全日病ニュース

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プライマリ・ケアの専門領域を担う総合診療専門医

【「総合診療専門医」に関する議論の現状―いくつかの誤解に答える】

プライマリ・ケアの専門領域を担う総合診療専門医

総合診療を新領域として確立することが重要。全体的な制度と直結した議論は範疇外

プライマリ・ケア検討委員会委員長(常任理事) 丸山 泉

 日本の医療に欠落しているものは何であろうか。それを医療ジャンルから考えてみる。現在、外科、小児科、内科、眼科のように並列関係にある専門領域として18が公に認められている。この分類を基本に大学医学部の構造がある。ここに、プライマリ・ケアを専門領域とするものがないのだ。
 これまで、卒前教育や医師国家試験後の臨床研修にプライマリ・ケアを重視しようとする試みはあった。しかし、日本の医療の中に明確なジャンルとして存在しないことが、日本における医学教育体系、つまり学問体系としてのプライマリ・ケアの発展を阻害してきた。
 プライマリ・ケアの定義については、2001年に故Barbara Starfield によって、
○コミュニティへの継続的で人間中心のケア
○ケアが最初に必要とされた際にそれを助ける近接性
○まれな、もしくは例外的な健康問題のみが他に紹介されるケアの包括性
○ケアのすべての側面が統合されるケアの協調性
以上を保障するヘルスサービスシステムの不可欠な要素である、とされている。
 これらに加えて、医療内容の監査システムや生涯教育、患者への十分な説明などの責任制や、患者の価値観、考え、思い、状況や経過そして家族の意思を尊重するなどのコンテクスト(文脈性)を重要視している。
 現在では、ヘルスケアは、ポピュレーションを対象にしたものも含めて広義に論じられることが多く、医療に限定するものはプライマリ・メディカル・ケアとされる。しかしながら、医療と介護の関係のように、医療のみに限定して問題を解決することが難しく、社会的課題に対する医療の広義の役割も当然含まれている。
 プライマリ・ケアの定義は抽象的な概念のようであるが、同じStarfield らによって、地域の臓器別専門医数の増加は、その地域の総死亡数の増加、心血管イベントによる死亡数の増加、悪性腫瘍による死亡数の増加と有意に相関しており、反対に、プライマリ・ケアを専門とする医師の増加は、その各々の死亡率を有意に減少させたという報告をはじめとして、プライマリ・ケア領域の重要性を示すエビデンスは多くある。
 それらのエビデンスも含め、学問体系としてのプライマリ・ケアが世界的に存在していることを理解しなくてはならない。
 総合診療専門医はプライマリ・ケアの専門領域の確立を具現化したものとして誕生する。また、病院と診療所の双方を総合診療専門医の活躍の場と想定して協議が進んでいる。日本のプライマリ・ケアを誰が担っているのかを考えると、まさに病院と診療所であり、現在の総合診療専門医は日本の現状を十分に配慮した上で構築されようとしている。
 前号の「全日病ニュース」で「総合診療専門医のプログラム整備基準案」の紹介があった。6つのコアコンピテンシー、指導医要件、プログラムの概略については記事のとおりであるので、ここでは割愛する。
 各方面の方々と総合診療専門医についてお話しした時、いくつかの誤解が存在しているように感じられた。したがって、ここでは、総合診療専門医に関する議論の現状について、留意すべき点を整理しておきたい。

1 総合診療の専門医を育成しようとしているのであり、単に総合診療をする医師の養成ではない。

 この問題は内科専門医ともっぱら内科を診る医師との関係に似ている。
 日本の専門医のあり方を統合的に改革する大きな流れの一つが総合診療専門医である。基本領域の専門医は18存在するが、それに加えて、新たなジャンルとしての総合診療専門医を19番目とするものである。
 19の専門医は例外なく、日本専門医機構によって認定評価や更新、指導医要件、施設やプログラム、カリキュラムに一定の基準と第三者評価を求められ、それを満足することが条件となっている。
 つまり、総合診療という唯一のジャンルの専門医を養成しているのであり、総合的に診療する医師集団を拙速に安易に養成しようとしているものではない。専門医である以上、既存の18の領域と横並びで互角にあるべきで、そのために高いアイデンティティの構築が必要とされている。
 既存の18領域の専門医に比べて見劣りがするものであれば、このジャンルを選択した医師達は早晩アイデンティティ・クライシスを起こし、19番目のジャンルの発展的な確立と維持は難しくなる。逆説的に言えば、発展的な確立と維持のために、今は、質を最優先とした議論をしなくてはならない。

2 専門医の認定評価を除く医療制度については日本専門医機構では議論されていない。

 日本専門医機構は専門医に特化した協議と運営をする場であり、医療制度あるいは診療報酬に直結する議論は、当然、別の高次の場でなされるべきである。
 なぜならば、日本には専門医を取得していない医師も多く存在しており、現時点では医師全体を代表していないからである。また、日本のプライマリ・ケアという視点においても、プライマリ・ケアに携わる医師を代表しているとは考えていない。むしろ、プライマリ・ケアで働いている医師は対極に存在しているのではないだろうか。
 ただ、国際的な標準化や昨今のいくつかの高度医療機関での失態を考えると、専門医はさらに専門医でなくてはならず、専門医の質が国民へ保障されたものでなくてはならない。
 そういった国民へ開かれた育成の仕組みを日本専門医機構が担うことについて、おそらく異論はないだろう。ただ、情報の開示と意思決定の仕組みが担保された正当性について、多くの意見が出ていることは承知している。

3 医療的領域以外でなんらかの役割を果たすという専門医を想定した協議はされていない。例えば、総合診療専門医が地域包括ケアの中で果たす具体的役割や独占的業務などは協議されていないし、地域包括ケアに直結した議論もされていない。

 少なくとも一定の年数、それも長い年数の後に、専門医の再構築が行われることは考えられるが、現段階で、なんらかのインセンティブを持つ専門医は協議されていないと理解している。
 なぜならば、新しい専門医制度の中で誕生する専門医の質や第三者評価の仕組みについては、一定期間後の検証を必要とするからである。おそらく、これまで通り、例えば麻酔科のように、一定の質の評価が担保されたものから順に議論が始まるのではないだろうか。
 プライマリ・ケアについて言えば、膨大で広漠としたプライマリ・ケアの現場を考えると、特に地域包括ケアの中心的役割を総合診療専門医が担うべきであるという議論は、プライマリ・ケアの現状を知らない人の、そして、専門医を育成することの難しさを知らない人の議論と考える。
 団塊の世代が後期高齢者になる2025年までわずか10年しかないことを考えれば、そして、その後20年もしないうちに高齢者が激減することを考えれば、そのためだけの医師を拙速に育成することは、医療の人的リソースを大切に考えていないばかりか、非現実的である。
 地域包括ケアの役割を担うのは、これまで通りプライマリ・ケアに携わるすべての医師であるべきだ。したがって、総合診療専門医を何万人育成しなければならないという議論そのものも非現実的である。
 もちろん、総合診療専門医によって日本に19番目の新たなジャンルが構築された場合、従来の18領域の専門医とはまったく異なるプライマリ・ケア医師のあり方の旗を立てることになる。むしろ、この旗こそが重要なのではないだろうか。進むべき方向性を示す旗であるからだ。
 総合診療専門医は地域包括ケアと直結しているといった安直な意見がこの問題をややこしくしている。総合診療専門医にならなくては将来的に地域でのプライマリ・ケア医療ができなくなるという短絡的な誤認である。このために総合診療専門医になっておかないと将来的に不利益をもたらすのではないかという誤解が生じており、そのことが逆に、総合診療専門医の議論を専門医育成というきわめて学術的なものから遠ざけている。
 現在進んでいるのはすべて最短で2020年に専門医資格を取得する医師に関する協議であり、それ以前に専門医を取得している医師や専門医を取得していない医師には不利益を生じないことを前提とした合意ができている。
 日本に欠けてきたまったく異なるジャンルが19番目に構築されようとしているのである。その総合診療専門医が既存領域の医師と同等の国民的信頼を得るにいたるには、相当な年月を要するであろう。

4 医師不足の地域での役割も想定されていない。

 総合診療専門医において、医師不足地域の解消策と直結した議論はされていない。しかしながら、指導医要件やこれから開示されるプログラムあるいはカリキュラムを見れば、そのことを強く意識していることはご理解いただけるはずである。
 ただ、医療の課題は決して医師不足の地域にのみあるのではない。これからは、首都圏を中心とする大都市の医療の問題は、現在の医師不足の地域と同等あるいはそれ以上に対応が困難となるであろう。
 総合診療専門医では大都市における医療的課題に対応すべき医師像も想定されている。医師不足の地域のためだけの総合診療専門医であるならば、それこそ国家管理された医師と医療制度を意味する。そのことは私有財産によってほぼ賄われている日本の医療、その継承の問題などと密接に関連することになり、日本の医療制度の基本哲学の大転換を意味することになる。
 これまで国民的な議論が十分にされてきたのであれば是とすべきかもしれないが、2025年まで10年となった今、そのことはプライマリ・ケア現場に無用な混乱を招くことにしかならないだろう。プライマリ・ケアの強化のために構築する総合診療専門医が、プライマリ・ケアの現場を混乱させることになってはならない。

5 ジャンルの構築こそが今回の専門医改革の目的と考えてほしい。

 ジャンルの構築もない前に、そのジャンルのアイデンティティの確立がなされない前に、唐突なインセンティブの意見が出ること自体、日本におけるこのような議論に不足した論理性であると考えざるを得ない。すぐに功利的な議論が始まり、アカデミアを背景としたジャンルの確立そのものを脅かしていることが残念でならない。
 では、なぜジャンルの確立が必要なのであろうか。
 ジャンルの確立がなされると、おそらく医学教育の根本からの改革が始まるに違いない。プライマリ・ケアを重視した医師の卒前・卒後教育により力点がおかれ、そのことが、臓器別専門医や領域別専門医をもっと研ぎ澄まされたものにする。その流れの中で、プライマリ・ケアが日本の医療の中で大切なものであることの認識が高まり、そこで働くことが評価されることになり、そこで働く人材が集まる。
 全日本病院協会の会員施設のほとんどは、診療所とともにまさに日本のプライマリ・ケアを担っている。欧米でのプライマリ・ケアの「プライマリ」のニュアンスには「もっとも大切なもの」という意味があることを付記しておく。