第10章 医療基本法:「病院のあり方に関する報告書」(2011年版)

主張・要望・調査報告

「病院のあり方に関する報告書」

第10章 医療基本法

 全日病は、医療のあるべき姿を国民に明示するために、医療基本法を医療界および有識者がともに検討し制定することを提唱してきた。医療崩壊が進行する中、東日本大震災後の日本再興に臨んで、いまこそ、医療のあるべき姿とそこに向かう工程表を明示すべき時機にある。
 医療基本法は、1971年の第68回国会審議で廃案になって以来、議論が断続している。しかし、それらの議論はかみ合わない。その理由は、意見の違いもさることながら、“基本法”の位置づけが異なることにある。

1.基本法とは

 基本法とは、憲法と個別法との間をつないで、憲法の理念を具体化する役割を持ち、憲法を補完するものである。しかし、既に制定されている他の分野の基本法を見ると、名称は基本法であっても、個別法に近い法律もある。
 医療基本法に関しては、最近では、患者の権利法として位置づける意見もある。しかし、基本法であるからには、患者の権利(立場)だけではなく、国、自治体を含む公、国民(受療者予備軍)、患者(受療者)、医療提供者(医療機関、医療従事者)、保険者それぞれの立場の権利と義務を含むものでなければならない。

2.第68回国会に医療基本法案提出の背景

 日本医師会は、抜本的な医療制度改革を要求して、過去に2回保険医総辞退を決定し、1961年には回避したが、1971年には保険医総辞退を行った。日本医師会会長と厚生大臣および首相のトップ会談で、その解決の条件として、12項目に合意して終息した。その1つが、社会経済の変化に対応した国民の健康管理体制、医師の供給体制等の基本的事項を計画的に実施し得る医療基本法の制定である。

3.第68回国会に提出された医療基本法案

 1971年の第68回国会に提出された医療基本法案は、医療憲章的な前文と、医療政策若しくは医療計画法的な本条全10条から成る。前文では、生命の尊重、医療の担い手と医療を受けるものとの相互信頼、医療享受の機会均等等の医療のあるべき理念を確認するとともに、この理念にのっとり医療供給体制の総合的かつ計画的な整備を図ることが、国の重要な責務であるとしている。本条では、国が講ずべき施策として、医学医術に関する研究開発の推進、医師等の養成確保、各種医療施設の体系的整備及び機能連携の強化等を掲げ、これらの施策を総合的に講ずることを国に義務づけ、その実施を担保し、かつ、計画性をもたせるために、こうした施策の大綱について医療計画を作成すべきとしている。また、地方公共団体は、国の施策に準ずる施策を講ずるほか、当該地域の特性に応じた医療の確保のため必要なその他の施策を講ずべきとされ、そのため都道府県医療計画及びその一部として自然的社会的条件を勘案して区分する地域ごとに実施すべき施策についての計画(地域医療計画)を作成することとした。

4.その後の経過

 医療基本法案廃案後の経過を見ると、地域医療計画(第1次医療法改正)、医療提供の理念の明示(第2次医療法改正)、病床の機能分化、老人保健法、介護保険法、健康増進法等、多くの部分が実現している。しかし、それらの整合性には問題がある。
 従来の医療政策は、経済的観点(医療保険制度)主導であり、医療のあるべき姿・ありたい姿(医療制度)は付随的に論じられるに過ぎなかった。論理が逆転していたのである。更にいえば、財政が厳しいから医療費抑制は当然である。しかし、質向上・安全確保はせよということであった。

5.今後の課題

 医療提供者が改善しなければならないことはある。しかし、医療提供者の努力でできることには限界があるという事実を、国民にも知っていただかなければならない。
 基本理念を明確にし、国民が求める医療はどこまでか、それにはどのような医療提供体制が必要か、その実現にはどれだけの金・人・ものが必要か、その費用の税金・医療保険・個人負担の割合をどうすべきか、という順番で考えなければならない。
 医療基本法を医療界および有識者が共に検討し制定することを再度、提唱する。

既存の基本法:

 教育基本法、災害対策基本法、中小企業対策基本法、観光基本法、原子力基本法、農業基本法、林業基本法、消費者保護基本法、交通安全対策基本法、土地基本法、環境基本法及び障害者基本法がある