第4章 会員へのメッセージ:「病院のあり方に関する報告書」(2021年版)

主張・要望・調査報告

「病院のあり方に関する報告書」

第4章 会員へのメッセージ

 第2、3章で示したように、2040 年における医療・介護分野をとりまく環境は、相当様変わりすると想定される。このことを踏まえ、各施設においては地域における医療・介護提供者としてどのように貢献すべきかを再確認し、今から準備することを薦める。

1)地域の将来像の確認

 社会保障人口問題研究所資料、「未来カルテ」、「地域経済分析システム」等による地域全体の2040 年像を把握し、「地域の医療提供体制の現状と将来 - 都道府県別・二次医療圏別データ集(日医総研)」および「人口・患者数推計/ 簡易版」により医療需要を、介護保険事業計画により介護需要を確認することが重要である。

2)2040 年の当該地域における医療・介護提供の必要性と各施設の理念、運営方針の整合性の確認

 病院のあり方に関する報告書2015-16 年版に示したように、内部要因・外部要因それぞれの再確認を行うとともに、特に、疾病構造の変化と自院の提供する医療との整合性を図るべく行動する必要がある。

内部要因:
自院ケースミックスの経年変化
各職種マンパワーと質の評価
―職員満足度による確認
施設・設備の現状確認
外部要因:
顧客(患者等)満足度
人口動態と疾病調査予測による地
域の医療・介護ニーズの把握
他の医療機関や施設とのベンチ
マーク・競合状況の把握 + 人口構成および異なる生活観をもつ団塊世代への調査による医療・介護ニーズの把握

3)普遍的な組織運営の留意点と質管理

 病院は、多職種協働で行なう労働集約性の高い組織であり、患者の高い要求水準に応えるには、建築・設備・医療機器等を整備し、医師・看護師・薬剤師等専門職種による高水準の固有技術を維持させる診療管理と、複雑な組織運営を継続する管理技術、およびそれを推進する指導・調整技術が必要である。
 社会情勢の変化、医療制度改革の中、病床削減、医師数削減、医療費抑制が進む中、年中無休で、救急も含めて病態が異なり常に変化する患者への診療は、効率化が難しい分野であるにもかかわらず、良質かつ最善の医療提供を求められるという矛盾を抱えながら組織運営をしなければならない。
 医療の質向上は、いかなる環境においても組織運営の必須事項と認識しなければならない。全日病では1998 年「中小病院のあり方に関するプロジェクト委員会報告書」を皮切りに、全ての報告書にその重要性を提示してきた。
 医療の質向上のためには経営管理の質向上が重要であり、1)診療(経過・結果)、2)組織管理(人事労務・労働安全衛生・施設設備・安全・環境)、3)経営指標(財務)、4)職員(能力・態度・成果)、5)患者満足(苦痛軽減・診療成績・受診機会・経済性)と医療機関全体の質が問われる。
 医療経営の構造81 は図4-1のように複雑であり、すべての関係者の満足(顧客満足)への要求が上昇し続けることを念頭に、継続的な質向上(MQI:Medical Quality Improvement)活動を行い、総合的質経営(TQM:Total Quality Management)の実践が必要である。

81 「病院のあり方に関する報告書」2011 年版「医療経営の質」

4)情報技術の積極的活用による組織運営・診療体制の構築

 2040 年に向けて、生産年齢人口の著しい減少が想定されるため、業務の効率化ならびに患者要求に対応するためには情報技術の利用は必須となる。
 2025 年の日本を想定した「病院のあり方に関する報告書」(2015-2016 年版)第8章「病院における情報化の意義と業務革新」を振り返り、2040 年までに想定される新たな課題を検討するとともに、現在情報技術の積極的活用を行っている会員病院での取り組みを紹介する。(コラム「情報技術を活用した組織運営・診療体制の再構築」)
 以下、現在でも導入可能または実現が確実とされている情報技術と必要な取り組みを列挙した。会員病院の積極的な取り組みを望む。

  • スマートフォン等オンラインを利用した新患・再来予約/事前受診目的連絡/医療相談システムの導入
  • 電子カルテ連動自動受付—案内—事前情報受付システム音声入力・動画による、必要かつ十分な情報の取り込み、共有化
  • 自動支払い/処方箋発行・送付システム
  • オンライン診療/ドローンによる薬剤配送システムの導入(慢性疾患管理、医師不足地域と都市部医師間連携による在宅医療の維持・推進)
  • クラウド型電子カルテの導入
  • IT を利用した入院患者に対する新しいチーム看護体制/E-ナースステーション82 の構築
  • AI を利用した診断治療の導入
  • 効率的な事務系業務を中心としたテレワークの導入
  • 位置情報を利用した業務の見える化・効率化

82 重症度の異なる患者数名を指導者・中堅・新人4-5名でケアするシステム
患者識別・ウェアラブル生体モニター情報と治療指示・チェックリスト情報をナースステーション内大型画面に表示し、常駐の医師・看護師の責任者の判断とハンズフリー携帯電話ないしタブレットによる適時カンファレンスから、タイムリーにケア内容の検討・変更を行うシステム―重症度の異なる患者を同時に看ること、常時指導者が帯同することで教育効率向上を図る体制

コラム:情報技術を活用した組織運営・診療体制の再構築

公益財団法人 東京都医療保健協会 練馬総合病院 理事長 飯田 修平

1.「病院のあり方に関する報告書」における情報技術の考え方

 本報告書が設定した2040 年の日本を想定して「情報技術を活用した組織運営・診療体制」を考えるにあたり、2025 年の日本を想定した「病院のあり方に関する報告書」(2015-2016 年版)第8章「病院における情報化の意義と業務革新」83 を振り返る必要がある。

⑴病院における情報化の意義と業務革新(2025年の日本を想定)

 2015-2016 年版第8章では、用語の定義、病院情報システム(HIS)の要件、情報活用のための組織構築、情報化の経営への貢献、組織の再構築と情報システムの発展等を解説した。
 期待を込めて、解決すべき「今後の課題」と「2025 年における情報活用」を記述してから5年経過した。2025 年まではあと4年あるが、その多くは解決途上にある。
 近年の情報技術(ICT:Information and Communication Technology)の目覚ましい進歩と社会構造・組織構造の変化を考慮すれば、課題解決は困難であるが、不可能ではない。

 「病院における情報化の意義と業務革新」の今後の課題(2025 年を想定)

  1. マン・マシン・インタフェイスやマン・アプリケーション・インタフェイスを改良し、負荷を感じることなく利用可能とする。
  2. いつでも、どこでも、だれでも、容易に利用できる、スマートプラチナ社会とする。
  3. 柔軟なデータベースを構築する。
  4. 過去のデータを蓄積し、利活用可能とする。
  5. 相互運用性を推進する。
  6. 国家的プロジェクトとして、以上を継続的に推進する。

83 公益社団法人 全日本病院協会「病院のあり方に関する報告書(2015-2016 年版)」https://www.ajha.or.jp/voice/arikata.html(2016.8.1 参照)

⑵病院における情報化の意義と業務革新(2025年の日本を想定)を評価する

  1. ありとあらゆるものがインターネットに繋げられる(IoT::Internet of Things)84 途上である。2025 年には、多くのモノに情報端末が組み込まれ、接続される。繋げる・繋がることを意識する必要がなくなり、負荷なく利用できる。
  2. 2020 年達成を目指したスマートプラチナ社会推進会議 報告書概要(2014 年7月)の多くは試行にとどまっている。①の課題達成が十分ではないため、特に、高齢者のICT 利活用に関しては、やや向上した程度である。2025年には、IoT やアプリケーションの向上により、一部は実現する可能性がある。
  3. 2025 年には、①②により現在よりも柔軟なデータベースが構築されるであろう。しかし、構造化されないデータは利活用が困難である。非構造化データを活用するというDWH(Data Warehouse)85 はあるが、実際には、タグをつけた(構造化)ものが多い。
  4. 現在、医療機能情報提供制度(医療情報ネット)86、NDB(National Database of Health Insurance Claims and Specific Health Checkups of Japan.)87、DPC データ、NCD(National Clinical Database)88、病院情報の公表89、等により病院情報が公開されている。過去のデータを蓄積し、利活用可能とする範囲が拡大しているが、詳細な情報が蓄積されていても、利活用に関する大きな制約がある。研究者ですら、レセプトデータの開示請求が煩雑であるだけではなく、1- 2年前のレセプトデータを開示されるだけである。リアルタイムの検討には使えない。2025 年には、データ蓄積と利活用可能な範囲が拡大し、迅速かつ簡便に利活用できるように、全日病も強く要望する必要がある。
  5. ハードウェアおよびアプリケーションに関する相互運用性は検討され、統一する動きが主流である。これ対して、全日病をはじめとする団体が、「重要なのは、蓄積したデータをいかに利活用するかである。ハードウェアおよびアプリケーションの統一ではなく、データ様式とデータ交換の手順の標準化が必要である」と主張しているが、2025 年までに解決することは困難であろう。
  6. 国家的プロジェクトとして、②、④に示したごとく継続的に推進しているが、一時的、即応的である。戦略的、統合的、継続的、挙国一致体制を執っているようには見えない。2025 年には、進捗することを期待する。

 前回報告書に記載した「病院における情報化の意義と潮流」の以下の内容は現時点でも変わらない。すなわち、

  • 医療機関内における情報化
    医療情報を国民の健康に資するものにするためには、仕様をオープンにした安価な標準電子カルテを国として設定すべきである。
  • 地域内連携
    域内の医療連携システムの相互運用性に障壁がある。国による統一規格化が求められる。
  • 介護情報との統合
    医療と介護との情報の共有が求められる。生活情報を集積し、患者・利用者を診療する時に、情報を閲覧し、必要な情報を抽出することが必要である。患者本人がPHR(Personal Health Record)を管理することが重要となる。
  • 生活情報
    医療情報、介護情報を経時的に集積し生活情報に取り込み、予防医学に利用すべきである。
  • 既存の枠組みの中のビッグデータ
    ビッグデータを匿名化して、公衆衛生や医療費適正化のみならず、医療機関同士でベンチマークし、病院運営と質の向上に利用すべきである。
  • IoT とビッグデータ
    人間生活のあらゆる情報がインターネットに接続され、集積した情報をデータマイニングすることで新知見を得ることが可能となるだろうが、機微な個人情報の利活用には一定の制限を設けるべきである。

84 IoT:モノのインターネットとは、モノがインターネット経由で通信することを意味する。モノにインターネット接続(通信)機能が付加される。それ以前は、インターネットとは、PCとPCを通信網(net)を介して繋げることであった。

85 DWH:複数のシステムからデータを抽出・変換・書き出して、一元管理できるように最適な形式で集約・集積したもの。

86 医療機能情報提供制度(医療情報ネット):住民・患者による医療機関の適切な選択を支援することを目的として、2006 年の第五次医療法改正により導入された。病院等に対し、医療機能に関する情報について都道府県知事への報告を義務づけるとともに、報告を受けた都道府県知事はその情報を住民・患者に対して提供する制度として運用している。

87 NDB:レセプト情報・特定健診等情報データベースの通称である。「高齢者の医療の確保に関する法律」を根拠として、2009 年から、特定健診および特定保健指導情報、ならびにレセプト情報を保険者より集め、厚生労働省保険局において管理されるデータベースである。

88 NCD:2010 年、専門医制度を支える手術症例データベースとして外科系臨床学会が設立し、該当領域手術の95%以上が登録され、かつ信頼性が極めて高い。

89 病院情報の公表:2016 年度診療報酬改定において、機能評価係数Ⅱの保険診療指数の新たな項目として「病院情報の公表」を追加し、2017 年度から導入された。

⑶病院における情報化の意義と業務革新(2040年の日本を想定)

 2025 年の課題を達成後は、2040 年に向けてより高次の課題が検討される必要がある(表4-1)。2040 年には、情報化は組織生存・存続の必須条件であり、その意義を考えるまでもないが、むしろ、次節で述べるように、扱い方を慎重に考える必要があろう。

2040 年には、

  1. あらゆる物事(モノ・アプリケーション・物・者・行為・事)が繋がる(IoT)。多くの行為( 事) が時空を超えて繋がる。I o T、A I(Artificial Intelligence)90、RPA(Robotic Process Automation)91 による人の負荷軽減と判断・創造力発揮、個人および組織の意識改革、業務革新に繋がる。すでに、遠隔情報収集、遠隔操作、さらには、遠隔体験[拡張現実(AR:Augmented Reality)92 や仮想現実(VR:Virtual Reality)93]が実現しつつある。
  2. いわゆるDX(Digital Transformation)94 が社会に拡張して社会変革に繋がり、スマートプラチナ社会が実現する。高齢者でも、周囲の環境・状況を意識せずモノゴトを利用できる社会となっていよう。また、多くのモノゴトに関して、所有や占有の概念が少なくなり、共有資産となろう。ただし、個人的あるいは特別なモノゴトに関しては個人の権利の保護が必要である。
  3. 非構造化データの相互運用性を担保することはかなり困難であるが、非構造化データを活用する仕組の構築を期待したい。
  4. 過去のデータをDHW に蓄積し、利用者の思考に沿って、負荷なく利活用可能とする。院内システム間のデータの相互運用性が確保される。
  5. (相互運用性に関して)共通の規格制定あるいはデータ構造およびインターフェイスの開示等の基盤を整備し、共有するデータ項目と通信手段を標準化して、ハードウェアおよびアプリケーションに依存しない、データの相互運用性を確保している。
  6. 情報セキュリティ担保、データの利活用、工程表作成、PDCA を回す等と喧伝し、「デジタル庁」が設置されるが、このままでは、9月に2040 年までの実現は期待できない。官産学が協力、連携した国家的プロジェクトとして、戦略的、統合的、継続的、有機的、実効性ある挙国一致体制をとるべきである。組織間で調整がなされ、目的思考で整合性のある施策が推進され、国として情報技術を活用した変革(DX)を実現することを期待する。

90 AI:人の論理思考をコンピュータ上に再現するプログラム。IoT でネットワークに接続された末端装置(エッジデバイス)に搭載されているAI をエッジAI(Edge AI)という。

91 RPA:手作業の業務やパソコン操作を自動化し、業務効率を向上させる仕組み。定型業務に向いているが、AI を用いた非定型業務への応用も検討されている。さらにはプロセスの分析や改善、意思決定までを自ら自動化する高度な自律型のRPA の開発を目指している。

92 拡張現実(AR):現実世界に視覚情報を重複表示させるもの。

93 仮想現実(VR):クローズドな世界(スクリーン)にリアリティを高めた視覚映像を投影し、非現実の世界をあたかも現実のように感じさせるもの。

94 DX:経済産業省の狭義の定義では、企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。エリック・ストルターマン教授の広義の定義(2004)では、デジタル技術が全ての人々の生活を、あらゆる面でより良い方向に変化させること。すなわち、情報技術による社会変革である。

⑷工学技術の進歩に応じた制御技術(社会技術)

 社会構造は大きく変わりつつある。医療においても、ICT を活用し、適切な病院情報システムHIS:(Hospital Information System)を構築することにより、医療情報の電子化、医療の成果測定、医療の質確保、経営の効率化を行うことが期待される。
 ICT が急速な進歩を遂げることは利便性の観点からは極めて望ましいが、工学技術の進歩に応じた制御技術が必須である。航空機事故や原子力事故など、多くの技術が制御困難あるいは不能に陥った例は枚挙にいとまがない。反省を込めて、医療事故もこの範疇と考えるべきであろう。
 制御技術は、工学技術も必要であるが、むしろ、社会・組織の意思決定・組織運営の考え方(社会技術)が重要で、使い方次第である。社会的負の影響(危害)を最小化することが求められる。特に、留意すべきは、人権保護、安全(safety、security)確保、公益と個人の関係である。

2.情報技術を活用した病院の組織運営-練馬総合病院での経験

⑴組織とは

 組織とは、同じ目的を達成するために協働する集団を言う(図4-2)。組織が機能する要件は、理念・方針(目的)を共有し、職員の一人一人が、それぞれの役割(責任・権限)を認識し、同じ方向に向かって力を結集(業務を遂行)することである(図4-3)。組織および環境の状況・変化を把握し、目的を達成するために最適の方策を検討し、実践することが必要である。職員の力が結集できなければ、目的を達成することは困難である。
 社会の仕組みが複雑で、変化が頻繁かつ著しくなり、組織運営は極めて困難になっている。イキモノである組織は、環境の変化に適切に対応しない限り、存続できなくなる。

⑵組織運営における情報の意義

 組織運営には、自組織の理念、方針、諸規定、業務内容、構成員に関する情報、顧客情報、業務に関連する学術・業界情報、関連法規、他組織、社会情勢等の状況・変化を把握(情報収集)する(Plan)必要がある。次に、組織の目的にあわせて、業務を計画し(Plan)、遂行し(Do)、経過および結果を検証し(Check)、不具合や問題があれば改善し(Act)、問題がなければ標準化する(Act)という、管理(PDCA)サイクルを回すことが重要である。
 PDCA のすべての段階で、情報技術を活用することが組織運営の要諦である。情報は、経営資源の中で大変重要な要素である。

 図4-4の○で囲った要素は無形性・蓄積可能性が低いという共通性があり、これらは、直接人・組織に付随する。また、金・ものも流通(等価交換)には情報が必須であり、時間も情報と緊密な関係にある。すべての要素が情報に関連しており、その重要性が明確になる。勿論、すべてを制御するのは人である。情報・情報技術に使われないようにしなければならない。

⑶情報技術の活用

 組織運営とは、総合的質経営(TQM:Total Quality Management)の実践である。その考え方は、情報技術を活用して情報システムを構築し(図4-5)、情報を活用し、医療の質向上(MQI)活動、教育研修等により継続的質向上を図り、業務を改善し、効率性・信頼性を向上させ、経営効率を向上させることである。安全が確保され、教育・研修とあわせて組織改革につながり、経営の質が向上する(図4-6)。

 前節で述べたように、情報技術を活用して情報を活用することが目的であるので、情報こそが最大の資産である。DWH を構築して、データ移行、変更・改訂に開発会社の制約がほとんどないようにしている。ハードウェア・アプリケーションは情報活用の道具であり、情報システムの開発・導入と、その後の機能追加(改訂・修正)・更新を如何にするかが重要である。
 自院の理念・方針を達成するために必要な機能・運用を明確にしなければならない。そのために、図4-5に示す如く、経営方針に沿った情報システムを構築することが肝要であり、自院に適したシステムがなければ、協働あるいは独自に新規開発しなければならない。

⑷情報活用に適した組織体制構築

 組織図とは、経営の基本的考え方を表すものであり、練馬総合病院では情報活用を重視している。情報・質・安全に関連する部署を理事長直轄部門(情報・質・安全管理部)とし、企画情報推進室、質保証室、医療の質管理室を設置し、4名のSE を配置しているが、事務局・経営企画会議と共にスタッフ部門として位置づけている(図4-7)。企画情報推進室と質保証室は緊密に連携して、情報システム構築、維持、情報収集、職員への情報教育、データマネジメントを担当している。

⑸診療への貢献

 情報技術を活用して診療に貢献した例を以下に紹介する。

  1. 電子カルテ導入当初、最も良かったことは、看護師の申し送り時等における診療記録の取り合い、待ちがなくなったことである。
  2. 研修医が症例検討会に診療記録、画像、その他書類を持ち出す必要がなくなり、ファイルメーカーで症例一覧を作成し、電子カルテ、各部門システムと連携させ、PC とプロジェクターを準備するだけとなった。
  3. 電子カルテの指示支援によって、指定あるいは共通のテンプレートのほか、各科・各医師独自テンプレート作成が可能となった。
  4. 各科・各医師が診察予約枠を柔軟に設定できるので、検査毎に枠が決まっているものの緊急時にも融通がつくようになった。
  5. 調剤薬局からの院外処方に関する疑義照会をFAX で受け、処方医に直接連絡するが、連絡が取れない場合には、当該科科長に照会したうえで、薬剤師が電子カルテ上に疑義を記載する。
  6. 権限とセキュリティのもとに、院内各部署は勿論、VPN(Virtual Private Network)により、自宅あるいはどこからでも常に診療情報を閲覧、入力が可能となった。理事長、内科、循環器内科、外科、脳外科には専用タブレットが支給され、外国出張中も、ホテル・空港からでも閲覧が可能である。
  7. 薬剤の副反応報告時や特定薬剤を使用中の患者検査データや症状に関する調査をする場合、質保証室職員によるデータ抽出が可能となった。
  8. 定期的な診療記録監査時に、所定の監査項目の他に、目的に応じた臨時項目の監査も可能となった。特定の疾患診療における実施すべき検査の抜けや、診療報酬上の実施項目の抜け等の発見につながり、当該診療科、医師への注意喚起につながっている。
  9. データを科別、医師別に分析し、統計データを医局会報告、医師毎データを科長に提示している。医師本人の自⼰評価もあわせて実施しており、診療記録の質向上につながっている。
  10. データ分析により、新知見が得られ、学会報告、論文発表した例も多い。
  11. イントラネットを構築し、諸規定、業務規程、手順、パス、薬剤等を閲覧可能となった。
  12. 地域医療情報連携システムを構築し、患者が承諾すれば、地域の診療所医師が直接、診察予約、検査予約(US、CT、MRI、内視鏡等)ができ、診療結果をいつでも閲覧可能となった。
  13. 報告書は、FAX やメールの誤送信を避けるため、結果が出たことのみメール送信する。結果については連携ネットによる閲覧が可能となった。
  14. 地域診療情報保全システムを構築し、患者が承諾すれば、地域の診療所医師が自院の診療データを当院のシステムに保管し、平時は自院のデータのみ閲覧でき、大災害時には理事長の承認のもと、仕切りを外して相互に閲覧可能となった。

 当院での情報技術を活用した組織運営に関する今後の課題は、テレワークと診療への応用である。前者に関しては、当分事務関連の一部業務に限定する。後者に関しては、対診にとってかわるものではないが、以下のような遠隔診断、遠隔診療の一部は可能となると考えて、導入を検討中である。

  • AI 診断の積極的使用が推進されており、放射線診断医、病理医、その他の専門医が常駐しない病院においては、CT、MRI、病理診断、その他専門領域の診断・治療に有用である。
  • 上記とあわせて、ZOOM を用いた対診、症例検討が可能となる。
  • オンライン面会の仕組みを用いて、事前に資料を送り、患者、家族への説明、問診と共に、他の医療機関・施設職員との打合せ、協議が可能となる。
  • 通信規格と画像解像度の向上で、AR・VR による遠隔処置・遠隔手術の補助が可能となる。

⑹新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に伴う情報技術の活用

 情報技術を活用して、想定外の混乱を惹起したCOVID-19 に対応した例を以下に紹介する。前述の通り、COVID-19 によって急速に進んだ技術は、終息後も活用できる内容である。

  1. オンライン面会システムを内製し利用していたが、開発会社に機能向上を依頼し、患者(病棟)と家族(自宅・あるいは病院設置PC)間のみならず、外国の家族も含めて、5元中継したこともあり、関係者から高く評価された。
  2. COVID-19 蔓延を契機に、オンライン診療を開始した。まだ、一部の患者に対応するのみであり、今後の課題である。
  3. ZOOM による、学会、研究会、会議が多く、当初は不具合が多かったが、半年以降は慣れて、多様な使い方をした。自院あるいは自宅から参加可能で、遠方の多数の者との開催も容易で、COVID-19 終息後もZOOM 開催が拡大するであろう。
    単なる会議や講演会は特に問題がなく利用でき、研修会も人数が多いだけの講義形式では受講者の指導に工夫が必要なだけだが、演習形式の研修会では開催側の情報技術と講習の技術の両方が必要となる。また、Hybrid 形式の研修会が多くなり、開催側の負荷が大きくなっているが、今後は、ほとんどがHybrid形式になるであろう。
  4. 地域における医療安全管理体制相互評価を実施しているが、2020 年度は、COVID-19 蔓延により訪問調査ができなくなった。前年度までの訪問調査に代わりZOOM 会議、標準的相互評価点検表の使用下に、メールで実施できた。

5)震災・新型コロナウイルス感染症(COVID-19)から学ぶ BCP

 想定外の大地震・新型コロナウイルス感染症(COVID-19)には、ほぼすべての医療機関が対応困難であった。とくに、COVID-19 世界的大流行では医療崩壊あるいは危機的状態となり、行政・医療団体(職能・病院・学術)・医療機関・介護施設における危機管理とBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の大きな問題が露呈した。
 COVID-19 への対応と、模範的な会員病院におけるBCP の全般的取り組みを紹介したが(コラム「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がもたらしたもの」、「提供体制とBCP」)、会員病院の早急な対応を期待する。

コラム:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がもたらしたもの

東邦大学 社会医学講座 教授 長谷川 友紀
公益財団法人 東京都医療保健協会 練馬総合病院 理事長 飯田 修平

1.公衆衛生と感染症

 2020-2021 年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的大流行が、医療のあり方の再検討を課している。いまだ、収束していないが、世界的大流行が2040 年の社会と医療に与える影響を検討する。
 公衆衛生の起源は、人が集まって住むことにより派生する健康問題への対応であり、衛生的な環境の確保と感染症対策は、常に最大の関心事であった。COVID-19 の世界的大流行(パンデミック)は、公衆衛生学的なアプローチが問題解決にどこまで寄与できるかを改めて問うものである。
 COVID-19 世界的大流行対策の目標は、⑴重症患者の急増、超過死亡の増加を避けながら、⑵集団免疫の確立を図り、⑶経済への影響を最小限にとどめることである。
 中国、西ヨーロッパ諸国、米国においては、重症患者の急増にあわててロックダウンで対応したために、これが一般的な方策のように認識されている。しかし、本来は上記政策目標に対する影響を比較検討し、どのような方策が妥当かを検討する必要がある。

2.COVID-19 の特徴と医療現場の状況

⑴経緯の概要

 2019 年12 月に中国・武漢市で原因不明の肺炎が確認され、2020 年1月5日に発表された。厚生労働省(厚労省)は2021 年1月6日「中華人民共和国湖北省武漢市における原因不明肺炎の発生について」コメントし、1月10 日の第3報では、世界保健機関(WHO)が声明を発表したことを踏まえ、「原因病原体が新種のコロナウイルスである可能性が高まったが、感染経路、患者の発生状況等について新たな情報はなく、対応に変更はない。当該病原体の情報等について引き続き更に情報収集を進めていく」と報じた。
 世界的大流行(パンデミック)という見解が一般的であったが、WHO は、2020 年1月30日、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC:Public Health Emergency of International Concern)」を宣言したが、当初否定していた。2月11 日、新型コロナウイルスによる疾患名を「COVID-19」と発表した後、3月11 日、世界的な感染拡大の状況、重症度等から世界的大流行とみなすと表明した。
 1月26 日に日本人初の感染者(武漢からの客を乗せたタクシー運転手)が発表された。当初、COVID-19 を季節性インフルエンザより少し厄介な疾患と考える感染症専門家もいたが、中国を含む全世界の情報が集積され、3月初めに深刻な事態と判明した。
 2月5日から、ダイヤモンドプリンセス号が横浜港で2週間、船上隔離された。船員1068人、乗客2645 人、計3713 人の中、確定症例712 人、不顕性感染331 人( 船乗員の8.9 %、PCR 検査陽性者の46.5%)、死亡14 例(致命率2.0%)、その他に検疫官や船会社の医師ら9人の感染が確認された。隔離前の船内パーティで接触飛沫感染したと考えられている。
 武漢からのANA チャータ便で帰国した、第1便206 人、第2便210 人中の陽性者はそれぞれ、5人(2.5%)、4人(1.9%)、計9人(2.2%)であった。
 北海道におけるアウトブレイクをはじめ、都市部にクラスターが発生した。3月からの第1波では、多くの病院でクラスターが発生し、外来、救急等の診療制限が行われた。3月13 日、緊急事態宣言を可能にする新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)が改正され、4月から1か月間の緊急事態宣言・東京アラートが発令された。一時、感染者数が減少したものの、7月から急増し(第2波)、11 月からの第3波では年明けに感染者数が7500 人を超え、2021年1月7日、2回目の緊急事態宣言が発令された。1月30 日英国型とされる変異株感染者5例が発表されて以降、感染力が強いことも指摘され、徐々にその割合が増加し、2月まで減少していた感染者数が3月下旬から再増大し、4月には急増し、第4波と指摘され、今後の短期間での制圧が危ぶまれている。

⑵COVID-19 の特徴と医療現場への影響

 COVID-19 は新興感染症でありRNA ウイルスであるコロナウイルスの一種(SARS-CoV-2)の感染により生じる。未だに未知の部分もあるが、突然変異を起こしやすく、実際に英国株、南ア株、ブラジル株に加えインド株も出現しており、感染者が再拡大している。
 感染者に接触後、発症までの潜伏期(不顕性感染期間)は比較的長く数日~2週間であるが、インフルエンザの発症直後の感染力とは異なり、発症前2日間と発症後2日間の感染力が強く感染拡大の要因である。この傾向は変異株で大である。
 不顕性感染または症状があっても軽微なものに留まる者が大部分であるが、発症後1週間程度経過した後に、急速に病状が悪化することがあり、いくつかの危険因子(循環器系の疾病、糖尿病など)は知られているものの、発症早期に重症化の危険性を評価することは困難である。致死率(死亡者/発症者:Case Fatality Rate)は高齢者に高く、特に70 歳以上で高い。若年者においては脳梗塞、川崎病様症状の合併が報告されているが詳細は不明である。
 感染経路は、咳嗽による飛沫・エアロゾルの吸入と、目への侵入であり、周囲に付着したウイルスに接触した手で顔を触ることである。感染予防には、マスク着用(サージカル、N95)、眼球保護(ゴーグル、フェイスシールド)、手洗い、手指消毒が重要であり、患者対応にはマスク、手袋、ガウン等のPPE が必要であり、十分な換気が重要である。
 PCR 検体採取、気管内挿管、内視鏡検査、手術、診察、処置、介護等で、接触し飛沫を浴びる機会がある医療従事者は、防護を厳重にしても感染リスクが高く、不特定多数が来院する医療機関での院内感染発生のリスクが高い。医療従事者が患者に感染させるリスクもあり、外来者の病棟への出入制限に伴いオンライン面会が導入されている。
 医療提供側(人員、施設・設備、診療材料、資金等)の負荷が大変大きく、変異株による再拡大がある中で、今後の負担軽減あるいは解消は全世界的課題である。
 患者にも医療提供者にも最も厳しいことは、リムデシベル、デキサメタゾン、バリシチニブなどが注目されているものの、現時点で確実に有効とされる治療薬がないことである。
 ワクチン接種については、諸外国における効果・副反応情報に加え、国内での先行接種が始まり検証中である。免疫獲得力と抗体価持続期間はいまだ不明であり、定期接種の必要性も検討されている。

3.COVID-19 への対応に関する問題点

 新興感染症で、不確定要素、未知の部分が多い中で、これまで、関係者が個々に情報を集積、修正し、不確実情報を基に即決即断せざるを得なかった。
 感染力の強さ増大に応じ、医療関係者はこのCOVID-19 にどう対応するか決断を求められたが、その根拠となったPCR 検査結果にいくつかの問題があった。
 PCR 検査の感度・特異度が、感染後の経過日数、検体採取部位により異なり、偽陽性、偽陰性があるので複数回の検査が推奨されたが、感染者増大に伴う検査件数増加のため非現実的であった。感染力は低いものの陰性化後に再度、再々度陽性化する事例もあったが、拡大するにつれて新規患者発生数(正しくはPCR 陽性者)の発表のみとなり、全体像の把握は不十分である。
 保健所能力の限界と医療崩壊回避を意図した検査実施抑制がその原因とされたが、当初我が国のPCR 検査実施能力が諸外国に比して極めて低く、各報道機関に出演する専門家からの指摘が続いた後に体制強化が図られるなど、初動の遅れは明白であった。台湾・韓国での初動との対比で、SARS の経験を踏まえた準備の欠如、政策の不作為が問われた。
 感染者数の増減が実効再生産数と共に示されるが、正確にはPCR 検査陽性者数であり検査数が多ければ陽性数は増加するので、陽性率と無症状・中等症・重症者数というようにより正確な実態を示して議論すべきである。2021 年1月22 日厚労省から各保健所へ発せられたPCR検査Ct 値の変更(それまでの35-40 から30-35)により、陽性者数が大きく減少したはずだが、何故専門家も報道機関も指摘しなかったのか疑問である。
 また、基礎疾病による死亡でも、PCR 陽性であった場合コロナ感染症での死亡と分類されている点も問題である。
 意図的な誤情報も多く、感染者や医療従事者および家族への非難中傷、排除という事態も発生したことに、関係者は真摯に反省すべきである。

4.医療崩壊について

 医療崩壊について確立した定義はない。狭義には、(COVID-19 の急速な流行拡大など)医療需要の急速な増大に対して、医療提供が追い付かず、通常ならば避けられたであろう死亡の増大(超過死亡)を生じる状況をいい、比較的短期の状況が想定される。広義には、当該医療の提供のみならず、通常の医療提供にも影響を生じ、医療提供能力が広範、かつ長期間にわたり障害され、原因を問わず超過死亡に加え他の健康障害を生じる状況をいう。
 COVID-19 流行では、当初、救急外来での診察待ち、ICU での重症患者の治療など狭義の医療崩壊が社会的関心を集めたが、遷延化とともに広義の医療崩壊に関心が移行しつつある。
 日本では、狭義の医療崩壊は一部を除き幸い生じていないが、その対応に関して、以下のような重大な問題点が明らかになった。すなわち、

 直接新型コロナウイルス流行に関連する事項として、

  • 新型コロナウイルス感染者の病期・病状に応じた振り分けと軽症者用病床の確保
  • 新型コロナウイルス感染者対応病院への支援
  • 不要不急―通常医療の一時的な縮小

 医療全般に関する事項として

  • 公衆衛生上の課題に応じた対応体制の不在
  • 高齢者、透析患者など脆弱な集団の存在
  • 医療・介護のオンライン化の遅れ
  • 自治体の権限強化と整合性の確保

 従前の医療・介護制度についての議論では、介護の重要性が増すにつれて、「地域包括ケアシステム」に示されるように、より小さな地域を対象とした医療・介護のシステム構築が重視され、感染症等、広域を想定した公衆衛生上の課題は想定していなかった。
 現在、高齢化の進展と医療の発達によって延命できた透析患者、がん生存者など抵抗力の減弱したものが増加している。介護施設などで感染が発生した場合には、多くの死亡を生じる危険性が高いが、クラスターを生じた介護系施設にみるように、感染制御の能力は医療施設に比べ明らかに低いので、医療施設からの支援が不可欠である。今後の医療施設との連携は、感染制御を含めたものが求められる。
 医療・介護においては、労働集約型の対人サービスが主体であることは明らかであるが、情報共有の仕組み、オンライン化の努力が十分に行われてこなかったので、人の移動、接触を減らしながらサービス提供を行い、情報共有(感染症など危険情報を含む)を図る仕組みの構築が必要である。
 COVID-19 流行への対応では、国の判断に先立って、自治体の首長が率先して独自の施策を実施する事例が見受けられた。高齢化に伴う問題は地域により状況が異なり、自治体のリーダーシップが問われるので、これを機に権限強化を検討する必要があると同時に、隣接する自治体との整合性のとれた連携を図ることができるよう検討するべきである。

 今回の流行では、医療用消耗品の一時的不足を生じ、医療機器・消耗品、ワクチン、薬剤を含めて戦略物資として取り扱い、政府の規制を強化し、国内での供給網を確保すべきとの議論がなされた。経済性、効率性を重視して、供給元を一国あるいは特定地域に集中したことの付けである。複数の供給元を確保するべきである。また、有事には、迅速に国内で供給できる体制の構築が必要である。

5.今後の展望

 新型コロナウイルスの世界的な流行拡大に対して、幸いに日本では、これまでは比較的よく制御している。しかし、日本の医療の特徴とともに、種々の問題点が明らかになった。これらを教訓として改善を図ることは、今後の新型コロナウイルス流行、他の病原体による流行対応にも有効であろう。緊急事態宣言に伴う経済活動の制限により、経済的には不況、失業の増加、健康影響(生活習慣病の増悪、家庭内暴力、精神的影響、出生率への影響など)、死亡率(新型コロナウイルス以外の死因を含めて)の上昇が危惧され、これらの総合的な検証が必要である。
 いつ襲来するか不明の公衆衛生上の危機に備えて、空床を確保し、医療機器・消耗品を備蓄することは、個々の医療機関の能力を超える。一義的には都道府県の責務として、国が支援することが適切と考える。医療計画その他でも適切に評価する必要がある。
 今後、各医療機関が新築改築を企画する場合は、医療計画における地域の感染症制御との関係も踏まえた感染症対策を十分組み込んだ設計が必要であり、これに対する財政的支援を受ける仕組みについて全日病は積極的に発言すべきである。
 故事「轉禍爲福・災いを転じて福となす」に倣い、COVID-19 の経験を今後の諸対応に活かさなければならない。各関係者は各々にBCP(Business Continuity Plan: 事業継続計画)、BCM(Business Continuity Management:事業継続管理)改訂を早急に行うとともに、地域内の医療・介護機関、関係諸団体、行政のこれまで以上の連携が必須であり、中長期的展望で、協調・連帯し、積極的に流れをつくらなければならない。

コラム:提供体制とBCP

公益財団法人 東京都医療保健協会 練馬総合病院 理事長 飯田 修平

1)事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)策定の勧め

1.BCP 策定の必要性

 東日本大震災、熊本地震や大規模な風水害が発生し、多くの医療機関・介護施設が甚大な被害を受け、診療・介護の提供を継続できなくなった。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)世界的大流行では医療崩壊あるいはその危機となり、行政・医療団体(職能・病院・学術)・医療機関・介護施設における危機管理とBCP(Business Continuity Plan: 事業継続計画)の大きな問題が露呈した。
 厚生労働省の「病院の業務継続計画(BCP)策定状況調査の結果」95 によれば、BCP を策定していたのは25%の病院であった(2018 年12月1日時点)。予測できない事態への対応は困難であるとして、BCP を策定していない、あるいは、形式的に他組織のBCP を転用して用いている病院が多い。
 BCP とは、地震・暴風雨・火山噴火等の自然災害、大火災、感染症蔓延、テロ・暴動等の組織の存亡に係るあらゆる緊急事態への対応計画を言う。事業資産の損害を最小限にとどめ、中核事業の継続あるいは早期復旧を可能とすることが目的である。また、BCP を確実に実施するBCM(Business Continuity Management、事業継続マネジメント)が重要である。BCP 策定における最重要事項は、どの種類のどの程度の事象発生を想定し、どこまで、どのように対応するかを決めることである。想定しないことには対応できないし、想定しても対応しない、あるいは、できないと決めた事象には、なにもできない。

95 病院の業務継続計画(BCP)策定状況調査の結果
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000533729.pdf

2.組織管理と事業継続計画(BCP)

 組織とは、共通の目的を達成するために協働する集団である。共通の目的とは、組織の理念であり、存在理由である。組織の存在理由を脅かす事態への対応がBCP である。BCP は組織管理の一環であり、安全管理、リスク管理、質管理と一体である(図4-8)。
 本稿では、個人や任意団体ではなく、法人や公共団体としての組織、とくに病院に関して述べる。個人や任意団体と法人や公共団体とでは、BCP の意義が異なるからである。差異の第一は、法人や公共団体としての組織は、営利、非営利に係わらず、継続性が求められていることである。すなわち、大震災、風水害、感染症等で大きな被害を受けた場合においても、事業を継続できるように、準備する必要がある。特に、病院においてはより一層、継続性が重要である。

3.BCM の運用

 BCM とは、事業継続及び組織の存亡に係る事象の発生(リスク)を予測し、評価し、対策を策定(BCP)(Plan)し、迅速に対応できる体制を構築(Do)し、事象発生時に被害を最小限にするように行動(Do) し、結果を評価(Check)し、事後あるいは経過中に計画(BCP)を改訂する(Act)ことである。経過中に臨機応変に対応できる体制を構築することがBCMの重要な事項である。特に、想定外の事象では、PDCA の各段階、特にPlan、次いでDo の段階で回す必要がある。管理サイクル(PDCA)を入れ子で回すことが肝要である(図4-9)。BCP を独自に策定して自⼰評価することも可能であるが、外部組織の標準的な指針・点検表等を参照してBCP を策定し、外部組織の評価を受けることが望ましい。BCM の外部認証には、ISO2230196 に基づくBCMS(事業継続マネジメントシステム)審査登録(認証)、中小企業庁の「事業継続力強化計画」の認定制度97、内閣官房国土強靭化推進室「国土強靭化貢献団体の認証に関するガイドライン」に基づくレリジエンス認証98 と、日本政策投資銀行(DBJ)のBCM 格付99,100 がある。「DBJ BCM 格付」融資は、DBJ が独自に開発した評価システムにより防災及び事業継続対策への取り組みの優れた企業を評価・選定し、評価に応じて融資条件を設定する、「BCM 格付」の専門手法を導入した世界初の制度である。

96 ISO 22301:2019:セキュリティ及びレジリエンス-事業継続マネジメントシステム-要求事項(Security and resilience- Business continuity management systems Requirements)

97 中小企業庁 「事業継続力強化計画」の認定制度https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.htm#seido

98 内閣官房国土強靭化推進室「国土強靭化貢献団体の認証に関するガイドライン」に基づくレリジエンス認証:http://www.resilience-jp.biz/certification/about/

99 DBJ BCM 格付:https://www.dbj-sustainability-rating.jp/bcm/overview.html

100 日本政策投資銀行環境・CSR 部:責任ある金融- 評価認証型融資を活用した社会的課題の解決、金融財政事情研究会(KINZAI バリュー叢書)、2012

4.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する BCP

 大地震、風水害、感染症(新型インフルエンザ)を想定したBCP を策定していた病院でも、特異の新興感染症である新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対応するBCP は策定していなかった。BCP は「あらゆる緊急事態への対応計画」である。したがって、想定外の事態には対応が困難である。
 従って、COVID-19 へは、図4-9に示したように、新型インフルエンザ対応BCP を基本とし、時々刻々得られる情報(外部および自組織の経験)を収集、吟味し、COVID-19 の特性(図4-8)にあわせてBCP・BCM を改訂し続けるしかなかった。これは、国・自治体・職能団体・病院団体・病院のそれぞれの組織で同様である。
 結果から、BCP に不備があると批判することは容易である。重要なことは、どこまで想定し準備し、適切に対応するかであるが、適切にPDCA を回せた組織はほとんどなかった。
 「想定外」には2つの意味がある。1つは、過去にその事象が発生したことがないこと、あるいは、理論上ありえないことである。2つは、過去にその事実はあるが、極めて稀な事象であるである。
 東日本大震災も熊本大地震も、歴史的前歴がある。それにもかかわらず、対応しなかったのは、稀な事象であり、対応には莫大な資金が必要だからである。
 COVID-19 における諸問題も同様である。SARS 等の経験があるにもかかわらず、マスク等の医療器材の製造費用を軽減するために輸入に頼り、病床・医師・医療費・研究開発費を削減したことの付けが、医療崩壊の危機と言われる事態を招来したのである。

5.大災害時の対応

 大災害であればあるほど、自治体、病院単独のBCP では対応困難である。BCP を効果あらしめるには、日頃から十分な信頼関係を基本とした密な医療連携体制構築が必要である。近隣医療機関および行政、医師会との連携を前提としたBCP が望ましい。広範囲の大災害では、自治体、病院単位ではなく、国の強力かつ効果的な政策、指導体制構築と実施が必須である。全日本病院協会をはじめとする全国規模の医療団体にも該当する。COVID-19 はそれを実証している。

2)事業継続計画(BCP)策定は総合的質経営(TQM)の一環である―練馬総合病院の経験に基づく考察―

 公益財団法人東京都医療保健協会練馬総合病院(以下、練馬総合病院)は、BCP(Business Continuity Plan)・BCM(Business Continuity Management)を総合的質経営(Total Quality Management:TQM)101,102 の一環としてとらえ、運用している。練馬総合病院におおける経験に基づいて、BCP・BCM 策定の意義と方法を考察する。

101 飯田修平:医療から学ぶ総合的質経営- 医療の質向上(MQI)活動の実践-、日本科学技術連盟、2002

102 飯田修平:医療のTQM ハンドブック 運用・推進編. 質重視の病院経営の実践、日本規格協会、2012

1.なぜ、病院で総合的質経営が必要か

 医療法第1条では、「病院とは、医師又は歯科医師が、公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業を行う場所であって、20 人以上の患者を入院させるための施設をいう。病院は、傷病者が、科学的でかつ適正な診療を受けることが出来る便宜を与えることを主たる目的として組織され、かつ、運営されるものでなければならない」と規定している。これは、科学的、組織的、適切に医療を提供する目的で運営し、すなわち、TQM をしなければ病院とはいわないことを意味する。
 医療を提供するだけでは公益とはいわないが、公益性が強い。病院は、地域医療の中核的役割を果たすことを期待されている。BCP 策定が義務づけられている災害拠点病院のみならず、すべての病院がBCP を策定することが社会的要請である。

2.練馬総合病院における BCP の考え方と概要

 練馬総合病院は「事業継続への取り組み」をホームページに公開している103。以下の資料に詳細を提示している。

  • 当院の事業継続に関する基本方針
  • 事業継続の取り組み概要
  • 事業継続の取り組み年表

103 https://nerima-hosp.or.jp/about_us/houjin_syoukai/jigyoukeizoku/

3.練馬総合病院における BCP の枠組み

 練馬総合病院におけるBCP の枠組みを図4-10 に示す。

4.練馬総合病院における BCP 策定の経緯

⑴大震災を想定した BCP 策定の必要性を実感

 阪神淡路大震災(1995 年1月17 日)の2カ月後、当院の事務職員と病院協会理事の計3名で、現地を視察した。その結果、従来の防災計画では対応できないことが分かり、防災計画を改訂した。当院の建物は築後25 年であったが、耐震検査では震度5強と診断された。対応は、柱に鉄板を巻き、窓に筋交いを入れることであり、監獄と変わりなくなることが分かった。しかも、3期工事になるという。紆余曲折の後、2006 年12 月に新築移転した。
 新築を契機に2系統電力供給とし、電力途絶に備えてガスは中圧管とし、GHP(ガスヒートポンプ)、コージェネレーションとし、非常発電機で対応可能とした。
 練馬区および区医師会と共同で、震災時の訓練を繰り返した。また、練馬区と共同で、新型インフルエンザ対応の訓練、消防署と共同で大規模交通事故発生時の対応訓練や一日消防署長の訓練も実施した。
 東日本大震災(2011 年3月11 日)発生時は、区医師会館で消防署との合同会議で、当院の外科医師が震災訓練報告の最中であった。東京は震度5強であったが、新築移転後であったのでホッとした。手術中の患者がいたが、無事終了したとのことであった。
 これらの経験に基づいて、2012 年11 月、防災計画をBCP として策定した。

⑵日本政策投資銀行「DBJ BCM 格付」受審

 第三者の視点・評価を取り入れる目的で、日本政策投資銀行(DBJ)の事業継続対策への取り組みを評価する「DBJ BCM 格付」104,105 を受審した(2016 年2月)。準備段階で、当院のBCP の現状と課題を把握でき、既存のBCP の見直しに取りかかる契機にもなった。
 例えば、事務部では、委託業者(物流・食事・清掃等)の事業継続に関する対策状況を把握し、取引銀行の有事借入に関する契約を確認した。施設課では、非常用電源稼働用の軽油備蓄量や各種機器点検・災害時の無線使用訓練記録を再確認した。企画情報推進室では、職員安否確認システムを構築し、訓練を実施した。質保証室では、リスク洗い出しと評価、事業影響度分析と目標復旧時間設定、大規模地震発生時に対応する患者数を想定した。
 見直し前のBCP の対象リスクである地震・火災・新型インフルエンザの3項目に加えて、水害・落雷等の自然災害や感染症、ハラスメント・労働争議等の労務、テロ・財政危機等の政治経済、医療事故・個人情報漏洩・医療機器の停止・医療法規改正等を追加した。
 故障モード影響解析(FMEA)に基づいて、発生頻度、事業への影響度、予見可能性、影響緩和困難度の観点で評価し、影響緩和不可(影響緩和困難度4)は除外し、リスクマップを作成した(図4-11)。その結果、影響が最も大きいリスクは「地震」であった。

 中断を回避し、また、中断した場合に速やかに復旧すべき重要業務を特定した。業務が停止した場合の、顧客影響度、収益・資産影響度、社会的影響度の観点で評価し、「患者受付」、「入院診療」、「救急診療」、「手術」を重要業務とし、目標復旧時間を設定した。さらに、災害発生時の対応患者数を想定して、物資の備蓄量や人員体制を検討した。「公共交通機関はすべて停止」という被害状況では、患者は歩いて来院できる範囲で、近くの大きな病院を選ぶことを前提とした。東京都が公開している被害想定を用いて、練馬区の1㎢あたりの負傷者数を割り出した。1㎢あたりの負傷者数を近隣病院が各病床数と同じ割合で受け入れることを前提に検討した。
 審査の評価項目は、特定の業界を想定したものでなく、病院では検討しにくい部分もあった。しかし、事業影響度分析や目標復旧時間設定等の共通の手法を用い、想定数値に基づいて物資の備蓄量や災害時の人員配置等を検討した。

104 DBJ BCM 格付:https://www.dbj-sustainability-rating.jp/bcm/overview.html

105 日本政策投資銀行環境・CSR 部:『責任ある金融- 評価認証型融資を活用した社会的課題の解決』、金融財政事情研究会(KINZAI バリュー叢書)、2012

⑶「DBJ BCM 格付」受審結果

 審査結果は、練馬総合病院に対し「「DBJ ビジョナリーホスピタル」に基づく融資を実施-最高ランクのBCM 格付を取得・・・高度な医療機能の提供と防災および事業継続への取り組みを評価-防災および事業継続への取り組みが特に優れている、と評価しました」とされ、病院としては初めてのA 評価格付けと、ビジョナリーホスピタルに認定された(図4-12)。日本政策投資銀行の評価受審後に、重要業務継続の手順を確認する訓練の実施と、事業継続計画の財務面の検証ができるとよいと講評をいただいた。また、日本経済新聞東京版にも掲載された(2016 年4月1日)。

図4- 12 日本政策投資銀行のホームページ掲載記事(http://www.dbj.jp/)

クリックして拡大

(日本政策投資銀行ホームページ
https://www.dbj.jp/topics/dbj_news/2016/html/0000022149.html(2016.4.1 参照))

⑷受審後の経過

 2016 年10 月12 日に発生した東電関連施設の火災の影響で、約15 分間の停電が発生した。事後に各部署に具体的対応に関してアンケート調査した結果、新たな課題が見つかった。非常用電源は速やかに稼働したが、一部情報システムでエラーが発生し、CT・MRI が停止したが、目標復旧時間である2時間以内に業務を再開できた。
 短時間停電であり、手術室の数人を除き侵襲性の高い処置をしている患者がいなかったこと、外来診療の終了間際の時間帯であったこと、研修中で管理会議構成員と役職者の多くが講堂に集合していたことに助けられた部分があった。
 毎年、GHP、非常発電機の定期点検は、停電時の情報システム、医療機器、照明等の稼働訓練としている。点検停電時に、緊急手術があったが、非常用電源で問題なく終了した。

⑸MQI 活動で BCP を改訂

 審査結果が「A 評価でよかった」ではなく、次の改善につなげる活動を継続している。BCP(大規模災害発生時の対応マニュアル)には、入院患者対応の具体的な手順がなかった。
 2017 年度、看護部主体の医療の質向上(MQI:Medical Quality Improvement)活動で、「入院患者への災害時初動対応の体制を構築する」として、入院患者安否確認や、各部署からの応援体制の構築に取り組んだ。
 業務フロー図を用いた現状把握で認識した以下の問題を検討し、対策を立案し(表4-2)、実施した。図4-13 のハッチングが改善した部分である。

⑹合同訓練

 BCP 訓練の一環として、2017 年10 月、練馬区と共同で、練馬消防署、練馬区医師会、近隣病院、地域住民(自衛消防団)等も参加して、新型インフルエンザ合同訓練を当院で実施した。準備段階および訓練実施中に、BCP 策定時および訓練打ち合わせ時には想定しなかった問題が発生したが、柔軟に対応できた。講評で、地域の他団体との連携に関して、状況の変化に対応してBCP を改訂する必要性が指摘された。机上だけではなく、実際の状況に近い形の訓練の重要性を改めて認識した。

⑺COVID-19 に対応した BCP 策定

 2020 年度はCOVID-19 蔓延に対応したが、まさに、想定外の非常事態発生であり、新型インフルエンザを想定したBCP/BCM はそのままでは有効ではなかった。したがって、情報収集に努め、臨機応変に対応せざるをえなかった。
 「DBJ BCM 格付」受審後、5年経過したので、2020 年秋、再受審を決めて準備した。2020 年12 月に、COVID-19 対応の経験を生かして、COVID-19 対応のBCP を策定した。「DBJ BCM格付」審査日が2021 年2月に決定していた。しかし、2021 年2月に職員のクラスター発生があり、審査は延期となった。クラスター対応の経験を反映して、策定したばかりのBCP を改訂した。詳細は、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と事業継続計画(BCP)―練馬総合病院の経験に基づく考察―」を参照いただきたい。「DBJ BCM 格付」は連休明けの2021 年5月に受審した。

5.今後の課題

 BCP/BCM は、一度策定したら終わりではなく、始まりである。環境の変化および自組織の変化にあわせて、柔軟に対応できるように、定期的な訓練に基づいて、業務改善・業務改革し、BCP/BCM を継続的に見直すことが必要である。すなわち、BCP/BCM それ自体にも改善サイクル・PDCA サイクルを回す必要がある。
 不測の事態による影響が持続する場合で、夜間・休日等、管理会議構成員や役職者が不在の場合は、事業継続に懸念がある。また、交通が途絶した場合には、幹部職員をはじめ、勤務可能な職員の確保が困難である。指示命令系統の確保も重要な課題である。これには、社会基盤の確保が前提となる。
 また、病院団体が北朝鮮のミサイルへの対応を議論したことがあるが、病院のBCP 項目に入れる必要はない。一病院では、回避あるいは影響緩和対策が不可能だからである。

参考文献

  • 飯田修平編著:医療信頼性工学、日本規格協会、2013
  • 飯田修平:医療の安全確保―医療安全工学概論として―、安全工学 56(2) 2-11、2017
  • 梅澤創一・三原廷嗣:非常用発電機運用検証の一例、第53 回全日本病院学会、2011.10
  • 野村繁之:災害時の電子カルテ・調剤システムデータの保全事業について、第33 回医療情報学連合大会(第14回 日本医療情報学会学術大会)、2013、11
  • 飯田修平:防災対策 災害時のBCP で最高ランクの格付け 地元を巻き込みながら対策を進化させる 練馬総合病院、医療タイムス、2016.5
  • 小林裕子:当院の事業継続計画(BCP)見直し、第58 回全日本病院学会、2016.10
  • 飯田修平:事業継続計画(BCP)策定は総合的質経営(TQM)の一環である ―練馬総合病院の経験に基づく考察―、病院羅針盤、2018.7

3)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と事業継続計画(BCP)―練馬総合病院の経験に基づく考察―

1.COVID-19 は想定外であった

 練馬総合病院(以下、当院)は、自然災害、人災等と、新型インフルエンザの事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)を策定していた。しかし、想定外の新興感染症であるCOVID-19 世界的大流行に対応するBCP は策定しておらず、対応は試行錯誤、手探り状態であった。

2.情報の錯綜

 COVID-19 の性状および知見が判明する度に、行政、研究者、学術団体、医療団体が発する情報が錯綜した。文字通り、時々刻々と変遷した。前提条件を明らかにしない、また、前提条件が変わっても発言を変えない、あるいは、反対に根拠が乏しい基準の変更を多発する行政官、専門家と称する人々が多数存在した。それは、目的外れの政策、自組織の都合、面子等を護持するためと思わざるをえなかった。
 世界保健機関(WHO)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC:Public Health Emergency of International Concern)」を宣言したが世界的大流行(パンデミック)を否定し(2020 年1月30 日)、疾患名を「COVID-19」に決定した(2月11 日)。WHO が世界的大流行と認めたのは3月11 日である。政治的操作による遅れと言われた。
 これらの矛盾を“ 問題点”106、“ 違和感”107,108と表現して発信した。

106 飯田修平:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の問題を考える、練馬区医師会、2020.8

107 飯田修平:違和感ある表現 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関連して、日本品質管理学会医療経営の総合的質研究会、2021.4

108 飯田修平:違和感ある表現 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関連して、練馬区医師会雑誌、2021.5

3.COVID-19 に対する方針

⑴方針

 当院は、2020 年2月前半までは、季節型インフルエンザより感染力がやや強い疾患程度に考えたが、2月後半以降は明らかに世界的大流行であると認識して対応した。
 しかし、情報に乏しく、何が正しいかを判断する根拠がないので、自組織、自身の方針がぶれないように留意した。COVID-19 の特性が判明するまでは、試行錯誤しつつ、臨機応変に対応した(図4-14)。内外の知見の集積を待って、COVID-19 に対するBCP を策定することとした。考え方の基本は、中核事業の中断あるいは途絶を最小限に維持することである。すなわち、COVID-19 に対応しつつ、一般・通常医療を可及的に継続することである。

⑵職員への方針明示と周知徹底

 社会的使命を果たすために、事業を継続するという目的を達成するために、全職員に規則・規定の遵守、情報共有と連携を求めた。
 当初は、“ 想定外” の状況とその影響を体験したが、徐々に想定外ではなくなった。クラスターが発生すれば、新規入院、外来閉鎖等診療を縮小せざるを得ない。事業の縮小あるいは停止に陥れば、社会的使命を果たせない。また、職員の生活を守れない。
 感染しない、感染させないために、濃厚接触者になる可能性を排除することを基本方針とした。また、クラスターを発生させないように繰り返し注意した。そのために、以下の事項を明示し、遵守するように周知徹底した。

  1. 感染予防策:マスク、手指衛生、フェイスシールド、ガウン、換気、PC キーボード、机、ドアノブ等周囲のアルコール清拭等
  2. 職員および家族の健康管理
  3. 毎週の感染対策会議や日々の巡視による状況把握と対応
  4. 外来者の健康状態把握
  5. 発熱患者およびCOVID-19 患者あるいは疑い患者への対応

4.対策

⑴方針

 方針に沿った対策は、以下の通りである。

  1. 手洗い・手指消毒、院内マスク着用遵守、処置や介助で直接患者に接する場合に手袋・ガウン・ゴーグル着用、飛沫を浴びる可能性がある処置ではN95 マスク・フェイスシールド・ガウン等PPE 着用の遵守を徹底した。
  2. 職員および家族の健康状態を毎日報告させ、職員のみならず、家族に発熱(年齢に応じて基準を設定した)があれば、自宅待機あるいはPCR、抗原定量検査を推奨した。また、外国から帰国した家族との隔離または自宅待機を求めた。
  3. 感染対策委員会と別にCOVID-19 対応チームを設置して迅速かつ柔軟に対応した。感染対策委員会、医療安全推進委員会との連携を図った。重複して併任するものを多くした。
  4. 外来者の体温測定、マスク着用確認、アルコールによる手指消毒を徹底した。患者、家族、付き添い者、業者もすべて同様である。
  5. 発熱外来を設置し、また、COVID-19 患者あるいは疑い患者を受け入れる病棟・病室を設定した。

5.COVID-19 に対する具体的活動

⑴規程・規則・方針・計画の遵守状況確認

  1. 対策①に関して、当初は、職員の中にもマスク非着用、鼻だしマスクがみられた。繰り返し、イントラネット、会議、個別に注意し指導せざるをえなかった。また、更衣室・執務室や食堂でマスク非着用で対面会話する職員もいた。強く叱責したことも度々あった。自分自身のアルコール清拭だけではなく、職場周囲のアルコール清拭は、各部署職員が交代で、毎日複数回実施し、現在も継続している。
    外来患者が、各種書類を入れて持ち歩くクリアーファイルを都度、清拭していた。短時間かつ処理能力の高い、UV 照射装置を購入した。デモの時、ファイル容器の改善を提案し、試作して使いやすいものにした。職員の負担軽減と共に、患者の安心につながった。
  2. 対策②に関して、毎日、体温を測定し、記録をつけること、上司に報告することとした。家族に関しても同様である。発熱者がいる場合には、勤務せず、内科感染管理担当医師数名のいずれかに相談することした。場合により、発熱外来を受診させた。当初は、PCR 検査が保健所の指示がなければできなかったので、勤務の可否の判断に時間がかかった。外国の流行地から帰国する同居家族がいるので、職員本人が実家から通勤した例もある。
  3. 対策③に関しては、半年間は、毎日、感染対策会議を開催し、前日までの情報を共有し、方針・対策の変更の必要性を検討した。その後も必要に応じて、随時、検討を重ねた。検査実施数、陽性者数の推移を入・外来別に表示、グラフ化して見える化した。
    質・安全管理室室長(薬剤師)と医療安全管理室師長(看護師)の2名を専従で対応させた。現場を持たない複数の医療職が専従でいることは極めて有効である。前者は、1年で専従を解く予定であったが、第四波、3回目の緊急事態宣言が発令され、当分継続せざるを得ない。
    新型インフルエンザ対応BCP の業務フロー図等を全面的に改訂して、COVID-19 にあわせて見える化した。業務の変更が頻回になるので、業務フロー図を改訂することで、情報共有を徹底し齟齬が少なかったと考える。
  4. 対策④に関しては、看護部、診療技術部、事務部の職員が、交代で対応した。後述するように、外来者との間にストレスが多く生ずるので、長時間勤務は負担が大きい。まさに、全員参加で対応せざるを得ない。
    アルコールアレルギーの人には、洗面所にいっしょに行き、手洗いを励行していただく。院内は手袋非着用を求めている。拒否する人には、手袋であちこちを触ると、感染を広げる可能性が高くなると説明し、外していただいた。2020 年4月頃、救急外来待合で、マスク着用を求めたら、「こんな時に、そんなことを言うのか」と𠮟られた。「こんな時だからお願いします。あなたが感染しても、他の人に感染させても困ります」と言って、渋々着用していただいた。また、着用していても、見ていないと、マスクを外したり、鼻を出す人が後を絶たず、その都度注意を繰り返した。職員には、言っても着用しない人には、威力業務妨害になるので、警察を呼ぶように指示している。実際、騒ぐので、警察を呼んだことがある。
  5. 対策⑤に関しては、当初、フィルター付きブースで発熱患者を診察していた。その後、健診とドックを休止して、発熱外来を別棟で動線を分けられる健康医学センターに設置した。しかし、数か月すると、健診とドック再開の要望が強く、駐車場にテントを設置して発熱外来を移転した。2020 年7月には、猛暑が続き、クーラー、換気扇、空気清浄機等を設置した。
    テントでの発熱外来や待合室は、冬季には寒いので対策を検討していたところ、至近距離の診療所が閉院したので、跡を改修してサテライト診療所として、本院の2診療科を移転させ、その診察室を発熱外来とした。一般外来と動線を明確に区分でき、また、空調も十分なので快適に診療を行えるようになった。入院を要するCOVID-19 患者あるいは疑い患者の受け入れ病棟・病室を設定した。COVID-19患者あるいは疑い患者数が多くなると、病室の確保が困難になった。COVID-19 に対応する予定の病棟で個室がなくなると、各病棟の個室を準備せざるを得なくなった。COVID-19対応に習熟していない看護師や医師に対する教育訓練も実施した。
    手術や処置の予定入院患者は、2日前にはPCR 検査で陰性を確認すること、緊急入院の場合には、抗原定量検査を実施した。抗原定量検査機器の導入後は、判断が迅速にできるようになり、時間の余裕だけではなく、職員の精神的負担が大きく軽減した。

6.必要物品の確保

⑴医療材料の確保

 経営資源(人・もの・金・情報・時間)のうち、どの要素が、どの程度ひっ迫するかは、新型インフルエンザでは想定したものの、COVID-19の特性により、全く参考にならなかった。世界的大流行と認識した前後も、院内物流管理(SPD:Supply Processing and Distribution)代行業者と毎月緊密にデータ分析と物品の供給予定を打ち合わせて確保した。しかし、結果は、マスク、フェイスシールド、ガウン、手袋等が入手困難になった。
 一時は、外科的手術・処置、COVID-19 感染者および疑い患者の対応職員を優先して、外科マスク・N95 マスク、ガウンを使用させた。少ないN95 マスクは、CDC 等の情報を参考にして、一人当たり5枚配布し、毎日、使用後に紙袋に入れて干し、翌週使用した。その他の場合には、自製した、あるいは、医療用でないマスク、フェイスシールド、ガウンを使わざるをえなかった。さらに、これらをアルコール噴霧して干し、再使用した。
 当院は、COVID-19 感染者を受け入れているが、上記のような状態であった。その後、逐次、都から備品および医療材料が搬送されたので、欠品はなくなった。

⑵その他物品の確保

 医療材料以外にも、患者や外来者と飛沫感染防止のための、遮蔽用アクリル板、ビニールシート等が入手困難になった。また、外来患者間を1.5-2m 取ることが困難なので、待合の椅子の間に、針金と塩ビシートで遮蔽を150-200 個作成して設置した。近隣のみならず、遠隔地の文具店、ホームセンター、薬店や100 円ショップ等を日参して、部材を調達した。この部材確保も容易ではなかった。

⑶ワクチン確保

 菅首相は2021 年2月中旬から医療従事者にワクチンを接種すると発言した。これは、接種開始時期であり、2カ月以上経過した現時点でも、接種したのは一部でしかない。COVID-19感染者を受け入れ、ワクチン接種の基幹病院である当院でも、遅れに遅れて、4月19 日から第1回目の接種が始まった。
 入荷日の通知があり、職員の接種日程を決めて準備したが、直前に、予定の入荷日にはシリンジと針のみで、ワクチンの入荷日が5日遅れると通知があった。たかが5日ではない。副反応が出た場合に備えて、各部署の勤務予定・接種予定を計画していたので、ドミノ倒しの状況となり、急な変更は極めて困難であった。しかも、ワクチンを無駄なく使うという制約条件が重なった。
 自分が感染するかもしれないし、患者に感染させるかもしれない。これでは、安心して医療を提供することはできない。職員も家族にも、健康管理を勧めている。医療従事者が医療を継続するためにも、ワクチン接種に関しても家族を優先的に接種することが必要である。医療従事者の中に、薬局、訪問看護ステーションも入るという。しかし、救急搬送を担う消防隊員の接種は未定であると聞いた。救急搬送する人も医療従事者であり、早急に接種すべきである。地元消防署長に、この旨を申し入れたところ、その日に都から、医療従事者として、地元の医療機関で接種してよいと連絡があったという。報道にあるように、地域による差が大きいことも問題である。

7.事業継続の危機

 新型インフルエンザに対する事業継続計画(BCP)策定と訓練が有用であるが、COVID-19の特性が分かるまでは、具体的対応は五里霧中であった。同じウイルス感染症でも、全く別の疾患であり、診断・治療の概念を根本的に変えなければならなかった。
 第1波の緊急事態宣言(2020 年4月7日)の時は、情報がないために、国民の不安が増殖し、“ 不要不急” の合言葉の意味も分からぬまま(行政、医療関係者を含めて真剣に考えた人は、ほとんどいない)、“ 不要不急” として、全国の医療機関において受診抑制が著明であった。緊急事態宣言解除後には、再び感染者が増加した。
 4月は、外来、入院患者数が激減し、収支が最悪の状態となった。これが、数か月、半年続くと資金繰りの不安がでて組織存亡の危機と言えた。
 3月の時点では、4月の状況は想定できなかったが、福祉医療機構から借入金を準備した。これが結果として、リスクヘッジとなった。資金繰りが悪化しては、職員が安心して働くことができなくなる。資金繰りは経営者の最重要の責務であることを再認識した。
 5月、6月も4月ほどではないが収支が良くなかった。7月には第2波を迎えたが、7月、8月は、やっと上向き、9月から急速に改善した。
 第3波の2021 年1月には第2回の緊急事態宣言が発令された。上半期の収支マイナスを下半期で改善できると期待した。最大の要因は、近隣のほとんどの病院が複数回のクラスターを発生させたこと、当院ではクラスターを発生させなかったことである。
 しかし、2021 年2月、腹痛で来院した呼吸器症状がない救急外来患者から感染した職員を介して、職員のクラスターを発生させた。後日、ゲノム解析を依頼して、変異株と判明した。COVID-19 陽性患者を受け入れていたが、他の入院患者に感染者を出さずに最悪の事態を免れた。入院患者に拡散させなかった職員に感謝した。不幸中の幸いである。
 この間、特に、クラスター発生から、終息するまでの2月からの1か月は、職員の健康管理に最大の配慮をした。濃厚接触者以外の接触者も含めて、多くの患者と職員にPCR および抗原定量検査を繰り返した。筆者も両方の検査を受けた。
 この間は経営企画会議を週に1- 2回開催して、方針、対応を検討した。経営企画会議は、法人の最高機関であり、毎月1回の開催予定であったが、COVID-19 を受けて、この1年間は毎週1回開催している。会議の他に、昼夜を問わずメールが飛び交っている。
 第4波を受けて、連休前の4月25 日に第3回の緊急事態宣言が発令された。効果は疑問視されている。

8.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する事業継続計画(BCP)

 COVID-19 の知見を集積し、新型インフルエンザに対するBCP を基本として、2020 年12 月にCOVID-19 に対するBCP を策定した。
 BCP 策定後、世界的に変異株が蔓延し、当院でも変異株による職員のクラスターを発生させた。変異株は感染力が高く、重症化率も高いという。N501Y とE484K の両方の変異をもつ変異株もあるという。ワクチンの効果も低下する可能性が指摘されている。BCP 改訂は、これらの推移を見極める必要がある。

9.今後の課題

 これまでの経験を生かして、COVID-19 に対するBCP を再検討する必要がある。とくに、変異による感染力、免疫、重症化等への影響を明らかにする必要がある。
 対応困難の要因は、不顕性感染が多いことと、RNA ウイルスの特性である変異しやすいことである。
 緊急事態宣言は必要かもしれないが、最優先事項は、有効なワクチンと薬剤の開発とその確保である。また、周到な準備と的確な広報が必須である。国民の生命を守るためにも、経済活動を維持するためにも、ワクチン接種を円滑に進める必要がある。日本のワクチン接種割合は、OECD で断トツの最下位である。種々の理由があろうが、最重点政策として実施すべきである。他でも述べたが、意識改革、価値観の転換109 をしない限り、同じことを繰り返すだろう。

109 飯田修平:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と価値観の転換、全日本病院協会雑誌、2021.5

6)医療機関間経営統合(地域医療・介護・福祉連携推進法人への参加等)

 2040 年時には、人口減少に加え生産年齢人口の減少から、医療需要の減少と従事者不足が想定される上に、財政・経済状態も楽観視できないことを示してきた。地域によっては、存亡の危機に遭遇する可能性のある施設もあろうとみるので、今から冷静な判断をしておくべきと考える。
 第3章で、地域における医療・介護・福祉提供に関する集約化・連携の実現推進のためには、業種間の垣根を超えた株式会社も含めた統合が必要であり、資本の共用が可能な「地域医療・介護・福祉連携推進法人」設立が認可されるべきと提言した。
 施設経営者としては、今から地域特性を踏まえた将来の自院の立ち位置を把握し、他施設との関係をいかにすべきかを検討しておく必要がある。選択肢は、閉院・売却・独立独歩・競合・協調ないし連携・統合が考えられるが、「地域包括ヘルスケアシステム」の構築に資する対応が求められるであろうことから、賢明なものが協調・連携・統合と考える。この場合、地域特性も鑑み、可能な限り医療機関間のみならず介護・福祉提供者も含めた対応を考え、相当規模の共同運営を企画することが適切であろう。
 各組織の理念・基本方針や歴史などが異なる場合がほとんどであることから、各地域の医療・介護・福祉機関の運営の実態確認を開始し、可能なら同じ視点を持つ施設同士の話し合いが開始されると理想的である。その場合、規模や目的に差異があるが、全国で開設されている「地域医療連携推進法人」の運営状態の経緯を調査分析することが有用となるであろう。