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ホーム全日病ニュース(2023年)第1037回/2023年8月1日号「共振の経営」により経営と現場の力を結集 理念を明確にしつつ変化に対応し自らを変える

「共振の経営」により経営と現場の力を結集
理念を明確にしつつ変化に対応し自らを変える


高原社長、石川理事長

「共振の経営」により経営と現場の力を結集
理念を明確にしつつ変化に対応し自らを変える

【シリーズ●『企業トップに聞く』②】
ユニ・チャーム株式会社 高原豪久社長
聞き手=石川賀代・社会医療法人石川記念会HITO 病院理事長

 ユニ・チャームの高原豪久社長は父親の創業した会社の2代目であり、積極的な海外展開により、業績を大きく伸ばした。一方で、共生社会の実現などのミッションを明確にし、会社を公共的な存在と位置付けており、民間病院の使命と重なる。パーパス経営を軸にHITO病院を経営する石川賀代理事長(広報委員会副委員長)が、高原社長に経営の成功の背景にある理念や実践の手法をきいた。

会社を継承するにあたり父とは違う経営を考えた
──今日は同郷の尊敬する先輩とお会いでき、大変うれしく思います。私は高原社長と同じく2代目の経営者で、2010年に理事長・病院長に就任し、2013年4月に社会医療法人石川記念会HITO病院を開業しました。
 病院経営はいま、厳しい局面を迎えています。高原社長は、飛躍的に業績を伸ばされ、グローバル企業としての存在感を高めました。その経営手法は、病院経営者にとっても大変役立つものであると思います。「共振の経営」などユニ・チャームの経営理念の概念を含めて、お話を伺います。
 最初に、会社を継がれることを決めたのは、どのような経緯だったのですか。


石川理事長

 私は石川先生と同じく、創業者の家に生まれたので、会社を継ぐということは自然なことでした。「家を継ぐこと=会社を継ぐこと」であり、小さな頃からそのように育てられました。祖父は、大阪に丁稚奉公し、四国に戻り製紙業を始めています。紙に関わる仕事をすることのDNAも父と私にしっかりと引き継がれました。
 私は愛媛県川之江市の生まれですが、小学時代は東京と愛媛を行き来し、愛媛では祖父と一緒にすごしました。中学は横浜の全寮制の学校に入り、家族とは離れて過ごしたこともあって、特に父に反抗することもありませんでした。そんなこともあってか、自分で起業するより土台のある家業を継ぐほうが効率的だなと素直に思いました。

──私は逆に、病院を継ぐことは全く考えていませんでした。東京でずっと医師として働くつもりでした。覚悟がないまま、父が理事長を務める石川病院に入職し、なかなか継承者としての覚悟を持てず苦労しました。覚悟が決まったのは新病院の新築・移転が決定したときでした。
 私は、「父とは違う経営」を志向したほうが「得」だなと考えました。会社は継ぎましたが、経営スタイルまで継承する必要はないと考えたのです。
 この「父とは違う経営」が「共振の経営」なのですが、それは2001年に社長に就任する遥か前から考え始めていました。まず、経営理念を決め、その理念を具現化するには何をするべきか?とバックキャストで考えることを重視しました。

──バックキャスト的に考えることは私も重視しています。その観点で、ユニ・チャームの海外展開をみても、日本の少子高齢化を見越し、かなり早い段階で経営方針を転換されていると感じます。データ分析などによる判断があったのだと思いますが、どのような考えがそこにあるのでしょう。
 「父とは違う経営」を考えたときに、ビジネスを展開する領域として、国内と海外のどちらを中心にするかということは随分と考えました。同時に「ユニ・チャームの独自価値とは何か?」についても、深く考えました。結論は「不織布加工による吸収物品の製造」に関する開発力や技術力です。これは世界で戦える強みだと判断しました。この強みをメガトレンドである人口動態とを照らし合わせると、やはり日本以外の国・地域に積極的に出て行くべきだという判断となりました。
 ちなみに日本における「少子化」は1960年代の高度経済成長期から始まっています。私がユニ・チャームに入社したのは1991年ですが、当時の人口動態統計データには、さらなる人口減少・高齢化の進展がハッキリと表れていました。つまり、海外へと事業をシフトさせることは成功確率も高く、いわゆる「ブルーオーシャン」でもあると判断したのです。
 しかしながら、そのような大きな変革には相当の準備が必要で、特に海外に傾注するための資源を確保することは急務でした。このため、祖業の防火建材である木毛セメント板等の建材事業や、多角化戦略の一環として手を広げていた観光事業や幼児教育事業を整理するなどのいわゆるリストラを断行し、経営資源を確保しました。
 当社が全社員で実践する「共振の経営」とは、経営層と現場社員とが一体となることを重視しています。経営と社員の役割を分けたがる人がいますが、私はそのような考え方に懐疑的です。むしろ、成果を出すという共通の目標に向かって、経営層と現場社員が相互理解を深めることが大切だと考えており、欧米型のマネジメントの合理性だけでは成り立たないと思っています。
 私は、コロナ禍に見舞われるまでは、国内、海外を問わず、できるだけ現場に赴いて、社員と車座になって話をし、議論しました。そうやって相互理解を深め、方向性を一つにして皆の力を結集させることが、「共振の経営」です。もっとも重要な行動基準として、この考え方を社員に浸透させています。

社員の行動や意識を変える仕組み
SAPSやOODA-Loopを導入

──相互理解を深めることの重要性は、私たちの業態でも同じです。物価高騰や人件費を含めて病院経営は厳しい局面となっています。経営的な数字をいくら示しても我が事として「腹落ち」しないと前に進めません。自分たちの存在意義が何であり、何のために行動するのかということを一人ひとりのスタッフが理解して初めて変わることができると思っています。
 ただ、口で言うのは簡単で、実際にどうコミットメントしていくかが問題です。その意味で、ユニ・チャームは、すべてのステークホルダーに対して、ブレずにアプローチしているように感じます。理念を体現する人材をどのように育成しているのでしょうか。


高原社長

 会社が大きくなって、よかったことは、必要とする優秀な人材を選べるようになったことです。採用には時間をかけ、私自身が最終面談に臨み、丁寧な対話を心がけています。最近の学生が会社選びの際に重視しているのは、仕事の目的や社会的な意義です。最終面談では、用意されたペーパーの読み上げに終始せぬよう、その人が心に秘めた思いを確かめるべく、様々な角度から質問をするようにしています。
 ユニ・チャームが何を目指しているか。一つは、共生社会の実現です。それはSDGsの達成にもつながります。これらはユニ・チャームウェイに体系的に、整理されています。
 もちろん、我々は医療のように直接人の命を左右するサービスを提供しているわけではありません。それでも、人が生まれて亡くなるまでの間、シームレスに関わり、サポートするサービスを行っているという自負があります。これを「ライフタイムバリューの最大化」と呼んでいますが、これは健康寿命の延伸に貢献することだと思います。

──とても大事な価値観だと思います。一方で、その価値観を共有し、企業体として実践し続けることが難しい。そのために、私たちは、ネットワーク型組織の構築を目指していて、ICTを利活用しながら試行錯誤しています。高原社長は、かなり早い段階から取り組みを始めていますが、それも2代目として違うことをやるという意識の中で生じたことなのでしょうか。
 父は、自分がとにかく勉強し、その後ろ姿をみせて、ついてこいというような人でした。禅の考え方に、学ぶ姿勢を持たないと、どんなに偉い人と接点を持っても本当の意味で学ぶことはできないという趣旨の言葉があります。父の後ろ姿をみながら、学ぶ姿勢を習得するために何が必要かを考えました。
 社員の行動や意識を変えるため、組織の中に落とし込んでいる仕組みに、かつては「SAPS」があり、今は「OODALoop(ウーダ ループ)」があります(次頁右上を参照)。それを実行しさえすれば、気がつくことができ、自ら考え実行する習慣が身につくという仕掛けとなることを目指しています。
 やはり、人は「型どおり」を強いられることを嫌がるものです。よって、状況に応じて変幻自在に自ら判断できる仕組みでなければ機能しません。社会や環境も変化します。その変化に応じて仕組みの変化(改善)も行っています。しかし、目的である「理念」は変わりません。理念を実現するための手段が、その時々の状況に応じて変化します。
 また、経営とは、結局のところ資源配分なので、何かをやるには、何かをやめなければなりません。しかも、短期的な成果も上げる必要があります。そのためには、やめなければならない理由をきちんと説き、新たに始めることがいかに重要であるかを伝えなければなりません。
 冒頭の事業変革であれば、人口動態や経済動向をしっかりと見れば「日本以外の国・地域に軸足を移すべき」であることがわかります。特に新興国において、衛生用品の顧客は富裕層から始まり、経済成長に応じて中間層から低所得者層にカスケード的に降りて広がっていきます。日本の衛生用品はアジア各国でその高い品質が評価されていましたが、次第に現地メーカーにキャッチアップされつつあります。それらを踏まえ、その時々の需要に応じて適切な商品を出していくことが求められます。このようなことは、合理的に考えれば当たり前で、誰でも分かることです。しかし、実際に行動する場面で、差が表れます。
 プロのスポーツ選手でも、求められる成果が出せる選手は、ルーチンワークを常に怠っていません。「基礎が大切」であることは誰もが分かっているけれど、意外と地道な積み重ねができない。結局、価値ある行動を起こすには、不断の努力が必要なのです。

──ホームランを打つためには基礎的な力が必要だということですね。人材育成について、自分が成長しようという姿勢が大事だというのはその通りだと思います。HITO病院でも、私たちが掲げている理念に共感するから、入職してくれるという人を求めています。
 実際、今の若い人たちは総じて学ぶ意欲がとても強いと思います。しかしながら、成長には差が必ずでます。仮にA さんとBさんという二人の新入社員がいるとして、採用面接時はAさんのほうが優秀だと思ったのに、入社後はBさんがどんどん伸びるということがあります。やはり学ぶ姿勢のスイッチが入らないと、恵まれた経験をしても血肉にはならないのです。

──コロナ禍で様々な変化がありました。社会が急速に変化し、価値観も多様化しています。ユニ・チャームは需要を消費者目線で徹底的に追求していて、例えば、中国では、定点カメラで消費者の行動を分析しているとの記事を読みました。
 あれは苦肉の策なのです(笑)。病院もそうだと思いますが、本当は匂いや触感などを含む“五感”を総動員しないと良い商品開発やマーケティングはできません。コロナによって行動が制限されてしまい、ICT技術を使わざるを得ませんでした。しかしながら、メリットもありました。まず、現地までの移動にかかる時間を省くことができます。また、訪問先に迷惑がかかりますので現地に実際に行ける人数には自ずと制限があります。しかしデジタルはこのような制約をとっぱらうことができます。今後はむしろ、リアルとバーチャルを組み合わせて活用することが大事だと考えています。

──バーチャルに代替できるリアルとできないリアルがありますね。目と目を合わせて対面するのが、本当は望ましいのだと思いますが、時間の節約など効率的な面は活用すべきです。
 そうですね。デジタル技術の進展によって、我々はむしろ忙しくなっています(笑)。オンライン会議だと隙間なく予定を入れられてしまいます。昔だったら「移動時間を考えたら、こんなスケジュールはないだろう」となるのですが……。意図的に気持ちをリセットする時間を作る必要があります。

OODA-Loop(ウーダ ループ)とは

 ユニ・チャーム社は、PDCAを重視した「SAPS」(Schedule、Action、Performance、Schedule)を取り入れていたが、現在、これを進化させてOODALoopの考え方を導入している。
 OODA-Loopとは、アメリカ空軍のジョン・ボイド氏が提唱した意思決定の考え方。OODAとは、4つのプロセスの頭文字をとったもので、以下の内容を表す。

Observe(観察)      :自分のまわりの状況をよく観察して生データを集める
Orient(状況判断) :集めた一次データから状況がどうなっているかを判断する
Decide(意思決定):状況判断に基づき、やることや計画を決める
Act(行動)                 :やると決めたことを計画に沿って行う

 ループといわれるように、Observe(観察)→Orient(状況判断)→Decide(意思決定)→Act(行動)→Observe(観察)…と繰り返すことにより、当初の計画にこだわらず、変化に対応して判断することが常態化するようになる。
 OODA-Loopを経営に取り入れた組織は、変化に柔軟に対応しやすい、意思決定がスピーディになるなどの利点がある。

 

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  • [1] 病院のあり方に関する報告書

    https://www.ajha.or.jp/voice/pdf/arikata/2021_arikata.pdf

    公益社団法人全日本病院協会(以下:全日病)は、「関係者との信頼関係に基づいて、. 病院経営の質の向上に努め、良質、効率的かつ組織的な医療の提供を通して、社会の健康.

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