全日病ニュース

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ホーム全日病ニュース(2021年)第987回/2021年6月1日号ゼネラリストとしての病院事務長に求められるもの
─事務長職半年間の経験から

ゼネラリストとしての病院事務長に求められるもの
─事務長職半年間の経験から

ゼネラリストとしての病院事務長に求められるもの
─事務長職半年間の経験から

シリーズ●病院事務長が考えるこれからの病院経営⑦社会医療法人博愛会 開西病院 事務部 部長 高橋義之

 病院の経営環境が厳しくなる中で、経営の一翼を担う病院事務長の役割はますます大きくなっています。シリーズの第7回は、開西病院(北海道帯広市)の高橋義之事務長にご寄稿いただきました。

はじめに

 2020年11月2日。私の開西病院での病院事務長初日が始まりました。
 世の中は新型コロナの感染者が国内で10万人を突破。北海道では新規感染者が96人を数え、東京を上回ったとニュースになった日です。そんな事務長経験が半年ほどの私に、「病院事務長が考えるこれからの病院経営」のテーマで、原稿の執筆依頼が。あまりの無茶ぶりに一瞬怯みましたが、これもご縁と引き受けました。
 私は、経営について大学などで学んだわけではありません。あくまでも今までの経験を基に、考えを述べることになりますが、精一杯みなさまにお伝えしたいと思います。

事務長に求められる条件は大きく変化

 私が病院に入職した当時、事務長は銀行からの出向の方が多く、まわりの病院を見渡しても、プロパー社員が事務長に就くケースは稀でした。医事課はレセプト業務一筋で、職人のような人が活躍し、同じ事務職の総務・経理とは、お互いの仕事内容を分かろうともしませんでした。もちろん各課をローテートしながらキャリアアップする制度も、整備されていません。必然的に、専門領域を極めたスペシャリストが目標となり、事務長になろうと考えている事務職は皆無でした。あれから40年、今は病院事務職に求める条件も変化し、管理職にはゼネラリストの能力が求められています。
 多くの病院経営者が考える理想像は、診療報酬や施設基準への理解、他医療機関との関係構築、介護事業との連携など幅広い知識を持って経営改善を進めてくれる人材です。事務長になることが事務職のキャリアの全てではありませんが、やりがいのある仕事だと思います。
 そもそも今の自分がゼネラリストと言えるのか(スペシャリストでないことは確か)判断できませんが、広く浅くいろいろな業務を経験してきたおかげで事務長職が何とか務まっていることは間違いありません。また、他業種の仕事を経験したことも引き出しの多さにつながっています。
 私も最初は、医事課のスペシャリストを目指して「医療点数表の解釈」と格闘しながら、いかに高い診療報酬を算定するかばかり考えていました。術式や医療材料を知るために手術に立ち会ってみたり、医者の難解なクセ字カルテを読みながら患者さまの診療経過を考えてみたり、そんな時間も楽しいと感じていました。

他業種の経験が役に立つ

 そんな私に転機が訪れました。一身上の都合で病院を退職することに。この機会にリスタートするなら他業種へ転職と考え、就職先を探していたところ、ホテルのセールスに採用が決まりました。今まで医療業界でしか働いたことがなかった私は、そこで徹底的に接遇やビジネスマナーを叩き込まれました。そこでやっと一人前の社会人になれた気がしたのです。
 このスキルは次に出戻った病院で大いに役立ちました。またセールスは毎月の予算を達成するために戦略を立て顧客のニーズに合うプランを考え料理内容やスタッフの配置、余興の手配など他部署や外部との調整も行います。原価を計算し積み上げ、請求書を作り、代金が振り込まれて、やっと一つの案件が終了します。一つの宴席には、いろいろな要素の業務が詰まっていて、ビジネスや社会の仕組みが少しだけ理解できました。

コロナ対策から事務長の仕事が始まる

 さて、私が事務長として最初に着手したのは院内のコロナ対策でした。①来館者に制限を設け出入口を正面玄関1か所に集約。②風除室内で来館者のトリアージの実施と専従看護師の採用。③コロナ陽性患者を受け入れる専用病床のゾーニング。④新型コロナウイルスに対する当院の医療提供体制の見直し。
 ごくごく当たり前のことですが、当院はメインの診療科が整形外科のため、外来患者数も減少せず、病院経営への影響もほとんどありませんでした。実際、市内で1人も患者が出ていない状況では、コロナは他人事と考えても仕方がありません。
 しかし、そうも言ってはいられない事態が。12月初めに、とうとうコロナ陽性者が入院しました。覚悟はしていましたが、いざ陽性者を受け入れてみると、次から次へと問題点が出てきます。幸いなことに前職の病院で、同じシチュエーションを経験していた私は、的確に解決し、実績を重ねることで、まわりからの信用を得て、次からの課題解決がとても進めやすくなりました。みなさんにとっては憎むべきコロナウイルスですが、私にとっては新しい環境に溶け込み、私という存在を知らしめる、またとない機会となりました。

7対1入院基本料に変更し
新たな事業に挑戦する力を蓄える

 当院の急性期病棟は78床あり、10対1の入院基本料を届出しています。整形外科の特徴として、冬は雪道で転倒し骨折する高齢者が多い反面、雪が解ける春先は入院患者が減る傾向です。とくに昨年の5月は減少幅が大きく、コロナ陽性者の専用病床14床も、空床状態が長く続き、今年の4月には1日平均入院患者数が、前年実績より2人くらい減ることが予測されました。毎月様式9の実績を見ていると、基準数を十分すぎるほど満たしていながら、看護師にその意識はなく、毎日忙しく動き回っています。あと3人程度看護師を採用することで、7対1の基準はクリアできそうです。
 そこで看護師がまとまった人数入職する4月に、思い切って入院基本料を10対1から7対1の施設基準に変更することにしました。現場はすでに7対1の基準でなければ回らなくなっていたのです。
 ただし、施設基準が分からなければ、現場の声を聴き入れ看護師を増員する提案だけに終わってしまいます。人件費が増えるだけの提案を、経営者は聞き入れないでしょう。今回の変更で年間4,500万円の増収が見込めます。施設基準を基に、増員することで得られる効果と根拠となるデータを一緒に提示して、初めて提案が通ります。
 当院のような中小病院の事務長のところには財務、人事、総務、システム、広報、資材、情報管理、採用、そしてクレーム処理と、ありとあらゆる相談事が集まります。外から見ると順調に回っているような組織でも、改善できそうな課題は無数にあります。10年20年先にむけた未来の体制は次世代の事務長に任せて、まずは周りにある課題をできるだけ早く解決し、経営者が新たな事業に挑戦出来るよう力を蓄えたいと思います。

2025年を見据えて経営戦略を描く

 いつの間にか団塊の世代が75歳以上となる2025年があと4年後に迫っています。重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを、人生の最後まで続けることができるよう住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される、地域包括ケアシステムの構築も2025年が目標です。2023年には第7次医療計画が終了し、2024年から第8次医療計画が始まります。今はコロナ禍で医療提供体制のひっ迫が叫ばれていますが、ワクチン接種がみんなにいきわたり、薬も開発されると騒ぎも収まります。あとは2025年に向けて、地域医療構想をもとに病床の再編と削減が粛々と進められるでしょう。
 それでも当法人には強みがあります。地域包括ケアシステムの構築に必要な住まい・医療・介護・予防・生活支援のすべてを備えています。そこでキーとなるのがリハビリテーション。今後も高齢者の整形外科疾患は増えていくので、急性期から回復期そして生活期と切れ目のないリハビリ提供が必要です。また、これからはICTを利用したオンライン診療やPHR(パーソナルヘルスレコード)の活用で、積極的な介護予防に注力することも経営戦略の1つになります。

ストロングポイントとウィークポイントを知る

 病院経営を考えるうえで、「診療報酬」と「施設基準」の2つの大きな壁があります。経営努力で上位の施設基準を取得していけば、それに見合う診療報酬を得ることができますが、上限に達するといくら良い医療、良いサービスを提供しても、上限以上の報酬を得ることはできません。医療の質を高めれば、病院のブランディングにはなりますが、直接収入に結びつかないことが悩ましいところです。当院でも保険適用外の時から、理事長が取り組んでいた骨粗しょう症による脊椎圧迫骨折の治療法「バルーンカイフォプラスティ(BKP)」や、かみ砕く力が弱い要介護者の食事としてソフト食やミキサー食に代わる調理法として、凍結した食材に酵素を染み込ませて軟化させる「凍結含浸法」など、ストロングポイントが多数あります。ただし残念ながら一般的にはあまり知られていません。情報の発信力が弱く、広報活動もあまり積極的に行ってこなかったため法人のウィークポイントとなっています。それでも法人の持っている可能性はとても大きなものです。持っている資源を最適化し、利益を最大化することがマネジメントの力だと思います。

創立25周年を迎えて

 当法人は今年で25周年を迎えます。農家の長男として生まれた理事長が医者になろうと思ったのは、障がいを持って生まれた子供たちに何かしたいという思いだそうです。情に厚い理事長は「ばん馬」の如く、どんなに重い役割や責任も自ら引き受けそりを曳き、ゴールを目指します。そんな理事長の「右腕」と呼ばれるような、病院事務長になることが秘かな目標です。
 さいごに毎年理事長が心に留めたい言葉を選んで職員に説いてくれます。2021年は「一隅を照らす」 伝教大使・最澄のお言葉です。「一隅」とは今あなたのいるその場所のこと。一人ひとりが自分自身の置かれている場所や立場でベストを尽くし、自らが光となり周りを照らしていくことこそ私たち本来の役目であり、それが積み重なることで世の中がつくられるという思いが込められています。
 コロナ禍で大変な世の中も大きく変えようとするのではなく、まず目の前のこと、今自分にできることを一生懸命やる。そうやって一人一人が灯す小さな光がやがて大きな光となる。一隅を照らす人でありたい。
 今こそ、そう思います

 

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