第4章 医療圏:「病院のあり方に関する報告書」(2015-2016年版)

主張・要望・調査報告

「病院のあり方に関する報告書」

第4章 医療圏

1.総論

 2025 年、「団塊の世代」が75 歳以上となり、国民の4人に1人が後期高齢者という超高齢社会になる。後期高齢者では医療や介護サービスの必要性が高く、今後、国民の医療・介護負担はますます増加する。一方で医療・介護需要は、地域により様々であり、地域の需要に応じたサービスの提供が必要になってくる。限られた資源を有効かつ適切に利用しながら、それぞれの地域の環境や状況に対応するため、医療機関は「病床機能報告制度」のもと病床機能の現状を都道府県に報告し、その情報を基に都道府県は医療圏や地域の実情をふまえて「地域医療構想」を策定することになる。
 人口減少と高齢化の進展もすべての圏域で一様に変化が起こるわけではないこと、交通網の充実がアクセスに変化をもたらすこと、高齢者が子供の居住地域へ転居する傾向が広がっていることなどから、疾病構造の変化に見合った形で医療提供に関して需要と供給の均衡が図られることが望ましい。医療圏を考える際には、人口推移や疾病調査を参考に都市部と郡部の地域特性を踏まえるべきである。
 「地域医療構想」により各医療機関は医療圏の需要に応じた病床機能の再編を求められることになるが、協議の上で適切な機能別病床数が示され、各施設がその特徴を踏まえた密な連携がはかられれば、現在乖離がみられる地域での提供体制の再構築が可能となる。
 「地域医療構想策定ガイドライン」(2015 年)においては基本的に構想区域を2次医療圏としているが、人口・年齢構成の変化、受療動向やアクセスなど住民の日常生活圏を意識した取り組みと共に、疾患別提供体制の構築には需給に合わせ構想区域をまたいだ取り組みの必要性も謳われ、柔軟な対応が示されたことは評価される。現在、「地域医療調整会議(協議の場)」にて、2次医療圏別、都道府県別の取り組みが順次進められている。ビッグデータ(国が保持し公開される電子レセプトデータやDPC データなどから得られる、疾病別診療内容・受療動向、各医療機関の診療内容等)と地域の医療提供体制などをもとにした十分な情報分析と話し合いのもとに、近未来の地域医療提供体制を構築することとなる。
 2次医療圏を基本とする構想区域毎の「地域医療調整会議」に加えて都道府県全体での調整を行う会議が想定されている。前者については病院団体の参加も明示されているので全日病各支部は双方に積極的に参加すべきである。
 「地域医療構想」に関連して医療介護総合確保法に伴う基金から、①地域医療構想の達成に向けた医療機関の施設又は設備の整備に関する事業、②居宅等における医療の提供に関する事業、③医療従事者の確保に関する事業、④介護施設等の整備に関する事業(地域密着型サービス等、⑤介護従事者の確保に関する事業、に補助がなされる仕組みがあるが、過去の地域医療再生基金の分配においては公的施設が優先された事例があり留意すべきである。地域医療構想を実現するにあって、公立・公的病院の病床転換がスムースに行われるかどうか疑問であり、地方における公立病院の運営が地方財政に大きな負担をもたらしてきた事実もふまえ、人口減少による医療需要減少の中で縮小統合の必要性、即ち規模と効率性の議論を設立主体を問わず行うべきである。

2.大都市における医療圏

 風土と歴史によって大都市でも医療提供体制の構築には多様性があることを示す例として、東京と大阪の実態を示す。

 2025 年に向けて東京及び周辺地域における人口減少は全国で最も少なく、人口推計と現状から将来の医療需要を予測することは容易と考えられがちであるが、急速に増加する高齢者の介護や住まいの問題、後期高齢者となる団塊の世代の生活観の変化や健康状態の変化等から受療行動が変容する可能性など不確定要素も多く、県外からの患者流入も明確にしえない。さらには、今後も大規模開発構想があるため日常生活圏の変化も予想される。従って、首都圏においては、報告制度によって作成される推計値および地域医療構想により規定される各機能別病床数は、当面参考程度とすべきであり、患者受療行動の変化と施設間競争による提供体制の変化を2-3年ごとに逐次確認する作業を行い、機能別病床数の見直しも5年毎に行うべきである。
 東京では、歴史的に千代田区を中心に発展し放射状に生活圏が拡大してきた。2次医療圏の一つである区中央部は千代田区、文京区、港区、台東区、中央区で構成されているが、医療提供体制もこの地域を中心に構築された関係で、千代田区では6つの特定機能病院の他250 床以上のDPC 病院が12 も存在する高度急性期・急性期超過密状態となっている。高度急性期医療は、区中央部では文京区・千代田区、区東部では千代田区、区南部では港区、区西北部は文京区にそれぞれ依存しており、区中央部は他のいくつかの医療圏の機能を重複して有しているという特徴を持つ。
 原則的には、東京においても、現状での各機能別病床数を確認したうえで、疾病調査から想定される必要病床数を計算し、各区の救急体制、高度急性期/ 急性期/ 回復期/ 慢性期病床の実情と対比して大枠を決定し、日常生活圏の状況も加味して調整すべきである。しかし、東京では、これまでの基本自治体人口規模から規定(30万人)された2次医療圏では面積が非常に小さくなるので、このような圏域での「地域医療構想」における各機能別必要病床数の決定に際しては、単に人口割りの考え方を取るのではなく、通院時間から割り出された面積や交通網の状況も加味した柔軟な設定が望まれる。

 大阪府には政令指定2都市を含む人口10 万人以上の都市が21 市あり、広域的な都市交通網や生活基盤となるインフラも高度に発達している。人口密度は、大阪市圏域で12,034 人/㎢ととびぬけているが、その他7圏域では2,150人~ 6,619 人/㎢で大きな差がなく、医療提供体制は、2次医療圏内でおおむね完結しているという特徴を持つ。
 特定機能病院が7病院、基幹的病院が複数存在し、また、総合病院や専門病院も数多く集積していて他県に多くみられる基幹的病院への一極集中的な医療連携体制にはなっていない。病院のうち約90%は民間病院であり、救急搬送の約77%を担っていて、民間病院が地域医療・政策医療の推進に大きな役割を果たしている。
 豊能地域を中心とする北部地域に高機能病院が集積している一方、精神科病院・精神病床の府全域に占める割合は南部地域で高い傾向にあるという特徴や、泉州区域において医師不足及び減少の傾向が強いという問題もある。大阪府では2010 年1月に、2次医療圏を対象とする地域医療再生計画7 を策定し、府内でも相対的に医療機能が脆弱な当該医療圏の医療機能の向上等に取り組んでいるうえ、多くの関係者の協議により2014 年10 月地域医療介護総合確保計画が策定されて、豊能・三島・北河内・中河内・南河内・堺市・泉州・大阪市の8つの2次医療圏を取りあえず医療介護総合確保区域へと移行させようとしているように、全国に先行した協議も行われている。今後は、2分割または4分割案が出されているという人口268 万人の大阪市での圏域決定が議論となるはずである。

7 大阪府地域医療再生計画「泉州医療圏」「堺市・南河内医療圏」

3.地方の医療圏

 日本の医療需要は2025 年にピークとなり、その後緩やかに減少すると見込まれている。しかしながら地方に目を向けると多くの医療圏で2015 年から2020 年に医療需要がピークを迎えるとされ、中には、すでに2010 年にピークを迎えた医療圏もある。このような医療圏では医師数も減少しており、他の医療圏への受診行動がみられる。交通網の発達した今日、疾患・病期によってはこのような受診行動は当然許容される。
 行政は自らの行政区分内に自己完結型の提供体制を構築しようとする傾向があるが、都道府県を跨いだ密接な日常生活圏・医療圏も存在することから、医療提供者側から都道府県や市町村境界にとらわれない医療圏や機能別病床数の設定を積極的に提案していく必要がある。
 福岡県との県境に位置する大分県中津市周辺では歴史的背景から実際の生活・医療圏が県境を跨ぐため、定住自立圏構想に基づいて圏域自治体が費用負担を行い、市立の中津市民病院に小児救急センターを設置し、県境を跨いで福岡県の自治体と中津市民病院の間を結ぶコミュニティーバスを運行している。地方医療圏の中心となる市域に機能の集約を目指すことが全国的に更に必要となる。

 救急体制に関しては、各地において、大学病院・市立病院等大型総合病院に3次救急機能が整備されてきたが、地方の救命救急体制未整備地域を対象としてドクターヘリが導入され(2015 年2月現在、全国36 道府県で44 機が運航)一定の成果を上げている。しかし、救急医療の大半は初期・2次救急であることから、今後は2次医療圏にとらわれず市町村の枠組みを超えた体制構築が、地域の実情に応じて必要になる。地域によっては、医師の高齢化のため休日当番医の輪番制が維持できない地域もでてきているので、隣接する行政や医師会レベルでの連携も模索する必要がある。
 地方においては急速に人口減少が進む医療圏が多いことが示されている。北海道に代表される人口密度の低い地域においては、日常の健康管理や慢性疾患管理に対する自動健康管理システム/疾病管理システムや医師・保健師定期巡回、ICT を利用した遠隔診療の組み合わせ等も取り入れ、より広範な医療圏も設定できる新しい効率的な体制を構築すべきである。同時に、特に僻地においては、財政出動を伴う行政の強い指導による医療圏毎、ないしは医療圏を越えた官民の区別ない集約化、連携体制の確立が必須である。