第9章 産業としての医療:「病院のあり方に関する報告書」(2015-2016年版)

主張・要望・調査報告

「病院のあり方に関する報告書」

第9章 産業としての医療

1.わが国の産業としての医療

 アベノミクスの3 本の矢の1 本としての成長戦略として、医療や社会保障領域などを含めた聖域なき再興戦略が官邸主導で提唱されている。一方、委縮する地方の創生の担い手としての医療・介護に対しても産業という観点で期待が集まっている。例えば2014 年6 月に発表された、『「日本再興戦略」改訂 2014 -未来への挑戦-』では、

・地域医療基盤の強化と地域包括ケアの実現
・医療・介護・ヘルスケア産業を通じた地域活性化
・医療イノベーションの加速・高齢化に対応したまちづくりの中核としての機能

などが目標として挙げられている。
 産業としての医療を論じるとき、2 つの視点がある。一つは、製造業として視点であり、医療機器や製薬産業、さらには今後の需要拡大が予想されるロボット産業である。もう一つは、地域に密着したサービス産業としての医療である。
 製造業として、医療機器や薬品の開発で、国際競争力をつけるためには、従来型の治験、承認システムを越えてビッグデータとしてのRealWorld Data( RWD:第8章参照)を利用するなど、戦略的なデータ利用によるスピード感が求められる。また、すでにわが国の産業でGDP の70%はサービス産業であり、サービス産業の高付加価値化、生産性向上は急務である。医療は、他サービス産業と比較して地域密着産業という特徴を有する。すなわち、一部の専門病院を除いて、サービス提供者である病院とその従事者も、サービスを受ける患者も地域住民である。地域の活力の減少と雇用の減少は病院患者数の減少を生じ、逆に病院の診療能力の低下は地域に住む魅力の低下につながる。
 以下に、日本経済と地域経済の視点別に産業としての医療を論ずる。

2.日本経済の視点

①医療イノベーション

 輸入超過状態にある医療機器や薬品の分野において、同じ土俵で日本の医療産業を押し上げることは困難である。新たな機器や薬品の開発も激しい国際競争下にある。高齢化先進国ならではの試みを、先に挙げたReal World Data の国家戦略的な利用によりエビデンス確立に活用すべきである。また、ここから得られるデータを活用して、イノベーションとして、健康長寿のための技術革新と医療・介護ロボット技術や遠隔診療・介護技術を開発すべきである。そのためには、いたずらに医療費抑制策に走ることなく、先端医療の導入に関しては、国家戦略として従来の保険診療の枠外に国費を投入すべきである。

②病院輸出

 産業成長政策の一環として「病院輸出」を図る動きがある。しかしながら、一部で事例的な案件、あるいは限定された地域に絞った進出はあり得るものの、国民皆保険下の病院運営ノウハウは、市場原理下の医療制度の下の国々では成り立ちにくい。したがって、国の産業成長戦略としての貢献は少ないものと判断する。
 医療材料や薬剤の物流のノウハウ、先を行く高齢者医療・介護分野のノウハウなど知財の輸出を図るべきである。

③訪日外国人誘致と医療

 政府観光局などによると訪日外国人は2013年初めて年間1千万人を超え、10 年前から倍増した。さらに2015 年度は2 千万人近くまで急激に増加している。2015 年末の在留外国人は約210 万人に上り、昨今の円安や査証発行の緩和によって、また2020 年の東京オリンピック開催によって、さらに増加すると予想される。彼らが費やす外貨が消費に及ぼす影響も増大しつつある。外国人が日本国内で受診する機会も増加するものと推察される。しかしながら、外国語に対応できる医療機関が少ないことが危惧されている。少なくとも、救急病院における外国人対応が可能となることが望ましい。国として、通訳の養成やコーディネータの養成などを図る必要がある。
 一方、メディカルツーリズムとして、治療や健診を目的として訪日する可能性もある。しかし、日本の産業の視点から論ずるほどの規模の確保は難しいものと推察される。参画するか否かは個々の病院の事情を踏まえた上での個別の判断による。

3.地域経済の視点

①地域存続の核として~地域の雇用を支える

 日本の大都市以外の多くの地域が高齢化と人口減少による「消滅」の危機にある。そのような地域では、先に述べたように医療は地域社会の維持に不可欠である。人口が減少すれば、病院は患者を失い、病院がなくなれば、住民は安心を求めて他の地域に移住する。すなわち、医療は安心の提供と同時に地域の雇用の大きな吸収先となっている。経済のグローバル化が進み、工場の海外展開が進む中、地方での新規の工場誘致などは難しい。ならば、ヒトの誘致に係るべきである。ヒトが住めば、消費が増え、賑わいが創出される。
 2010 年から25 年にかけて、日本全体では後期高齢者が700 万人増えるが、増加分の50%以上は首都圏、大阪圏、名古屋圏などの大都市圏に集中する(図9-1)。しかし、大都市の医療・介護提供体制は現状でも不十分である。特に首都圏内の2 次医療圏では、特別養護老人ホームや老人保健施設のベッド数(後期高齢者1人当たり)が、全国平均の半分以下の水準にとどまる地域がある。首都圏における提供体制の充実は急務であり、医療・福祉の複合施設などの整備が進みつつあるが、高い地価などの制約がある。このため比較的費用負担の安い地方に医療・介護の拠点を整備し、首都圏の高齢者の移動を支援するような方策を考慮すべきである。その際に、地方の負担を軽減するため、住居地特例の範囲を現行の居住系施設から、要介護ではないリタイア層が住める一般住宅にまで広げる必要がある。

図9-1 高齢者人口の増加

②医療・介護、生活支援サービスの連携・協働 (地域コミュニティを一体的に支えるサービス)

 社会保障費削減と人口減の波の中で、病院はこれまでの枠の中で努力し続けるか、枠の外に出るのかの選択を迫られる。後者では、自らのサービスに関連する事業への進出が考えられる。医療から介護へ、さらには予防、健康増進、住まいや食、さらには見守りなど生活関連サービスへの進出や連携、協働が考えられる。これは、他産業も虎視眈々と狙うビジネス領域である。病院は、医療という最大の「安心」を盾に、他産業からの進出に対して差別化を図る必要があろう。また、国民の医療への関心の高まりと情報の多様化によって、今後セルフメディケーション、市販キットを用いた自己診断などが広がるものと推察される。安全で効率的なセルフメディケーションなどを促進するための、制度面での支援、病院の役割についても検討されることが望ましい。

③地域包括ケアのための事業統合

 わが国の「地域包括ケアシステム」は、地域主導で自助、互助、公助、共助を築くcommunity-based care と医療~介護を統合するintegrated care からなる。前者は、自治体主導とならざるを得ないが、後者は病院が主導できる領域が多々ある。
 非営利ホールディングカンパニー型法人制度が議論されている。様々な解釈とあり方は、同床異夢のところが大きい。そもそも、この考え方は、「地域包括ケアによる円滑な医療・ 介護供給システムは、ホールディングカンパニー型の新型医療法人を容認し、医療・介護、 まちづくりといった多様なサービス提供主体の連携を図る。」と提言したことに始まり14、その本質は「地域包括ケアシステム」の構築にあった。この統合された「地域包括ケアシステム」を、より効率的に運用していくためには、将来構想だけではなく、ヒト、モノ、カネをつなぎ、強い統治と情報共有をもつ連合体(アライアンス)を構築する意義はある。さらに、医療・介護に加えて、②に示した生活支援サービスと強い連合体を組むことも、この統合の肝になると理解したい。
 このような地域医療連携推進法人の制度が、事業統合という枠組みを持った制度の1つとして導入された。これについては第5 章を参照。

14  総合開発研究機能(NIRA)レポート
  「老いる都市と医療を再生する―まちなか集積医療の実現策の提示―」(2012年12月号)
  (http://www.nira.or.jp/outgoing/report/entry/n120120_619.html外部リンク)