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ホーム全日病ニュース(2023年)第1035回/2023年7月1日号機能を急性期に転換し、拡大路線の病院経営を展開 地域のニーズを汲み取り、今後は在宅医療にも参入

機能を急性期に転換し、拡大路線の病院経営を展開
地域のニーズを汲み取り、今後は在宅医療にも参入

機能を急性期に転換し、拡大路線の病院経営を展開
地域のニーズを汲み取り、今後は在宅医療にも参入

【シリーズ●若手経営者に聞く⑥】
社会医療法人駿甲会 コミュニティーホスピタル甲賀病院 院長 甲賀啓介(全日病常任理事)

 静岡県焼津市にあるコミュニティーホスピタル甲賀病院は、静岡県の中でも特に医療資源が少ない二次医療圏にある。競争は激しくないが、医療ニーズは頭打ちの状況にある中で、医療機能を急性期主体に転換。経営の拡大路線を展開している。甲賀啓介院長に、将来を見据えた経営戦略をきいた。


院長 甲賀啓介(全日病常任理事)

回復期も急性期も病床ガラガラ
急性期を軸足にした病院に転換

──甲賀病院の地域における位置づけを教えてください。

 静岡県は人口当たりの医師や看護師、そして病院数も少ない医療過疎地域です。県の面積は広く、人口も370万人と比較的多い地方都市なのですが、医科大学は浜松医科大だけであり、県全域をカバーする医師をサプライすることは出来ていません。甲賀病院のある焼津市を含む志太榛原医療圏は、そんな静岡県の中でも、際立って医師の少ない地域です。3市1町で構成され、人口は約47万人、それぞれの市に自治体病院がありますが、十分な人員が配置されているとは言えず、効率性の点で課題の多い地域です。
 医療過疎地であるため、基本的には、医療サービスは不足していることもあり、過剰な医療提供はなされていないという一面もあります。西日本のようなレッドオーシャン(競争の激しい地域)ではなく、医療ニーズにそって、必要最小限の医療が競合なく提供されており、これこそが医療過疎地におけるバリューと考えます。
 甲賀病院は、1989年に両親が一般病床127床で開設しました。急性期病床の他、回復期・慢性期医療を軸足に増床を重ね、現在407床で運営をしております。2015年に、特定医療法人に、そして2019年には県内初の社会医療法人を取得いたしました。その他、急性期以後の医療提供サービスとして、介護老人保健施設やグループホーム、クリニックなど26施設を運営する医療介護複合体です。
 当院に限ったことではありませんが、病院を中心として、法人内で垂直の機能分化がなされており、病像のあらゆるフェーズ、生活支援までおこなっております。
 病院の機能転換については、2015年がターニングポイントであったと思います。当時、回復期病床200床、急性期病床180床で運営していたのですが、回復期も急性期も病床はガラガラの状態でした。急性期病床については、近隣の自治体病院が7対1入院基本料(現・急性期一般入院料1)の要件を維持するため、救急車をどんどん受け入れはじめた時期に一致して当院への救急搬送数は低下、回復期病床については、近隣の慢性期機能を主軸としていた病院群が、回復期病床を造設したため、当院の回復期病床には空床が目立つようになりました。
 このような場合、病院のダウンサイジングを考えるのが普通かもしれません。我々はその選択はせず、回復期病床を減らし、急性期病床を増床しました。そして急性期機能の拡充を図ることとしました。
 当院が立地する焼津市内には、長い間、急性期の循環器疾病の診療を担う病院がなく、域内に発生する循環器患者の多くは、圏域外に搬送されているケースが目立っていました。本来であれば、一刻を争う病態であり、地域内で治療を完結できることが望ましく、また需要もあるものと考えました。
 そこで、循環器診療科の立ち上げを行い、続いて2次救急指定の取得、消化器外科、脳神経外科、整形外科、救命科の拡充を行いました。これらの改革を始めて7年が経過しましたが、当時年間100件程だった救急搬送数は、現在では年間2,500件にまで増えました。循環器のカテーテル件数は年間400件を超え、手術件数も1,000件と実績を積んでいます。順調な増加は、地域のニーズにマッチしていることを示しています。

地域医療構想の試算よりも実際の医療ニーズは頭打ち
──今後の医療ニーズの予測は厳しいと思いますが、急性期でやっていけるとの見通しを持てたのはなぜですか。

 医療過疎地ですので、まだやれる余地があるという外的要因が大きいと思います。また両親が病床規模を400を超える大きなものとしてくれていたおかげで、伸びしろは十分にありました。病床機能を変え、ベッドあたりの単価を増やせば、当然ながら収益を確保できます。また同一法人内で垂直な機能分化が達成されているため、増える高齢者救急においても、効率的に医療・介護・生活支援がなされ、コミュニティーに貢献できると考えました。
 ただ、最近思うのは、地域医療構想において、将来人口推計から試算された必要病床数の予測値は、現状を反映できていないと思います。地域の入院医療ニーズは、その試算よりもより速いスピードで、頭打ちになっており、コロナはその流れを加速させたように感じます。
──甲賀病院は、病院救急車も運用し、救急医療に力を入れています。救急医療ということでは、どのような患者を多く受け入れているのでしょうか。
 疾病別では循環器系が多いです。自前の救急車を4台所有し、年間1,500例の病院救急車による搬送を実施しています。、「救急車を呼ぶ程ではないけど、心配で受診したいよ」という方をイメージして、自院での搬送を開始した経緯があります。消防の救急車で搬送されてくる患者群と比べ、高齢で多疾病構造の症例が多い印象です。今後はさらに、高齢者の救急医療が主体になっていくでしょうし、この領域の疾病は国の施策にあるような集約化よりも、分散して支えるのが適していると思います。

自分がやりたいことよりも地域が望む医療を提供する
──甲賀先生が病院を継ぎ、経営者になった経緯を教えてください。

 私の家族は祖父も両親も姉も弟も医師という一族で、私が医師になったのは同調圧力と言えます(笑)。私は生まれが福岡で、中高は鹿児島で過ごし(ラサール学園)、大学生活は大阪(大阪大学医学部)でしたので、ルーツは西日本にあると言えます。静岡は父の出身地ですが、私には縁もゆかりもなく、友人も知人もいないこの地に一人で帰ってきました。
 直接のきっかけは2009年に父が病気になったことです。幸い大過なく済んだのですが、そのときに、病院を継ぐという話になりました。それまで大学院で研究生活を送っており、いつかは帰るとは言いながら、留学して、関連病院に勤めた後などと、もっと先のことだと思っていました。
 甲賀病院に一医師として入職したての頃は、自分ができること、例えば、内視鏡の件数を増やそうとか、地域に肝臓の専門医が少ないので、肝疾患の医療を充実させようとか、目の前のことだけに関心があったように思います。しかし、医療過疎地における医療の現場では、「自分たちはこんなことができるから、どうぞ来てください」という姿勢では患者さんには見向きもされません。地域の患者さんが必要とする幅広い医療を提供することで初めて信頼を得ることができるということを、外来やベッドサイドで学びました。
 私は消化器系領域を専門として、それまで診療を行っていました。しかし、現場では多くの疾病を包括的に見てもらいたいというニーズがあり、診療のみならずリハビリテーションや介護対応なども求められました。自分の専門性にとらわれずに、地域の医療ニーズに応じて、柔軟にサービスを提供する必要があり、自分のキャリアにとらわれず、自分自身を変えていくことが必要であるという体験はその後の経営姿勢にも生きていると思います。
 自分を変えるという話をしましたが、自分一人が頑張っても、地域を支える程の力にはならないわけで、その目的を達成するためには、多くの医師が必要であるという結論に達しました。しかし当時の私は若く、地域に知り合いもほとんどいませんでした。大学でのキャリアも短く、有力なつてもなく、土日になれば、リクルートのために全国をあてもなく行脚しました。でも、「あなたの病院で働くメリットは何か?」と問われ、絶句してしまうという、みじめな経験も沢山しました(笑)。
 大阪大学の先輩たちに頼み込み、何人かは静岡まで来てくれて、一緒に支えてくれました。その人たちが今でもコアなメンバーになり、当院の文化を作ってくれています。それでも、病院の急性期機能を拡充するとなると、倍ぐらいの医師をそろえる力業が必要で、自分で行脚して口説くというレベルでは無理な話でした。当時常勤医師は20人程でしたが、リクルート活動を独立して行う部署を立ち上げ、当院のビジョンを理解していただける人材の確保を継続し、今では47人に増えております。
──医師を確保するのはとても大変だったと思います。
 浜松医科大だけでは、広い静岡県全体の医師をサプライすることは出来ません。静岡は、東京大学医学部、京都大学医学部、慶應義塾大学医学部の医局医師が派遣されてきた歴史がありましたが、新専門医制度で医師の引揚げが起こり、大学医局に頼る時代ではなくなっていました。
 先述のとおり、我々は人事部を新設し、民間の紹介会社も活用し、多職種の人材確保に取り組みました。最初は高額な手数料に辟易しましたが、徹底した話し合いと長い付き合いにより信頼関係も構築され、当院が望む人材を積極的に紹介してもらえるようになりました。我々が望む職員とは、高名な医師等ではなく、これから立ち上げるところに参加するというフロンティア精神のある人です。実際に当院で勤務する多くの職員は、そのようなマインドを多分にもつという個性があると感じています。
 そして、このようなことに取り組んでいく過程で、お世辞抜きで全日病には大変お世話になりました。甲賀病院に入職した後、たしか副院長だったときだと思いますが、経営については右も左もわからない状態で、全日病のトップマネジメント研修を受講し、現在の若手経営者育成事業委員会に参加するようになりました。最初はおっかなびっくりでしたが、次第に打ち解けて、多くの方と交流する機会をいただきました。ここで知り合った方々は、みなさん本当に親切で、親身にアドバイスをいただきました。「なんで、こんなことまで教えてくれるのだろう」と不思議に思うくらいでした。それくらい頼りない印象を与えていたのでしょうね(笑)。
 2022年には、全日本病院学会in静岡を実行委員長という立場で開催する機会をいただきました。テーマは「ポストコロナ時代を生きる」としましたが、コロナ禍の中で現地開催出来るのか?という不安が付きまといました。それを思うと、2020年の開催が延期になり、2021年にオンライン開催となった岡山大会は本当に大変だったと思います。静岡大会は、現地で開催することができ、久しぶりにみなさんに会うことができ、とても楽しく、有意義な時間を過ごせました。光栄な役割をいただいたことを、この場をお借りして感謝申し上げます。

在宅医療にも力を入れ今は拡大路線を続ける
──ポストコロナということでは、病院経営を考える上での状況も変わったと思います。また、さまざまな医療・介護の改革もある中で、病院経営をどう展望していますか。

 全日病、日本病院会、日本医療法人協会の3団体がコロナ禍で公表した病院経営調査によると、コロナ患者の診療の有無にかかわらず、病院の医業収益が下がったとする報告がございます。その後、空床保障でしのいだりといったことはございましたが、ポストコロナでの患者の受療行動が変化したことは皆さん、実感されているのではないでしょうか。医療過疎地だったはずの志太榛原医療圏でも、多くの病院では空床が目立ち、入院患者のニーズのピークは試算と異なり、すでに過ぎていて、今後も戻ることはないのでは?と考えています。
 当院は幸い、拡大路線により、医業収益はコロナ禍においても増加し続けました。でもこれがずっと続くのは当然無理でしょう。急性期にシフトするための投資、セントラルキッチンの設立、新たなクリニックの展開等、改革のための負債は相当なものです。債務の償還年数を短くし、投資を遅らせる選択肢もあります。でも今動かないと数年のうちに、雌雄が決してしまいかねないような激動の時代を生きていると実感する場面が多くあります。ダウンサイジングはいつでもできることとして、当面は拡大路線をとりたいと思っています。
 病院への医療ニーズは人口動態を考えるとどんどん大きくなることは考えにくい。また入院ルートについても、救急・紹介・外来はすでに飽和しており、今後は、在宅医療ルートについても真剣に考えねばなりません。志太榛原医療圏はエアポケットのように、訪問診療サービスが拡充されていません。在宅医療のニーズは大きいと考えており、病院が支えるべき在宅医療の患者像は、より重症、より多くの支援を必要とする方たちだと想定しております。
 国の政策ということでは、なんといっても地域医療構想・機能分化だけは避けて通れそうもありません。コロナ前、急性期の診療実績が乏しいとされた436の公立・公的病院が名指しされ再検証を要請されたように、どの地域においても生々しい議論になってきています。改革の手は緩めないとしつつ、医療圏の再定義、機能集約化に舵を切っておりますが、そのことが本当に効率的であるのか、急増する高齢者医療に適した形であるのか、地域ごとの実践的な議論が必要と考えます。いずれにしても地域医療の今後は様々な視点において厳しく、現状維持という方針はあり得ません。今何をやるかが問われていると思います。
──ありがとうございました。

【病院の概要】
所在地:静岡県焼津市大覚寺2丁目30番地の1号
病床数:一般病床:計407床(内 急性期病床277床、地域包括ケア病床30床、回復期リハビリテーション病棟100床)
    合計:407床
開設者:社会医療法人駿甲会
理事長:甲賀美智子
院 長:甲賀啓介
診療科:内科、消化器内科、循環器内科、血液内科、呼吸器内科、腎臓内科、糖尿病内科、ペインクリニック内科、脳神経内科、腫瘍内科、小児科、外科、消化器外科、脳神経外科、呼吸器外科、乳腺外科、整形外科、リウマチ科、泌尿器科、形成外科、血管外科、救急科、精神科、皮膚科、眼科、放射線科、麻酔科(日本麻酔科学会 専門医 中島 太)、リハビリテーション科、病理診断科

 

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  • [1] 2023.2.1 No.1025

    https://www.ajha.or.jp/news/backnumber/pdf/2023/230201.pdf

    2023/02/01 ... 入院した場合の診療報酬、コロナ患者 ... の主導で機能分化とダウンサイジング ... 年頃までを視野に入れつつ、コロナ禍.

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