全日病ニュース

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ホーム全日病ニュース(2021年)第1000回/2021年12月15日号食のイノベーションで日本を未病対策先進国へ
フードテックを駆使した完全栄養食への挑戦

食のイノベーションで日本を未病対策先進国へ
フードテックを駆使した完全栄養食への挑戦

食のイノベーションで日本を未病対策先進国へ
フードテックを駆使した完全栄養食への挑戦

シリーズ●『企業トップに聞く』①日清食品 安藤徳隆社長

 人生100年時代を迎え、健康や医療に対する関心が高まるなか、医療や病院に関心を持つ企業が増えています。企業は、病院をどうみているのか、企業経営者から学ぶことがあるのではないか――。こんな思いから、創刊1000号を記念して、シリーズ企画『企業トップに聞く』をスタートします。第1回は、日清食品の安藤徳隆社長にご登場いただきました。6年前に社長に就任してから独創的なマーケティング戦略で業績を伸ばし続け、主力ブランドのカップヌードルは4年連続で過去最高売上を更新。即席麺に次ぐ新規事業として打ち出した“完全栄養食”にかける思いを聞きました。
飽食による健康リスクの解決に挑む
―9月に放映された『カンブリア宮殿』に出演されているのを拝見しました。完全栄養食についてのお話を聞いて、病院給食に画期的な改善をもたらすかもしれないと感じ、取材をお願いした次第です。完全栄養食とは、どういうものですか。
 見た目やおいしさはそのままに、カロリー、塩分、糖質、脂質などは健康に配慮した数値にコントロールされ、かつ日本人の食事摂取基準にある33種類の栄養素をバランスよく摂取できる食事です。即席麺の開発で培ってきた当社の食品づくりのノウハウを活用すれば、それが可能になります。完全栄養食の技術を病院給食に応用すれば、これまでのイメージを覆すことも可能です。今日は、その辺のところを説明したいと思います。

― 完全栄養食プロジェクトについて、教えてください。
 少し大きな話をすると、食品メーカーとして、「飽食による健康悪化」という世界中が直面している課題の解決に挑むということです。
 飽食によるオーバーカロリーの結果、地球規模で健康リスクが拡大していて、成人人口50億人のうち約40%、実に20億人以上が肥満ないし過体重の状態にあるというデータがあります。肥満を入口にした疾病も多く、経済的損失は約200兆円に達するという報告もあります。
 これはどこか遠い国の話ではなく、むしろ日本はその最前線にいます。特に新型コロナの影響で、ここ1年あまりで新しいタイプの肥満が急速に広がりました。自粛による生活の変化で、いつの間にか進行している肥満です。コロナ期間中の自粛で太った人は3人に1人、生活習慣を改善したいのにできない人は2人に1人といわれます。つまり、感染症だけではなく、生活習慣病という感染しない病気のリスクも広がっていたのです。
食を通じて生活習慣病予防
好きなものを食べて健康になる

― 肥満が生活習慣病を引き起こす原因になることは広く知られています。
 私たちは、その根本にあるメタボリックドミノという概念に注目しています。肥満がきっかけとなり、より深刻なさまざまな病気の連鎖がおきるという理論で、慶應義塾大学の伊藤裕教授が提唱されています。高血圧や脂質異常症、糖尿病などの病気のドミノの最初の1枚を肥満が倒すというのです。
 伊藤教授によると、メタボリックドミノの最大のポイントは、ドミノ倒しの先に行けば行くほど、倒れるドミノの枚数が増え、病気の数が増えていくことです。症状が進行すると、ドミノ倒しの勢いが止まらなくなります。したがって、内臓脂肪の蓄積を防ぎ、インスリン抵抗性を改善することで、メタボリックドミノの最初のドミノを倒さないようにすることが、未病対策、あるいは予防医療において非常に大切だと指摘しています。
 このメタボリックドミノを止めるために、私たちは最先端のフードテックを駆使して、次世代の食のソリューションを提供したいと考えています。
― 食を通じて、メタボリックドミノを予防し、生活習慣病を防ごうというねらいですね。
 企業の経営者であれば、健康経営の大切さを理解していると思います。40~ 74歳を対象に1年に1回、特定健康診査を実施して、何千万人もの人が健診を受けています。病気の早期発見という意味で、定期健康診断には意味があると思いますが、そこで軽度な病状が見られた場合、例えばメタボ気味だとか、食事改善が必要、生活改善が必要という人が見つかっても、その健康リスクを改善する成果は乏しいのが現実ではないでしょうか。
 口頭の指導だけで、行動を変容して、生活改善に結び付けることはなかなか難しいですよね。人間は欲に生きていますので、食欲に負けてしまいます。
 そうであるなら、私たちにできることがあるのではないか。日清食品は、ちょっとユニークな食品会社です。だから、食欲をしっかりと満たして、それでも健康になるような世界をつくればいいんじゃないかと考えました。
 ラーメンでも、カレーでも、とんかつでも、食欲を満たす食べごたえのあるメニューを健康に配慮した栄養バランスにすれば、行動変容なしに好きなものを食べても健康になるような世界が将来つくれるのではないか。その第一歩となる技術開発に成功したということなんです。
 私たちが開発している完全栄養食は、カロリー、塩分、糖質、脂質を自由自在にコントロールできます。しかも、日本人の食事摂取基準にある33項目の栄養素が1食の中でしっかりとれる。
 PFCバランス(たんぱく質・脂質・炭水化物のバランス)もすべてのメニューでパーフェクトにできます。
 社員食堂にあるような定食メニューであれば、すでに200~ 300のレシピを完全栄養食に置き換えています。黙ってお出ししたら、おそらく完全栄養食と気づかないようなおいしさに仕上がっています。
即席麺などで培った技術を応用しておいしい完全栄養食を実現
―おいしい完全栄養食というのは、今までなかったのですね。
 世界中を見渡しても、これといった完全栄養食のブランドや商品はありません。粉を溶いてシェイクのような形にして飲む完全栄養食はありますが、それは食事というよりも補助食品です。
 おいしくて、見た目のボリュームがあって、それが完全栄養というのは、今までなかった。なぜかというと、1食の食事のなかに必要な栄養素、必須ミネラルやビタミンをすべて閉じ込めようとすると、苦味や、えぐ味が出てしまって、まずくて食べられないのです。それが、今まで完全栄養食が一般的にならなかった理由です。
― そこの部分を日清食品がブレークスルーしたということですか。
 創業以来63年間にわたって即席麺の技術を磨き続けたのですが、味をマスキングしたり、カロリーオフ、糖質・脂質オフといった技術を応用して、おいしい完全栄養食の開発に成功しました。
― なるほど。例えば、とんかつ定食を完全栄養食にできるのですか。普通は、油で揚げますが。
 とんかつは油で揚げるので、当然カロリーが高い。さらにご飯もあります。それでも、見た目もおいしさも変わらない完全栄養食のとんかつ定食を実現しています。カロリーは約30%カット、脂質は約25%、塩分は約20%カットして、その上で不足しがちなビタミンなどを補い、体に必要な栄養素をすべて含んでいます。
 実は、完全栄養食のとんかつは油で揚げていないのです。ラーメンのノンフライ麺の技術を応用して、熱風乾燥で調理しています。ただ、それだと油分が物足りないので、必要最低限の油を霧状にして吹きかけることで、本当に油で揚げたかのような味、食感を出しています。
― カレーライスはどうですか。高カロリーなメニューですが。
 カレーのルーは油脂が非常に多く、それをご飯にかけるので、通常であればカレーライス1杯で900キロカロリーを超えてしまいます。これに対して、完全栄養食のカレーライスは、わずか500キロカロリーに抑えながら、おいしさ、ボリュームを担保しています。
 普通のカレーライスに含まれる食塩は3.7グラムです。私たちは、スマートミール基準で食塩の量を管理していますが、1食当たり3グラム以下に抑え、しっかりとした満足のゆく味をつくっています。
 食品メーカーの減塩手法は、ナトリウム塩をカリウム塩に置き換えるものが多いのですが、カリウムはえぐ味が出てしまいますので、日本人の舌には合わないんです。欧米人はカリウムの味に慣れていますが、日本人は自然なナトリウム塩のまろ味がないとおいしいと感じません。
 私たちは減塩タイプの即席麺を開発するなかで、世界中から170種の塩を集め、味や成分の分析を重ねて、独自の減塩手法を生み出しました。カリウム塩だけでなく、いろいろなものに置き換えて自然の塩の味を再現し、ナトリウムを使わずに強い塩味を保ちながら、しっかり減塩しています。カレーライスの場合、塩分は32%オフを実現しています。
 飽和脂肪酸は、普通のカレーライス1食当たり平均で7.2グラム入っていますが、完全栄養食のカレーライスは約60%オフの2.9グラムまでカットしたうえで、おいしさを再現しています。
 また、普通のカレーライスですと食事摂取基準の33項目のうち、マグネシウムやビタミンAなど、18項目で過不足が生じてしまいますが、完全栄養食のカレーライスは1食で33項目のすべてで上限値・下限値を満たし、摂取できるようになっています。

図1 日清食品の社員食堂における臨床試験の結果
   体重や内臓脂肪面積が減少、BMIや血圧が改善

※1 体重:男性被験者62名中46人が減少
※2 体脂肪率:体脂肪率20%以上の男性被験者32名中20人が体脂肪率減少
※3 BMI:BMI25㎏/㎡以上の男性被験者18名中13人がBMI減少
※4 血圧:SBP130mmHg以上かつ/またはDBP80mmHg以上の被験者13名中10人がDBP低下
※5 中性脂肪:男性被験者62名中37名で中性脂肪が減少

スマートシティでパーソナライズされた食を提供

病院給食への応用は可能
透析患者に食の楽しみを

― 最新のフードテックを活用した完全栄養食ということですね。病院食にも応用できるのではないですか。
 私は、透析の施設を運営していますが、自宅で調理ができないという人がいらっしゃって、施設側が一部を負担する形でお弁当を出しています。病院給食には、制度上の制約があって、入院時食事療養費(1日1,920円)の範囲内で食事提供を考えると厳しいものがあります。しかも、そのなかに調理する人の人件費も含まれます。いろいろと制約はあるのですが、食を通じて患者さんに元気になってもらいたいという思いがあり、よい解決方法を一緒に考えていければと思います。
 とくに透析の患者様は、20~ 30年にわたって病気と付き合うことになります。その間の食事が制限されるのは本当に苦痛です。

 食の楽しみが失われるのは、人間のWell-beingにとって致命的ですよね。透析の患者様は塩分を含めて制限がかかっていますが、私たちの技術を活用すればおいしい食事をつくることは可能です。
 病院食は、素材の組み合わせで、栄養バランスのよいものをつくっていると思いますが、それには限界があると思います。33種の栄養素の上限値・下限値を守りながら、おいしさが保たれた満足度の高い食事をつくるとなると、フードテックの力が必要になります。
 例えば、完全栄養食のカレーライスの場合、まずお米が違います。お米には、糖質や塩分が結構入っていますので、一度分解して、余計な糖質、塩分を取り除き、そこに食物繊維やビタミン、ミネラルを入れて、もう一回、お米の形に再合成しているんです。
 ラーメンの場合、普通の麺は小麦の塊ですが、私たちは麺を三つの層にして、真ん中の層に食物繊維やビタミン、ミネラルを入れて、それを小麦の層で挟むことで、食感やおいしさが保たれた麺をつくっています。
 こうした技術を駆使することによって、食欲を満足させる味と栄養の完全バランスを実現しているのです。
社員食堂で完全栄養食を提供しバイタルデータが改善
― まさに食のイノベーションですね。メタボの予防に効果がありそうです。すでにエビデンスも示していますね。
 完全栄養食によって、人間の体がどう変化するのか、日清食品の社員食堂で完全栄養食の臨床試験を実施したところ、わずか3週間で、社員の体重や体脂肪率、BMIなど、さまざまな数値に目覚ましい成果が得られました。
 例えば、男性被験者の74%の体重が減少、体脂肪率が20%を超える層で62%の人に改善が見られました。BMIについては25以上の肥満1度の層で、72%の人が改善しています。
 また、血圧が高めの人で、76%の人に改善が見られました。中性脂肪、骨密度、排便回数、腸内環境にも改善が見られました。(図1)
 これらの結果は、2020年10月の日本未病学会で発表していますが、それ以降も、社内外で10回ほどの臨床試験を実施し、そのすべてにおいて再現性が確認されています。人間の食生活を完全栄養の状態に置いた場合、バイタルデータが改善されて、整っていくことが明らかになりました。
―それだけのエビデンスがあれば、メタボ対策としても期待できますね。
 そうですね。メタボリックドミノが進行して、内臓脂肪が増え、インスリン抵抗性が出てくると、食後高血糖、高血圧、高脂血症となって、脳卒中や心不全、糖尿病などの死に至る病気に発展していきます。
 そこに至る前の段階で止めることができれば、メタボリックドミノは倒れなくなりますので、さまざまな病気の予防、未病対策の大きな一手になるのではないかと思います。
 慶應義塾大学の伊藤裕教授や金井隆典教授に関心を示していただき、共同研究を進めているところです。
 今は、新型コロナウイルス感染症の対応が最優先の課題になっていますが、コロナのような感染症で亡くなっている方は全体の3割程度で、非感染症で亡くなる方が7割であり、その多くがメタボリックドミノに起因すると言われています。その意味で、非感染症の予防も忘れてはならないと思います。


安藤社長と井内徹広報委員(左)

フレイル対策としての完全栄養食
― 完全栄養食の応用範囲は広いのではないですか。
 完全栄養食は、健常者の未病対策を目的として始めましたが、病後の栄養補給にも活用できますし、シニア向けのフレイル対策にも役立てられると考えています。
 シニアは食が細くなりますので、たんぱく質やビタミン、カルシウムが欠乏しがちです。そうした栄養素を補う食事を完全栄養食でつくることができます。フレイルになる前の前期高齢者の方にシニア向け完全栄養食を定期的に摂っていただいたら、フレイルの発症を遅らせることができると思います。
 65歳以上の2人に1人が、フレイルもしくはプレフレイルの状態にあるといわれます。フレイルになる手前で止めることができれば、5年後、10年後の介護負担を軽減できるのではないかと考えています。
― フレイル対策では、食生活の改善が重要ですが、長年の習慣を変えることは大変です。
 例えば、「夕食はから揚げとビールだけでいい」という人がいた場合、そのから揚げとビールだけで完全栄養になればいいわけです。さすがにそれは極論だとしても、スーパーで買える小さなお弁当にフレイル対策の栄養素がセットされていれば、栄養摂取状況は変わると思います。
 シニアの方々の「こういうものが食べたい」という欲求を満たし、完全栄養食でしっかり味をデザインすることが重要です。そこは、私たちが得意な分野であり、臨床試験のエビデンスも出てきたので、普及させていきたいと考えています。
スマートシティで食のインフラを提供
― スマートシティの取組みも始めているそうですね。
 行動変容なしに、意識せずに完全栄養食を普通に摂れることが、最も理想的だと思います。そのためには、街を一から設計するのがよいのではないかということで、いくつかのスマートシティ・プロジェクトからお声がけをいただいています。その一つが、岡山の両備ホールディングスと取り組んでいる「杜の街づくりプロジェクト」です。岡山市北区で進められている再開発事業で、「未病対策の街づくり」をテーマに共同事業を始め、日清食品が食のインフラを提供することになっています。
― スマートシティでどんな食を提供しようとしているのですか。
 例えば、スマートシティのなかにあるスーパーやコンビニでは、完全栄養食の食材が買えるし、デリでは完全栄養食のお弁当や惣菜が買えます。その街でふらっと入ったレストランやファストフード店で、自分にパーソナライズされた完全栄養食がサービスされます。
 自宅では、完全栄養食のレシピがスマートメニューとして提案されたり、ミールキットが届けられたり、デリバリーでも完全栄養食が届きます。
 オフィスのカフェテリアでは、完全栄養食が提供されます。さらに病院では、その人の健診データを反映した食事が提供されます。フィットネスジムでの運動記録も反映されます。
 スマートシティでは、住民のヘルスデータ、バイタルデータが普段の生活のなかで集まっていきます。そういったデータを蓄積し、その人の体質や体調に合わせてパーソナライズされた完全栄養食が提供される。その街に住んでいる限り、働いている限り、未病対策が無意識のうちに進んでいく、そんな街づくりのお手伝いをしていきたい。夢のような話ですが、5年程度で、実現できるレベルに持っていきたいと考えています。
おいしい完全栄養食を世界に広げる
― 大きな構想ですね。あらためて、完全栄養食プロジェクトの全体像を教えてください。
 健康にいいものは、おいしくないというイメージがありますが、そうではなくて、食欲のままに食べても大丈夫な「おいしい完全栄養食」というコンセプトを普及させることが第一だと考えています。日清食品のマーケティング手法を使って、広く海外にも訴えることができると思います。
 その後のセカンドステップとして、パーソナライズされた食を提供していきたい。栄養と健康寿命のアルゴリズムに基づいてパーソナライズされた完全栄養食を提供できる食のエコシステムを、さまざまなパートナーと協力して組み上げていこうというのが今回のプロジェクトです。
 ビジネスは、さまざまな領域に広げていこうと計画しています。例えば、健康診断で異常が見つかった人に1~3か月、定期宅配便で完全栄養食を届け、アプリなどでバイタルデータを管理して生活習慣病を改善するプログラムはニーズがあるのではないでしょうか。
 多くの企業から、社員の未病対策として完全栄養食を社員食堂に導入したいというお話をいただいています。
 シニア向けのフレイル対策では、地方自治体や全国のスーパーから相談を受けています。
 病院の給食についても、ぜひ一緒に進めていけたらと考えています。まずは、試験的に始めてみて成功事例をつくって、ウィン・ウィンの関係を広げたいですね。
― ありがとうございました。


安藤徳隆
2002年に慶應義塾大学大学院修了。祖父である日清食品創業者・安藤百福の鞄持ちを3年間務め、2007年に日清食品に入社、2015年に日清食品社長就任。2016年に日清食品ホールディングス副社長就任。

 

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