第2章 医療の質と安全確保:「病院のあり方に関する報告書」(2015-2016年版)

主張・要望・調査報告

「病院のあり方に関する報告書」

第2章 医療の質と安全確保

医療の質

 医療機関には、提供する医療の質向上が求められている。“医療の質”を考える前提として、“医療”、“病院”、”医療提供者”、“顧客”、“質”とは何かを考える。

1.医療とは何か

 医療は極めて文化性が高く、国・地域、時代により、内容が規定される。したがって、医療制度は、頻繁に改定され、複雑になり、一般国民も専門職にとっても理解が困難である。
 医療とは、狭義には診療(診断と治療)、すなわち、医の行為(medical care)であり、広義には健康に関するお世話(health care)である。保健・医療・福祉を含み、療養ともいう。診療を含む医療機関のすべての業務をいう。すなわち、組織運営・経営を意味する。「医療とは医学の社会的適用である」と元日本医師会長武見太郎が定義した。すなわち、医療は医学を実用化する社会技術である。社会性とは、他分野、関連分野との整合を図ることである。医療提供側は、社会(国民や患者)が求める医療を提供しなければならない。医療基本法(第10章で解説)を定め、医療の基本的あり方を示す必要がある。

2.病院とは何か

①病院の定義

 病院とは20 床以上の入院施設を有し、科学的かつ組織的な医療を提供する医療機関をいう(医療法第1条の5)。20 床以上は必要条件で、後段の“科学的かつ組織的”運営が達成されて病院といえる(十分条件)。医療法の規定を満たす(必要十分)ためには、“科学的かつ組織的”運営を基本概念とする質管理の考え方や方法を導入することが近道である。質管理を重視し、導入を推奨する理由である。

②病院の組織運営

 病院は、多職種連携で行われる労働集約性の高い業種である。患者の高い要求水準に応えるには、建築・設備・医療機器等を整備する必要があり、資本集約性も高い。
 医師を中心に医療を行なう(診療管理)すなわち固有技術と、経営や運営(経営管理)すなわち管理技術とに分けて考える必要がある。
 病態の異なる個別の患者に対応するには高度の医療技術が要求される。また、常時、最大需要を受入れる体制を整えていなければならない等、効率化が難しい分野である。
 社会情勢の変化、医療制度改革、さらに、医療費抑制が進む中、良質かつ効率的な医療の提供が求められており、経営管理の重要性が高まっている。良質とは、すべての関係者が満足することであり、医療提供側の価値判断ではない。後述する顧客要求への適合である。

③病院の組織図

 病院の組織は設立主体や規模により異なるが、基本的には、診療部、診療技術部、看護部、事務部の4部門に大別される。現業部門であり、ライン部門ともいう。
 その他に、院長直属で、部署の枠にとらわれない、各種の機能がある。戦略・参謀部門であり、スタッフ部門ともいう(図2-1)。

図2-1.病院の組織

 組織とは、同じ目的を達成するために、協働する集団をいう。縦割り(部署)・横割り(職種・機能)の組織の枠を超えた連携が必要である。横断的組織運営理論という(図2-2)。

図2-2.横断的組織運営理論

④病院の機能

 病院は急性期医療を担当する病院と慢性期医療を担当する病院に大別され、急性期病床、地域包括ケア病床、回復期リハビリテーション病床、療養病床、介護施設、さらには在宅へとつながっている。各医療機関は地域における役割を果たすために、短期療養か長期療養か、専門特化か総合か、診療圏は全国か地域密着か、高度医療か一般的医療か、教育研修機能を含むか否か、医療か介護か、また、これらの複合等を選択している。時代の要請に柔軟に応えて、常に患者に選ばれる「質」が求められている。

⑤設立主体

 医療機関の設立主体は、国立・独立行政法人(旧国立等)・公立・公的・私立(公益法人・医療法人・企業・個人・その他)がある。設立主体により、運営方法は様々である。
 日本再興戦略改訂版に「非営利ホールディングカンパニー型法人制度(仮称)の創設」が提起され、2015 年8月、医療法が改正され、地域医療連携推進法人の認定制度が制定された。医療機関相互間の機能の分担及び業務の連携を推進し、地域医療構想を達成する方策の一つである。今後は、公と私、官と民が、同一敷地内あるいは同一施設内に共存することもあり得る。

3.医療の特性

 医療の特性には、①科学性、②個別性、③緊急性、④地域性、⑤継続性(常時応需性)、⑥不具合への対応、⑦不確実性、⑧侵襲性、⑨リスク性、⑩物語性、がある。これらは、医療のみに限定したものではなく、他の産業分野でも一部は該当する事項がある。

4.質とは何か

 質とは効用への適合である(quality is fitness foruse)、とJuran が定義している。ISO(InternationalOrganization for Standardization)では、質とは、本来備わっている特性の集まりが要求事項を満たす程度、と定義している。質とは顧客要求への適合、すなわち、顧客満足を意味する。顧客要求はとどまることなく上昇するため、継続的な質向上の努力が必要である。

5.医療提供者とは何か

 治体、医療機関、医師・歯科医師・看護師・薬剤師等の責務等が規定されている。すなわち、規定された者が医療提供者である。しかし、これは例示的明記であり、すべての医療従事者が提供者である。
 国と自治体が医療制度を構築し、医療機関と医療従事者が医療を提供する。
 多様な様態の顧客には、一医療機関では対応できない。したがって、地域の複数の医療機関、施設および行政も含めた提供体制の構築(地域医療構想)が必要になった。

6.顧客とは何か

 顧客とは、製品/ サービスの提供を受ける者である。医療における顧客は患者だけではなく、立場によって異なる。
 医療における顧客とは、国にとっては国民・医療関連団体・医療機関・医療従事者及び患者、自治体にとっては医療関連団体(病院団体、職能団体、学会、企業)・医療機関・医療従事者及び住民、医療関連団体にとっては医療機関及び患者(予備軍も含む)、医療機関にとっては患者/ 家族、地域住民、連携医療機関、行政組織(自治体・警察・消防署等)である。
 高齢化に伴い複数の病態を持つ患者が増加している。入退院を繰り返すこともある。さらに、障害を持ち、あるいは、生活上の支援を必要とする患者も多い。患者は複数の医療機関、施設を利用し、行政の支援も必要になる。このように、ひとりの顧客(患者)に対応するためにも、複数の提供者の連携が必須である(地域医療構想 参照)。

7.医療の質(quality of health care)

①医療の質

 医療の質とは、提供する医療の質、提供主体の組織の質、組織構成員全員の質であり、多面的である。医療を適切かつ円滑に行うためには、組織的運営が必要である。組織(チーム)医療とは、診療部門と支援部門を含めた、部門横断的な連携を言う(図2-2)。
 「後工程はお客様」を医療に当てはめると、患者だけではなく、業務を引き継ぐ職員・同僚も顧客である (図2-3)。患者を外部顧客、職員・同僚を内部顧客という。

図2-3.工程図

②医療の質の要素

 質(Q)の要素は、製品・サービスそのものの質(q)、価格(C)、納期あるいはサービス提供のしかた(D)である。Q= f(q・C・D)。達成の順番としては、q・D・Cとすることが望ましい。まず、目的の達成、すなわち、効果を上げることが第一になければならず、次いで、納期・サービス提供のしかた、効率を上げること、最後に価格が求められる。
 医療では、診療の質向上(q)、治療成績の向上(q)が先にあり、次いで、快適性(D)、受診の容易性(D)、待ち時間(D)、そして、医療費(C)の順である。しかし、患者にとっては、診療の質(q)を評価することが困難であるので、待ち時間(D)、職員の態度(D)や自己負担金(C)が評価されることが多い。
 良質(効果的)の医療を効率的に提供することが、医療法第1条の2に明記されている。

③医療の質の相対性

 医療の提供は個別対応であり、患者の状態や要望によって異なる。それぞれの要素が互いに矛盾することがある。医療の質とは絶対的ではなく、相対的なものである。また、医療の社会的役割は時代や制度によって異なる。理想的で絶対的な医療というものはない。

8.医療の質の評価

①医療の質の評価

 医療の効率化と質向上を目指して、医療の質評価の仕組みが急速に進みつつある。
 医療は、質を重視して評価する分野であり、古くは、Codman が外科手術の成績(アウトカム)を評価するEnd Result System を提唱した(1914)。また、Donabedian は医療の質の要素は、構造(structure)、過程(process)、成果(outcome)であるとした(1966)。
 医療の成果(アウトカム)は、視点により多様である。すなわち、1)最終生産物(診療の結果・アウトプット)だけではなく2)生産過程・サービス提供の過程(診断・治療・看護・事務処理・プロセス)3)事後(治療後)の経過観察・苦情処理(アフターサービス)4)最終処理(死亡・死後の病理解剖・診断書記載)等の全経過を含む。

②臨床指標

 臨床指標には、プロセス指標と、アウトカム指標がある。プロセス管理手法として、診療ガイドライン、EBM(Evidence Based Medicine)、パス法などがある。
 効率性や公平性等の多面的な評価指標のパフォーマンス・インディケーター(PerformanceIndicator)は、アウトカムの概念で、組織活動全体の指標である。

③医療への質管理導入の社会的要請

 医療の透明性、質保証、安全確保等の社会の要請が高い。これらに対応するには、事実やデータに基づいた医療・経営(EBM:Evidence BasedMedicine/ Management)が必要である。すなわち、質管理を導入し、効率化と継続的質向上をしなければならない。

④医療の標準化

 医療の標準化による効率化と継続的質向上を目的に開発されたものが、ケースミックスとしてのDRG(Diagnosis Related Groups)やDPC(Diagnosis Procedure Combination) である。医療制度改革や診療報酬請求への小手先の対応ではなく、組織基盤の整備が必要である。総合的質経営(TQM)の考え方の導入が必要である。
 我が国のDPC には問題があるが、他施設や自施設の時系列の比較検討が可能となり、質の評価に用いることが出来る。共通の物差し(基準)という意味で極めて有用である。

⑤質評価とデータマネジメント

 多様な医療データ、経営データを収集、分析するには、情報システム構築、データウェアハウス(DWH)構築、データ分析ソフト(MEDI-TARGET参照)が必須である。また、診療や経営に役立つデータ分析能力を有するデータマネジャーが必要である。全日病では、データマネジャーの養成に着手している。

9. 医療の質評価事業とデータマネジャー養成

 全日病の実施する医療の質評価事業では、DPC データ分析を行うMEDI-TARGET と診療アウトカム評価事業を統合して、会員病院の医療の質・経営の質向上を支援している。

① DPC 分析事業(MEDI-TARGET の開発)

 DPC は急性期病院の標準的な支払方法となり、DPC 分析ソフトの導入が必要であった。全日病は、DPC データを請求のみでなく、診療アウトカム評価およびオンライン請求に対応可能で、ベンチマーク可能なASP(ApplicationService Provider) 方式のMEDI-TARGET を2008 年に共同開発した。参加病院の意見を集約して機能強化を継続している。
 DPC 病院は、DPC データ(様式1・4、E・Fファイル)だけで、本事業参加病院の母集団データセットとのベンチマークが可能で、時系列の経営分析が可能である。
 DPC は外来診療には適用されていないが、将来の、電子請求必須化にむけて、外来・入院・外来を通した分析を実施している。全医療機関にデータ提出が求められよう。
 収集データの信頼性確保が重要であり、診療情報管理・医事課担当者を対象とした、説明会や講演会等の継続研修を実施している。

②診療アウトカム評価事業

 日本で最初のアウトカム評価事業を2002 年から東京都病院協会が開始し、2004 年から全日病が全国展開している。主要24 疾患の入院患者データ、その他病院全般の指標として転倒・転落、入院後発症感染症、抑制、患者満足度・推奨度のデータを収集し、参加病院へのデータフィードバックを継続的に実施して病院医療の質向上、統計データをウェブサイトに公開して医療全般について国民の理解の促進に寄与している。
 現在の課題は、地域の連携・健康度等、個々の病院を超えた指標の開発、得られたデータを改善につなげるための院内体制のあり方と、データマネジャー等の人材育成である。

③ 診療アウトカム評価事業とDPC 分析事業の一元化

 参加病院の負担軽減を目的に、新MEDI-TARGETシステムを開発し、事業を一元化した。これにより、診療アウトカム評価事業への参加は、MEDI-TARGET に必要なDPC データに数個の診療情報を付加的に入力するだけで可能である。

10.良質な医療

 医療の質の評価は構造と過程を対象としてきた。立場によって、望ましい医療の定義が異なるので、各立場で望ましい医療とは何かを明確にする必要がある(表2-1)。

①社会・国民の視点

 医療は社会生活において重要な分野である。
 生命に関係するという理由だけではなく、近年では、経済的理由が重要になっている。
 医療費の持続的な上昇が、相対的に国家財政を圧迫している。これは、全世界的な問題であり、どの国も試行錯誤の状況である。むしろ、日本の低い国民医療費と高い健康水準が高く評価されている。

②健康投資の視点

 医療を消費と捉えれば、医療費抑制は正しい政策である。健康投資と考えれば、質の良い医療提供体制の構築を重視しなければならない。
 質を上げるには、相応の人・物・金・時間(経営資源)の投資が必要である。「望ましい医療」とは、「希望する医療」あるいは「理想の医療」ではなく、「国民が必要とし、相応の負担をし、達成すると決めた医療」である。

③患者の視点

1)重点思考
 患者満足という質的結果を数量的に評価することは困難であるが、包括的あるいは部分的に満足度を検証することは可能である。患者にとって決定的に重要な問題の改善、すなわち、患者の要望や不満の大きい点、重要な点の改善が先決である。重点指向である。
2)患者満足
 医療は、顧客満足業、もてなし業、お世話業である。顧客には内部顧客と外部顧客がある。
 職員は内部顧客、患者は外部顧客である。
 患者満足の対象は、病院業務のすべてであり、広い視点で把握する必要がある。それが「医療における信頼の創造」への道である。
 個人の価値観は多様で、考えは常に変わるので、サービスは特注品(個別対応)でなければならない。要求水準は限りなく上がり続けるので、満足は一時的なものである。だから、質は常に向上させなければならない(CQI:ContinuousQuality Improvement)。
3)患者満足の要素
 患者の満足・不満足は重要な要素である。狩野理論を参考に、以下のように大別できる。
 イ 魅力的要素:充足されれば満足を与えるが、不十分であっても仕方ないと思われる要素
 ロ 充足比例的要素:充足されれば満足、不足であれば不足の度合いに比例して不満足と思われる要素
 ハ 当たり前要素:充足であれば当然、不足であれば不満と思われる要素である。医療における基本的な要素
 ニ 無関心要素:充足していても不足していても、特に満足も与えず、不満も引き起こさない要素
 ホ 逆説的要素:充足されているのに不満を引き起こし、不足であるのに満足を与える要素例えば、現在では元気な新生児が生まれて当然と思われている(当たり前品質)。かつては、母児共に生死をかけていたので、無事出産することは喜び(魅力的品質)であった。

 我が国では、いつでも・どこでも・誰でも受診が保証されているのは、当たり前(当たり前品質)である。諸外国では、受診制限があり、我が国の状況は恵まれている(魅力的品質)。

④医療従事者の視点

 医療従事者が望ましいと考える医療とは、安心し、誇りを持って行える医療である。国民や患者の多様な要望に迅速かつ適切に応えて、良質かつ効率的に提供する医療である。

表2-1.立場による顧客要求の違い

11.医療における質にかかわる問題

 医療における質にかかわる問題は、大きく5つが挙げられる。これらは医療についての議論をしばしば複雑で困難なものとしている。

①医療に関する認識

1)医療の社会性
 “社会の中の医療”という認識が医療界に問われている。「医療とは、医学の社会的適用である」であり、医療従事者は、地域医療、健康教育・疾病教育、健康投資、医療資源の利活用、社会貢献、環境負荷、環境保全、介護・年金等、社会との関連を考慮しなければならない。一方、患者や国民も、“医療は分からない”、“不透明である”というだけではなく、医療を理解する努力が必要である。

2)医療は特殊か
 医療従事者にも、患者や国民にも、“医療は特殊である”という神話がある。その根拠は、イ 生命を扱う、ロ 許認可・規制が厳しい、ハ 情報の非対称性、が挙げられる。しかし、イ・ロは医療だけではなく、他の産業にも該当する。ハの情報の非対称性は専門性の本質である。情報量、判断力、能力・技術の差があるから専門家なのである。非対称性が問題ではなく、それへの対応、つまり、説明責任・情報開示が問われている。
 双方が医療の特殊性を強調する限り、問題は解決しない。医療は特殊ではなく、組織管理の面では一般産業・企業と共通する部分の方が多い。一般産業・企業から学ぶことが多い。反対に、医療から一般産業に発信する事項も多い。特に、医療界からの情報提供とわかりやすい説明が重要である(「病院早わかり読本 第5版」(医学書院)参照)。
 医療は特殊であるという場合には2つの問題がある。ひとつは、医療者側が、するべき事をしない言い訳に使う場合である。もうひとつは、医療を受ける患者あるいは国民側が、医療は特殊だから自己犠牲は当然であると医療者に強制する場合である。“特殊”を、できない理由、無理難題を押しつける理由にしてはいけない。

3)医療は消費か
 “医療は消費か”という問に答えることは簡単ではない。最終顧客を消費者といい、最終顧客が個人や家庭で使用するために買うものすべてを消費財という。同じ財でもその使いみちによって消費財にもなり生産財にもなる。
イ 消費の定義
 消費(consumption)とは、費やし無くすことであるが、経済学用語としては、欲望の直接・間接の充足のために財・サービスを消耗する行為をいう。生産と表裏の関係をなす経済現象である。
 消費には、生産物(モノ)の消費とサービス(コト)の消費がある。医療の提供においては、モノとコトが同じ程度に重要である。
ロ 医療の消費税
 医療における最終顧客(消費者)は患者であるにもかかわらず、最終顧客ではない病院が、医薬品、医療材料、委託費等に関する消費税を支払わされ、病院の損税となっている。
ハ 消費者契約法
 医療契約にも消費者契約法が適用されるとされる。消費者契約法第1条では、「この法律は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ、事業者の一定の行為により消費者が誤認し、又は困惑した場合について・・・消費者の利益の擁護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」と事業者間以外の契約は対等ではないと規定していることは重要である。
 第2条1項では、「この法律において“消費者”とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く)をいう」、また、第2条2項では、「“事業者”とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう」と規定されている。つまり、事業における契約の当事者ではない個人を消費者という。この観点からは、患者は消費者とされている。

4)医療の利用者
 経済学用語に従えば、患者は欲望(欲求)を満たすために医療を受けるのではない。生存欲、生殖欲、食欲等を満たすためといえなくもないが、美容手術等を別にして、患者が望んで医療を受けるのではない。医療においては、生産と消費という対比よりも、提供と利用(受療)が適切である。医療の消費者よりも、利用者、受療者の方が受け入れやすい。

5)健康投資
医療を消費と考えるより、健康投資と考える方が実態に合っている。

②医療費負担と世代間および保険者間競争

 科学技術や医療技術の高度化と、国民や患者の要求水準が高まり、高度な医療を提供しなければならない。しかし、国家の財政難において、高齢者医療費高騰の負担に関する、世代間の問題と、保険組合(保険者)間の問題がある。
 今後は、年金と同様に、加入した医療保険によって、受けることができる医療の範囲や内容に差が生じ、保険では必要最低限の医療しか保障できない虞がある。国、地方自治体、医療機関として、どのように対応するかが問われている。

③経済原則適用の一貫性欠如

 社会基盤・社会資本としての社会保障のあり方が問われている。医療への市場原理の導入が強調され、医療が経済情勢の変化に振り回されている。
 市場原理では、需要と供給のバランス、費用と収益とのバランスに基づき価格が決定される。市場原理導入を求めておきながら、他方では公共性、さらには、医療は特殊であるとして、経済原則に合わない高度かつ良質の医療の提供を求めている。低負担(保険料、自己負担金)で、いつでも、どこでも、誰でも、最高の医療を求めることが問題である。再生産可能な仕組みが必須である。
 市場原理で重要な事は、透明性と公正性である。公正とは、合意したルール(基準・規則・法令)に基づいて、同じ土俵(活動の場)で運営することである。しかし、現実には、公という名目で特別会計からの繰り入れが行われ、採算度外視の運営が黙認されている。設立主体ではなく医療機能に応じた資源配分が必要な所以である。

④組織的管理手法導入の遅れ

 医療の特殊性や患者の多様性を理由に、医療への管理手法の導入は一部で行われるに過ぎなかった。しかし、社会の急速かつ複雑な変化には、従来の考え方や方法では対応できない。病院経営においては、組織管理の仕組み(ManagementSystem)、質管理の仕組み(Quality ManagementSystem)の導入、すなわちTQM の導入が必要である。

⑤医療不信

1)過大な期待への対応
 国民や患者の医療不信は強く、深刻な状況にある。この原因は、医療提供側と国民や患者の双方にある。すなわち、社会が急速に変革しているにもかかわらず、医療従事者の意識改革ができず、情報提供と説明の不足等、対応が不十分である。また、国民や患者の権利意識の向上と医療は無料あるいは低負担が当然という、過大な期待・要求や誤解がある。

2)無謬性と結果責任
 安全確保は、基本的な要求事項である。国民は、医療に無謬性を求めている。しかし、医療契約は準委任契約であり、適切な行為は約束するが、結果を保証するものではない。医療の特性として、複雑性、侵襲性、リスク性があることからも理解できよう。しかし、過誤や不適切な行為を減少させ、再発防止を検討し、対策を実施することが必要である。

12.医療における継続的質向上

 医療では、専門資格職が多く、専門技術職として質向上の努力は当然のことであり、日常業務として行なっている。ただし、専門知識、専門(固有)技術に関する努力が大部分であり、管理知識、管理技術への関心が乏しい傾向がある。
 質管理に関して、医療が遅れていたのではない。外科医のCodman は、外科診療に結果の評価が必要であるとして、診療記録の評価を主張した。外科学会の取り組みが契機になって、病院機能評価の仕組み(JCAHO:Joint Commissionon Accreditation of Health Care Organizations、現在はJC:Joint Commission に名称変更)が設立された(1951 年)。
 日本においても、1990 年代から、質の評価を制度として行うようになった。日本医療機能評価機構による病院機能評価、質マネジメントシステム(ISO9001)等である。
 一部の病院で、TQM やQCC(Quality ControlCircle)が行われていたが、1990 年代から、病院団体や医療関係者が質改善・向上の全国的組織を設立し、医療へのTQM の導入を目指して活動している。品質管理の専門家との連携が重要となっている。
 病院は、専門分化・機能分化による縦割り・横割りの壁が厚く、標準化や情報の共有がしにくい組織である。複雑性・不確定性・緊急性・個別対応・非定型が当たり前の医療では、全職員が柔軟に対応しなければならない。医療界こそ適応型組織に生まれ変わる機会がある。ここに、一般社会の諸問題解決の糸口があると考える。複雑な医療界でTQM 展開のモデルをつくることにより、一般化(普遍化)することが期待できる。その考え方に基づいて、全日病では、2000 年には医療の質向上(DRG・TQM)委員会を設置して活動している。TQM 手法の臨床プロセスへの導入も図っており、多職種における業務フロー図を用いた業務の見える化、改善、RCA(Root Cause Analysis、根本原因分析)、FMEA(Failure Mode and Effects Analysis、故障モード影響度解析)による安全確保の取り組みなどが実施されている。

13.医療経営の質(quality of healthcare management)

①経営とは

 経営から、金儲けをイメージする人が多い。医療従事者にはその傾向が強く、経済活動を否定的に考える人が多い。経営者、管理職も、“経営”という語に抵抗を示す者が多かった。しかし、経営とは、営利・非営利に関係なく、組織運営を言う。有限の資源を活用して、制約条件の中で、組織の目的を達成するために行う活動である。
 近年、医療費上昇による財政難を理由に、医療費抑制策が進められ、また、勤労意識・職業意識が変化する等、経営が困難になり、倒産する病院も少なくない。したがって、“経営”を否応なく考えざるを得ない状況にある。
 継続的に組織を運営するためには、黒字であることが必要である。

②医療経営の質とは

 医療経営の質とは、医療機関全体の質、総合的質を言う。すなわち、1)診療(経過・結果)、2)組織管理(人事労務・労働安全衛生・施設設備・安全・環境)、3)経営指標(財務)、4)職員(能力・態度・成果)、5)患者満足(苦痛軽減・診療成績・時間・経済性)であり、医療の質向上のために経営管理の質を上げることが重要である。
 医療経営の構造は複雑であり、すべての関係者の満足を得ることは困難である。したがって、質重視の経営、すなわち総合的質経営(TQM:Total Quality Management)として、医療の質向上活動(MQI:Medical Quality Improvement)を実施する必要がある。医療は、規制が厳しく、競争原理が働きにくく、非効率、すなわち、無駄が多い、また、患者が選択できる情報を得にくいと指摘されている。一方では、医療事故をはじめとする医療機関の運営上の問題が指摘され、医療の質、すなわち、医療機関の総合的な経営の質が問われている。

14.2025 年における医療の質

 2025 年を展望すると、高齢化、人口減少、低成長、高度情報化、スマートな社会6 となっているだろう。
 すなわち、問題が山積してはいても、合理的な議論がなされ、医療基本法が制定され、医療のあるべき姿・ありたい姿とそれを達成する道筋が示され、継続的な改善がされていよう。
 その前提条件として、個別の医療機関あるいは個人の努力の集積ではなく、“医療”の“統合”がなされなければならない。「医療の特性」で述べた10 項目に適切かつ効率的に対応し、「医療の質にかかわる問題」で述べた5項目を解決する手段として、“地域医療構想”の概念が出てきたと考えることができる。“統合”とは、連携や総合の意味を超えた、時間的、空間的、組織的(規模・運営主体・特性)、業務プロセス(提供する医療)等の統合である。
 その基盤となる考え方は、医療へのTQM の導入である。国家・自治体・団体・医療機関それぞれの段階で重層的に実施されていよう。
 質とは相対的なものであり、医療は社会の状況に適合させて実践される。TQM 実践の努力をしている限り、医療の質(顧客の評価・医療機関の存在価値)は現在よりも高まるであろう。医療従事者が安心し誇りを持って働き、患者が安心して受診し、信頼関係が構築される。結果として、医療崩壊、病院崩壊といわれた状態から、医療再生、病院再生が実現していよう。

6 スマートな社会: ICT によりさまざまなものやサービスをつなげて、新たなイノベーションを創出させる社会をいう。総務省は、ICT を活用した経済成長戦略を支えるための基盤整備計画「ICT 成長戦略Ⅱ」と、ICT 国際戦略となる「ICT 国際競争力強化・国際展開イニシアティブ」の中間報告を踏まえて、2014 年6月、日本の今後の持続的な成長を支えるためのICT インフラ分野での成長戦略「スマート・ジャパンICT 戦略」を公表した。①健康を長く維持して自立(自律)的に暮らす、②生きがいを持って働き、社会参加する、③超高齢社会に対応した新産業創出とグローバル展開、という3つのビジョンを実現した社会をいう。(情報の項参照)

参考文献

  • 飯田修平編著:医療信頼性工学、183p、日本規格協会、東京、2013
  • 飯田修平:医療のTQMハンドブック 運用・推進編 質重視の病院経営の実践、247p、日本規格協会、2012
  • 飯田修平:DPCデータを用いた医療の質評価事業と医療の質評価公表等推進事業の報告、日本医療マネジメント学会雑誌13(3)127-133、日本マネジメント学会、2012
  • 飯田修平、永井庸次編著:医療のTQM七つ道具、182p、日本規格協会、2012
  • 飯田修平、小谷野圭子:病院経営から見た施設・設備管理(Facility Management:FM)と施設・設備管理者(Facility Manager) 病院設備 2012.7
  • 飯田修平:病院早わかり読本 第5版、274p、医学書院、東京、2015
  • 飯田修平編著:医療安全管理テキスト 第3班、283p、日本規格協会、東京、2015
  • 飯田修平、田村誠、丸木一成編著:医療の質向上への革新―先進6病院の事例―、285p、日科技連出版社、東京、2005
  • 飯田修平、飯塚悦功、棟近雅彦監修:医療の質用語事典、359p、日本規格協会、東京、2005
  • 飯田修平:医療における総合的質経営 練馬総合病院 組織革新への挑戦、179p、日科技連出版社、東京、2003

医療の安全確保 ―医療信頼性工学の展開―

1.国民の意識と医療の安全

 原発事故・航空機事故等により、“安全神話”が崩壊したにもかかわらず、「医療の安全は当たり前である」という誤解がある。患者の状態にかかわらず、良い結果は当然であるという意識である。
 医療は、障害や不具合を持つ対象(患者)に対する“非安全行為”、“危険行為”、“侵襲行為”であることを認識しない限り、安全は確保できない。「医療の質」に記述したように、医療の特性をよく理解しない限り、適切な対策を立てることはできない。

2.安全と安心と信頼

 安全は当たり前と考える国民には、医療事故を起こす医療従事者や医療機関と、それを防止できない行政はけしからん、という“不信”や“不安”がある。
 安心と信頼とは異なる。すなわち、安心とは、不確実性が予測の範囲にあると考えることであり、信頼とは、不具合が許容しうる範囲にあると考えることである。
 信頼は相互の関係であり、信頼の創造にむけた相互の努力が必要である。

3.信頼と社会

 信頼が求められる理由は、①社会的不確実性、②サービスの提供側と受け手との間の情報の非対称性(差異)、③状況の変化が複雑かつ多様、予測不能であること等である。医療行為は、これらのすべての性質を持っており、最も信頼が必要な分野である。

4.信頼と信頼性

 信頼とは、相手(対象)の信頼性の評価であり、信頼する側の特性である。信頼性とは、信頼に値するかどうかという、信頼される側の特性である。
 信頼性を安全性や保全性を含めて広義に用いることが多い。信頼性工学においても、信頼性(reliability)・安全性(safety)・保全性(maintainability)の意味を含めてディペンダビリティ(dependability)という用語が世界標準になりつつある。ディペンダビリティとは、“信頼して使える”という包含的な概念である。信頼し、安心して医療を提供し、信頼し、安心して医療を受けられることである。

5.安全管理と組織管理

 医療の安全確保は社会の強い要請である。医療事故は、医療事故対策としてではなく、安全管理として考えることが重要である。事故をなくそうという受け身(マイナス思考)ではなく、質向上によって信頼性を向上させて、安全を確保するという積極的(プラス思考)な取り組みが必要である。
 多くの医療機関で、医療安全推進委員会を設置しているが、収集した事故報告書を組織的に分析して、改善まで実践している病院は少ない。組織的かつ継続的な質向上の取り組みが必要である。品質管理・信頼性工学の考え方や手法の導入が有効である。総合的質経営(TQM)の重要な部分である。

6.安全管理と危険管理

 安全確保の方策を推進しているが、重大な問題が発生している。その理由は、①安全管理(セイフティマネジメント)とリスク管理(リスクマネジメント)の混同、②形式的な医療事故防止対策、③個別の問題として対応、④一部の職種や部署の努力、⑤具体的な改善の手法を知らない、などである。
 安全管理としての原因究明・再発防止に基づく医療安全確保と、危険管理としての患者や遺族の納得、法令遵守、訴訟対策、賠償責任対策等の組織防衛を同じ枠組みで実施することが問題である。
 一般には、リスク管理は、患者のリスクだけではなく、信用リスクや財務リスクを含めた組織のリスクに関して用いる。情報収集が重要であり、危険管理は情報管理と密接に関係する。苦情処理も危険管理として考慮しなければならない。

7.医療におけるリスク

 医療では、不確実性を前提に考える必要がある。
 医療事故(問題)の現状把握、要因抽出、対策立案、対策実施、経過や結果の評価、業務改善(標準化)の過程(問題解決サイクル・PDCAサイクル)は、診察・検査(現状分析)、診断(問題発見)、治療方針決定(対策立案)、治療(対策実施)、治療結果(結果)評価、標準変更と同様である。
 医療事故とは、過誤の有無には関係なく、予測外の望ましくない事象の発生を言う。
 リスクとは、障害または健康障害の可能性(確率)とその程度の組み合わせをいう。
 安全とは、受け入れ不可能なリスクがないこと、すなわち、受容可能なリスクをいう。

8.人的要因と組織要因

 「人は誰でも間違える(To Err is Human)」というまでもなく、過誤や事故をなくすことはできないが、減少させることはできる。また、過誤があっても、大事故や大きな被害が起こらない仕組み(fail-safe)の構築が、真の安全対策である。
 責任追及を避けて、個人の能力や資質に起因すると考えられる事故に関しても、“人的要因の背景には必ず組織要因がある”として、組織要因の追究に偏る傾向がある。組織と個人の両方、組織と個人の相互関係の観点からの取組みが必要である。

9.想定内と想定外の事象への対応

①想定外の事象を減少させる

不具合事象には、想定内の事象と想定外の事象がある。システムは、想定に基づいて設計され、想定の範囲で安全性を確認している。想定内の事象にしか対応できない。
想定外の事象の発生を少なくするためには、リスク評価が必要である。未然防止対策としてFMEA(Failure Mode and Effects Analysis)が行われている。

②想定外の事象に対応する

想定外の事象への対応は人間にしかできない。しかし、人は予測しない事象が発生した場合に、混乱して対応できないか、あるいは、異常な対応をする場合がある。

10.信頼性向上の基本

 信頼性向上の対策を、未然防止と事後対応に分けることができる。さらに、以下のごとく5つに分けることができる。

①未然防止

 イ 排除:不具合を起こしやすい行動およびその原因を排除する。作業あるいは業務そのものをなくす 
 ロ 代替化:不具合を起こしやすい行動を人に替えて機械化する。他の業務に変更する。
 ハ 容易化:簡易化・共通化・個別化・適合化により、不具合を起こす行動を防ぐ。

②事後対応

 ニ 異常検出:不具合を早期発見・検知できるようにする。
 ホ 影響緩和:不具合の影響を少なくする。冗長化(並列化)、フェイルセイフ(fail-safe)、保護によって影響を緩和する。

人における多重防護の意味

 多重(深層)防護とは、故障や異状の未然防止、故障や異状の検知、影響の緩和など多段階での対応を言う。機械やシステムでは、多重防護が有用であるが、機械と異なり、人間は独立の多重系ではないので、対策が困難である。すなわち、自分の前の行為・他人の行為・出来事・結果等に影響を受けやすく、依頼・依存や権力勾配などがある。
 複数の手段を用いることが肝要である。スイスチーズ・モデルに表されるように、業務フローの中の別のプロセス、別の方法で、多重防護を行うことが必要である。その中で最も重要な防護の段階は、最終段階(実施)である。

11.安全文化の醸成

 安全を確保するには、組織と個人の両方の側面から取組む必要がある。その基盤はその組織の安全文化である。組織の全構成員が、無意識に行える段階まで浸透させ、徹底しなければ、事故防止、安全確保はできない。
 個人においても、書籍を読み、教育を受けるだけではなく、実務経験が必要である。習熟しても、一人の、一瞬の失敗でも、大事故につながることがある。

12.リスクの確認

 品質管理、信頼性工学の考え方に基づいた、組織運営と教育が必要である。どの業務の、どの部分に、リスクがあるかを明確にすることが肝要である。自組織、自部署の業務フローを分析し、リスクの所在を認識し、対策を検討し、実施する必要がある。
 安全確保で重要なことは、経験や勘に頼るのではなく、リスク認識・評価である。

13.医療事故調査

検討の経緯

 日本法医学会の異状死ガイドライン、国立病院部政策医療課の「リスクマネージメントマニュアル作成指針」が契機となり、医師法21条が拡大解釈され、診療関連死を警察に届け出る風潮があり、医師法21 条が医療事故調査に関する検討の中心課題であった。
 全日病は、医師法21 条の立法の趣旨に立ち戻れば良いので、改正の議論は必要ないと、一貫して主張し続けてきた。
 原因究明・再発防止を目的に、厚生労働省は「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」を設置した(2011 年)。原因究明・再発防止と過失認定・補償とは目的が異なるので、前者については別の枠組みとして分科会「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」で検討した(2012 年2月-2013 年5月)。合意事項『「医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方」について』が親検討会に報告され、承認された(2013年7月)。本検討会の意義は、医療事故調査に関する第三者機関設立を合意し、厚生労働省が医師法21 条の解釈を立法の趣旨に戻したことにある。
 医療事故調査制度(本制度)の成立(2014 年6月)を受けて、厚生労働科学研究費研究事業「診療行為に関連した死亡の調査の手法に関する研究」(主任研究者 西澤寛俊、以下、西澤班)で院内事故調査の指針の検討が始まり(2014 年7月)、「医療事故調査制度の施行に係る検討会」を設置し(2014 年11 月)、施行に関して検討し、2015 年3月に報告がまとめられた。
 厚生労働省は、本制度に関するガイドラインとして、省令・通知を交付した(2015 年5月)。

医療事故調査制度に係る指針

 本制度への医療機関及び医療従事者の対応は十分とは言えない。重大な医療事故の経験はまれであり、対応が標準化されていないので、事故発生後の対応が困難である。また、組織防衛(リスクマネジメント)としての、法令遵守、訴訟対策、刑事訴追回避のためヒヤリ・ハット報告収集、事故防止対策委員会設置、賠償責任対策等が主であり、医療安全確保(セイフティマネジメント)の視点は十分ではない。
 医療事故発生時に行うべき院内調査の手法及び報告方法の指針を医療関係者に提示し、院内医療事故調査の標準化を図ることを目的に、厚生労働科学研究費研究事業「医療事故発生後の院内調査の在り方と方法に関する研究」(主任研究者 飯田修平)を実施した。本研究を基に、『院内医療事故調査の指針』を出版した。医療事故調査制度に関する省令・通知交付を受けて、『院内医療事故調査の指針 第2版』を出版した。
 全日病は、『医療事故調査制度に係る指針』を作成し、会員等に配布した。医療機関が院内医療事故調査委員会を整備する際に、本指針を参考に、自院の特性を勘案して、さらに具体的かつ適切な対応を取る必要がある。

原因究明と責任追及・補償の混同

 事故の原因究明といいながら、犯人探し、責任追及が行われている。故意や重過失では、責任追及が必要であるが、原因究明とは別の枠組みで検討するべきである。
 医療事故調査とは、医療事故の原因究明を目的とする情報収集、原因分析のすべてをいう。原因究明による再発防止が目的である。患者・家族の納得や補償は重要であるが、事故調査とは別の枠組みで検討するべきである。この大前提を堅持しない限り、原因究明・再発防止は困難である。しかし、ほとんどの事故調査検討会で両者の混同があり、議論が迷走する要因となっている。
 他分野の事故調査、諸外国における医療事故調査では明確に分離されている。

医療事故調査の意義

 医療事故の発生とその事実経過を把握し、背景要因・原因を抽出すること(根本原因分析 RCA:Root Cause Analysis)が重要である。
 根本原因に対する対策を立案し、実施し、その経過や結果を評価し、再発防止に繋げることが事故調査の目的である。対症療法(モグラ叩き)ではなく、病因を除去し(根治)、影響を緩和し(緩和措置)、事例から学んだことを明らかにし、継続的に学習し、改善できる組織を構築することが重要である。

医療事故調査制度に関する声明

 本品質管理学会の医療経営の総合的「質」研究会は、医療への品質管理の適用に関して検討してきた専門家集団である。本制度の制定に引き続く議論は原因究明による再発防止が目的であり、遺族の納得や補償は重要であるが、事故調査とは別の枠組みで検討する等の配慮を強く望むとする「医療事故調査制度に関する声明」を公表した(2014 年7月)。

制度施行後の問題と対策

 行後5か月を経過した現在(2016 年2月末)、医療事故調査・支援センターへの事故発生報告事例は140 例であり、相談件数は871 件である。本制度の報告対象事例の判断は、西澤班報告書および省令・通知に明記されているにもかかわらず、相談件数が多い。この要因の一つは、複数の団体が出版している「院内医療事故調査に関する指針」が制度の趣旨とは異なる解釈をしていることであろう。
 前述の西澤班や検討会で指摘した問題と同様である。事故調査とは別の枠組みで検討するべき事項に言及し、また、報告対象事例の判断基準である“医療に起因する”と“予期しない”に関して、省令・通知とは異なる解説がある(表2-2)。
 省令・通知とは異なる内容の発言や医療事故への対応は、当該団体・医療機関のみならず、医療界全体への不信増強につながることを危惧する。

全日病の対応

 全日病は、本制度の担当委員会を設置し、医療機関が本制度を適切に理解し、適切に実施し、「医療における信頼の創造」を目指して、指針策定とそれに基づいた研修を実施している。医療機関の院内研修の参考に資するために、研修会収録DVD を作成した。併せて、医療従事者のみならず、国民・患者に指針を公開し、制度実施のポスター(医療従事者用と患者用)を作成し、会員医療機関に配布し院内掲示している。
 支援団体として、会員病院への情報提供、教育研修を実施している。また、本制度では、支援団体の義務ではないが、医療事故遺族の相談も受け付けている。

14.おわりに

 医療の安全確保には、信頼性工学の観点からの取組みが必要である。複雑性・不確定性の要素が強い医療において、安全確保が推進されれば、一般産業界の参考になると考える。医療から発信する部分も多い。
 医療事故調査制度について、反対し、できない理由を述べ、根拠ない発言をする人がいる。法制化され、施行されたのであり、目的達成のために、具体的運用の体制構築と適切な実施が必須である。対応が遅れている医療機関や医療従事者への適切な情報提供、教育が喫緊の課題である。これらの活動を通じて「医療における信頼の創造」に寄与すると考える。

    参考文献

  • 1. 山岸俊男:信頼の構造 東京大学出版会 1998
  • 2. 山岸俊男:安心社会から信頼社会へ 中公新書 1999
  • 3. 飯田修平編著:病院早わかり読本第5版 医学書院 2015
  • 4. 飯田修平:「医療における信頼の創造」をめざして 病院53:888-895、1994 医学書院
  • 5. 飯田修平:病院とのつきあい方 東洋経済新報社 1995。
  • 6. 林喜男:人間信頼性工学 海文堂 1984
  • 7. 塩見弘:人間信頼性工学入門 日科技連 2000
  • 8. 中條武志:ヒューマンエラーと医療の質・安全、品質、36、2、37-42 2006
  • 9. 福井泰好:入門信頼性工学 森北出版 2006
  • 10. E・ホルナゲル著 小松原明哲監訳:ヒューマンファクターと事故防止 海文堂2006
  • 11. 飯田修平編著:医療信頼性工学 日本規格協会 2013
  • 12. 飯田修平編著:医療安全管理テキスト第3版 日本規格協会 2015
  • 13. 飯田修平、飯塚悦功、棟雅弘近雅博監修:医療の質用語事典 2005 日本規格協会
  • 14. 飯田修平編著:院内医療事故調査の指針 第2版 メディカ出版 2015
  • 15. 米国医学研究所著、飯田修平・長谷川友紀監訳:医療ITと安全 日本評論社 2014
  • 16. 飯田修平、柳川達生:RCAの基礎知識と活用事例 第2版 日本規格協会 2012
  • 17. 飯田修平、柳川達生、金内幸子:FMEAの基礎知識と活用事例 第3版日本規格協会2014