第5章 医療提供体制:「病院のあり方に関する報告書」(2015-2016年版)

主張・要望・調査報告

「病院のあり方に関する報告書」

第5章 医療提供体制

1.これまでの議論の推移

 2014 年6月、医療介護総合確保推進法が成立した。これには19 に及ぶ多くの法が含まれているが、医療提供体制に大きく関与するのは「地域医療構想」であり、特に「病床機能報告制度」である。今後、これに従い医療提供体制が整備されていくこととなる。
 ここでは、これまで全日病が本報告書で提唱してきた考え方、日本医師会、四病院団体協議会等とともに発表してきた考え方を紹介し、「地域医療構想」等の進展について考える。

2.入院医療のあり方

 医療提供体制は、疾患のそれぞれの発生頻度により整備目標が変化し、医療圏の設定によりそのあり方は大きく左右される。また、地域の事情(人口密度、交通システム等)や時代の変化により、医療圏における医療必要性は変化していく。
 いつでも・どこでも・均一な医療サービスを・誰もが受けることができる、というような提供体制は有り得るであろうか。二次医療圏は全国で均一化されておらず、大きな差異を生じているが、各地域には基幹的病院が必要であるとともに、各生活圏域で軽度~中等症の急性疾患に対応できる入院施設、基幹的病院から転院してリハビリテーションや引き続き入院を行う亜急性期・回復期入院に対応する病院が必要である。一方、長期的入院を余儀なくされる患者には、慢性期(現行の医療療養病床)における入院が必要となる。
 入院医療の機能分化は、病院単位、病棟単位、病床単位のそれぞれの単位で考えることができる。これまでの本報告書では以下のように、病棟単位での機能分化を提唱してきた。

①高度医療病棟

 稀な疾患(疾患を明示的に特定する)の診療や先進医療(遺伝子治療、特殊ながん治療等)を高度医療というべきであり、今後、対象疾患・医療内容等を十分調査した上で、「高度医療病棟」として、医療機関単位ではなく病棟単位で認定する。

②急性期病棟

 急性期病棟は、外科的医療を要する疾患や重症度の高い患者に対応する病棟に特化されて行くべきである。そこで提供される医療は、診療ガイドラインにしたがって、個々の病院の機能に合わせたクリニカル・パス等を用いた診療が主体となる。急性期病棟には3つの類型が考えられた。
 1)地域(2次医療圏)基幹的病院の場合、複数の急性期病棟から構成され、現状の急性期医療では500床規模、将来は平均在院日数短縮に伴い300床規模の病院と考えられる。また基幹的病院には、救急救命センターもしくは高度な救急医療体制を併設することが望まれる。
 2)特定の科目(脳外科、整形外科、耳鼻科、眼科等)に特化して、急性期医療に集中する病棟(病院)が存在し得る。この場合、専門性は高くなるが地域性は低くなる。
 3)規模を問わず、軽~中等症の急性期疾患、救急疾患への対応を行う1次医療圏、生活圏における急性期病棟は、特に高齢者の救急・急性期入院医療において、重要な役割を持つ。

③亜急性期・回復期病棟

 亜急性期・回復期病棟の対象は、リハビリテーションが主体となるが、慢性呼吸器疾患や心疾患、慢性肝・胆・膵系疾患の増悪期、コントロール不良で合併症のある糖尿病、病状が不安定もしくは進行期の神経難病、抗がん剤治療のため繰り返し入院が必要な悪性腫瘍等も対象となる。

④慢性期病棟

 慢性期病棟の機能は、長期に渡り医療行為を要する患者の入院医療を提供する病棟である。 「医療療養病棟」「障害者病棟」や「特殊疾患病棟」は、慢性期病棟に区分されるべきである。

病床機能報告制度の創設

 2013 年8月、日本医師会と四病院団体協議会は、「医療提供体制のあり方」を合同提言し、「病床機能情報の報告・提供の具体的なあり方に関する検討会」において提出した。その中では病床機能報告制度の病床機能区分を表のように示した(表5-1)。

表5-1 病床の区分(日本医師会・四病院団体協議会案)

 ここに示された4つの病床機能は、後の「病床機能報告制度」に繋がるものである。特に急性期病床は、様々な病状への対応、規模の多様性等、一様なものではないことがわかる。また、在宅や介護施設等の患者の急性増悪への対応、地域包括ケアの推進、等が急性期病床の機能に分類されている。
 そして、現在の「病床機能報告制度」は次のようになった(表5-2)。

表5-2 病床区分(現在の病床機能報告制度)

 病期の4分類は日本医師会・四病院団体協議会案と同様であるが、個々の定義はあいまいなものとなっている。特に、急性期は「急性期の患者に対し、状態の早期安定化に向けて医療を提供する機能」とだけ記載されている。はたして、この説明だけで急性期機能を捉えることはできるのであろうか。また、回復期の説明を見るとリハビリテーションが中心と考えられるが、2025 年の推計病床数(後述)では回復期の病床数が極めて多い。それは、出来高部分の点数によって区分したことが原因であり、患者調査などの現状を把握した上での結論ではない。今後、急性期と回復期の機能区分については、多くの議論が必要である。
 全日病案と「病床機能報告制度」4区分を対比表で示す(表5-3)。

表5-3 全日病案と病床機能報告制度4区分の対比

「地域一般病棟」をめぐる議論

 「地域一般病棟」の概念は、2001 年9月、四病院団体協議会の高齢者医療制度・医療保険制度検討委員会報告書において、全日病を中心にまとめられた。その要旨は下記に示す。

 急性期医療を担う病院は、急性専門病棟と地域一般病棟に分化することが望ましい。
急性専門病棟: 医療密度が高い急性期医療に特化した施設
地域一般病棟: リハビリテーション機能・ケアマネジメント機能・高齢者にふさわしい急性期医療・後方支援機能・ターミナル対応機能を持つ施設
 そして、地域一般病棟の機能として、下記の地域における連携機能を提唱してきた。
・急性期医療における連携
 生活圏における住民、在宅療養中の患者、介護保険施設等の入居者等の軽~中等症の急性期の入院需要に応えるが、さらに高度な医療が必要と判断された場合、基幹的病院等に紹介転送する。
・亜急性期(急性期後)における連携
 リハビリテーション、病状不安定、抗がん剤療法等、急性期加療後に引き続き入院を担う。
・救急医療における連携
 救急指定病院もしくは救急対応として、主として軽~中等症の救急を担うが、必要に応じてより高次の救急医療機関に転送する。また、救急救命センター等で高度な入院医療は必要ないものの入院が必要と判断された場合、転送受け入れを行う。
・在宅療養支援
 一次医療圏・生活圏において、在宅医療の支援は極めて重要な課題である。在宅療養支援診療所との連携、もしくは自ら在宅療養支援病院となり、地域の在宅療養の充実に貢献する。

「地域一般病棟」から「地域医療・介護支援病院」そして「地域包括ケア病棟」

 四病院団体協議会は、2013 年10 月、「地域医療・介護支援病院」という考え方を発表した。
 それは下記の機能を有する病院である。
・地域包括ケアを担う、地域に密着した病院
・24時間体制で高齢者の入院に対応
・他機関との連携を図る部署を持つ
・認知症に対応できる
・一定の急性期医療に対応できる職員配置
・患者、家族の医療・介護に関する相談に対応

「地域一般病棟」の概念を発展させたこの考え方は、地域包括ケアの実現に向けて、「かかりつけ医」とともに、患者に身近で地域に密着した医療機関として、自ら積極的にその機能を果たしていく病院、というものである。この病床機能と病院が果たす機能を整理すると下表となる。
 ここでは、「地域医療・介護支援病院」は、急性期と回復期双方の機能を有するため、表5-4のように急性期と回復期にまたがる位置付けとしている。

表5-4 病床機能と病院が果たすべき機能

 その後、2014 年度診療報酬改定で「地域包括ケア病棟」が創設された。「地域包括ケア病棟」の役割は、急性期からの受け入れ、緊急時の受け入れ、在宅・生活復帰支援とされており、これは全日病の提唱してきた「地域一般病棟」の、生活圏もしくは1 次医療圏を前提とし、「地域ケアを中軸としたトータル・ケアサービス」「在宅ケアを中心に、利用者の状態を考慮した医療の提供」「基軸は地域における医療機関・介護施設とのネットワーク」と考え方は共通してある。今後の「地域包括ケアシステム」における高齢者の入院医療や在宅支援の中核となることが期待される。
 諸外国では、病院の統合・大規模化を図る国が多いのに対して、中小規模の病院の活用を図るという点で類似の事例は見当たらず、高齢化社会が急速に進展する日本における地域医療確保のための試みとしてその成果が世界的にも注目される。地域に根ざした民間中小病院として生き残るために我々医療提供者が「地域包括ケアシステム」の中でなすべきことは、「急性期病棟からの受け入れ(post-acute 機能)」「2次救急程度までの対応及び在宅医療の後方支援機能(subacute 機能)」「リハビリテーション機能・ケアマネジメント機能」を確実に実行することであり、率先して地域の中で医療・介護・在宅支援提供体制を作り上げることであろう。

地域医療構想

 2015 年4月より「地域医療構想」作成に関する協議が開始され、そのためのガイドラインが公表されている。これは従来の医療計画をさらに進めたもので、①構想区域の設定(2次医療圏が主体となる)、②「病床機能報告制度」により利用実態についてのデータ収集体制を整備した上での、病床機能ごとの推計病床数の設定、③全国平均、あるいは全国最低値に向けた療養病床数の削減、④構想区域を中心とした調整会議の設置、⑤これらを促進するための基金の活用、等を特徴とする。
 2025 年を想定した日本全体の、さらに構想区域毎の4区分に分けた推計病床数が示された。その結果、急性期、慢性期が過剰、回復期が不足とされたが、定義の曖昧さもあり問題である。病床数の計算には、4区分の境界として、入院基本料やリハビリテーション料等を除いた、主として医療行為の出来高換算値が示されているが、診療報酬を根拠に病床区分を分類することに医学的、合理的な根拠はない。誤解を与える可能性もあるため、どのような指標をもって病床機能を評価するかについては今後も議論を進める必要がある。
 このように、現在発表されている4区分の推計病床数を利用して、病院を病棟単位で画一的に切り分けられるものではない。本来、「病床機能報告制度」は自らが選んで報告するものであり、病床の医療機能、患者の状況で判断すべきであろう。
 慢性期病床数の算定は、在宅療養中の患者数、老人保健施設の入所者数など、他の形態による療養との選択にかかわる部分が多い。住民負担、地域における利用可能な資源を考慮した上で、各地域において議論すべきと思われる。
 地域医療構想調整会議(以下調整会議)は都道府県が開催主体となり、構想区域を主体とした医療関係者等の協議の場として機能することが想定されている。調整会議は「地域医療構想」の実現において大きな役割を果たすと想定されるが、日本の病院の約80%が民間病院で、うち70%が中小病院であり、民間中小病院が地域医療を担ってきたという歴史がある中で、その意見が適切に反映されることが切に望まれる。
 地域の状況に応じて目標を設定し、医療機能の転換、役割分担などを異なる経営主体間で調整し進めることには多くの困難が予想されるものの、今後、急速に高齢化が進む中で地域医療を確保するためには不可欠である。全日病は「地域医療構想」、調整会議の重要性に鑑み、これが円滑に進むよう、事例紹介、データ整備など会員病院を支援する。また、都道府県は、データの整備と提供、調整会議などの場の提供を行うことが期待されるが、自らも病院を経営するなど医療提供者でもあることから、医療機能を反映しない設立主体優先、官優先の議論に陥らないよう注意が必要である。
 日本の病院医療は、民が主体となったり、官が主体となったりしながら、過去長い年月をかけて医療提供体制が整備されてきた。そのあり方は地域性に富んでおり、事実上、2次医療圏の基準病床数のみが病床過剰となることを阻止するために利用されてきた。今回の「地域医療構想」は、データの利用、都道府県の役割を強化することで、この考え方を変えようとするものである。
 医学の進歩や医師の専門性重視により、高度な急性期医療を担う医師数は増大している。一方、入院でも外来でも、特に人口過疎の地域ではプライマリ・ケアを担う医師の必要性は極めて高い。このような観点から、急性期医療の集約化と並行して、地域(1次医療圏や生活圏)における、特に高齢者に適した入院医療の提供体制(地域包括ケア病棟が主体)や、診療所の適正配置についても十分な議論が必要である。

地域医療連携推進法人と事業統合

 「病床機能報告制度」や「地域医療構想」を追うように、地域医療連携推進法人が法制化された。原則として構想区域内に、病院、診療所、老人保健施設等を運営する複数の法人により地域医療連携推進法人を組織することが可能となった。「地域医療構想」区域を基本として、病床機能区分の整備を行い易くするための制度と考えられる。しかしながら、比較的狭い構想区域内で、ひとつの法人を柱に同一の理念の下に力を結集し、より効率的な運営、さらに人材育成を図ることが現実的かどうかについては疑問が呈される。一定期間の後に、どのような制度に変更すべきかについて再検討が必要である。
 医療法人のM&A(合併・買収)については、従来十分な議論がなされてこなかった。事業統合により経営基盤の強化を図ることは経営の選択肢の多様化、地域医療の確保の観点から重要なので、制度見直しの際にあわせて議論が進められることが望ましい。

3.外来医療提供体制のあり方

 日本の医師教育は過去一貫して専門医育成に向かってきた。その結果、医師の専門医志向は強く、また社会においても医療的必要性を考慮せず専門医を貴ぶ状況が見受けられる。しかしながら、現在最も必要と考えられている医師像の一つは、広範に診療ができ、必要に応じて適切に専門医に紹介できる、プライマリ・ケアを担う医師である。また、初期救急に対応できる救急医も必要である。

 全日病は、患者の視点に立った効率的なアクセス確保の観点から外来のあり方を次のように機能分化することを提言してきた。
①プライマリ・ケア機能
②専門医機能
③コンサルテーション機能
④救急機能

①プライマリ・ケア機能

 プライマリ・ケア機能は、まず患者が医療の必要性を感じた時に受診する医療である。ここでは多くの医療が完結されるが、必要に応じて専門医や入院医療が紹介される。また、慢性疾患の管理についてもプライマリ・ケア医が主体となる必要がある。患者の希望に基づき、生活面を含めたケアを行う。
 現在、専門医制度において、総合臨床専門医としてこれらの機能が現実化されようとしている。日本医師会の提唱するかかりつけ医も、ほぼ同様の機能を有することを目指すべきである。

②専門医機能

 専門医機能は、多くの日本の医師が持っている機能である。診療所、病院を問わず、専門医が、プライマリ・ケア医では対応困難な患者の治療に直接従事する。しかし、外来医療において安定期になった場合、プライマリ・ケア医に任せるべきであろう。

③コンサルテーション機能

 コンサルテーション機能は、主として大規模病院にいる専門医が担う医療である。プライマリ・ケア医が日常の疾病管理を行うに当たり、治療方針を決め、あるいは定期的に評価する。

④救急機能

 救急機能は、初期(外来)・2次(入院)・3次(救命)に分類されているが、実際には明確に機能分化されて運用されているわけではない。現実的に、どの医療機関を受診するかは、患者および家族、救急隊員の判断となる。
 救命救急センターのように生命にかかわる重症例に対応できるシステムは、各地域において整備されてきた。一方で、初期救急は、1次医療圏、生活圏における病院、救急診療所が対応すべきであろう。この場合、必要に応じて救命救急センターや高度な救急医療が可能な医療機関と相互に連携できるシステムが重要である。

4.在宅医療のあり方(在宅の変容)

 今後、医療・介護を要する高齢者は明らかに増加する。また悪性腫瘍の治療等においても、在宅医療は極めて大きな存在となる。在宅医療・介護を推進するためには、地域の基幹的病院、在宅療養支援病院・診療所、訪問看護ステーション、介護保険施設等の連携が重要である。
 「地域包括ケアシステム」の確立のためには、在宅医療の充実とともに、それを支援する入院医療機関が必要となる。そのためにも、「地域包括ケア病棟」の果たす役割は重要である。より一層の制度の充実が求められている。
 「地域医療構想」策定において、慢性期機能を在宅医療に移行させることが議論されている。在宅医療の充実は重要ではあるが、在宅医療に繋げるには、地域性、効率性、さらに家族負担が考慮される必要がある。住み慣れた我が家で終生療養することは、素晴らしいことである。老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅に高齢になって移り住むことは、住み慣れた我が家や地域を離れ、新たな人間関係の構築や地域に慣れ親しむ必要がある。高齢者にとっては相当な心理的負担となることが危惧され、このような「在宅」の概念の変容にも注意すべきである。
 では、必要なコスト(医療費用、介護費用)はどうであろうか。例えば、医療療養病床において一定の医師・看護師・介護職が医療・介護を提供できる患者数は、在宅における患者数より多く効率的であるとも考えられる。また、人口過疎地域で訪問看護や訪問介護を行うには、人口密集地域と異なり、長時間の移動が必要となり非効率となる。老人保健施設、特別養護老人ホーム等では、本来は個室対応が望ましい。しかし利用者負担から考えると、個室化された施設は居住費が高く、長期的に居住できない高齢者も多く存在する。低所得者対策として、従来型の多床室施設の有効利用を検討する必要があろう。
 在宅医療の充実は極めて重要ではあるが、従来概念(=自宅)の在宅医療にすべてを繋げることは、地域性、効率性、さらに家族負担を考えると困難である。また、患者やその家族は多様であり、その多様性に応ずるべく、慢性期医療のあり方も多様であるべきと考える。「地域医療構想」においては、このような多様性を踏まえた議論がなされることが望ましい。

5.地域包括ケアシステムと病院の対応

地域包括ケアシステムとは

 どこに住んでいてもその人にとって適切な医療・介護・生活支援サービスが受けられる「地域包括ケアシステム」を実現することが、国の重要な施策の一つとなっている。2016 年度の診療報酬改定基本方針の重点課題にも取り上げられたように、今後の病院経営に及ぼす影響も大きいことが想定されるが、当初、介護保険側の問題と捉えられていたこのシステムの定義・概念には多くの変遷が見られるため、この間の議論を整理して表に示す(表5-5)。

表5-5 地域包括ケアシステムをめぐる議論

 「地域包括ケアシステム」は「医療や介護が必要な状態になっても、住み慣れた地域で、その人らしい自立した生活を送ることができるよう医療、介護、予防、生活支援、住まいを包括的、かつ継続的に提供する」システムと定義されている(図5-1)。

 治す医療から治し支える医療が主体となる超高齢社会では、地域での生活支援・介護予防を含め、必要な時に医療、介護の提供を受けられるといった生活者の視点が重要である。
 どういった連携体制をとるのか、誰がリーダーシップを担うのかなどによって様々なモデルがありうることから、全国画一的なものではなく、各地域の実情に合った多様性を有する「地域包括ケアシステム」があって然るべきである。多様性があるがゆえに、各自治体の責任は大きい。
 いずれにせよ、高齢者が生きがいを持ち、安心して老いることができる社会創りを、2025 年までに構築することが求められている。

地域包括ケアシステムにおける医療機関のあり方

 全日病会員は、地域の中でリーダーシップを発揮できる位置にある。在宅での生活の阻害要因としての諸疾患に対応する際に、病院の提供する入院機能は重要な位置を占めているからである。
 在宅医療の中心的役割を果たすのは在宅医療を担当する「かかりつけ医」であるが、「かかりつけ医」と連携して患者を円滑に受け入れる入院医療が機能していることが在宅医療にとって非常に重要な要素となってくる。転院・退院支援機能、介護との連携機能が強化された病院が身近に地域に存在することが極めて重要である。
 退院後に住み慣れた地域で療養や生活を継続できるように、退院後の生活に目を向けた退院指導を含む活動がますます必要となってくるであろう。

地域包括ケアシステムを構築する上でのICTネットワークの役割

 「地域包括ケアシステム」を構築する上での大きな課題は、地域における住まい・生活支援・予防・医療・介護が縦割りに構築されており、地域ごとに一体となった提供体制となっていないことである。役割分担・機能分化の時代とは、言い換えれば地域全体で安心・安全を提供する時代であり、地域がチームとなる体制が必要であるが、その基盤として、情報ネットワーク構築は必須となる。
 地域医療の核として存在する医療機関が中心となって、ICT ネットワーク形成による情報共有を可能にすることが、地域全体の安心、質向上・安全確保に重要であると同時に、ICT の重要性について地域(医療介護従事者・行政・住民等)に対し率先して啓発を行うべきであろう。地域の中における多施設・多職種によるチーム医療の実践には、正確で迅速、かつ有用な情報共有が前提であり、そのツールとして様々な医療連携ネットワークシステムが開発されている。
 現在、インターネットVPN(Virtual PrivateNetwork)を利用して患者の診療情報を共有するクラウド型サービスが主流となりつつある。連携ネットワークシステムの共通点として、一画面上で複数病院の情報が時系列に把握可能となっており、閲覧項目として、処方・注射、検査データ、画像情報、温度板、退院時要約・看護要約や読影レポートなどの文書類が挙げられる。院外からの情報を上手に使いこなす時代、地域単位で患者情報が把握可能な時代になりつつあると言える。
 今後連携ネットワークを円滑に推進するためには、地域における連携の指標、地域の健康度の指標の開発が重要である。医療の質向上を図るために臨床指標は有用であるが、多くは個々の医療機関に留まり地域全体あるいは連携を対象にはしていない。高齢化に対応するためには連携ネットワークの整備が必須であり、世界的にもこの分野での評価指標開発を含めた知見が乏しい状況において日本に期待される役割は大きい。
 全日病は、医療の質評価事業を今後も推進し、連携を含む指標の開発、病院の医療の質向上の支援を行う。

コラム:総合診療専門医がなぜ必要なのか、会員病院への影響は

 OECD Reviews of Health Care Quality( 2014年11 月)は、医療の質のレビューであり、日本におけるスタンダードの引き上げを強く主張している。特に精神科医療への問題提起とともに、プライマリ・ケアの明確な専門分野を確立すべきとしている。しかし、日本では、実態として、病院、診療所、その他の保健関連事業でプライマリ・ケアがしっかりと支えられている。かつ、それを担っている病院および診療所の質についての国際的評価は高い。OECD が論じているのは、「明確な専門分野としてのプライマリ・ケアの確立」なのである。つまり、プライマリ・ケアを専門領域とする認識の不足を指摘している。この点を正確に理解しておかないと、日本のプライマリ・ケア領域の確立のためにある総合診療専門医の議論も的外れになる。病院医療との関連性についても同様である。
 1978 年のアルマ・アタ宣言によってプライマリ・ヘルスケアの基本事項が明確にされて以来、日本においても、その重要性は識者によって訴え続けられてきた。しかし、医学としての、技術としての、制度としての医療は、最先端医療を共通の目標として発展してきた。結果として、人間を全体として考える医療の不在を招き、医学教育におけるプライマリ・ケアの軽視にもつながってきた。
 日本の医療に欠落しているものは何であろうか。それを医療ジャンルから考えてみる。外科、小児科、内科、眼科のように並列関係にある専門領域として18 が現在公に認められている。 このことは標榜制度とか、医師の卒前卒後教育と密接に関連している。この分類を基本に大学医学部の構造がある。プライマリ・ケアを専門領域とするものがないとOECD が考える所以である。これまで、卒前教育、そして医師国家試験後の臨床研修にもプライマリ・ケアを重視しようとする試みはあったが、いかんせん、日本の医療の中に明確なジャンルとして存在しないことが、日本における医学教育体系、学問体系としてのプライマリ・ケアの発展を阻害してきた。
 プライマリ・ケアの定義(Barbara Starfield、2011 年)では
・コミュニティへの継続的で人間中心のケア
・ケアが最初に必要とされた際にそれを助ける近接性
・まれな、もしくは例外的な健康問題のみが他に紹介されるケアの包括性
・ケアのすべての側面が統合されるケアの協調性
が必要であり、ヘルスサービスシステムの不可欠な要素であるとされる。これらに加えて、医療内容の監査システムや生涯教育、患者への十分な説明などの責任制や、患者の価値観、考え、思い、状況や経過、そして家族の意思を尊重するなどの文脈性を加えることも多い。現在ではヘルスケアとしてやや広義に論じられることが多く、医療に限定するものはPrimary MedicalCare とされる。しかしながら、日本における医療と介護の関係のように、もはや医療のみに限定して問題を解決することが難しく、社会的課題に対する医療の広義の役割も当然含まれなくてはならない。同じStarfieldらによって、地域の臓器別専門医の数の増加は、その地域の総死亡数の増加、心血管イベントによる死亡数の増加、悪性腫瘍による死亡数の増加と有意に相関しており、反対に、プライマリ・ケアを専門とする医師の増加は、その各々の死亡率を有意に減少させたという報告をはじめとして、プライマリ・ケア領域の重要性を示すエビデンスは多くある。それらのエビデンスも含めて学問体系としてのプライマリ・ケアが、世界的にすでに確固として存在していることを理解しなくてはならない。
 総合診療専門医は、プライマリ・ケアの専門領域の確立を具現化したものである。その名称は、現在の日本専門医機構における協議より前に、厚生労働省における委員会で合意を得たものである。総合診療専門医は、明確に何らかの役割、例えば地域包括ケアを独占的に担わせることを想定してはいない。専門医の育成は人と時間を要し、精一杯育成したとしても、2025 年問題の解決となる医師数を養成することは困難である。病院と診療所の双方を総合診療専門医の活躍の場と想定して協議が進んでいる。日本のプライマリ・ケアを誰が担っているのかを考えると、まさに病院と診療所であり、現在の総合診療専門医の議論は、日本の現状に十分に配慮した上で構築されようとしている。
 病院医療への総合診療専門医の影響は少なくはないだろう。後期研修3年間の研修プログラムは総合診療研修を必須としており、その場として中小病院や診療所も想定されている。そこが他の専門領域とは異なっている。後期研修プログラムへの参加は医師確保の問題ともなる。指導医の育成をはじめ、研修プログラムへの参加については、地域に密着した病院こそが、まさに想定された研修の場であるので、積極的な対応をするべきであろう。
 総合診療専門医以外の既存の専門医改革が病院医療に与える影響については、指導医要件、研修プログラムやカリキュラムの内容次第では、高度で大型の大学病院に代表される病院以外においては、相当なハードルとなる可能性が高く、医師の確保の点において大きな影響がありうる。現実を直視し、国民に混乱を招かない緩やかな改革が必要であり、会員病院の医師確保への影響がないよう、明確なロードマップの提示を求める必要がある。
 専門医を司る日本専門医機構のあり方も含め、なお紆余曲折があると思うが、プライマリ・ケア重視の方向性は、ゆるぎないものであろう。プライマリ・ケアの専門性を代表する総合診療専門医という新ジャンルの明確な確立を急ぐべきである。

コラム:地域医療連携ネットワーク構築にあたっての解決すべき課題

 地域連携ネットワークシステムを構築するにあたり、連携協議会の立ち上げは必須であるが、その連携システムが存続するか否かは、強力なリーダーシップの存在の有無にかかっている。誰がリーダーシップを担うかで、連携ネットワークの今後の方向性が決まる場合が多い。
 新規のネットワークシステムを開発するか、既存のシステムを活用するかは費用対効果も含め協議会での検討事項となる。いずれにせよシステム構築にあたっての解決すべき課題はおおよそ共通しており、以下に列挙する。

①理念・目的の明確化

 なぜ地域連携ネットワークシステム構築が必要なのか、その理念・目的を明確化することが重要である。単なる入退院用の患者受け渡しツールで終わるのか、在宅も含めた地域全体で患者を支援していくのか、「地域包括ケアシステム」構築の今後を考える上で重要な課題である。ネットワーク構築目的の一例として、「良質な医療を寄与することを目的に、患者の診療情報を共有することによる医療提供者間の医療の質向上と、患者によりよい医療を提供するための手段」などが挙げられる。

②連携する範囲

 行政が設定した医療圏は、本当に連携すべき医療圏と必ずしも一致していない。特に県境地域など都道府県をまたぐ際、複数の協議会が関わることになるため、ヒューマンネットワークも含め十分な調整が必要となる。情報利用に関する権限の設定、情報セキュリティに関する基本方針の決定、同意書のとり方、費用の負担方法など、各協議会によって運用規程が異なることが連携の障壁となっているケースも見受けられる。

③連携のためのデータ形式の統一

 医療連携ネットワーク構築にあたっては、連携不可能な独自のデータ形式をできる限り避け、電子的な患者情報を適切に交換できるようにすることが求められる。SS-MIX2 は、厚生労働省電子的診療情報交換推進事業で策定された規格であり、採用すべき情報交換規約と標準コード(マスター)の組み合わせを指定しているが、標準化ストレージに関する定義の混乱や、拡張ストレージにおける問題点、またSS-MIX に出力するためのプログラム改修やハードウェアの整備に対する費用負担の発生など、連携ネットワーク導入の足かせになるケースも少なくない。特に診療所に対して、双方向を目指してSS-MIX を準備することは費用負担の面で厳しいものと思われる。

④費用負担

 地域医療再生基金、地域医療介護総合確保基金などを初期投資の原資とする場合、その後の継続性が課題となる。診療報酬点数などの担保があれば理想的だが、現実には各協議会、医療機関の努力で成り立っている場合が多い。行政の一定の費用負担が望ましい。

⑤セキュリティ

 セキュリティの詳細は専門書に譲るが、情報を提供する側、閲覧する側では費用負担の面も含め自ずとセキュリティのかけ方が違ってくる。いずれにせよ厚生労働省、経済産業省、総務省等のガイドラインに沿うことが重要である。
 また、情報の盗聴・改竄・なりすましなどを防ぐためにも、認証局などによる情報利用に関する権限の管理やログ(時系列に順次性のあるデータ)管理、統一ID、電子署名(電子印鑑)など今後の議論が待たれる。なお、情報を操る側である職員への個人情報漏えい等に関するリテラシーなど、定期的な研修会などによる教育は必須である。

⑥情報の持ち方による責任問題

 好むと好まざるに関係なく、受け手側に診療記録情報がそのまま大量に送られるケースが多い。得られた情報共有項目は、“診療記録”か“補完記録”かの位置づけがいまだ不明確である。送られてきた膨大な情報全てを確認することは困難であるため、受け手側(閲覧者側)に全ての情報を確認する義務がないことを、協議会規程等に明文化しておくことが望まれる。