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ホーム全日病ニュース(2018年)第920回/2018年7月1日号認知症ケアの質を高め、病院のブランドに...

認知症ケアの質を高め、病院のブランドに

認知症ケアの質を高め、病院のブランドに

【シリーズ●先進的な病院広報活動の紹介――その③】医療法人大誠会 内田病院

 先進的な広報活動に取り組む病院を紹介するシリーズの第3回は、群馬県沼田市の大誠会「内田病院」を紹介する。同病院は、県の認知症疾患医療センターに指定され、「身体拘束をしない認知症ケア」で有名だ。大誠会グループを率いる田中志子(ゆきこ)理事長に、認知症ケアを病院のブランドに高めた広報戦略について聞いた。

●医療・介護・福祉複合体を形成 人が集まるマグネット病院目指す
 内田病院は、田中理事長の父が開設した19床の外科医院から始まる。現在の病床数は、一般病棟と回復期リハ病棟をあわせて99床。さらに、グループには、老人保健施設や特養、グループホーム、サ高住などの施設に加え、在宅医療や介護サービス、保育園、学童クラブ、障害児のデイサービス等を有する。「0歳から100歳まで」を合言葉に、医療・介護・福祉の複合体として地域の人たちの治療から療養、予防、福祉まで生活全般をサポートしている。昨年7月には、幼・老・障一体施設である「いきいき未来のもり」をオープンし、様々な世代の様々な人たちが交流する場をつくった。
 法人グループで様々な施設を持つことに対し、田中氏は「地域で安心して暮らせるようにするためには、医療介護サービスを整備するだけでなく、生きがいや役割につながる場や機会をつくることも必要」と話す。「病院や介護施設としてだけでなく、もっと生活に身近な場として、地域の人たちに選ばれる病院にしたい」と、自らの信念を表現。換言すれば、内田病院は「マグネット・ホスピタル」を目指している。その信念の延長線上に、田中氏の広報に対する考え方がある。

 ●慢性期医療は奥が深い気配りと集中力が必要
 田中氏は、群馬大医学部の第1内科での勤務を経験した後、医師になって5年目に結婚を機に大学を辞めて、父が経営する内田病院を手伝うことになった。大学病院に勤務していた頃は、救急医療に関心があったという。だが、内田病院の療養病棟を手伝ううちに、患者とゆっくり話したり、家族と共に人生を考えたりする方が自分に向いていると考えるようになった。そのような経験の中で、田中氏は「日本一の慢性期医療をやりたい」と心に期すようになった。
 慢性期医療は奥が深くて難しい。自分の気持ちを表現できない人に対し、身体の様子や顔の表情からサインを理解しなければならない。その人が快適な療養生活を送るにはどうしたらよいのかを常に考える。寝たきりの人に褥瘡を作らない、むくみすぎないよう点滴量を調整するなど、気配りと集中力が欠かせない。田中氏は「集中力を維持するのは大変だが、面白かった」と振り返る。「いずれは慢性期というジャンルでトップレベルのことがしたい」と思うようになり、その中に内田病院のブランドとなる「身体拘束をしない認知症ケア」が加わることになる。

●3年経ったらメディアが取材に来る病院に
 田中氏は、認知症が専門だったわけではない。大学病院から内田病院に戻った頃、グループの老健施設の認知症専門棟が県で最初の認可を受けた。当時は、認知症に関する教科書も薬もなかった時代だ。田中氏は独学で勉強を始めた。認知症の勉強会に積極的に参加した。
 転機となったのは、「認知症介護研究・研修東京センター」で医師として初めて認知症介護の資格を取ったことだ。当時の東京センターは、長谷川式スケールで知られる長谷川和夫氏が所長だった。そこで、「パーソン・センタード・ケア」(認知症の患者を人として尊重し、その人の立場に立って考え、ケアを行う)考え方を3カ月間みっちり学んだ。認知症ケアを体系的に学ぶだけでなく、スタッフの指導方法などマネジメントのスキルも学び、貴重な体験となった。
 研修で学んだパーソン・センタード・ケアを内田病院で実践した。ケアの実力を高めるには、理論だけでなく、現場での積み重ねが不可欠だ。患者の変化を診ながら、体験的にケアのスキルを獲得した。

                  内田病院の外観

 

 現場の実践を大切にする田中氏の考え方は、広報戦略にもつながる。
 田中氏が病院の広報の大切さに気付いたきっかけは、「現場のスタッフの頑張りをみて感動した時」だった。認知症の患者を興奮させないように、リハビリ部長が先頭にたってケアに取り組んでいた。しかし、その努力が病院の外に伝わっていない。田中氏は、「3年経ったらこの病院をメディアが取材に来るようにしたい」と心に誓ったという。スタッフの頑張りを世の人に知らせたい。そのためには、データを公表したり、自院の取組みを院外に発信する必要がある。スタッフ全員を前に「あなたたちの本当の力を人に知らせるので頑張ってください」と約束した。
 スタッフの力を知らせるにはどうすればいいのか。田中氏はエビデンスを示したいと考えた。福祉系の人たちはよく「患者の笑顔があるから頑張る」という内容の学会発表をする。症例発表の多くは、「患者さんがいい顔をしたからうまくいった」という結論を導き出す。これでは訴求力が弱い。どうしたら誰もが納得できる質の高いケアを客観的に示すことができるのか。認知症ケアのエビデンスを示し、ケアの質を示すことによって、「いいことをしている」と認めてくれるようにしたい。これが田中氏の広報活動の原点だった。
 そのため、大学院で公衆衛生や統計学を学んだ。現場の実力を底上げするため、いくつかの大学に共同研究のフィールドになりたいと申し出たり、高齢者のケアに意欲を持つスタッフを積極的に受け入れた。
 そして、質の高い認知症ケアを病院のブランドに育てあげたいと強く思うようになった。プライドの持てるブランドとして確立し、それを広報活動とどう絡めていくかを考えてきた。

●認知症ケアのエビデンス 在院日数などのデータを示す
 はじめのうちは、ケアに関するエビデンスと呼べるものはなく、他の病院で行っていない事例を写真で示すしかなかった。例えば、お尻の痛い人に子供用の浮き輪を少し膨らませて座らせると長時間座れたケース、身体拘束しないため工夫を重ねた道具作りの写真などを学会や研修会で提示した。今では、平均在院日数や在宅復帰率など様々な指標で、内田病院のケアの効果を具体的に示せるようになった。
 田中氏は、病院の外で自ら話すことが広報やリクルート(人材募集)の一つと自分に言い聞かせている。講演などに呼ばれる実績が病院の評価につながり、職員のモチベーションを高める。講演依頼や取材の申し込みは、断らないようにしている。それを職員にフィードバックする。「私が呼ばれるのは、あなたたちのやっていることが評価されているから」。朝礼の挨拶で事あるごとに語っている。病院玄関の受付に置かれたテレビは、田中氏がプレゼンテーションする画面が常時映し出されている。

●身体拘束しない認知症ケアで QOLを高め、早期退院につなげる
 内田病院のブランドの強さは、「身体拘束しない認知症ケア」という他にない特色だ。地域では「あの病院に行けば認知症を専門的に診てもらえる」という評価が定着している。
 BPSDのある認知症患者に対して日常的に身体拘束が行われている実態があるが、病室内の環境やケア方法、コミュニケーションツール、服用する薬剤を調整することによってBPSDを軽減することができる。本人の発言や行動を否定せず、自己肯定感を高めることがポイントだ。身体拘束による行動抑制をしないことで、ADLが向上する。認知症の疾患特性に応じて適切なケアを行えば、早期退院、在宅復帰が十分に可能となる。
 内田病院が調べたところでは、入院して1週間は確かに手間がかかるが、3、4週間目に入ると手のかかり方は半減することが分かった。本人のQOL を高め、BPSDを軽減すれば、本人ができることが増え、そのことがスタッフの手間を減らし、やりがいやモチベーションにつながる。

●「手のかかる患者さんは当院にください」
 沼田市は人口約5万人、群馬県内の市で一番人口が少ない。人的資源が限られている中で、内田病院の職員数は5年前の380人が今では500人に増えた。新入職員も80人入った。職員の平均年齢はこの5年間42歳前後で変わらない。内田病院は、子育て中の女性が働きやすい職場として地域に知られる。田中氏自身が3人の子供を育てながら働いてきたので、子育てしている母親の大変さを体験している。子供が病気の時、休暇を取るお母さん職員をみんなでカバーする仕組みが自然と出来上がった。
 ケアの質を高めると同時に地域に対する広報活動も重視している。職員の名刺はオレンジの色付きで統一。デイサービスやデイケアの送迎車も宣伝カーのような派手なラッピングで統一し、街中を走らせている。市民に「内田病院の車がいっぱい走っているから、病院は元気がある」と思わせるのに一役買っている。
 田中氏が意識して行ってきたことがある。医師会の会合などで挨拶するときは必ず、「手がかかり、人が嫌がる患者さんは当院にください」と言い続けたことだ。急性期の病院で手がかかる患者や、家族関係がこじれて困難なケースを紹介されることが多い。「人のやらないことをやるのが、当院のレジリエンスだった。それで力がついた」と田中氏。レジリエンスとは、困難な状況に適応し生き延びる力をいう。困難事例をケアすることで病院の実力を培ってきた。
 田中氏は、職員に対しても原稿の執筆や講演を引き受けることを勧め、院外に発信できる人材の育成に励んでいる。広告費に金をかけるより「自分たちが広告塔になりなさい」という勧めだ。いろいろな媒体に名前が出ることで、内田病院とそのケアの質が少しずつ知られていく。
 フェイスブックなどSNSは早い段階から最大限に利用した。田中氏個人のページとリンクしながら月に3回のペースで「理事長通信」を発信する。フォローする人が着実に増え、その人たちが内田病院を応援し、輪が広がる。
 内田病院の広報スタンスは、現場の取組みを伝える地道でたゆまぬ努力だ。認知症ケアの実態を発信することで外部からの批判にさらされるリスクもある。それに対応することで自らブラッシュ・アップする。高めた質を再発信することで、反応がある。
 認知症は日本だけでなくアジアの課題だ。自分たちを磨きながら、質の高い認知症ケアを発信し続けることで、超高齢社会に少しでも貢献したいと田中氏は願っている。

【病院の概要】

所在地:  群馬県沼田市久屋原町345-1
代表者:  大誠会理事長 田中志子
診療体制: (入院)一般病棟49床(障害者病棟41床、地域包括ケア病棟8床)、回復期リハビリテーション病棟50床
      (指定)救急告示病院、県認知症疾患医療センター、自立支援医療機関など

 

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    附属美原記念病院 診療情報管理士 内田智久氏 (現所属 大誠会 内田病院 本部).

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    富美子 .... 日本能率協会コンサルティング ヘルスケア・プロジェクトリーダー 山中 淳一.
    ナノテクノロジィと ..... 認知症委員会委員長 内田病院理事長 田中 志子. 講演1 「ご家族
    への ...

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