第6章 診療報酬体系:「病院のあり方に関する報告書」(2015-2016年版)

主張・要望・調査報告

「病院のあり方に関する報告書」

第6章 診療報酬体系

1.現行の診療報酬体系

 日本の診療報酬は、過去50 年余年にわたり原則2年に一度改定されてきた。改定は、改定率が内閣府で決められ、基本方針を社会保障審議会で決める。その決定を受けて、改定内容は中央社会保険医療協議会(中医協)で議論されることとなっている。
 このような過程の繰り返しは、結果としてデータに基づいた論拠のある診療報酬体系の構築にはならず、基本的に診療原価を保証したものにはなっていない。特に、「入院基本料」「再診料」などは、そのときの時勢、政治力学が大きく関与している。近年発展を遂げたDPC/PDPS(Diagnosis Procedure Combination/Per-Diem Payment System)も、基本的には個々の出来高払いの報酬から導かれており、同様の要素を含んでいる。
 2014 年6月、医療・介護総合確保推進法が成立した。病床機能報告制度、地域医療構想の策定による2025 年を目標とした機能分化と病床数削減などが計画される。また、各地域にて「地域医療構想調整会議」も設置されることが決定されている。
 2014 年の診療報酬改定では、より高度な医療と提供するための報酬設定、7対1看護病床の削減、「地域包括ケア病棟」の創設、在宅復帰率の導入等が行われた。その改定内容の多さから、すべての病院が対応に苦慮したと言っても良いであろう。さらに2016 年の改定では、「重症度、医療・看護必要度」がより厳格化され、病床群制度の導入など、7対1看護病床の削減が大命題となっている。
 このような激動ともいえる病院医療において、診療報酬制度はどのようにあるべきかを考えてみたい。

2.望ましい診療報酬体系とは

 診療報酬体系は、下記に挙げる条件を満たすものが望ましい。

①医療の質を高めることに寄与する
②医療を担うものの努力を正当に評価する
③医療の過剰・過小を廃し、効率的な医療・介護の提供に寄与する
④疾病と状態像の特性を十分加味し、重症度、医療必要度、看護必要度を反映する
⑤診療に係る技術料、材料費、薬剤費等のランニングコストと、建物の初期投資、維持管理に要するキャピタルコストを各々反映する
⑥事務処理が比較的容易

 現行の診療報酬体系を見ると、①~⑥のそれぞれに検討・改善の余地があるものの、特に、④現時点での重症度、医療必要度、看護必要度は医療現場の実態からは乖離している、⑤に挙げられたコストの反映は乏しい、⑥事務処理については、あまりに難解・複雑な体系であり、多くの事務作業が発生している、ことが指摘される。
 従って、望ましい診療報酬体系に近づけるためには、実情把握、コストデータの収集、およびそれを反映した診療報酬体系とし、無駄な規制を省き簡素化に努める必要がある。

3.支払い方式の分類

 診療報酬の支払い方式は、下記のように分類できる。

・人頭払い : 医療を提供する人数で支払額が決定される
・包括払い : 疾患別、状態別などのケースミックスにより支払額が決定される
・出来高払い: 個々の診療行為に支払われる
・予算性  : 決められた予算内で、医療が提供される

 日本の診療報酬体系は、過去の出来高払い制度から、急性期入院にはDPC/PDPS による支払い制度が導入され、医療療養病床には医療区分・ADL 区分による包括支払い制度が導入されている。しかし、一般病床には、出来高払いが多く残っており、また一律報酬+加算(地域包括ケア病棟、回復期リハ病棟など)のような方式も存在している。
 DPC/PDPS による支払い制度は、現行では包括と出来高の組み合わせであり、診断群別、病院別、日額定額制度である。多くの診療データの収集が可能であり、データを利用することにより診療実態を把握できる。今後、さらにデータの解析が発展し、多方面に利用されることが期待されるが、コストデータの収集・解析も同時に行われる必要がある。
 定型的な短期入院については、疾患別定額制であるDRG 方式も利用可能と考える。2014 年診療報酬改定で、短期滞在手術等基本料の大幅な適応拡大が行われた。これは短期入院を利用した平均在院日数短縮を困難にするのが目的であり、7:1看護病床削減の一環と考えられるが、このような政策誘導にDRG 方式を利用することは不適切である。
 今後の診療報酬支払制度は、急性期にはDPC/PDPS に代表される疾患別・重症度別分類による包括支払い方式、急性期後・慢性期には状態別分類による包括支払い方式(疾患別、状態別などのケースミックス方式を用いた包括支払い方式)という方向で構築されることが望まれる。

4.入院医療の病棟機能別診療報酬体系

 2014 年より開始された病床機能報告制度では、病床機能を「高度急性期機能」「急性期機能」「回復期機能」「慢性期機能」の4分類で病棟毎に報告することとなった。
 全日病は、本報告書等において、入院医療は病棟単位での機能分化が望ましいとしてきた。医療法では、一般病床・療養病床に区分されているが、今後はその機能から急性期病棟・亜急性期(回復期)病棟・慢性期病棟に区分することが妥当とした。病棟別機能と望ましい支払方式について表6-1に示す。

表6-1 病棟種別と望ましい診療報酬支払方式

 ここに示した分類と今回の病床機能報告制度による分類と比較すると、高度医療病棟と高度急性期機能の考え方の違いはあるが、同じような4分類である。ただし、病床機能報告制度の分類と現行の診療報酬制度は、連動されたものにはなっていない。近い将来、病床機能4分類がより精緻化され、診療報酬制度と連動して行くと想像されるので、ここでは病床機能報告制度4 分類に対応する診療報酬のあり方を考える。

①高度急性期機能

 今回の制度設計では、短期集中的医療が提供され、多くの医療資源が投入される機能とされているので、診療報酬上はICU、CCU、HCU、SCU、小児・新生児・周産期集中管理、救急救命、救急専門等の特定入院料が対応すると考えられる。これらはユニット形式が多く、十分な看護師の配置、多くの医師の作業が必要である。
 診療報酬は、これらの人材、医療機器等の医療資源を十分確保できるように設計されたDPC/PDPS による支払い方式が望まれる。
 なお、全日病分類における「高度医療病棟」の記述は以下の通りで、「高度急性期病棟」と は異なっているので注意して頂きたい。
 稀な疾患(疾患を明示的に特定する)の診療や先進医療(遺伝子治療、特殊な癌治療など)を対象疾患とする高度医療病棟の診療報酬は、医学研究的要素の強いことも考慮して、研究費、特定疾患療養費、その他の診療報酬以外の財源も考慮しながら個別に定めるべきである。

②急性期機能

 急性期機能は、「急性期の患者に対し、状態の早期安定化に向けて、医療を提供する機能」とされている。広い範囲が対象となる。
 診療報酬上の対応病棟は、7:1看護、10:1看護一般病棟が主体となろう。この場合も、高度急性期と同様に疾患別・重症度別分類による包括支払い方式が望まれる。
 一方、2014 年診療報酬改定で創設された「地域包括ケア病棟」の機能には、在宅や介護施設等の患者の急性増悪、介護との連携等、急性期機能も含んでいる。このような急性期機能の場合も疾患別・重症度別分類による包括支払いが必要となる。

③回復期機能

 回復期機能は急性期後のリハビリテーションが主体となる。従って、診療報酬上の対応病棟は、回復期リハビリテーション病棟と地域包括ケア病棟のリハビリテーション部分となる。支払い方式は、一律+加算という現行の方式より、データに基づく状態別分類による包括払い方式(1日定額)が望ましい。患者の障害像に応じて提供されるリハビリテーションの単位数、入院期間を設定することを検討し、入院期間短縮に対するインセンティブを設けた制度設計が期待される。なお、ST に関しては、OT・PT と対象となる障害が異なり、単位数としては別なものとしてカウントされるべきであろう。
 また、リハビリテーション以外にも、在宅復帰支援、他医療機関・介護施設との連携を中心とした入院機能に対する診療報酬の設定が重要となろう。

④慢性期機能

 医療療養病棟は、2006 年診療報酬改定以降、長期的に入院医療を要する患者の受け入れを積極的に行ってきた。今後、「医療区分」「ADL 区分」がさらに医療の質向上に貢献できるよう、データ収集・分析に基づく定期的な制度の見直しを続ける必要がある。また、現在一般病床に分類されている「障害者病棟」や「特殊疾患病棟」は、慢性期機能の一系と考えるべきである。これらの診療報酬も、データに基づく状態別分類による包括支払い方式が望ましい。

5.外来医療の診療報酬体系

 外来医療の分類と診療報酬支払い方式は、下記のようになる。

・急性期・救急疾患外来 :出来高払い
・慢性期疾患外来 : 包括払い(主としてプライマリ・ケア医が担当する)
・専門医コンサル外来 : 初期評価、治療方針策定、治療内容評価等の項目が設定された出来高払い
・検診等 :契約に基づく支払い

 今後の高齢者の増加を考えると、多疾患を併せ持つ患者の増大が予想できる。プライマリ・ケアを担う医師が主体となり、これに対応する必要がある。新たな専門医制度における「総合臨床専門医」がこれに相当する医師像と考えられるが、十分に医師数が確保できるまでは、過渡的な制度を設ける必要があろう。
 一方、特定機能病院や地域基幹的病院の外来は、専門医によるコンサル外来を主体とし、慢性期疾患はプライマリ・ケア医である地域の診療所、中小規模病院の外来が主体となることが望まれる。

6.在宅医療の診療報酬体系

 今後の地域包括ケアや医療・介護提供体制において、要介護高齢者に対しては在宅医療が推進される。一方、診療報酬制度では在宅医療の報酬体系が改定ごとに方針転換されている。特に2014 年改定では、居宅系の在宅療養費が約1/4 に減額され、有料老人ホームやグループホーム等の在宅療養を担当している医療機関にとっては大打撃となった。そして、2016 年改定では、再度大きく変更されることとなった。
 在宅医療の診療報酬は、在宅時医学総合管理料、特定施設入居時等医学総合管理料が中心であり、月2回以上の訪問診療が必要とされてきた。しかし、要介護、認知症等の状態は重度であっても、医療的に手がかかるとは限らない。医療療養病床に用いられている医療区分・ADL区分のように、データに基づくケースミックス方式を導入し、報酬格差を設けるべきである。手間がかからない場合は、月1回でも管理料が算定できれば、これに該当する患者が多く存在するであろう。一方、多くの手間がかかり、多数回の訪問を要する場合は、十分な手当が必要である。2016 年改定で月1回の管理料が設定されたことは、望ましい姿に近づいたと言える。
 今後は、在宅療養のデータ収集・分析を行い、在宅医療のあるべき方向性と必要な労力との整合のとれた報酬体系を構築する必要がある。

7.地域包括ケア病棟の診療報酬体系

 現行の診療報酬の設定は、ほぼ一律料金であったため、急性期医療に対応するには不十分であり、入院患者は急性期後や回復期が中心になっている。しかし、在宅や介護施設からの急性期対応は、機能として必須である。2016 年改定で、手術・麻酔の出来高請求が認められたことは良い方向に向かっていると考えられる。今後も、データの収集・分析とともに、望ましい診療報酬体系を提言し、「地域包括ケア病棟」の発展を図る必要がある。
 また、特定機能病院や都道府県単位での基幹的病院は、地域包括ケア病棟を有することなく、むしろ、より小さな区域において地域に密着する中小規模病院と連携することが重要である。

コラム:DPC/PDPSにおける機能評価係数のあり方

 DPC/PDPS の特徴は、病名や副傷病、実施された医療行為など、詳細な患者情報(医療行為と患者サマリーの双方)が把握できることであり、これだけ詳細な情報を全国的に通年で収集している国は世界的にも少ない。本来、DPC の目的は医療計画へ応用であり、これらのデータは各都道府県の計画策定担当者に提供され、医療法で規定された医療計画(地域の実情に応じた医療資源の適正配分等)に活用されることが期待される。
 個々の病院にとっては、DPC/PDPS は病院運営と直結している。DPC 病院における入院医療費は医療機関別係数に影響される。医療機関別係数は、基礎係数、機能評価係数Ⅰ、機能評価係数Ⅱ、暫定調整係数の総和である。基礎係数は、病院群ごと(大学病院本院:Ⅰ群、大学病院に準ずる病院:Ⅱ群、その他の病院:Ⅲ群)に定められており、機能評価係数Ⅰはその病院のストラクチャー(大規模病院が有利)、機能評価係数Ⅱはパフォーマンスを評価する(図6-1)。図6-2に、Ⅲ群の某病院の医療機関別係数を示す。この病院は全国の病院の中でも最も機能評価係数Ⅱが高値の病院であるが、機能評価係数の医療機関別係数に占める割合は10%以下であり、暫定調整係数が廃止される2018 年においても機能評価係数Ⅱと同程度と想定される。医療機関別係数において基礎係数が占める割合が極めて大きいためである。群ごとの基礎係数の差が大きいため(2014 年度 Ⅰ群:1.1351 Ⅱ群:1.0629 Ⅲ群:1.0276)、Ⅲ群病院の中にはⅡ群を目指す病院は少なくないが、このような対応が可能な病院は大規模病院に限られる。「医療機関群内の各医療機関の多様性については、(中略)機能評価係数Ⅰ、Ⅱで評価」8 とされているが、実際には機能評価係数Ⅱの医療機関別係数に与える影響は大きくはない。現在のDPC/PDPSは「パフォーマンスを向上させるために頑張った病院が頑張っただけ報われるような制度」ではないと言える。

8 医療機関群設定の視点:2011 年9月7日中医協総会資料

図6-1 DPC/PDPS での診療報酬の支払い
図6-2 ある病院の収入にもたらす基礎係数と機能評価係数の影響

 一方、同一の基礎係数が設定される医療機関においては、効率化・標準化が推進され、長期的には一定の診療機能や診療密度等に収斂していくことが期待されていたが、Ⅱ群、Ⅲ群ではそのような傾向は認められなかった(図6-3)。このような背景もあり、厚生労働省DPC 評価分科会ではⅢ群の細分化が検討されたが、将来的にもⅢ群の細分化は行われない方向性が示されている。群内の各医療機関の多様性について機能評価係数Ⅰ、Ⅱで評価するのであるならば、医療機関別係数に占める機能評価係数Ⅱの割合をより大きくすることが検討されるべきであろう。同時に、機能評価係数Ⅱの個々の係数の重み付けも検討されるべきである。「効率性指数」や「複雑性指数」を向上させることと「後発医薬品指数」を上げることに対する病院の努力は、到底同じものとは思われない。

図6-3 一日当たり包括範囲内出来高点数の比較

 現在、DPC 対象病院は、全一般病院の20%、全一般病床の50%を越えている。その多くを構成する中小民間病院に対し、ストラクチャーではなく個々の病院のパフォーマンスで評価することが、これからの診療報酬支払いのあり方として適切と考えられる。