全日病ニュース

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社会貢献活動を通じて病院のブランドをつくる

【シリーズ●先進的な病院広報活動の紹介――その②】

社会貢献活動を通じて病院のブランドをつくる

社会医療法人博愛会 相良病院

 先進的な広報活動に取り組む病院を紹介するシリーズの第2回は、鹿児島市の乳がん専門病院「相良病院」を紹介する。相良病院グループを率いる社会医療法人博愛会理事長の相良吉昭氏に病院のブランディング戦略について聞いた。
●乳がんにおける唯一のがん診療連携拠点病院
 相良病院を運営する博愛会は、鹿児島市内に機能別に四つの医療施設を持つ。①外来部門の「相良病院附属ブレストセンター」、②乳がんの手術、治療を行う「相良病院」(80床)、③術後のフォローを行う「さがら女性クリニック」、④再発・転移した患者の放射線治療などを担当する「さがらパース通りクリニック」である。
 現在、創立70周年を機に、これら四つの機能を再統合した「新相良病院」(地下1階、地上12階)の計画を進めていて、2年後に開業する予定だ。新病院はドイツに本社を置く医療機器の多国籍企業「シーメンス」とパートナーシップを結び、同社の医療機器を展示・使用するアジアで初の「ショールーム」の役割も持つ。
 相良病院は、全国で唯一、乳がんにおける「特定領域がん診療連携拠点病院」に指定されている。
 がん診療連携拠点病院の指定は、一般的に5大がんの手術症例の実績が必要だが、そのハードルを乗り越えて2014年8月に指定を受けた。特定領域がん診療連携拠点病院は、2014年に制度化され、5大がんすべてにおいて、現在でも相良病院のみの認定である。
 その背景には、乳がんの高い診断技術に加えて同病院のへき地医療や女性医療の取組みがある。これらの社会貢献活動を病院の主要な事業と位置づけ、ブランドとしてアピールすることにより、病院のM&Aや海外企業との業務提携など、積極的な事業展開に結びつけている。
●離島にがん専門医を派遣
 病院は、相良氏で3代目となる。1946年に相良氏の祖父が12床の外科医院として鹿児島市に開業した。それを継いだ父の代から乳がん治療の専門病院となる。当時、鹿児島は乳がん治療の後進地域だったことから、一念発起して乳がんに特化。1973年に九州初のマンモグラフィを導入するなど、乳がん治療の分野で実績を重ねてきた。
 2011年4月に3代目の相良氏が継承し、乳がん専門病院としての活動をさらに広げる。その一つが、へき地医療である。理事長就任と同時に社会医療法人に衣替えし、乳がん専門病院の社会貢献活動として、へき地・離島におけるがん医療に取り組んだ。
 それまでも離島に「検診バス」を送っていたが、相良氏の代になって、奄美大島、沖永良部島、徳之島、甑(こしき)島の4島の医療機関に専門医を派遣し、乳腺科特別外来を実施した。離島の患者が、がん治療を受けるための負担は大きい。飛行機に乗って鹿児島に来て、治療を受けて、また飛行機で帰るという不便を強いられていた。「みなさん高齢ですし、お金もかかるので大変だったわけです。我々が医師を送ることで、離島でも標準医療を受けられるようになりました。乳がんの専門病院としてがん医療の均てん化という社会的使命があるので、へき地・離島医療には力を入れています」と相良氏。その実績が評価されて、相良病院は2014年11月に鹿児島県の「へき地医療拠点病院」に指定されている。
●女性が治療に専念できる環境づくり
 相良病院は、「女性のための専門病院」を謳っている。乳がんの専門病院として培った女性医療の専門性を基礎に「女性のためのトータルケア」に取り組み、予防から診断、治療、術後のサポート、緩和ケアまで一貫した医療体制を実現している。なかでも、がん治療においては、がんと向き合い、治療に専念できる環境づくりが大切だ。
 その一環として、乳がんの親を持つ子どもの心のサポートプログラムを行っている。
 対象は小学生で、親ががんであることを隠すのではなく、どういう病気かを子どもに伝えて、薬の副作用から来る体の変化なども説明する。困難から逃げるのではなく、困難に立ち向かう力を与えてサポートする活動だ。
 プログラムを実施するには、スタッフをそろえ、教育・研修が必要になるが、診療報酬の手当があるわけではない。「お金をもらうことができないので、経営的には非効率です。しかし、お金にならない活動をどれだけしているかが強みだと思っている」と相良氏は言う。
 「一般企業はお金にならないことはやらない。でも病院はお金にならないことが実は大事だったりする。その取組みに永続性を持たせて、事業化するには、それを支える経営がなければできません」(相良氏)。
 ブランドとして認知されていないものをブランドに育て上げるマーケティング手法をブランディングという。へき地医療や女性医療の取組みを通じて、がん医療の向上に取り組むことが相良病院の価値であり、これらの社会貢献活動を病院のブランドとして確立したのが、相良病院の広報戦略と言えよう。
 「たまたまそうなっただけ」と相良氏は言うが、病院のブランディング戦略として成功例と言えるだろう。
●M&Aでグループ病院を拡大
 がん診療連携拠点病院の指定を受けたことは、相良病院グループの価値を高め、飛躍の基盤となった。いわば跳び箱の踏み板の役目を果たすことになる。その一つが、M&Aによる乳がん専門病院のグループ化である。しかし、通常の企業買収とは異なり、大きな資金をかけることはない。
 提携相手となるのは、経営上の問題を抱えていたり、後継者難で困っている乳がん専門病院やクリニックだ。相良氏は、グループに加わることによって、経費節減をはじめ大きなメリットがあることを説明。「我々のグループに入って一緒に乗り越えませんか」と提案する。
 具体的には、医薬品や医療機器の購入費用がグループに入ることによって大幅な削減になることを数字をもって示した。
 抗がん剤などの医薬品は、グループの共同購入により、卸業者から安価で仕入れることができる。「たぶん日本で一番安く仕入れている」と相良氏。
 病院グループの年間の乳がんの手術症例数は年間1,200と圧倒的に多いからだ。医療機器は業務提携しているシーメンスを通じて効率的に調達できる。
 CT、MRI、PET の画像は、グループが東京・恵比寿に置く「SWHG東京」に送られ、読影・診断を行う。個人のクリニックでは、放射線や病理の専門医を確保するのが難しいが、遠隔画像診断により、同グループの放射線科や病理の専門医のネットワークを活用することができる。
 提携相手の病院は、「経営的な見通しが明るくなるなら、一緒にやりたい」という納得づくの合併である。グループに入るに当たっては、持分なしの医療法人に移行した上で、役員の過半数を相良病院グループから受け入れることが条件となる。グループには現在、医療法人月桃会(沖縄県浦添市)、医療法人一歩一景会(香川県高松市)が加わり、さがらウィメンズヘルスケアグループを形成する。その他の地域からの問い合わせも数多くある。グループ全体の症例数を生かした共同研究や臨床試験に取り組んでいる。
●シーメンスとの業務提携
 乳がん専門病院としてのブランド戦略の効果で、海外の企業から業務提携の提案を受けるようになった。その中で、「一番しっくりきたのがシーメンスだった」と相良氏。
 2015年にシーメンスとパ―トナーシップを締結。翌年には同社製のハイエンド超音波画像診断装置や日本でも4台しか稼働していないMRIとPETで高精度の診断ができる「MR-PET」を導入している。同病院はシーメンス製の医療機器しか置かない代わりに、導入や保守管理のコストを低く抑えることができる。
 ブランディング戦略が成果をあげているのは確かだが、とりわけ広報活動に力を入れているわけではない。へき地や女性医療の取組みは、病院の理念として、ホームページを通じて発信しているほか、わかりやすくスライドにまとめ、厚生労働省にプレゼンテーションした。そのことが奏功し、がん拠点病院の指定につながった。
 一般的に病院の広報活動は、院内のイベントを単発的に紹介することが多い。単発の広報では、一時的には患者が増えるが、時の経過とともに尻すぼみになることが多い。相良病院グループの広報は、乳がん専門病院の役割を認識し、それを自らの主要な事業と位置づけるとともに、ブランドとして発信した点に特徴がある。その結果、がん診療連携拠点病院として国の制度とつながり、他の医療機関とつながり、シーメンスなど異業種とつながる相乗効果をもたらした。
● 既存施設のスクラップ・アンド・ビルドで新病院を建設
 グループは今、新たな展開に向け動き出している。四つある病院を解体し、緑豊かな神社の杜に新病院を作っている。スクラップ・アンド・ビルドである。
 「がん拠点病院としての形がある程度できたので、そこで完成してしまうのが嫌だった。できた形をもう一回壊そうと思った」(相良氏)。
 鹿児島でも今後、人口減少が進む。四つの機能を一か所に集める方が効率的である。この新病院が、前述したようにシーメンスの「ショールーム」の側面も持ち、神社の境内に新病院を建設することで地域ともつながる。新病院が完成するのは2020年。再編後の現病院施設は、女性のコミュニティーの場や人間ドックの施設で再利用することを考えている。
●国際展開も視野に
 最後に、相良氏に国際展開について考えを聞いた。「海外から積極的に患者を集めようとは考えていない」という。新病院がシーメンスの「ショールーム」となることで、その医療活動は同社のネットワークを通じて全世界に発信される。その効果で、まずアジアの医療者が病院の見学に訪れることを期待する。「その次の段階で、インバウンドの患者さんが来てくれるなら…」と相良氏は述べ、自ら動いて海外の集客広報をするつもりはない。
 一方、アウトバウンドでは、中国に技術提携するがんクリニックの計画が進行中だ。相良グループのブランド力を「のれん分け」をすることで、相良病院の医療技術を伝え、アジアのがん医療の向上に寄与したい考えだ。
 最近、米・シリコンバレーのIT企業と画像データのやり取りを行う新たなシステムの業務契約を結んだ。全国展開する「乳がん検診バス」の画像データを瞬時にクラウド上に集め、そこから遠く離れた画像読影センターに分配するネットワークサービスの提供を研究の段階より委託されている。
 相良病院グループのブランディング戦略は、これまでのところ成果をあげていると言えそうだ。