第6章 診療報酬体系・介護報酬体系:「病院のあり方に関する報告書」(2011年版)

主張・要望・調査報告

「病院のあり方に関する報告書」

第6章 診療報酬体系・介護報酬体系

1.現行の診療報酬体系と介護報酬体系

 日本の診療報酬は、過去50年にわたり原則2年に一度改定されてきた。現在、その改定にあたっては、内閣が改定率を決定し、基本方針は社会保障審議会で決められる。その決定を受けて、改定内容は厚生労働大臣の諮問機関である中央社会保険医療協議会で議論されることとなっている。
 このような過程の繰り返しは、結果としてデータに基づいた論拠のある診療報酬体系の構築には程遠く、基本的に診療原価を保証したものにはなっていない。特に、「入院基本料」「再診料」等は、そのときの時勢、政治的力学が大きく関与している。
 近年発展を遂げたDPC(Diagnosis Procedure Combination、DPC/PDPS:Diagnosis Procedure Combination/Per-Diem Payment Systemともいう)制度も、基本的には個々の出来高払いの報酬から構築されており、同様の要素を含んでいる。また、療養病床の医療区分はコストデータがあるにもかかわらず、病床削減という政策誘導を目的とした不合理な点数設定がなされている。
 一方、介護報酬は2000年4月の制度開始以後、3年に一度改定されている。開始時の報酬決定は、診療報酬と異なり、コストデータに基づいたものであった。しかし、利用者の増加、保険料の調整等の多くの問題を抱え、居住費・食費の自己負担増、介護療養病床の廃止問題等、短期間に大きく経営環境が変化している。また、報酬の単価減等により、介護職員の給与が低く抑えられ、大量退職を招いたこと等が社会問題化し、緊急的介護職給与補助金制度(2012年3月まで)等が実施されている。
 2012年は診療報酬・介護報酬同時改定が行われる予定であり、多くの制度改定の下での報酬改定であり、将来の医療・介護提供体制および報酬体系の構築等の方向性を示す極めて重要な改定となる。しかも、高齢者比率の急増を迎えるのはその後であり、社会保障費負担率と診療報酬・介護報酬の改定は密接に関連して行くと考えられる。今後、資源が有限であるとの認識の下で、国民の医療・介護に対する要求レベルと提供側の可能レベルを明確にし、双方納得の行く形で報酬体系を構築する必要がある。

2.望ましい診療・介護報酬体系とは

 診療報酬体系は、下記に挙げる条件を満たすものが望ましい。

 ①医療・介護の質を高めることに寄与する
 ②医療・介護を担うものの努力を正当に評価する
 ③医療・介護の過剰・過小を廃し、効率的な医療・介護の提供に寄与する
 ④疾病と状態像の特性を十分加味し、重症度、看護度、介護度を反映する
 ⑤診療・介護に係る技術料、材料費、薬剤費等のランニングコストと、建物の初期投資、維持管理に要するキャピタルコストを各々反映する
 ⑥事務処理が比較的容易

 現行の診療・介護報酬体系を見ると、⑤に挙げられたコストの反映は極めて乏しいものである。⑥事務処理については、きわめて難解・複雑な報酬体系であり、過度に多くの事務作業が発生している。
 望ましい診療報酬体系に近づけるためには、実情把握、コストデータの収集、およびそれを反映した診療・介護報酬体系とし、無駄な規制を省き簡素化に努める必要がある。

3.支払い方式の分類

 診療・介護報酬の支払い方式は、下記のように分類できる。

・人頭払い: 医療・介護を提供する人数で支払額が決定される
・包括払い: 疾患別、状態別等のケースミックスにより支払額が決定される
・出来高払い: 個々の診療・介護行為に支払われる
・予算制: 決められた予算内で、診療・介護が行われる

 我が国の診療報酬支払い制度は、過去の出来高払い制度から、急性期入院にはDPCによる支払い制度が導入され、医療療養病床には医療区分・ADL(Activities of Daily Living)区分による包括支払い制度が導入された。しかし、一般病床には、出来高払いが多く残っており、また一律報酬+出来高(亜急性入院、回復期リハビリテーション等)のような方式も存在している。
 DPCによる支払い制度は、現行では包括と出来高の組み合わせであり、日額定額である。また、データ収集は可能であるが、コストを反映したものではない。今後は、収集したデータを利用し、より実態を反映でき、再生産のための適正な利益を確保出来る制度に発展させる必要がある。また、近い将来にはDRG方式(一入院に対する包括支払い方式)、更に質指標・アウトカム評価を取り入れた報酬体系に発展していくことが望まれる。
 一方、介護報酬は要介護度というケースミックス手法により支払限度額を定め、状態別包括支払い方式になっている。

4.外来医療の診療報酬体系

 外来医療の診療報酬支払い方式は、下記のように分類される。

・急性期: 出来高払い
・慢性期疾患: 包括払い (主としてプライマリケア医が担当する)
・専門医コンサルテーションフィー: 疾患別包括払い
・救急疾患: 出来高払い
・健診・検診等: 契約に基づく支払い

5.入院医療の病棟別診療報酬体系

 入院医療の診療報酬支払い方式は下記のように分類される。

・高度医療:保険診療以外の研究費、療養費等による支払い
・急性期:疾患別・重症度別分類による包括支払い方式
・亜急性期・回復期:状態別分類による包括支払い方式
・慢性期:状態別分類による包括支払い方式

 全日病は、本報告書等において、入院医療は病棟単位での機能分化が望ましいとしてきた。医療法では、病床を一般病床・療養病床に区分しているが、今後はその機能から急性期病棟・亜急性期(回復期)病棟・慢性期病棟に区分することが妥当と考える。

 ここでは、病棟別にその機能の概要を説明し、望ましい支払い方式を示す。

①高度医療病棟

 稀な疾患(疾患を明示的に特定する)の診療や先進医療(遺伝子治療、特殊ながん治療等)を対象疾患とする高度医療病棟の診療報酬は、医学研究的要素の強いことも考慮して、研究費、特定疾患療養費、その他の診療報酬以外の財源も考慮しながら個別に定めるべきである。

②急性期病棟

 地域(二次医療圏)基幹的病院をはじめ、急性期治療の中心となる急性期病棟の診療報酬は、疾患別・重症度別分類による包括払い方式(一入院単位)が基本と考えられるが、個々の疾患の重症度、患者の併存症・合併症に十分配慮すべきである。
 今後は、年々運用が拡大されてきたDPCによる包括払い方式が発展的に解消され、一入院単位の包括払いに変更されること、更に質指標・アウトカム評価を取り入れた報酬体系に発展していくことが望まれる。

③亜急性期・回復期病棟

 急性期後のリハビリテーション、その他引き続き入院を対象とする亜急性期・回復期病棟の診療報酬としては、状態別分類による包括払い方式(1日定額)が望ましい。

④慢性期病棟

 医療療養病棟は、2006年診療報酬改定以降、長期的入院医療を要する患者の受け入れを積極的に行ってきた。今後、「ADL区分」「医療区分」が更に医療の質向上に貢献できるよう制度の見直しを図る必要がある。
 現在、一般病床に分類されている障害者病棟、特殊疾患病棟は、今後療養病棟の一系と考えるべきである。これらの診療報酬も、療養病棟と同様に状態別分類による包括支払い方式とすべきである。

(地域一般病棟)

 急性期部分については疾患別・重症度別分類による包括払い方式(一入院単位)、亜急性期部分については状態別分類による包括払い方式(1日定額)の併用となる。

6.介護報酬の支払い方式

 本報告書では、介護保険施設の一元化を基本構想としている。従って、介護報酬の支払いは、基本的に介護費用と看護費用(医療管理部分)に限るべきであろう。そして、必要な医療については、医療保険からの支払いとし、居住費・食費は自己負担を原則として考える。また、それぞれの施設において、自ら提供可能な医療・介護機能を明示するとした。下記の項目が考えられるが、報酬の支払いについて追記する。

・医師・看護師による医療提供体制   → 医療保険
・維持的リハビリテーション提供体制  → 介護保険
・認知症対応体制   → 介護保険
・24時間看護提供体制   → 医療保険
・終末期医療・介護提供体制   → 医療・介護保険

 このように、介護保険施設の一元化を図るとともに、支払いもそのサービス内容により、介護保険・医療保険・自己負担の組み合わせで考えることが適当であろう。介護保険施設以外の高齢者住居等においても、同様の支払い方式が適応可能である。訪問看護ステーションへの支払いも、管理的医療(看護)は介護保険から、その他の看護提供は医療保険からの支払いとすべきである。

コラム:臨床指標を用いた診療報酬・介護報酬体系の展望

(医療の質と効率性)

 我が国の医療は、過去、受診容易性(アクセス)に重点が置かれていたが、現在は、質と効率性の向上が求められている。近年の医療政策における、経済効率性への偏重は、効率的な医療の名の下に医療費が抑制され、医療提供側に大きな負担を負わせることになった。このことが現在の医療崩壊の大きな要因であったことは疑いない。医療の質と効率性は、二律背反ではなく、車輪の両輪の如く、並行して展開されなければならない。医療の質と診療報酬を適切に結び付けた制度により、医療機関の経営を安定させ、同時に効率性の向上を達成するべきである。

(医療の質の評価)

 医療の質は、構造(Structure)、過程(Process)、結果(Outcome)の視点から評価される(Donabedian 1966)。現在においても、構造(Structure)の視点から、病院の規模、看護基準等が診療報酬に反映されている。今後、中央社会保険医療協議会で議論されているように、薬剤師等のコメディカルの病棟への人員配置、療養病棟、介護老人保健施設へのリハビリの人員配置も診療報酬に反映されるであろう。過程の視点からは、クリニカル・パスの適応率、診療ガイドラインの遵守、ジェネリック薬品の採用率等が指標として挙げられる。今後、医療機関に対し最も影響を与えるのは、結果の評価である。各医療機関の平均在院日数、在宅復帰率等はもちろん、各医療機関における疾患ごとのアウトカムも評価されるようになることが想定される。すなわち、診療報酬制度において、「どの行為を行ったら何点」「主病名に応じて入院料は何点」ではなく、「どの行為を行い、どのようになったら何点」「主病名が何で、入院経過(結果)がどのようになったら何点」という、所謂、質に基づく支払(P4P:Pay for Performance)への流れが推進されると考えられる。
 現在、DPC制度等により、国は個々の患者、医療機関のデータを把握し、分析している。これらのデータの開示は、医療の透明性を高め、医療の質向上に寄与することが期待される。今後、国はこれらのデータを基に臨床指標を設定し、医療機関に対して自らの医療の質を評価するものとして、データを広く住民に開示することを求め、第1段階として、開示することに対して診療報酬で評価し、第2段階として、臨床指標ごとの達成度に対応して診療報酬が規定されるようになる可能性が高い。

(臨床指標のあり方)

 地域において、大学病院、基幹病院、民間病院は、それぞれの担うべき役割があり、求められる医療のアウトカムは異なる。従って、医療の質を評価する場合、全ての病院を同じ指標で評価することは適切ではない。換言すれば、患者の状態や疾患の病期によって期待されるアウトカムは異なるため、それらを反映した指標の設定が必要である。これらを踏まえ、今後の適切な臨床指標として、疾患および病期ごとの区分けによる評価指標の設定が望まれる。

(まとめ)

 2025年には、国がデータに基づき設定した臨床指標に対する各医療機関の実績が医療機関の収益に反映される。同時に医療機関の経営指標の評価も行われる。臨床の質と経営の質のバランスが保たれているかが検証可能となることで、診療報酬制度の妥当性を評価し、制度改定に結び付くようになる。個々の病院は、診療の質を向上することにより医業収益が改善し、経営の質も向上する。すなわち、診療の質を向上することにより医業収益が増加し経営が安定する。医療機関では十分な人材確保が可能となるばかりか一定期間ごとに機器更新のみならず建物の改築等も可能となり、その機能が充実することとなり更なる質向上に繋がる。この繰り返しにより良好な経営サイクルが確立される。逆に、適切な診療成果を発揮できない医療機関は収益性が低下し存続することが困難となるが、地域における医療確保の観点からは、そのような医療機関に対する支援策もあわせて講じられる必要がある。総体として良質な診療成果を発揮する医療機関に人材が集中し、安全性の向上、さらなる医療の質の向上が推進される。我々医療提供者は、このような制度設計が可能となるよう、自ら、医療の質の向上と、情報開示に努めなければならない。