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ホーム全日病ニュース(2020年)第974回/2020年11月1日号学術研究の成果を生かし、地域全体のケアの質向上に取り組む

学術研究の成果を生かし、地域全体のケアの質向上に取り組む

美原記念病院の外観

学術研究の成果を生かし、地域全体のケアの質向上に取り組む

シリーズ●民間病院が取り組む地域包括ケア③ 公益財団法人脳血管研究所 美原記念病院 法人本部長 美原玄 事務部副部長 大崎充子

 地域包括ケアシステムを構築するには、地域の医療・介護関係者の協力関係が欠かせません。地域に根差した民間病院として、地域包括ケアシステムにどう取り組むか。群馬県伊勢崎市で、脳血管疾患の専門医療を提供する美原記念病院に地域包括ケアの取り組みを報告していただきました。

はじめに
 当院が拠点とする群馬県伊勢崎市は、人口21万3,000人の地域中核都市であり、高齢化率は24.2%で、比較的若い世代が多い地域である。
 当院は、脳血管障害の急性期治療からリハビリテーション、家庭復帰までの一貫した治療を行うことを目的として昭和39年に開設された。昭和45年には文部省所管の学術研究法人として認可を受け、平成24年の公益法人制度発足に伴い、公益財団法人の認定を受けた。設立以来、脳卒中の専門病院として、質の高い医療を提供するとともに、学術研究に力を注いできた。また、研究成果を地域に還元することによって、地域包括ケアシステムの構築に取り組んできた。本稿ではその一端を紹介したい。

ケアミックスで効率的な医療を提供
 当院は、開設当初から脳卒中の専門病院として急性期医療を展開してきたが、平成の30年間で地域包括ケアシステムに軸足を移してきた。まず、平成11年の病院新築をきっかけに、ケアミックス型病院への転換を図った。一般病床を162床から 45床に縮小し、急性期を強化して専門特化することにより、脳卒中の急性期から慢性期、リハビリテーションまで、シームレスなケアを院内で提供する体制を構築した。同時期に、介護老人保健施設や訪問看護ステーションを開設し、グループ内で脳卒中の治療とケアを完結する体制を構築した。
 表1に当院の概要を示した。急性期病棟の45床はDPC対象であり、そのうち9床はSCU(脳卒中ケアユニット)である。障害者病棟では、神経難病の患者を対象にレスパイトケアを実施している。
 表2は、当院の病棟運営実績である。人員を手厚く配置し、質の高い医療を提供するとともに、リハビリテーションの早期介入によって、短い在院日数を実現してきた。その一方で、病床利用率は全国平均を上回る実績を示している。これを反映して日当点も、全国平均を上回っている。
 DPCによる病棟運営に積極的に取り組み、2012年度には機能評価係数Ⅱの順位で全国1位となった。救急医療係数、複雑性係数、効率性係数が高いことが当院の特徴である。
 2019年度の急性期病棟の実績を紹介すると、1年間の脳外科手術は311例で、そのうちの30%が緊急手術であった。t-PA静注療法は29例、緊急血栓回収術は20例だった。
 1日平均のリハビリ実施量は4.3単位、入院から3日以内のリハビリ開始率は81.6%である。
 救急搬入の件数は1,289件であり、そのうち脳疾患患者が51.6%を占める。45床の急性期病棟を効率的に活用することで、多くの救急搬送を受け入れている。
 二次医療圏の脳疾患患者の救急搬送に占める当院のシェアは2016年度で42%である。伊勢崎市内に限ると、月によって変動はあるものの60~ 90%で推移している。
 医療機能を集約し中核的な病院で多くの患者に対応することが効率的であるという考え方があるが、100%の患者を1か所に集中させることには問題がある。頻発する災害への対応を考えると、機能を分散させることにより、災害に強い体制を構築する必要がある。
 中小病院が積極的に地域の医療機能を分担することによって、地域全体でレジリエントな医療体制を構築することができる。地域医療構想においては、リスクマネジメントの観点から地域におけるリソースの配分を考えるべきであろう。

院内完結型から地域包括ケアへ
 平成の終盤に入って超高齢化社会の到来が現実のものとなると、グループ内で完結したケアを提供するだけでは地域に価値を提供することが難しい状況になった。
 高齢者の医療ニーズは一つの疾患にとどまるものではなく、いくつもの疾患や障害を抱え、入退院を繰り返す患者モデルが一般的となった。脳血管疾患については、院内・グループ内で完結することで、効率的で質の高い医療を提供することができる。しかし、地域で暮らす生活者の視点に立つと見方が変わってくる。がんや心臓疾患などの病気を抱える高齢者のニーズに応えるには、グループ内に限らず、地域全体を視野に入れて医療・福祉の関係機関と連携していくことが求められる。病期を中心とした院内・グループ内連携から、生活者を中心とした地域連携重視へと発想を転換したのである。

研究成果を地域に還元する
 ここで当法人における医療・介護体制の特徴について述べておきたい。法人の使命・意思として「急性期から在宅まで一貫した医療と介護の提供」「自宅にこだわり住み慣れた地域に還すこと」を目指している。このため、在宅系施設は有さず、患者利用者を地域に還すことを目標としている。
 また、当法人の役割・風土として、「研究機関として研究の成果を外部へ発信することを責務とし、根拠(データ)に基づく業務改善と成果の見える化」に取組み、質の高い医療を目指してきた。
 一例をあげると、当院の障害者病棟では在宅支援の一環として、在宅でケアする家族の休息のために病院で一時的に預かるレスパイトケアの入院を受け入れているが、この関係で他の法人の在宅ケア部門と連携が必要となる。パーキンソン病やALS患者のケアには専門的なスキルが必要であり、スムースな連携のためには、地域全体のケアの質の向上が必要である。このため当法人の職員を派遣して講習会を開き、専門職のスキルの向上に取り組んでいる。
 こうした取り組みは当法人の設立の理念に基づいて行っていることであるが、地域の医療・介護関係者と信頼関係をつくり、地域包括ケアシステムの構築する上で大切な取り組みであると考える。
 外部に発信する取り組みは、大別して、①行政・他の法人、②医療機関・専門職、③地域住民の三つの層があるが、このそれぞれに対して地域包括ケア構築の目的で情報発信していることが当院の特徴であると考える。
 地域住民に対しては介護予防教室などの啓発活動を実施しているほか、地域の医療機関や専門職に対して講師を派遣して講演会や研修を実施している。行政にも積極的に働きかけ、意思疎通を図っている。
 こうした活動の一つである「伊勢崎市の地域包括ケアを考える会」の経緯を述べることで、当法人の地域包括ケアに対する取り組みを説明したい。

行政のリーダーシップを待たず主体的に動く
 2012年は地域包括ケア元年といわれるが、伊勢崎市においても地域包括ケアシステムの構築を目指して介護保険事業計画が策定されることとなった。しかし、市が作成した計画は、決して満足できるものではなかった。国が示したモデルがそのまま使われていたほか、地域ケア会議の取組みも不十分だった。また、地域包括支援センターを民間委託する計画がなく、市役所内に1箇所のみ地域包括支援センターが設置されているだけでは市民のニーズに応えることは難しいと考えた。
 そこで、介護事業所を有する医療関係者が中心となって行政に働きかけようと、2014年8月に「伊勢崎市の地域包括ケアを考える会」を発足させた。当法人の理事長である美原樹は当時、「地域包括ケアは、住民が当事者であり行政に頼るだけではいけない。 自分たちの街は自分たちでなんとかしていかなければならない」と述べている。地域包括ケアを進めるに当たって、行政のリーダーシップを待っているだけでは、住民が望む地域を作ることはできないだろう。

表1 美原記念病院の概要

【標榜】脳神経内科・脳神経外科・循環器内科・リハビリテーション科 整形外科・内科・外科・放射線科

【病床】4病棟189床・ 急性期病棟(DPC 対象):45床(SCU9床含)・ 回復期リハビリテーション病棟:83床(2病棟)・ 障害者施設等一般病棟:45床・ 地域包括ケア病床 :16床

【機能】在宅療養支援病院(県からの委託業務)認知症疾患医療センター(市からの委託業務)初期集中支援チーム(法人)

【施設】介護老人保健施設、訪問看護ステーション、ケアプランセンター、居宅介護支援事業所、地域包括支援センター、診療所、特別養護老人ホーム

【職員】480名

【理念】脳・神経疾患の急性期から在宅まで一貫した医療介護の提供

 「考える会」の活動の結果、地域包括支援センターの民間委託の道が開かれ、2015年8月に地域包括支援センターの増設が決定。2016年度から、市内9圏域で地域包括支援センターが民間委託された。その中の一つとして当院もセンターを受託した。
 「考える会」の活動により、地域包括支援センターの複数設置が実現し、地域包括ケアの拠点を作ることができた。
 その後、「考える会」は活動の幅を広げ、市内9圏域の地域包括支援センターの受託法人に声をかけ、医療系の法人だけでなく社会福祉法人も加わって、活動を進めている。
 さらに会の活動を拡大するため、事務連絡会、法人連携部会、生活支援部会の三つの部会を設置した。法人連携部会では、介護事業者向けのBCP作成セミナーを開催している。
 このように「考える会」は、地域包括ケアの機動力になり、街づくりの一端を担う活動を展開している。
 地域包括ケアシステムを構築するためには、座して待っているのではなく、自分たちが主体的に動くことが大切である。行政のリーダーシップを期待して待っていても道は開かれない。与えられた条件の中で、自分たちができることに最大限に取り組むことが地域包括ケアシステムに参画していくために必要ではないかと考える。

 

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