回も与えられた。

2.健康被害

 地球温暖化の進行によって熱波、異常気象、気温、降雨量等が変化し、それらの直接・間接的影響の結果、さまざまな健康影響が生じる可能性がある。健康に影響する直接的要因群には、

⑴気温の変化
⑵異常気象の増加
⑶大気汚染の悪化
⑷動物媒介性感染症の拡大
⑸水- および食物- 由来の感染症の増加
⑹食料や水供給の不足拡大 等

があげられる。これらによる健康影響の主要なものとして、

(a)熱ストレスによる死亡や熱中症など
(b)洪水と旱魃を介する影響
(c)エルニーニョ現象との関連で発生する影響
(d)悪化する大気汚染による影響
(e)アレルギー疾患
(f)感染性疾患
(g)デング熱やその他アルボウイルス疾患
(h)リーシュマニア症
(i)ダニ媒介性疾患
(j)げっ歯類によって媒介される感染症
(k)飲料水に関連する疾患
(l)低栄養等

があげられる。これらの多くは、従来は公衆衛生の対象とされており、招来するであろう健康リスクに対して、政府はもとよりこれを取り上げ注意喚起、啓発を行ってきた医療団体や医療提供者はほとんどない。2040 年に向けて全日病は早急に検討し、医療計画、地域医療構想などに反映させるべき内容、会員病院が取り組むべき事項を明らかにすべきである。現状において、会員病院は医療提供者として、省エネの取り組み、化石燃料から再生エネルギーへの変換などに取り組むべきである。

3.模範となる医療機関等の活動

 医療機関等でも環境問題の重要性に鑑み組織の経営方針に明確に位置づけ、実際に活動に取り組んでいる事例がある。代表的なものを以下に紹介する。

 河北医療財団は、1990 年、経営方針の重要項目に「地球環境保全」を位置づけ、1997 年に環境活動を始め、1998 年には病院として初めてISO14001 環境マネジメントシステム認証を取得した。2012 年、医療業界では初めて「DBJ ビジョナリーホスピタル」の評価認定をうけ、2015 年、環境省主催の「環境 人づくり企業大賞2015」において、環境大臣賞(大企業の部)を受賞するなど先駆的活動をすすめている。2008年よりKES 環境マネジメントシステムの認証を取得し、医療サービスにおける環境影響の低減及び環境保護のために、環境マネジメント活動の継続的改善を図り、法的及びその他の要求事項を順守するとし、2007 年より以下の環境管理重点テーマをあげて取り組みを行っている8
 ①環境意識の高揚・教育 ②社会貢献
 ③省エネルギー     ④リサイクル
 ⑤廃棄物の適正処理及び減量
具体的活動としては、廃棄物、エネルギー、排水処理についてのデータを蓄積し、廃棄物・エネルギーデータは、環境マネジメントシステム委員会と環境プロモーターに毎月報告し、恒常的なごみ分別・減量、省エネに活かしている。

その他の例として、

  • 京都私立病院協会:2009 年環境宣言、資源エネルギーの節約、廃棄物の減量と再資源化、地球環境問題に関した地域社会との連携推進、社会啓発
  • 武田病院グループ:省資源・省エネルギーの推進、廃棄物の3R 推進、安全性・快適性の推進、環境広報活動の推進
  • 高松赤十字病院:香川県「地球温暖化対策計画書制度」参加、前年比エネルギー1%減活動(照明・空調・省エネスローガン等)
  • 東部地域病院:照明・空調による省エネ
  • 行岡病院:廃棄物削減3R(リユース、リサイクル、リデュース)活動
  • 十全総合病院:電気、灯油等エネルギー資源適切使用、水の無駄な使用や流出回避、廃棄物削減と適正分別、薬品・医療材料等無駄の排除、リサイクルの徹底

などがある。環境問題に関しても、トップマネジャーが「医療の質向上」、「医療安全」同様、基本方針・実行計画を作成させ、全職員が参加する組織をあげた取り組みとして実践すべきである。

8 社会医療法人河北医療財団、「環境への思いやり」、https://kawakita.or.jp/kmf/content_effort/sympathy/(2020.3.18 参照)

4)医療イノベーション

 官・民を含めて多くの組織が将来予測を行っている。2020 年2月、(公)未来工学研究所は「国・機関が実施している科学技術による将来予測に関する報告書」で、各分野の将来予測について紹介しているが9、このうち医療イノベーションに焦点を当てたものとして「未来イノベーションワーキンググループ」報告がある(図2-2)。
 未来投資会議において厚労大臣から「2040 年を展望し、誰もがより長く元気に活躍できる社会の実現を目指し、①雇用・年金制度改革等、②健康寿命の延伸プラン、③医療・福祉サービス改革プラン(生産性向上に向けて、ロボット・AI・ICT 等の実用化推進)」が提示されたが、③に関して2040 年頃における人と先端技術が共生する未来の医療福祉分野の在り方の検討内容を中間報告として示している10

 中間報告では、2040 年にかけて見込まれる基盤技術の個々の進化、ならびにその組み合わせにより以下の変化が社会にもたらされると想定している。

① 通信技術向上によるデータ収集の粒度、解析ロジック(AI 等)、マシンパワーが向上し、シミュレーションおよび最適化が加速して、需給の最適化など、社会現象のコントロールが一定程度可能になる。
② 個々のデータが大量に取得可能になり、ニーズへのマッチングが進み、新たな製品・サービスの創出が可能になる。
③ ロボット技術が進化し、自動化・省力化が進む。
とし、

  • 交通渋滞の解消や自動運転の普及により移動が容易となり、自由に使える時間が増加し、虚弱な身体でも移動が比較的容易になる。
  • 個々人の行動やタイミングに特化した広告がうまれる。
  • ロボットが人間の行動範囲をほとんどカバーするようになり、多くの業務を代替し、効率的業務分担が可能となる。
  • 超大容量の情報伝達が双方向で可能になり、高精細画像伝送の時間ずれがなくなり、多くの端末との接続も可能となる。

等の具体例も示されている。

 健康・医療・介護に関しては、技術の拡がりから、これまでのイノベーションでは医師の診断・治療をより行いやすくするものが主であったが、今後は予兆の検知や予防など、介入の場所やタイミングを広げるものが増加すると変化を指摘している。現在のイノベーションは、医師の診療行為をより見えやすく、行いやすくするもの(Angio-CT、SPECT-CT、da Vinciなど)であるが、医師が従来の診療プロセスでは気づかない兆候を把握しアラートを与える(センサーからの生体情報を基にしたリアルタイム予知など)、患者自身の行動変容、社会生活の質の向上を支援する(持続血糖測定を通じた行動変容支援など)システム導入を予測している。

 また、「人と先端技術が共生し、一人ひとりの生き方を共に支える次世代ケア」として以下の8つの視点での取り組みが示されており(図2-3)、医療提供者としても前向きにとらえて具現化できるよう努力すべきであろう。

  • 住む場所やライフスタイルに関わらず、必要十分な医療・介護にアクセスできる。誰もが役割を担うことができる。
  • 医療・介護者のスキルの多寡に関わらず、誰もが不安無く質の高い医療・介護を提供できる。
  • 医療・介護リソースの多寡に関わらず、専門職が人と向き合う仕事に集中し、価値を届ける事に専念できる。
  • 自分の状態に合った、最適な医療・介護にアクセスできる。
  • 働き方や働く場所に関わらず、一人ひとりの将来の健康状態が予測でき、納得したうえで、自分の意志で選択できる。
  • 日々の生活のあらゆる導線に、無意識に健康に導くような仕掛けが埋め込まれている。
  • ライフステージにおける様々な変化に直面しても、「うーん」とならなくてすむ。
  • 心身機能が衰えても、技術やコミュニティーによりエンパワーされ、一人ひとりの「できる」が引き出される。

 医学研究に関しては、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、第11 回科学技術予測調査S&T Foresight 2019 総合報告書において将来見通しを示している11。専門家を対象にしたDelphi 法による調査では、健康・医療・生命科学分野、ICT・アナリティクス・サービス分野は重要度が高いにもかかわらず、我が国の国際競争力は低いと評価された。個別には、分野横断・融合によるポテンシャルが高い領域の一つとして、「プレシジョン医療12 をめざした次世代バイオモニタリングとバイオエンジニアリング」13 があげられている。特定分野に軸足を置く領域として、ライフコース・ヘルスケアに向けた疾病予防・治療法をあげられている。人の胎児期から高齢期までを連続的にとらえた生涯保健に関する科学技術トピックとして、

① 血液による、がんや認知症の早期診断・病態モニタリング。
② がん、自⼰免疫疾患、アレルギー疾患に対する免疫系を基盤とした治療およびその効果予測。
③ 非感染性疾患に対する、統合的オミックス解析による病因・病態分類に基づく治療法。
④ 老化に伴う運動機能低下の予防・治療法。
⑤ 元気な高齢者の遺伝子解析と環境要因の分析による、疾患抑制機構・老化機構の解明。
⑥ 代謝臓器連関を標的とした、生活習慣病、神経変性疾患の予防・治療法。
⑦ 自閉スペクトラム症の脳病態に基づく、自律的な社会生活を可能とする治療・介入法。
⑧ アルツハイマー病等の神経変性疾患の発症前バイオマーカーに基づく、発症予防および治療に有効な疾患修飾療法。
⑨ Developmental Origins of Health and Disease(DOHaD)の解明などに基づく、ライフコース・ヘルスケアの視点からの各年齢ステージでの適切な予防・治療。
⑩ 予防医療・先制医療に資する、動的ネットワークバイオマーカーを用いた疾病発症・病態悪化の予兆検出技術。

をあげ、さらにより具体的な想定される取り組みにも触れている。

 臨床現場にいるものとして実現を望むのは、安全かつ遅滞のない救急搬送システムの構築、手術や画像診断・在宅医療などの遠隔診療システム、AI による個別性の高い予防・診断・治療方針の決定と住民・患者の行動変容への応用、ロボットによる手術支援・患者見守り/搬送などである。
 既に、スマホ利用による業務改革(石川記念会HITO 病院)や要介護者の健康状態を可視化し(介護天気予報図)、関係者間での共同利用をすすめている医療機関(東京さくら病院)、「MBC(Medical Base Camp)14」の活用(織田病院)、「電子カルテクラウド化15」(恵寿総合病院)などの実践があるが、同様な取り組みの実態を広く把握しそれぞれの長所を確認し、統一したシステムを構築し、効率化やデータの利活用ができるよう、国はこの分野において先頭に立った取り組みをすべきである。

 医学の進歩は確実に、患者のみならず医療提供者へも利益をもたらすものとなるがゆえに、全日病は、イノベーションの医療現場への速やかな導入を推進させるべく「ICT 担当委員会」を設置し、国への働きかけを行うとともに会員自らの実践支援のための活動を開始すべきである。

9 以下、主要な活動として紹介されたものをあげる。

  • 科学技術・学術研究所:科学技術予備調査
  • 総務省:未来をつかむTech 戦略
  • 経済産業省・厚生労働省:未来イノベーションワーキンググループ
  • 国土交通省:国土の長期展望
  • 科学技術振興機構:俯瞰報告書
  • 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO/TSC):社会課題起点の技術ツリー
  • 内閣府:ムーンショット型研究開発制度に係るビジョナリー会議
  • 経済産業省:2050 経済社会部会検討
  • 内閣官房:まち・ひと・しごと創生
  • 経済産業省:不安な個人、立ちすくむ国家
  • 国土交通省・政策ベンチャー2030:日本を進化させる生存戦略
  • 農林水産省:この国の食と私たちの仕事の未来地図

10 経済産業省「未来イノベーションワーキンググループ:中間とりまとめ(全体版)」https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/mirai_innovation/pdf/ct_gaiyo_201903.pdf(2019.3.18 参照)

11 科学技術・学術政策研究所「第11 回科学技術予測調査S&T Foresight 2019総合報告書[NISTEP REPORT No.183]の公表について」https://www.nistep.go.jp/archives/42863(2019.11.1 参照)

12 プレシジョン医療:遺伝子、環境、ライフスタイルに関する個人ごとの違いを考慮した疾病の予防・治療。

13 完全非侵襲・高感度・高精細・リアルタイムモニタリングにより、人の個体から組織・臓器、細胞、分子レベルにわたり生命現象を捉えることで、バイオエンジニアリングによる再生・細胞医療や次世代ゲノム編集技術による遺伝子治療のような高度医療の技術開発につなぐ科学技術領域。

14 MBC(Medical Base Camp):情報通信技術であるICT やIoT による在宅見守りシステムを活用すると共に、退院直後の在宅患者を訪問して継続ケアを行う病院内多職種チーム

15 法人内各種情報をクラウドで一元管理し、24 施設約800の端末からインターネット経由で活用する仕組み

5)就業・住まい・経済力

 高度成長期時代の日本では、農村から都市への人口大移動を促すような工業化を始めとした都市化政策が行われてきた。現在に至る地方都市の空洞化は、国の政策が描いていた都市像が実現したとも言える。
 その時代に大都市に移り住んだ当時の若年層が高齢者となった結果、大量の退職者の発生とともに大規模な人手不足が生じ、地方の若者をさらに呼び寄せる状況を生んだ。また、大都市における医療・介護のニーズが急速に高まり、その人材確保のため若年層を始めとした地方からの人材流入がますます増える結果となった。
 世界最大級の都市東京を始めとし、大都市では地域のつながりが薄く、家族や住民、地域がセーフティネットとして機能しにくい状況となっている。若者中心に街づくりをしてきた大都市や、若者が高度成長期に大都市に移り住んだ地方自治体では、2040 年には多くの医療・介護難民が出現すると予想される。
 就職氷河期と重なった団塊ジュニア世代が全て65 歳以上となる2040 年は、医療費・生活費などの支払いに窮する貧しい「高齢者の高齢化」時代になるとも予想されている。
 出生数激減、高齢者割合激増、生産年齢人口激減の3重苦がのしかかる2040 年の「就業・住まい・経済力」の予測は、社会環境を考える上で大変重要である。

1.就業

 令和2年版厚生労働白書によると、医療・福祉に携わる就業者数は1989 年221 万人(全就業者の約28 人に1人)から、2019 年843 万人(約8人に1人)、2040 年には1070 万人(約5人に1人)と増大が予測されている。
 産業別就業者数の推移と見通しをみると、2040 年に向けて増加するのは「医療・福祉」のみで(2017 年比103 万人増)、その他の産業は減少すると見込まれているが、医療・介護分野における就労の機会は他産業に比べ需要が多いものの、業務内容と賃金に課題があると言われる業態だけに、求人に応じた応募につながるかどうかは不明である16

⑴高齢者の就業
 少子化で働き手が減少する中、政府は「1億総活躍」、「人生100 年時代」などの看板を掲げて、高齢者の就労支援を強化している。65 歳以上のものが就業者総数に占める割合は年々増加しており、2019 年には13.3%まで上昇している17
 就業機会の確保を企業の努力義務とすることを柱とした70 歳就業法案が2020 年2月に閣議決定された(2021 年4月施行)。70 歳までの就業機会の確保を図りつつ、高齢者特性に応じた選択肢が広げられ、従来の、①定年延長、②定年廃止、③継続雇用制度の導入、に加え、④起業やフリーランスを希望する人への業務委託、⑤自社が関わる社会貢献事業に従事させること、が追加された。
 企業は、いずれかの方法で希望者の就業に努めることになるわけで、医療・介護業界としても十分認識しておくべきである。
 60 歳以上の男女を対象にした調査によると、8割は70 歳以降まで働くことを希望している。また、65 歳以上の歩行速度が2006 年までの10年間で約10 歳若返っていたが、最近でも体力・運動能力がさらに約5歳若返っていることから、高齢者は十分就業可能な状態にあると考えられる18
 また、65 歳以上の就業率が高い都道府県ほど、1人当たりの医療・介護費は低い傾向にあり、高齢者就労は日常生活活動度(ADL)の障害リスクを減少させるなど、高齢者の体力や運動能力の若返りに寄与していることを周知し、積極的に奨励すべきである。
 ライフスタイルにあった働き方の観点からは、65 歳以上の就労者の多くは「自分の都合の良い時間に働きたい」という理由で非正規を選択している。特に女性は男性と比べて、「家事・育児・介護などと両立しやすい」という理由が多く、十分な配慮が必要である。
 働き方にあった就労を選択する中で、現在大きな社会問題となっているのが「介護離職」であり、その数は年間約10 万人で推移し経済損失は約6500 億円と見込まれている上に、当事者に月額平均6万9千円の在宅介護費用がかかるという問題もある。介護従事者の9割は雇用形態を問わず介護休業等制度を利用しておらず、制度の周知不徹底に加え、職場での人員不足のため取得しにくいことも要因となっている。
 両親や配偶者の介護について、「介護あり」11.6%、「将来可能性あり」29.8%である一方、介護と仕事との両立「可能」は1/4 にとどまっており、介護と仕事の両立が可能となるようより一層の制度整備、改善が必要である19,20
 高齢者が定年後も自由に働ける新しい日本社会のロールモデルを世界に向けて発信することが求められる。65 ~ 69 歳の就業率は1989 年37.3 %、2019 年48.4 % と増加し、2040 年には61.7%との想定をみても、「高齢者」の定義を65歳とすることは現実にあわなくなっている21
 2014 年時「高齢者の定義」の質問に対して「65歳以上」は1割に満たず、「70 歳以上」と「75歳以上」がそれぞれ約3割、「80 歳以上」が約2割であったことや、2019 年度の内閣府「令和元年度高齢者経済生活に関する調査」でも、収入を伴う就業希望年齢として約2割が「働けるうちにはいつまでも」、約4割が70 歳以降まで就労希望がある。日本老年学会・日本老年医学会は「高齢者」の定義を75 歳以上に変更することを提唱したが22、全日病でもかねてから同意見を持っており、国による早急な対応を望むところである。65 ~ 74 歳は「准高齢者」として引き続き社会の支え手として見直すと、2040年時、生産年齢1.5 人で高齢者1人を支える厳しさから、3.3 人で1人を支えることとなり、生産年齢層の負担軽減となり現実的であろう。国民の意識を変えるためにも、発想の転換が必要である。

⑵女性の就業
 従来の世帯主雇用モデルにおいては、世帯主たる男性が給与を得る一方で、主婦となる女性は結婚や出産を機に退職するのが一般的であった。
 2019 年度内閣府の男女共同参画白書によると、6歳未満の子供を持つ夫婦の場合、女性は男性の5倍以上の時間を家事・育児にとられている一方、男性が家事・育児にかける時間は、欧州諸国や米国と比べて半分から3分の1程度に過ぎない。
 世界経済フォーラムが男女間格差を測定、公表した「ジェンダー・ギャップ指数2020」では、日本は153 カ国中121 位、中国(106 位)や韓国(108 位)などほかのアジアの国と比べても順位が低い。
 なお残る男女間の格差解消と、女性の就労率向上のためにも、安定的な就労環境とワークライフバランスの実現、男女ともに働くモデルへ転換する必要がある。ダブルケア(育児と介護を同時に行う)を女性に押し付けては今後の日本の成長に何ら有益とはならない。

⑶テレワークが変える就業形態
 テレワークに代表されるように、働き方改革にあった発想の転換も求められている。2019 年9月末時点での企業におけるテレワーク導入率は20.2%であったが23、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の対策において改めてその有用性と必要性が見直されている。
 テレワークは、時間や空間の制約にとらわれることなく働くことができるため、子育て、介護と仕事の両立の手段となり、多様な人材の能力発揮が可能となる。総務省統計局「社会生活基本調査」(2016 年9月)によると、2016 年における通勤・通学時間(往復)は全国平均1時間19 分で、通勤コストと就業時間損失ととらえるべきである。仮想職住近接を可能とするテレワークによって、働き手世代が自宅や地域にとどまる時間が長くなることにより、家族や地域との関わり方も含め大きく変わってくると思われる。

16 厚生労働省「雇用政策研究会報告書」(2019.7)

17 総務省「統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-」(2020.9.20)

18 経済産業省「2050 年までの経済社会の構造変化と政策課題についてのアンケート調査」(2018.9)

19 大和総研「介護離職の現状と課題」https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/wg/hoiku/20190109/190109hoikukoyo01.pdf(2019.1.9)

20 公益財団法人 介護労働安定センター「平成30 年度 介護労働実態調査」http://www.kaigo-center.or.jp/report/2019_chousa_01.html(2019.8.9 参照)

21 厚生労働省「令和2年度版厚生労働白書」(2020)

22 日本老年学会・日本老年医学会「高齢者に関する定義検討ワーキンググループ報告書」(2017.3.31)

23 総務省「令和2年度版 情報通信白書」(2020)

コラム:テレワークを利用した業務改革

社会医療法人高橋病院 理事長 高橋 肇

1.テレワークとは

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は日本の働き方にかつてない変化を追っている。ウィズコロナ時代に対応するには、「テレワーク」を始めとしたデジタル技術による「密」から「疎」への転換が求められている。
 2020 年7月、閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2020」には、デジタルニューディールとして「新たな日常」の実現、すなわち新しい働き方・暮らし方としてテレワークの推進を盛り込んでいる24
 厚労省雇用環境・均等局が2021 年3月に作成した「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」25 によると、テレワークを「労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務」と定義しているが、非対面・非接触を可能にするテレワークは物理的な「距離」を縮めることにほかならない。近い、遠いに関わらず、同じ情報・サービスの共有が可能となり、拠点を構える地域を限定しないことで、広く良い人材を採用できるメリットもある。
 これまでの社会活動は、密閉されたオフィスに密集し、密接に対話しながら行われることが多かった。距離にほぼ無関係に活用できるICTが発展した現在でも、対面でのコミュニケーション、すなわち意思疎通ができるオフィスワークを常態としてきたが、ウィズコロナ時代では、face to face(オフィスワーク)とICT(テレワーク)が「相補的」に機能するように社会システムを変革することが求められている。

 働き方の観点から注意すべき点は、テレワークが広まることにより、これまで以上に成果主義になることである。今までは、成果の有無にかかわらず机上で業務をこなしているとそれなりに評価されたが、テレワークではプロセスを見ないため、業務量・内容によっては長時間労働となる危険性がある。
 それを防ぐ制度として、職務内容を定義して仕事に人を割り当てる「ジョブ型」雇用制度があげられる。従来の、人に仕事を割り当てる「メンバーシップ型」雇用ではなく、職務内容を明確にした上で最適な人材を充てる欧米型雇用形態であり、求められる役割・成果・スキルなどを具体的に記載した「職務定義書」(ジョブスクリプション)を示してその成果を評価する制度である。スペシャリストを育てるのがジョブ型、多様な経験と視野をもった経営人材を育てていくのがメンバーシップ型とも言えるだろう。
 日本でも、コロナ禍による職場環境の変化、DX(デジタル・トランスフォーメーション)26に代表されるデジタル化への対応、同一労働・同一賃金対策など、様々な課題に対応する手段としてジョブ型雇用を採用する企業が増えている。また、テレワーク主体の在宅勤務では、仕事の進捗やプロセスが見えないなどの課題に対する解決策としてもジョブ型雇用が注目されている。
 テレワークの推進は、時間管理をベースとする日本の労務管理のあり方を大きく変えることが期待される27,28,29

 ジョブ型雇用を導入する利点は以下の通りである。

〈企業側のメリット〉
①専門分野に長けた人材を効率よく採用できる。
② 業務内容、勤務時間、勤務地、報酬等を明確に定めておくため、雇用時のミスマッチを防ぐことができる。
③順送り人事や年功賃金を改めることができる。
④ 業務によって、「社内で仕事を行う」、「自宅で仕事を行う」、「アウトソーシングする」など選択の幅が広がる。

〈従業員側のメリット〉
①スキルを活かすことができる。
②入社後のミスマッチが生じにくい。
③決まった業務以外は行わない。
④ 高いスキルや能力があれば高収入を得ることができる。

 固有の課題として、今日の情報システム研究者が、より本質的な情報技術研究のためのアプローチ、方法、技術を開発する必要がある。

 ジョブ型雇用は従業員自らの能力を示して働くことになり、給与を上げようとすれば職務レベルを高める自助努力が必要になる。逆に、職務の成果によっては降格し、給与減が発生する場合も起きうる。
 「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」によると、大学生、帰国子女、外国人留学生など、一定数の割合で就職時にジョブ型雇用がおり、企業側にジョブ型とメンバーシップ型の両方を備えることが提言されている30
 なお、テレワークではOJT が難しいため教育方法が課題となる。新入職員、中途採用や異動直後の従業員は、仕事の進め方など不安に感じる要素も多いため、出社との組み合わせなどの工夫等が必要である31。個々の能力の特性を把握し、キャリア形成意欲を高めるためには、どのような教育方法が相応しいのか今後の大きな課題となっている。
 機微な情報に囲まれ、対面での業務を余儀なくされる医療・介護分野では、どのような形ならテレワークの恩恵を受けられるだろうか。内閣府や国土交通省が行った調査では、人間の生命や暮らしを守る仕事に従事している人々、いわゆる「エッセンシャルワーカー」に対してテレワーク導入率が低いとされるが、その中でも「医療・福祉」の分野は約8%と目立って低い32,33。しかし、特定の業務に特化した専門職に対し、テレワークを導入することは十分可能と思われる。また、導入が難しいと考えられる職種であっても、ICT 等の活用によってテレワーク可能となる場合もある。コロナ禍の経験から、職員自身の罹患や家族の事情で職場を休まざるを得ない場合も想定され、業務のあり方を見直す大きな機会と捉えるべきであろう。
 エッセンシャルワーカーの多い医療機関においてテレワークを導入しやすい職種としては、人との接点の少ない事務系(経理、総務等)や情報システム系などがあげられる。また、医師にもテレワークの一型であるオンライン診療のみならず、健診・画像診断・手術支援等、診療科やその内容によって働く時間と場所を選べる環境作りも検討可能となるだろう。
 テレワーク勤務においては労働条件の変更が生じるため、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法などの労働関係法令が適用されることに十分留意することが必要である34
 全日本病院協会は、会員病院のために率先してテレワーク導入による業務改革、インフラ環境の構築、個人情報管理やセキュリティ対策、テレワークガイドラインの作成や好事例の紹介など、教育、研修の場を設定すべきである。

24 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2020 ~危機の克服、そして新しい未来へ~」(2020.7.17)

25 厚生労働省雇用環境・均等局「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(2021.3)

26 デジタルトランスフォーメーション:2004 年スウェーデン、ウメオ大学教授エリック・ストルターマンが"Information Technology and the Good Life" の中で提唱。「IT の浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」と定義し、下記の特徴を提示している(Eric Stolterman, Anna Croon Fors. “Information Technology and The Good Life”. Umeo University.)

  • デジタルトランスフォーメーションにより、情報技術と現実が徐々に融合して結びついていく変化が起こる。
  • デジタルオブジェクトが物理的現実の基本的な素材になる。例えば、設計されたオブジェクトが、人間が自分の環境や行動の変化についてネットワークを介して知らせる能力を持つ。

27 厚生労働省労働基準局「テレワークモデル就業規則~作成の手引き~」(2020.10)

28 総務省「テレワークセキュリティガイドライン(第5版)(案)」(2021.4)

29 西尾 太「超ジョブ型人事革命」フォー・ノーツ株式会社(2021)

30 一般社団法人日本経済団体連合会「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」日本私立大学団体連合会(2020.3)

31 厚生労働省雇用環境・均等局「雇用型テレワークの現状と課題」https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000179560.pdf(2020)

32 内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(2020.6)

33 国土交通省都市局「平成31 年度(令和元年度)テレワーク人口実態調査」(2020.3)

34 厚生労働省雇用環境・均等局「これからのテレワークでの働き方に関する検討会」報告書(2020.12)

2.テレワークを活用した新しい働き方の模索-高橋病院の事例紹介-

 当法人の雇用形態は表2-2に示す通りである。法人職員数は、正職員410 人前後、パート職員50 人前後、嘱託職員30 人前後である。(「パート職員」とは常勤換算1.0 未満に該当、「嘱託職員」は医師、理事を除いた60 歳以上のフルタイム勤務者、短時間正職員、育児短時間勤務者はいずれも正職員) 2021 年に創業128年を迎えた当法人には、1965 年に設置された労働組合があり労務に関する新しい仕組みを導入する際には労使協調をベースとしている。

 ジョブ型雇用とテレワーク導入に向け、検討された事項は以下の通りである。

①キャリアパス(職群別人事等級)の構築
②給与体系の見直し
③ 職種別課業から導き出したテレワークの可能性
④業務環境の整備
⑤ リモート会議、テレワーク活用による行動変容

⑴キャリアパス(職群別人事等級)の構築

 医療系でテレワークを遂行するには、選択可能な複線型の働き方を用意する必要がある。従来、医療現場におけるキャリアパスは、医師をピラミッドの頂点として看護師等の各専門職がそれに準ずる職位を担う形態が一般的であったが、当法人では2004 年より徐々に複線型の等級フレーム(1~9等級)に切り替えていった。
 従来は役職に就かなければ一定の等級以上に昇格できない仕組みであったが、専門職群別に等級基準を設定し、専門職としてキャリアアップしていくエキスパートコースと、マネージャー職(役職者)として昇格していくマネジメントコースに分けている(表2-3)。
 等級フレームには上位等級への昇格要件として「年数」、「求められる役割」、「求められる能力(コンセプチュアスキル、ヒューマンスキル、テクニカルスキル)」、「課業」、「直近の人事評価結果」が定められており、要件すべてを満たすことにより上位等級へ昇格できる仕組みとなっている。人事等級は前年度の能力開発シートの結果も踏まえて毎年見直しが行われ、各個人に通知される。フルタイムの非正規職員(従来の「準正職員」)も正職員へ雇用転換し、キャリアパスの適用対象としている。

⑵給与体系の見直し

 当法人では従来、昇給や賞与などの処遇に大きな個人差を設けてこなかった。キャリアパスの見直しに伴い、給与等の処遇上のルールも整理し、より高い職位でマネジメントや専門性を発揮する職員、一般職であっても一定期間のパフォーマンスが高い(評価が高い)職員に対してインセンティブを持たせる仕組みとし、人事考課結果をキャリアパス要件の一部および昇給査定の判定材料とした。職員のモチベーションを維持・向上させること、限られた原資を適正・公平に分配することを狙いとしている。

 給与制度のポイントは以下の通りである。

① キャリアパスの職群別の賃金表へ改変(キャリアパスと賃金表の等級が一致)キャリアパス概念図(表2-3)の通り、職群を看護、診療技術・リハビリ、介護、役職者・事務に区分、賃金表も同職群別に改変し、キャリアパス等級と賃金表の給与等級が一致するよう制度設計を行った。
② 昇格(職責)によるインセンティブ(上位等級はベースアップ)賃金表の給与等級は上位等級ほど昇給率が高くなる設計となっている。そのため、キャリアパス要件を満たして昇格することにより、昇格前より高いインセンティブ(昇給率)を受けることができる。
③ 人事考課(仕事の成果)を昇給査定の判定材料へ2004 年より行っていた能力開発制度(人事考課)を見直し、キャリアパス要件の一部および昇給査定の判定材料とし、評価期間内に高いパフォーマンスを発揮した職員については、昇給額のインセンティブ(標準昇給より高い昇給)を持たせる仕組みとしている。

⑶職種別課業から導き出したテレワークの可能性

 各部署の職務内容は、本来業務と付帯業務から構成されており、業務内容は課業として最小単位の職務内容の積み上げにより成り立っている。当法人では各個人の担う職責や役割により担当する課業の振り分けを行っており、職責が高い、または役割が拡大するとより難易度が高く、より重要な課業が振り分けられている。
 2000 年当初に看護部門から始まった課業の作成は、年俸制の医師を除き(人事考課は施行)、法人内全職種で行われ、法人業務管理室、質向上推進室が中心となって、STEPS(中期事業計画)や、病院の方針、戦略などにより各部署は毎年課業の見直しを行っている。
 法人内で実施した「テレワーク導入に関する調査」はほぼ予想通りで、テレワークへ移行することの可能な課業は、患者との対面が少ない事務系が上位を占め、特に経理課、情報システム室、質向上推進室が高率であった。

1位:経理課 98.3%
2位:情報システム室 90.0%
3位:総務管理課(人事・労務) 82.1%
4位:質向上推進室 80.0%
5位:診療情報管理士 77.3%
6位:総務管理課(総務) 60.2%
7位:医事課 28.8%
( テレワークに移行することが可能な課業の割合)

 同じ総務管理課でも、総務系と人事・労務系では20%もの差が出ており、テレワーク導入時には別部署にすべきかもしれない(表2-4)。医事課は、患者との直接業務が多いため28.8%にとどまり、医師、看護、ほかコメディカルは1割内外であり、現在の業務形態の変更は困難と判断された。事務系でも100%移行はできない結果なので、各施設が導入検討時には課業内容との対比も必要であろう。
 課業シートに加え、人事評価シート、能力開発シートの3点が個人評価の基本構成となっているが、実際にテレワークが行えるかどうかの判断は総合的に判断すべきものであろう。特に人事考課シート内の日頃の勤務態度等の評価が、当該職員の在宅テレワークの適否判断につながるか検証の予定である。
 現時点で、課業の大部分をテレワークの定例業務としたものは法人情報システム室1人、法人メンタルヘルス室1人35、経理2人(税理士、公認会計士)となっている。まだ少ない理由として、モデルがなく試行錯誤であること、新たな就業規則の作成、給与体系の適用などに時間がかかっていることにある。
 face to face を基本とする看護業務(表2-5)はテレワークに向かないとされているが、人員不足の中、どの業務であれば外部委託も含め可能か、課業内容より検討してみた。フレーム等級が高いほどデスクワークが多くなり患者と接する時間が少ないため、役職上位のものほどテレワークが可能と考えられた。管理業務がテレワークで達成できるかどうか、今後ICT 機器を院内に装備し、管理者用モニターTV の病棟設置、ローカル5G などのインフラ構築、ロボット、インカムの活用、職員用のウェアラブル装着などにより、随時のリモートチェックが効くようにし、適用を検討している。

表2-4 経理・総務・人事 課業一覧表およびテレワークへの移行可能性

クリックして拡大

◎:テレワーク可能とされた課業
○:各業務に対してクリアすべき等級フレーム
業務は大・中・小項目の3分類
課業数:経理課 各々10、15、59、総務系7、21、84、人事・労務系3、18、112

⑷業務環境の整備

 当法人では職員の業務負担の軽減策として以下の取組に着手している。人事制度の見直しと業務環境の整備はセットで行うことが効果的と思われる。

  • タスクシェアリング、タスクシフティングとアウトソーシングの拡大
    → 病棟アシスタントや介護助手の活用、認定看護師等による業務分担の推進、モバイルデバイスやインカムを始めとしたICT の活用
  • ワークライフバランスの推進
    → 短時間正職員制度、夜勤専従者の採用、テレワーク活用など多様な勤務形態の導入
  • 採用活動の強化と離職率低減に向けた取り組み
    → 奨学金制度、派遣および法人内人材紹介制度の活用、メンタルヘルス室の活用や職員満足度調査の実施、人事異動希望調査(年2回)、オンライン面談の活用

 コロナ禍において、対面面接の場合、マスク着用により顔全体の印象が把握しづらいため、現在採用時にオンライン面接を取り入れている。上司による年2回の能力開発面談時(職員全員必須)に取り入れることも検討している。

⑸リモート会議、テレワーク活用による行動変容

 法人内では情報システム室の管理下36 にてZOOM を自由に使わせているが、リモート会議の実践やテレワーク活用によって行動変容がなされている。
 法人内で行う会議、委員会、研修会などは、数多く存在する(院内で大小含め68)が、事業所間の移動に10 ~ 30 分かかっていたものが大幅な時間削減につながり、最近の職員満足度調査では「残業や夜勤などを含めた勤務時間は無理のない範囲内ですか」、「休暇が取りやすいですか」には、「はい」、「ある程度」が80%前後と向上している。
 朝礼・講演・研修会はWEB 開催を基本とし、録画撮りをし、当法人専用のYou Tube アドレスから「いつでも」、「どこでも」、「誰でも」閲覧可となっていて、これまで見られた各部門に同一内容の複数回講義を行うことによるムダ、ムラ、ムリがなくなっている。
 残業代、移動交通費(ガソリン代)などのコスト削減、出張、研修費等の著明な減少(コロナ禍により年間約2000 万円支出減)となったが、その財源を別のオンライン研修に回すことで、職員の学ぶ機会が全体として増加している。
 患者・家族へのサービスとしての画面越し面会やリハビリのリアルタイム配信に加え、家族や他施設・介護サービス事業所(特にケアマネージャーなど)とのWEB 面談での時間調整など大きな効率化につながっている。

⑹終わりに
 今後、既存の労働時間に縛られることのない、テレワーク対応可能な新たな職務制度を作っていきたいが、ジョブ型雇用を始めとした働き方改革やデジタル関連は未知の分野が多い。「やり方」にこだわるあまりに「考え方」を見失うことがないよう腰を据えていきたい。

表2-5 看護業務課業一覧の一部

クリックして拡大

課業:大項目24、中項目111、小項目305
△:各業務に対してクリアすべき等級フレーム

35 コロナ禍を受け、永年勤務の常勤担当者から、娘の妊娠・出産を機に退職の申し出があった。iPad を用いて自宅からの職員との面談を可能とした結果、退職取り消しとなり、現在直接面談とiPad のハイブリッドにて勤務継続中である。

36 独自にインターネットVPN 回線を引いており、一般事業所のものよりセキュリティ上格段に強固なものとしている。個人情報を含むUSB では、指紋認証型を採用し、約80 名のリハビリ職員が法人内研修に利用している。各種オンラインストレージサービス、チャットワークなどを使う際にも、ウイルス対策を実施している。

3.住まい

 2040 年時の人口予測は1.1 億人で、うち65歳以上は4000 万人(独居896 万世帯)であるが、問題は減少する生産年齢人口が6000 万人となり、この年齢層1.5 人で高齢者1人を支援するという状況となることである。また、要介護者数957 万人(高齢者の24.4%)、認知症者数802万人(高齢者の21.4%)と予測されているが、在宅での対応は介護度が低いか軽症~中等症認知症に限られるため、相当数の高齢者の住まいは入所で対応しなければならないことを想定すべきである。
 更には、2040 年に向け全世帯数は2025 年以降は減少が見込まれる一方、高齢者単身世帯が2040 年896 万世帯(18%)と大きく増加する上、必要な場面で支援が必要な独居・同居高齢者が増え、要介護者認知症高齢者とあわせ今後地域社会がどう対応していくのかが問われてくる。居宅介護を中心とした施策は物理的に不可能となるので、より質の高い施設介護の在り方を検討し早急に実践に移すべきである37

 急速な人口減少により、空き家・空き地がランダムに発生する「都市のスポンジ化」が顕在化しているが、相続等に伴う所有者不明の不動産も増加しており、2030 年以降空き家率が30%を超えると予測されている。首都圏大都市も例外ではなく、高齢者対策において住まいの問題は重要である38
 2014 年には都市再生措置法の改正が行われ、生活サービスと居住を集約したコンパクトシティーを形成し、その拠点間を交通・情報ネットワークで結ぶことにより、行政、医療、介護、買い物などの生活支援を効率的に提供する施策が一部試みられてきており、今後に期待したい。

 日本人、特に高齢者は土地に対する愛着心が強く思い入れやライフスタイルを変えることは困難とされるが、65 歳以上の事故発生場所の分析では「住宅」が77.1%と突出し交通事故死者数を上回っていることから39、長年住み慣れた住宅でも独居、老々同居者には大きな危険性を孕んでいることも認識すべきである。

 高齢者が人口の50%を超えた「限界集落」は、過疎地域を中心に増加の一途であり消滅を指摘される地域もある40。まず地域の存続のために何が必要かを考え、その中で住民の住まいをどう考えるべきなのか、更には高齢者の場合はどうすべきかを検討すべきである。
 首都圏一極集中の弊害と過疎化問題双方の対策として有望とされる施策に、中高年齢者が大都市圏から地方や「まちなか」にU ターンし、地域住民と交流しながら、健康でアクティブな暮らしを送り、必要に応じて医療・介護を受けることができる「生涯活躍のまち( 日本版CCRC)」構想がある。テレワークの定着により、自然豊かな地方において仕事を行い、時々大都市に出向く、という2地域居住が一定程度普及する可能性があり、コンパクトシティーの取り組みとあわせながら、積極的に推し進めるべきである。
 2020 年版厚生労働白書では、地域において暮らしていくために必要なことがどのような担い手や事業によって対応され得るかを整理し(図2-4)、一人ひとりの暮らしを支えていくためには、地域事情を踏まえつつ、様々な主体や関連分野と連携し、つながり・支え合いのあり方を考えていくことが必要としているが、先に示した住まいをどうするのかという視点も入れて考えるべきである。後述する全日病が提唱する「地域包括ヘルスケアシステム」構築でもこの点に留意し提言を行った。

37 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口・世帯数将来推計(平成29 年推計)」(2017)

38 総務省「自治体戦略2040 構想研究会 第一次報告」(2018.4)

39 内閣府「平成30 年度版 高齢社会白書」(2018)内訳は、①不慮の溺死及び溺水、②その他の不慮の窒息、③転倒・転落の順

40 総務省「過疎地域における集落の状況に関する現況把握調査最終報告」(2020.3)

4.経済力

 60 歳の4人に1人は95 歳まで、1割近くは100 歳まで生きるとされている。今後、基本的な生活費に加え医療や介護などに要する費用、余暇を楽しむ費用などから、老後資産はどのくらい必要なのか、年金収入だけで老後を賄えるのかなど、預貯金に対する不安は尽きない。「人生100 年時代」に向かい、年代を問わず経済力が大変重要である。

⑴若年者・女性の経済力
 平成30 年国民生活基礎調査によると、平均所得552 万円・中央値423 万円より低い400 万円以下が60%(内200 万円以下20%)に及んでいる(図2-5)。一般正規職員の所定内賃金は平均約23.5 万円で徐々に増加となってはいるが、正規職員では定期的な賞与が70%に支給されている一方、非正規職員では約40%にしか支給されないこともその差に寄与していると思われる。
 民間給与実態調査(国税庁「平成30 年分民間給料実態統計調査」)による年齢別年収をみると、男性は定年まで経年的に上昇するが、女性は非正規雇用が多いためと思われるが、25 歳から59 歳まで一貫して300 万円台であり、男女間に大きな格差がある(図2-6)。

 非正規雇用は男女ともに増加傾向にある。男性では、1988 年~ 2018 年で非正規雇用が8.1%から22.4%と3倍になり、特にバブル崩壊後25~ 34 歳層で増加し、低所得層が拡大していることがうかがえる。女性では1988 年時既に35.1%であり、特に25 ~ 34 歳層では25.9%から38.8%へとさらに増加しており、上記の結果を裏付けている41。非正規雇用者が男性より多いという問題はあるものの、労働力調査をみると女性の就業率が右肩上がりとなってきており、結婚や出産後も就業を続けたり一度退職後復職したりする女性も増えてきた42。一方、未婚化・晩婚化も進み「生涯シングル」、「共働きで子供をもたない」という選択も増え、ライフスタイルの多様化が進んでいる。働く女性が増加する中で、単に年代や世代による分析だけでなく、個人の生涯にわたるライフコースを尊重する姿勢も求められる。
 これまでは、就業形態の多様化が提唱されてきたが、実態としては非正規雇用の増加、低賃金労働者の増加をもたらしてきた。就業形態の多様化という観点からは非正規雇用は依然として有力な選択肢であり続けるが、正規雇用と比較して不利にならないような仕組み作りが重要である。生産年齢人口減少時代においては、女性の就業増加をいかに図るかは大きな命題であり、多様な就業形態を示し、正規雇用に比較して不利にならないようワークシェアを全業種で実践できるよう全日病も働きかける必要がある。
 医療も介護も女性が圧倒的に多い業種であるが、業種別平均給与をみると、介護系の低賃金の影響で医療・福祉系は依然下位(医療・福祉397.2 万円、前年度比0.6%マイナス、全業種平均440.7 万円、前年度比2.0%プラス)(表2-6)であり前年比の伸びもマイナスである。2040 年に向け需要が明らかに伸びる両分野の重要性の再認識を促すとともに、給与面での厚遇が必要であることを訴え、報酬見直しを国へ強く迫るべきである。

⑵高齢者の経済力
 高齢者世帯所得でも400 万以下が77%(うち200 万円以下が33%)と、所得のみでみると日本ではどの年代でも豊かな層は少ないと言わざるを得ない(図2-7)。
 総所得の80%以上が年金恩給のみの高齢者世帯が62%に及んでいる一方、生活が苦しいと答えたのが54%にとどまったのは、平均貯蓄額や、高い年金を受給するものが多いこと、副収入のある世帯がそれなり多いことによるものと推測される。加えて、世帯主60 ~ 69 歳世帯で約29万円/月、同70 歳以上でも約24 万円/月の平均消費支出を明らかに賄えない年間所得200 万円以下層が20%にとどまっていることもその理由であろう43
 現在多くの世代が生活はなり立っているものの将来への不安は少なくないはずで、2040 年時高齢に達した者の充実した老後の確保を意識した施策が必要であろう。
 重要なのは、より安心をもたらす収入確保のために就業を守る制度であり、2021 年4月施行の高年齢者雇用安定法改正で示された70 歳までの就業機会の確保がこの実践である。
 年金を中心として老後生活を送ることを想定した場合、現時点では自⼰責任となるが資産運用を学び実践することと、可能な限り就業を続けることによる年金の増額の仕組み(70 歳から受給開始で42%増)を利用することが推奨される。
 「高齢者の高齢化時代(親100 歳、子ども70歳)」は2040 年には当たり前になるであろうが、現状分析から高齢親子が満足した生活を維持出来るかが問われている。日本の家計金融資産の多くは高齢者が保有している。高齢化の進展で最も注意すべきは、認知症高齢者の増加と保有金融資産の扱いである。成年後見制度等によって、認知症高齢者の金融資産をどう管理し、守っていくのかが、相続問題も含め今後重要課題の一つとなる。

⑶低所得者対策
 経済的な安定により生活を保障する仕組みは多くの国で実践検討がなされている。昨今の類を見ない新興感染症の流行などにより社会情勢が不安定な状況となる中、日本においても低所得者対策の検討を急ぐべきである。

①ベーシックインカム
 ベーシックインカムは、「定期的な現金での給付で、資産調査や労働要件なしにすべての個人に無条件に提供されるもの」と定義され44、いくつかの国でその実現に向けた研究や試行がされてきている。勤労意欲に与える影響はフィンランドにおける2017 ~ 18 年の試行実験では影響は少なかったと報告されているが45、巨額の必要財源確保(毎月10 万円配布すると年間約150 兆円)は大きな課題であろう。
 医療・介護機関の運営の立場からは、最低限の生活が保障されることにより、より楽と感じる職場で働く労働者が増加し、この業態の人員確保のための賃金高騰の懸念もあり、慎重な検討が望まれる。

②給付付き税額控除
 2007 年11 月税制調査会答申「抜本的な税制改革に向けた基本的考え方」に、「議論が進められていく必要がある」と記され、2009 年の所得税改正法附則第104 条に「検討」と明記されたのが「給付付き税額控除」である。
 「税よりも税額控除が大きい場合に差額を給付する」ものだが46、就労の推進、所得再分配の強化等が目的とされ、既に米国、イギリス、ドイツ、フランスなどに加え韓国などでも、勤労税額控除・児童税額控除・消費税逆進性対策税額控除の形で導入されている47
 今回米国やイギリスのコロナ対策の現金給付が、本人の口座に直接給付する形で迅速に行われたのは、給付付き税額控除により、番号で国民全員の税情報(課税所得)と社会保障給付を一体的に運営する制度が導入されていたからとされている48。日本においても改めてこの制度について早急に議論すべきである。

⑷おわりに
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対し、世界は大きな恐怖と不安を味わい、その終焉が見えない状態に置かれている。日本では、「就業・住まい・経済力」に関してその危機管理対策が後手に終始した感は否めない。3密により成長してきた大都市が、感染症リスクに対応して進化するために3密を避けなければならないというパラドックスに直面している。
 全日病会員も、社会環境の変化によりもたらされる住民の生活への影響を十分認識して相対するべきである。

41 総務省「労働力調査 長期時系列データ」(2019)

42 総務省「労働力調査」(2020)

43 総務省統計局「家計調査報告」https://www.stat.go.jp/data/kakei/index.html(2021.3 参照)

44 ベーシックインカム推進の国際機関ベーシックインカムアースネットワーク(BIEN)

45 『NewsWeek 日本版』(2020.5.11)

46 埋橋孝文「給付付き税額控除制度とは?」『学術の動向』、pp72-76(2010.10)

47 国立国会図書館『ISSUE BRIEF』No678(2010)

48 森信 茂樹「ポスト・コロナ、定額給付金を給付付き税額控除につなげ、デジタル・セーフティーネット構築を -連載コラム「税の交差点」第76 回」東京財団政策研究所 https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3403(2020.5.12 参照)

6)社会保障制度

1.年金

 社会保障制度には、社会保険、社会福祉、公的扶助、保健医療・公衆衛生の4本柱49 があるが、普段、我々が最も馴染んでいるのが社会保険、年金、医療・介護保険等である。社会保険には、年金、医療保険、介護保険、労働保険(労災保険、失業保険)等がある。年金は、「世代間での支え合い」の原則にのっとり、現役世代が保険料を納め、高齢者の年金給付財源にあてられている。
 公的年金制度は、20 歳以上で国民年金に加入義務があるが、2階建てと言われ、1階が国民全員が加入する「国民年金」、2階が会社員や公務員の加入する「厚生年金」である。厚生年金加入者は、国民年金と厚生年金の保険料を支払っているため、給付もその分多くなる。さらに、3階に任意加入の国民年金基金や確定拠出年金があり、納めた分本人に還元されるが、掛け金や運用によって大きく結果が変わるのが特徴である。給付は原則65 歳からで、開始を遅らせることで受取金額を増やすことも可能である。
 各国の年金制度のベンチマークとして使われるグローバル年金指数50 で3年連続1位となったオランダは、日本(32 位/39 か国)と同様に3階建ての制度51 である。オランダは総合指数値82.6、日本は48.5 という評価で、日本は、3つの大きな指標のうち特に低評価だったのが、「持続性」で35.9 であった。「持続性」では2004 年導入のマクロ経済スライド制の導入と支給開始年齢引き上げで年金財政に関しては一定程度将来見通しが立ったと言われている一方、かねてから指摘されている制度設計の問題、すなわち、自営業者とサラリーマン、正規労働者と非正規労働者、専業主婦と働く女性、単身世帯と夫婦世帯など、同じ世代内での公平感の問題や、少子高齢化で現在と将来の年金受給者とで給付額に差が出る世代間バランスの問題は残ったままである。
 2040 年には日本の高齢者人口(65 歳以上)がピークとなる。団塊ジュニア世代(1971 ~74 年生まれ)が高齢者となり、65 歳以上が約4000 万人となる一方、現役世代は約6000 万人と推定され、現役世代の負担が大きくなる。世代間のバランスが大きく崩れることによって招来する主要な課題は、医療提供者にとっては医療・介護の働き手不足だが、高齢者にとっては年金が最大の問題となる。
 これまでの少子高齢化問題の中心だった団塊の世代は日本の高度成長期を支えた豊かな世代で、正規雇用者が多く、したがって年金受給額も高く、貯蓄額も比較的多いが、団塊ジュニア世代は、就職氷河期世代やロスジェネといわれる世代で、非正規雇用者が多いため貯蓄額も少なく、年金受給額も低いことが想定され、貧しい高齢者の比率が増えることが危惧される。
 2015 年懸案だった厚生年金と共済年金の統合が図られた現状では、年金制度に手を加えることは適当ではないと考える。当面は、支払った分が戻る仕組みでないことに不満を持つ者もいるので、基本となる国民保険は全員加入とし、その他は確定拠出年金のような自⼰責任で老後を考える仕組みも選択できるような改変にとどめるべきである。

49 年金などの「社会保険」、高齢者や障害のある人などの支援を行う「社会福祉」、生活に困って人々を助ける「公的扶助」、人々の健康を維持するための予防や衛生環境を整える「保健医療・公衆衛生」がある。

50 総合指数は、「十分性」、「持続性」、「健全性」に大別される50 以上の項目から構成されている。

51 オランダの年金制度 佐々木一成 年金と経済 2018オランダの年金制度において特筆すべき点は以下の3点である。
1)資産が圧倒的に潤沢である。2階部分職域年金資産残高は1兆2476 億ユーロ(149.2 兆円)、オランダGDP 比190%。日本の1~2階部分である国民年金・厚生年金の運用機関であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の総資産は1.49 兆ドル(約161.8 兆円)でGDP 比30%。
2)所得代替率(現役時代比)が高い。オランダ70%に対して日本62%(2019 年)。日本では低成長持続により2050 年40%台まで低下の見通し(厚労省)。但し、オランダでは年金保険料が高い(月収42 万円単身モデル:日本月額3万7500 円、オランダ約10 万円)。また、オランダでは年金保険料のみならず、日本の消費税に当たる付加価値税も21%である。
3)日本の2階部分、厚生年金に当たる職域年金のカバー範囲が大きい。オランダでは1階部分だけでも、最大年1万5459 ユーロ(185 万円)受取り可能であり、自営業者も含め労働者の95%が職域年金に加入している。オランダは国と企業が主体で多くの負担をする一方、労働者にも一定程度の負担と長期の勤続により、老後の準備をするという考え方をしている。

2.医療制度(医療提供体制は別議論)

 世界保健機関(WHO)の“World Health Report 2000” では、医療制度の目標は「高い健康水準」、「市民の期待への対応」、「公平な財政負担」の3つであり、その評価には「達成度」と「達成に要した医療資源の効率性」が必要とされている。日本においてもこれらについての定期的な検証を行うべきである。
 日本の医療制度の特徴は、①国民皆保険、②フリーアクセス、③開業の自由、④民間中心の提供体制、であるとされる。医療費の増大に歯止めがかからず、②③に関して、種々の見直しの議論が始まってきているものの、全日病としては、現時点でこれらの維持に賛成である。

3.医療保険

 医療保険には、被用者保険・国民健康保険・後期高齢者医療制度があるが、簡素化、一本化すべきである。2018 年財政基盤の安定化を最大の売りにして国民健康保険の都道府県移管が行われたが、市町村別保険料の統一化が容易ではないことや医療費が増大した際の保険料への影響の問題などに関して、十分な対応はなされていない。目的が果たされているのかどうかを検証し、成果が上がっていない場合は早急に対策を打つなどの取り組みが必要である。
 後期高齢者医療制度については、増大する医療費に伴う国・自治体の財政負担増、現役世代からの支援金の増加の一方で、自⼰負担率の低さの問題が指摘され続けてきた。このような状況下、高齢者の自⼰負担料率が変更されたが、レセプト審査の自動化、ポリファーマシーの改善、品質管理の厳重化を条件にしたジェネリック薬品使用の義務化、超高額薬剤の保険収載への対応の見直し等による財源確保を常に考え、今後の高齢者の自⼰負担増は最小限とすべきである。
 各国の医療保険制度の概略を以下に示すが、夫々に成立までの歴史背景があり、日本の国民皆保険制度は維持されるべきである。現役世代と高齢者の人口比率問題が解消される2040 年以降には現在抱えている格差は縮小することが期待される。

4.海外の医療保険制度の概要

⑴社会保険システム(ビスマルク・モデル)

 ドイツ・フランス・オランダなどヨーロッパ諸国の多くは、日本と同じ社会保険方式である国民皆保険制度が基本である。
ドイツ:世界で最も早く公的医療保険制度を導入。現在国民の約9割が公的医療保険に加入。「地区疾病金庫」と「企業疾病金庫」が加入先。基本的に税金での補填なし。医療費の自⼰負担率は、医療形態により異なる。かかりつけ医の紹介状なしで大学病院などの専門医を受診した場合、10 ユーロを負担。ほとんどの国民はかかりつけ医を持ち、事実上のホームドクター制である。

フランス:100%に近い公的医療保険加入率。日本と同じサラリーマン・公務員・自営業で区別される3種類の加入団体。ドイツと同様、医療費の自⼰負担率は医療形態により異なり、フランスでは基本的に自⼰負担なしで外来診療受診が可能。ホームドクター制は義務ではないが、かかりつけ医紹介なしだと二次診療5割負担として、実質的なかかりつけ医制度を確立している。

⑵国営システム(ビバレッジ・モデル)

 イギリス、スウェーデン、カナダ、ニュージーランドなどでは、国民から徴収した税を財源として、国が全面的に医療サービスを提供する保険制度となっており、全ての国民が基本的に無料で診療を受けられる。

イギリス:国営のNHS が多くの病院を運営し、病院で働く専門医も全て公務員。外来/入院診療、調剤・歯科診療・予防医療・リハビリ・地域保健などが保健サービスの対象。ホームドクター制がしっかりと運営され、かかりつけ医の紹介がなければ二次診療を受けられない。

スウェーデン:自⼰負担があるものの、年間一人あたり約1万円強の上限額があり、それ以外は原則として公費でまかなわれる。医薬品の上限もあり。病気や怪我で仕事を休む場合は、会社員・自営業者などにかかわらず、国や会社から手厚い補償もある。

⑶民間保険が主体のシステム

 米国は、医療費が高く保険未加入者も多い。高齢者を対象とするメディケアと低所得者が加入できるメディケイドなど、公的医療制度は限られ、その他の現役世代は対象外である。原則として全額自⼰負担。多くの現役世代は民間の医療保険に加入する以外には、医療保障を受ける手段なし。約5000 万人は保険未加入者、他国と比べ医療費が飛び抜けて高額であり、レベルの高いサービスを高額で提供するシステム。世界トップレベルの医学や医療現場を実現しているものの、独特の保険制度や高額な医療費により、満足な医療サービスを受けられない国民が一定数存在することは、長い間米国にとっての課題である。オバマケアは、民間保険プランへ強制加入させるものだが、保険会社の負担増、保険料上昇、個人情報流出の可能性、年一回検診義務の受診期間が短い等の問題点があげられている。

5.介護保険

 欧州各国に続いて2000 年に成立した介護保険52 は、高齢化の進展に伴う要介護者への対応に保険制度を導入したもので、20 年を経て、介護費用の増大とその負担、深刻な人手不足への対応、増える介護離職に対して介護と仕事の両立について検討すべき時期に来ている。
 制度開始当時、政策の立案者が最も懸念していたのが「保険あってサービスなし」の状態だったため、民間事業者に広く門戸を開き、介護の必要度が比較的軽い人もサービスが使える仕組みにした。
 この結果、介護費用は増え続け11 兆円と当初の3倍以上になり、2040 年には25 兆円を超えると推計されている。当面、医療よりも介護費用の伸びが大きいので、費用増加にあわせ保険料も上昇する。65 歳以上保険料の全国平均は約5800 円/月と開始時の2倍に上り、2040 年には9200 円に達すると推計されている。
 高齢者であっても負担能力に応じた負担を導入すべしとの議論があって、2015 年より一定以上の収入で自⼰負担割合は2割になり、2018 年からさらに高収入では3割になった。負担増によるサービス利用の減少・中止は、いずれも1%余りにとどまり対象者拡大の議論もある。今後も、サービス利用控えによる身体機能悪化や、家族の介護負担増を注意深く見守る必要がある。
 深刻な人員不足が続く中、団塊世代が75 歳以上になる2025 年にはさらに55 万人の介護職員が必要となる。消費税引き上げ後、介護職員の処遇改善が行われたが、他産業の人手不足もあり人員確保の競合状態が持続している。急速に高齢者が増える首都圏大都市での懸念は大きく、東南アジアを中心とした外国人に期待が集まるものの自国の高齢化の進展もあるため、先の見通しは不安定である。
 介護現場では、センサーやリフトの使用、介護ロボットの利用など新しい技術の導入による職場環境の改善が行われつつあるが、国はより積極的な支援を行うべきである。また、成功先行事例としての健康高齢者の介護助手としての登用も、拡大の望まれる施策である。
 介護離職が拡大している問題も大変重要な課題である。介護と仕事の両立をいかに図るかが議論されてきたが、コロナ禍におけるテレワークの推進の経験から、新たな展開がうまれる可能性が高いので、よりフレキシブルな仕事ができるよう政府のみならず官民が広く知恵を出し合う必要がある。

52 介護保険の概要
財源は税金と保険料半々。65 歳以上の保険料は年金から天引きされ、40 歳から64 歳までの現役世代も保険料を負担する。運営は市区町村であり保険料は地域ごとに異なる。加入は40 歳以上全員であり、第2号被保険者(40-64 歳)は加齢に伴う疾病による要介護・要支援、第1号被保険者(65 歳以上)は原因を問わず要介護・要支援で介護サービスを受けることができる。

6.生活保護

 日本国憲法第25 条の「全ての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という精神に基づいた社会のセーフティーネットとしての公的扶助制度である。必要最低限の生活費を保障し、自立の助けをするもので、8つの扶助53 よりなり、資産調査や能力等の要件に応じ支給額は地域や世帯状況によって決められている。
 最低賃金層よりも高い給付が行われているとの指摘や、労働力不足の現状から基準を厳しくすべき、アルバイトなどを認めて総給付額の削減を図るべきという点に関しても議論が進められるべきである。

7.保健医療・公衆衛生

 各地域の保健所54 や保健センターが中心となり、健康診断の実施や感染症の予防、対策等を行う。1994 年に保健所法が改正され地域保健法になるとともに、対人サービスが市町村の設置する保健センターに移行し、保健所の現在の役割は、地域の医療機関や保健センター等の活動の調整や、健康危機管理55 の拠点となることとされている。保健所においては近年人員削減が行われてきたことが今回のコロナ禍での不十分な対応につながったので、早急に事業内容の総点検と組織の再構築が行われるべきである。

8.規制改革

 2020 年7月17 日、規制改革実施計画が閣議決定された。医療・介護分野の重点項目として、医療・介護関連職のタスクシフト、介護サービスの生産性向上(①介護事業者の行政対応・間接業務に係る負担軽減、② ICT・ロボット・AI等の導入推進、③介護アウトカムを活用した科学的介護の推進、④介護事業経営の効率化に向けた大規模化・効率化、一般用医薬品(スイッチOTC))選択肢の拡大、医療等分野におけるデータ利活用の促進、社会保険診療報酬支払基金に関する見直しがあげられた。
 限られた人材で介護サービス提供を維持するには、事業所や施設の集約化・大規模化を図って生産性を向上させる必要がある。地域に点在する様々な介護事業所を集約化することにより(大規模多機能施設)、介護人材の有効活用が可能となり、利用者は複数サービスの利用が可能となる。地域密着型サービス等は小規模で家庭的な介護を目指して創設されたが、介護保険開始から20 年が経ち、その制度の安定性・持続可能性を維持するには発想の転換を図る時期に来ている。
 行政関連の業務負担軽減については、書類自体の簡素化や標準化等すぐにできることに取り組むとともに、ICT 化を進めることが重要である。ICT 化で半歩先を行く医療分野で、電子カルテのベンダー各社がそれぞれ独自規格で開発を行った結果、異なるシステム間の連携が困難になるという状況が発生した。介護分野のICT化では、国の強い指導のもと規格の標準化が必須であり、その際あわせて医療・介護情報の共有化のために電子カルテ側の見直しを図るよう全日病は強く主張すべきである。
 医療・介護分野におけるデータ利活用の促進全般に関しても、医療・介護提供者が常に感じている問題点に関して経産省からの強いメッセージ56 が出されており、全日病も共に行動すべきである。
 現在、内閣府規制改革推進会議を中心に広範な分野で検討が行われている。6つのWG に分かれて(成長戦略、雇用・人づくり、投資等、医療・介護、農林水産、デジタルガバメント)さらに細分化された議題について検討されているが、以下医療・介護WG における議題を列挙する。

第1回:
医療・介護ワーキング・グループの当面の審議事項について/新規領域における医療機器・医薬品の開発・導入の促進
第2回:
オンライン診療・オンライン服薬指導の普及促進/医薬品提供方法の柔軟化・多様化
第3回:
専属産業医の常駐及び兼務要件の緩和/一般用医薬品(スイッチOTC)選択肢の拡大/規制改革ホットライン処理方針
第4回:
医薬品提供方法の柔軟化・多様化/最先端の医療機器の開発・導入の促進
第5回:
最先端の医療機器の開発・導入の促進
第6回:
歯科技工所の共同利用・リモートワークの解禁/介護サービスの生産性向上
第7回:
中古医療機器売買の円滑化/単回医療機器再製造品の普及/一般用医薬品(スイッチOTC)選択肢の拡大
第8回:
医療分野における電子認証手段の見直し、治験の仕組みの円滑化、外部ネットワーク利用
第9回:
患者の医療情報アクセス円滑化/医療分野における電子認証手段の見直し

 第9回規制改革推進会議では、医療・介護関連事項に関して、行政書類の提出見直しとオンライン化、テレワーク普及促進、産業医常駐見直し、最新医療機器開発導入促進が議論となっている。
 前規制改革推進会議議長の大田弘子氏(政策研究大学院大学特別教授)は、「官製市場とデジタル化:2つの課題」にて、個々の規制改革に時間がかかり過ぎること、いったん得た既得権を守る習慣があることを問題点としてあげている。官製市場と呼ばれる「医療、介護サービス、保育サービス等」の分野では、高齢化や共働き世帯の増加で今後さらに需要が拡大すると予想され、適切な規制改革がなされれば、成長産業にもなり得ることを鑑みて、経営の自由度を高めることで経営体質を強化し、従業員の待遇を改善していく方向性をとるよう提言している。
 全日病は、後述するように「地域包括ヘルスケアシステム」の必要性を提言しているが、その際に株式会社の参加も可能な「地域医療・介護・福祉連携推進法人」の創設や、広範に進むデジタル化に対しても速やかな推進を妨げるあらゆる規制撤廃の必要性も主張している。オンライン診療に関して首相が推進を約束しても関係官庁が後ろ向きという例にみるように、種々の許認可に関してある意味規制をかけることで仕事をしてきた官僚の文化を変えるべく、新しい仕組みの構築が検討されるべきである。

53 日常生活にかかる費用の「生活扶助」、家賃等の「住宅扶助」、子どもの教育費等の「教育扶助」、医療機関受診等の「医療扶助」、分娩介助など安心して出産をするための「出産扶助」、介護サービス費等の「介護扶助」、仕事に就く上での「生業扶助」、葬式費用等の「葬祭扶助」

54 保健所
地域保健法第5条をもとに都道府県、指定都市、中核市、その他の政令で定める市、特別区が設置する保険衛生行政機関である。1994 年に保健所法が改正され、地域保健法となり保健サービスの権限が市町村へと委譲された。保健所469、支所120 が設置されている(2018 年)。感染症等対策、エイズ・難病対策、精神保健対策、母子保健対策、食品衛生関係、生活衛生関係、医療監視等関係、統計・健康相談といった企画調整、薬局開設の許可、狂犬病まん延防止のための犬の拘留、あん摩・マッサージ業等の施術所開設届の受理などの業務を行っている。

55 健康危機管理とは、医薬品、食中毒、感染症、飲料水その他何らかの原因により生じる国民の生命、健康の安全を脅かす事態に対して行われる健康被害の発生予防、拡大防止、治療等をいう。

56 「医療介護に関するIT 化の実情」:長年にわたる標準化やシステム接続の努力にかかわらず、目指した成果は何一つ実現していないレガシーシステムである。経産省平成31 年商務サービスG「健康医療分野におけるデータ活用の在り方」

コラム:価値観の転換-変革・価値観の転換が当たり前の時代である

公益財団法人 東京都医療保健協会 練馬総合病院 理事長 飯田 修平

1.変革・価値観の転換

 二十世紀末から現在に至るまでは、「今まさに、変革の時代である」、「意識改革しなければならない」時期にあり、2040 年までこの状況は続くものと認識している57。環境(生態系・社会情勢)の変化に適応できなければ、生存できないのはイキモノの宿命であるが、組織も同様である。急速に変化する環境への適応は困難であり、変革が必要とされる。その前提として、変化を察知する感覚器官(情報システム)の質向上が必須である58
 科学技術、応用技術、情報技術の急速な進歩・発展により、環境の変化が急速・広範かつ大きくなり、従来の考え方や方法では適応困難になった。意識改革・価値観の転換をしなければ変革は不可能であり、世界・国・地域・各組織・個人のすべての段階で対応が必要である。個人の価値観の多様性と社会の価値観とを混同する人が多いが、議論の対象を明確にしないと混乱することとなる。本項では、主に社会・組織に関して論じるが、それに応じた個人の価値観の転換は必要である。

57 病院職員のための病院早わかり読本、1995 年、日本医療企画病院早わかり読本、1999 年(初版)-2021 年(第6版)、医学書院

58 本報告書、4章「コラム:情報技術を活用した組織運営・診療体制の再構築」参照

2.変革は好機である

 変革の捉え方によって、取るべき行動とその結果が大きく異なる。受け身で対応するか、変化や流れを改善・質向上に利用するか、さらに、積極的に流れをつくるのかが問われる。激動の時代には、変化を嫌い、現状維持・安定を求めることは、後退を意味する。
 社会の急激な変化に伴い、国民の価値観が大きく変化し、多様化している。これは、変革ともいえるもので、従来の学習、成功体験、模倣では対応困難である。過去の成功体験を捨て、新たな発想で、再構築し直すという意識改革すなわち価値観の転換、パラダイム・シフトが求められている。

3.成長神話の破綻

 古代から現在まで、成長神話が継続している。技術革新に続いて、クーンのいうパラダイム・シフトが起き59、食料増産と人口増を達成し、経済も急速に成長・拡大した。しかし、成長に関する思想および技術(エンジン・アクセル)の進展に、制御に関する思想および技術(ハンドル・ブレーキ)が伴わず、破綻の危機に瀕している。
 ローマ・クラブが『成長の限界』(1972 年)で「人口増加や環境汚染などの現在の傾向が続けば、100 年以内に地球上の成長は限界に達する」と警鐘を鳴らしてから約半世紀が経過した60。SDGs(Sustainable Development Goals: 持続可能な開発目標)や国連気候変動枠組条約締約国会議(COP:Conference of Parties)は、“ 会議は踊る” と表現したくなる状況である。

59 トーマス・クーン(著)、中山 茂(翻訳):科学革命の構造 単行本、1971 年、みすず書房

60 成長の限界―ローマ・クラブ「人類の危機」レポート、1972 年、ダイヤモンド社

4.社会情勢の変化

 社会情勢の変化の特徴は、グローバル化、不連続、高齢化、少子化、高速化、情報化、高度技術化、知化、開示等と表現されよう。すなわち、時間・空間の境界の撤廃である。
 しかし、世界各地でテロ頻発、中国の東シナ海・南沙諸島海域への進出、北朝鮮のミサイル連続発射、米中貿易戦争、英国EU(欧州連合)離脱等々の問題が発生した。これらを契機に社会、人々の思考と行動が変化し、COVID-19 によってさらに促進された。時代の流れは、これらの大事件などを契機に、一方向ではなく、大きく揺れているようにも見える。
 わが国では、東日本大震災、原発事故、異常気象災害等が頻発した。また、少子高齢化は、発展途上国を含む世界共通の問題であるが、わが国はその最先端を走っており、最重要かつ喫緊の問題である。

5.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応からの教訓

 COVID-19 蔓延が全世界を震撼させた。COVID-19 は、不確定要素、未知の部分が多く、不確実な情報で決断し対応せざるを得ない状態が続いた。
 いかなる状況でも有用な考え方は、5W1H(Why、What、Who、When、Where、How)である。順番が重要であり、最初はWhy(目的思考)で、次にWhat(重点思考)である。立場により、目的、目標が異なるが、均衡点をどこにとるかは政治判断であり、短期・中期・長期のいずれで考えるかの時間軸が重要である。
 COVID-19 への対応を契機に、すでに進行中の価値観の転換が促進している。これまで推進してきた、拡大、成長、壁の撤廃、グローバル、連携、自由、個の(人権)尊重等の価値観が転換を迫られている。すなわち、縮小、維持、境界(壁)設定、閉鎖、ローカル(地域限定)、区別、識別、孤立、自組織・自⼰の成果追及、自由制限、人権制約等々への転換である。
 組織と個、孤立と連帯、公益と人権との均衡をいかにとるかは、重要な政策課題であるが、COVID-19 の影響下では、前者を優先し後者を抑制する傾向にあり、これらの均衡が著しく崩れることを危惧する。あれかこれか、All or None という両極端ではなく、均衡が重要である。
 COVID-19 流行以前から、経済成長や公益目的との拡大解釈により、人権侵害、個人情報の目的外使用の傾向があった。公益のためには、ある程度の一時的な権利の制約はやむを得ないが、COVID-19 対応を口実に、人権侵害、個人情報の目的外使用、社会監視への利用、検閲、弾圧に利用する例(国・地域・団体)がある。携帯端末のGPS 機能を利用して、個人の行動を追跡し、感染者と一定の基準(COCOA では1メートル以内に15 分間以上)で接触した場合には、本人に通知する仕組みはその一例である。同様の仕組みにより強制監視する国もあるが、わが国では幸い任意である。しかし、濃厚接触者を補足するためには、対面・マスク・防護措置の有無を確認する仕組みが必須であり、COVID-19 対策を名目にするならば、少なくとも実効性についてのさらなる検討が必要であろう。
 従来は、ヒト・モノ・情報の移動が境界(国・地域・分野)を意識せず、大量、高速、かつ、自由にできた。しかし、COVID-19 により、突如、移動・集合・活動を制限する必要に迫られた。国境閉鎖・出入国規制、都市封鎖、自宅待機、在宅勤務等の人の移動制限が典型である。全体主義国家のみならず、自由、権利(人権)を強く主張する諸外国でも、法的規制・命令を発している。しかし、我が国においては、緊急事態宣言、東京アラートも法的根拠が不明瞭でかつ規制としては弱く、自粛(自主規制)が主体である。一方では、“ 自粛警察” と呼ばれる暴力的集団の跋扈がある。2021 年2月、特措法改正があったが、強制力は軽微である。また、活動を強制するならば、補償制度が必須である。法的にせよ自主規制にせよ、経済活動を停滞させ、組織の運営困難・破綻・倒産(組織崩壊)、失業、家庭崩壊、自殺が増加している。
 防疫、治療薬開発、医療提供体制再構築等により、COVID-19 が季節性インフルエンザと同様になったとしても、価値観の転換・社会体制の変革は一時的ではなく、中長期、永続的にならざるを得ない。コロナ下(With Corona)、コロナ後(Post Corona)、ニューノーマル(New Normal)という語が頻用されている。しかし、前述の通り、全く別の方向ではなく、コロナ前から進んでいる時代の流れ・変革が促進されただけと考えた方がよい。時は流れ、時代は推移し、状況は常に変化するので、同じではありえない。超コロナ(Beyond Corona、Super Corona)を提唱したい。未だ、具体的な絵は描けないが、衆知を結集すれば可能と期待する。
 常に新た(Always New)なので、変えなければならないのは、人々の考え方であり、意識改革が必要である。ニューノーマル(New Normal)を好意的に解釈し定義すれば、価値観を転換し、新しい環境に適応し、それを当たり前(Normal)と考えることである。

 自国優先で、医療機器・材料・医薬品の輸出制限や、独占的輸入を企図する動きもある。また、これらの物品を政治的・戦略的に利用し、勢力を伸ばそうとする動きもみられる。個別の組織においても、同様の傾向がみられる。短期的には、自国優先、自組織優先も可能であるが、影響が極めて広範囲、甚大かつ長期であり、協調・連帯しなければ自国も自組織も維持、継続できない。
 COVID-19 がもたらした最大の教訓は、国、都道府県、市区町村、地域医療のいずれの段階にも、協調と連帯が必須であることを関係者全てが共有したことであり、一部では実践された。実際、地域の大病院あるいは中小病院において、クラスターを発生させて新規患者受け入れを停止せざるを得ない状況では、クラスターを発生させていない病院が、COVID-19 患者、疑い患者を受け入れるなど、地域内の協調・連帯がみられた。しかし、感染者数が急増すると、地域では連帯も機能しがたくなり、重症患者の受け入れ先確保が困難となった。国および都道府県単位の協調・連帯、調整が必須である。

6.経済効率性重視から、持続可能な社会構築へ

 持続可能な社会構築に関しては、国内外で長年に亘り議論・検討している。しかし、経済効率性重視の傾向が強く、あるいは、反対に、極端な制限を主張する人々・団体があり、実現には至っていない。しかし、COVID-19 を契機に、持続可能な社会構築の必要性が再認識された。
 目指すべき指標として、経済効率(GDP 等)以外の環境効率・社会貢献等を併用する必要がある。また、公平性や幸福度等、数値化が困難な指標も重要である。短期成果重視から中長期成果も重視すべきであり、短期・中期・長期の均衡が必要である。すなわち、長期も含めた経済効率性を考慮する必要がある。
 BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)、BCM(Business Continuity Management:事業継続管理)の考え方も様変わりし、想定外という言い訳は許されなくなった。COVID-19の規模、影響、期間が極めて大きいので、あらゆる国・組織において、BCP・BCM の根本的な変革が必須となった。
 求められるのは、理想や理論だけではなく、短・中・長期にわたる実効性のある具体的な運用を考慮した提案である。また、大規模災害・事件への対応は、一組織では不可能であり、地域内、地域間の協調、連帯が必須である。

7. 医療に対する考え方医療は健康投資である

 医療提供体制への負担の軽減あるいは解消における最重要事項は、医療を健康投資・健康資本への投資と認識することである。社員の健康管理は組織の健康投資であるという観点で、2014 年に経産省は“ 健康経営” を打ち出したが、経営者や一組織ではなく、社会全体、国家、組織全体に関しての健康投資が重要である。
 COVID-19 対策に関連して、「エッセンシャルワーカー」、「医療従事者に感謝しよう」、「ブルーライトを灯す」、「医療崩壊・病院崩壊を防止しよう」という言葉を政府が発する。これまでの医師数削減、病床数削減、医療費削減、医療バッシングの政策とは逆の対応である。臨床現場を守る全日病としては今後の推移を注意深く見守る必要がある。他方、政策とは関係なく、医療従事者への感謝の手紙など、一般の方々が医療の重要性を再認識する契機にもなっており、医療者が誇りをもって業務を遂行でき、また優秀な次世代が医療に関心を持つことも期待できる。
 COVID-19 は、効率性・生産性を再検討する契機となった。経済効率性を考えると、医療費削減、予期した事態に対応しなかった(不作為の)結果が、COVID-19 への初期対応の遅れ、感染者数、死亡者数だけではなく、経済停滞、莫大な経済的損失として露呈した。
 得られた収益や経費は計算が容易であるが、重大事の発生防止の評価基準は比較対象がないので設定困難であり、特に、社会現象は再現不可能である。先例がない場合・予測困難な場合には、作為と不作為の比較が困難である。しかし、意思決定権者には、どの状況においても最善策の実施義務がある。政策担当者、医療団体、医療機関経営者・管理者においても同様である。

8.再び協調、連帯へ

 設立主体、規模、機能の違いはあるが、地域毎にそれぞれの役割を認識して、平時および非常時(有事)の役割分担を改めて再構築する必要がある。
 自院、地域内の医療機関、諸団体、行政のこれまで以上の連携が必須である61。さらに、病院経営者、病院団体、医療関係機関は、医療提供側の責任として、内向きの議論ではなく、原理・原則に基づいた天下国家の議論も必要である。目先の得失にとらわれず、中長期の展望で、協調・連帯し、積極的に流れをつくる必要がある。

61 練馬総合病院では、2020 年4-5月頃、受け入れ体制に関する行政の意向調査に対して、「設立主体毎の役割分担が重要である。国公立・公的病院こそ、政策医療として、COVID-19 対応を担う必要がある。不顕性感染が多いので、中小規模一般病院においても発熱外来、軽症患者の受け入れが必要である。」と回答した際「参考にする」との返答があった。病院団体として積極的に同様の趣旨の見解を行政に強く示すべきである。