全日病ニュース

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ホーム全日病ニュース(2020年)第976回/2020年12月1日号令和時代を生き抜く医療機関に求められる事務長とは

令和時代を生き抜く医療機関に求められる事務長とは

令和時代を生き抜く医療機関に求められる事務長とは

【シリーズ●病院事務長が考えるこれからの病院経営⑥】─病院事務長に求められる役割とスキル

 病院の経営環境が厳しくなる中で、経営の一翼を担う病院事務長の役割はますます大きくなっています。シリーズの第6回は、大久野病院(東京都日の出町)の吉田真事務長にご寄稿いただきました

はじめに
 昨年(2019年)は、当法人にとって翌年に控えた介護医療院への転換と回復期リハビリテーション病棟の基準ランクアップという2大プロジェクトを抱え、胃の痛む毎日を送っていました。その一方で、東京オリンピックの開催がカウントダウンの段階に入り、多少なりとも景気が上向きになるかもしれないといった淡い期待も胸に抱いていました。
 しかし、年が明けると一気にその様相は一変し、中国の一地方都市でのアウトブレイクと高を括っていた新型コロナウイルスの勢いは、あっという間にパンデミックとなり、全世界に暗い影を落とすこととなりました。一年前にこの状況を誰が予測できたでしょうか。
 新型コロナウイルスの感染拡大は現時点でも続いており、第三波の到来が危惧されています。当然ながら医療機関への影響も深刻で、「医療崩壊」という言葉を聞かない日はないくらい我々にとって差し迫った問題となっています。そうした中にあって、感染者の14%が医療従事者である事実に対しては日々最前線で奮闘されている皆様にこころより敬意を表したいと思います。

診療報酬算定のエキスパートとしての顔を持つ事務長
 私が医療機関で仕事に就いた1985年当時は、まさにバブル景気の匂いが世に漂い始めた頃で、医療界においては老人医療費の無料化に伴う急激な病床増加のあおりを受けた開院ラッシュが一段落した、いわゆる第一次医療法改正前夜でした。
 200床の急性期一般病院の一医事課職員として医療人人生をスタートした私が感じていた当時の病院を取り巻く環境は、「黙っていても患者さんは来る」「職員もいい人材が集まる」「業者は病院に協力的」「銀行も好意的」という言葉が示すとおり業績は増収増益、超右肩上がりで、夢のような時代でした。
 このような状況における事務長の仕事は極めてシンプルで、絶対に病棟稼働率を下げないこと、患者単価を下げないこと、そしてそのためには職員に対しては容赦なくムチを入れる、こうした役回りに徹して収益をさらに向上させていたように思います。しかし、フルスピードで前進し続けるためには、医師や医療スタッフの日常的な時間外・休日労働による下支えが不可欠であり、今日のような、働き方改革による規制があったなら到底実現はできなかったものと考えます。(出来高算定の医療機関で10日ごとの入院定期請求を行っていたことが今では信じられませんが、手っ取り早いキャッシュ化には相当効果があったのも事実です)
 医事課職員は、現場で発生する毎日の診療行為を漏らさず算定し、診療報酬に結びつけることが基本的な役割となりますが、そのためには診療報酬点数表に関する幅広い知識と施設基準を読み解く深い理解力が求められます。こうした医事課職員の地道な日々の診療報酬算定と必要なタイミングでの施設基準の見直しこそが日当点アップの源泉となるわけで、言い換えると医事課職員個々の力量が病院運営を大きく左右するといっても過言ではありません。
 しかし、本来であればこうした医事課のエキスパートとしての知識や理解力などは事務長が最初に身に着けるべきであって、たとえば自らが行った増収シミュレーションの答え合わせを医事課職員と一緒に行う―そうした仕組みが理想的な姿だと考えます。すべてを医事課職員に押し付けて結果のみを報告させるやり方では潜在化しがちな問題を見逃すリスクが高まります。
 病院運営を航海にたとえると事務長は航海士として、あらゆる地形や気象、海流、そして他の船舶の動きを把握しながら進むべき航路を選択し、危険察知能力をフル稼働して船を座礁や難破、衝突から守らなければなりません。こうしたリスクを回避するためには当たり前の基準として羅針盤や海図を読み解く力が必要となります。
 大海原と同様に広く医療界のトレンドを捉え、二次医療圏や地域における医療動向を認識し、そして診療報酬点数表を的確に読み解き、病院の方向性を決定する、まさにエキスパートとして事務長に求められる資質だと思います。
 自治体病院の事務長が大変ご苦労される背景には、診療報酬に関する知識を修得する時間がとれないことや、本庁から病院への人事異動に際して、体質的にプロパー化に踏み切ることができないこと、こうした障壁の存在が挙げられます。3~5年で本庁に戻ることを考えるとそれも仕方のないことでしょうが、慢性的な赤字体質に苦しむ自治体病院の根源的な課題はそうしたところにあると考えます。

緻密なサーベイヤー(評価調査者)としての顔を持つ事務長
 会議や委員会の場において、的確な分析手法に基づいて各種の報告を行い、病院の運営方針を明示する、このことも事務長の大切な役割の一つと言えるでしょう。こうした場面で非常に力を発揮する事務長もいる一方で、たとえば医局会議や医療安全対策会議、院内感染対策会議といった専門的な会議の場では借りてきた猫のようにおとなしくなってしまう事務長も散見します。ライセンス集団である医療機関においては、それぞれ専門分野に精通した者に任せることも大切なことかもしれませんが、主要会議においてパフォーマンスを発揮することも重要な事務長のファクターだと考えます。たとえば、「インシデント・アクシデントレポートの件数が、前月と比べて大幅に減りました」という事実に対して、「それはよかった」ともろ手を挙げて喜ぶのか、「それは逆に問題だ」と捉えて引き締めを図るのかは大きな違いです。単純に考えるとレポート件数の減少は喜ばしいことかもしれませんが、もしかすると提出すべきレポートが提出されなかっただけかもしれません。そうするともうレポートの件数を減らすこと自体に意味はなくなってしまいます。つまり、目先の件数の増減に一喜一憂するのではなくて、それぞれの部署から必ずレポートを提出するといった組織風土の形成が実は非常に重要であり、そのことを事務長自らがきちんと認識しているかがキーポイントとなります。
 一時期病院職員を離れ、医療コンサルとして病院を外側から見る機会がありました。わが身ひとつで超ライセンス集団である大学病院のコンサルに入るその緊張感たるや身震いするものがありましたが、それを可能にしたのは、第三者評価や、診療ガイドライン等の基準の理解でした。ISOや病院機能評価に求められる基準を理解すると、医療や看護を適切に展開するためには「何をどこまでやればいいのか」や、「その基準を維持するためにはどうすればいいのか」が自ずと見えてきます。それらが見えてくると病院の規模や、機能をさほど意識することなく自然とコンサルに当たることができるようになってきます。当然ながら本業として働いている医師や看護師と対等に現場仕事をこなすことはできませんが、少なくとも同じ土俵のうえで、話ができる地点までは到達することができ、齟齬のない、建設的な意見交換はできるようになります。これは今も私にとって大きな財産であり、自身のストロングポイントと自負しています。
 事務長は、事務部門のトップなのだから事務仕事に専念すればよい―確かにそうかもしれませんが、様々な現場の人間と膝を突き合わせて議論したり、真剣に意見交換したりするために欠かすことができないこうした医療・看護的な知識は事務長にとって大きな武器となりますし、携えた武器の多さがライセンス集団の中でやがて大きな効力を発揮することに間違いはありません。

コミュニケーション活性化に欠かせないファシリテーターとしての顔を持つ事務長
 前述した二つの顔は、事務長に発揮してもらいたい資質・能力と言えますが、事務長の仕事における最重要テーマは組織に求められる人材の育成だと考えます。人材育成と一言でいうのは簡単ですが、どうすればよりよい人材を育成することができるのかを考える前に整理しておきたいのが業務分掌です。業務分掌は、組織の規模や機能あるいはその醸成度により多少なりともバラつきはありますが、まず身の丈にあった業務分掌の構築が重要です。
 当院に当てはめて考えると、たとえば医事課の受付業務の一部に経理的な業務が相当数混在している状況が疑われました。一般的に医事課の受付業務というと「新患受付」「再来受付」「保険証の資格喪失等の確認」「外来カルテの作成」「外来会計」「一部負担金の受領」「レジ締め」「日報処理」が日常業務となりますが、そこに「仕訳入力」や「職員慶弔関係の手配」「職員被覆の仕分」など経理・総務的な業務が微妙に組み込まれていることがわかりました。原因としては、部署間のしがらみや、動線上の理由、システム導入に伴う措置等様々な要因があったようですが、最終的に両者間の調整は不調に終わり、業務分掌に着手できなかった事実があったようです。このようなときいくつかの医療機関で勤務経験がある事務長がいれば、たとえばステークホルダーにスポットを当てて、「患者に関すること」と「職員や業者に関すること」で線引きをして、大まかな業務分掌を構築することができたでしょう。
 こうした問題はどこの施設においても多少なりとも存在しており、「これは事務の仕事では?」とか、「これは看護部でお願いします」といった議論は日常茶飯事ではないでしょうか。その際、部門間の調整役として力量を求められるのがファシリテーターとしての事務長ということになります。業務分掌はもとより物事を決めなければならない会議や委員会においてもその担うべき役割は大きく、会議・委員会がストレスなく、実り多きものとなるか、時間の浪費に終わるかはファシリテーターの腕にかかっているといっていいでしょう。コミュニケーション活性化のための潤滑油として経験ある事務長の役割はとても大きく、業務改善、人材育成の肝といえます。

「四つの反省」をコロナ禍である今こそ強く心に刻んで
 当法人には、現在では病院案内やホームページ等どこにも掲載されていませんが、「四つの反省」というものがあります。これは、初代開設者である進藤利定がおよそ半世紀前に掲げた職業倫理といえる大変ありがたいお言葉です。

一、患者さんへの思い遣りと親切
二、誤りと偽りはないか
三、善意と友情を傷つけないか
四、すべての人に公平か

 その中で「毎日の医療業務の中で最も喜びとすることは、『大久野病院に入院して良かった、こんな親切な病院は日本中どこにもない』と言って患者さんや患者さんの家族又は福祉事務所その他関係官庁の御役人からも喜んで頂くことではないでしょうか」と医療者の喜びについて理事長としての考えが述べられています。
 ステークホルダーとして患者さん、その家族にとどまらず、関係各署の方々、さらには職員に対しても「温かい言葉と優しい態度で接し、慈しみの手を差し伸べること」、そのためにはお互いが戒め、お互いに譲り合い、信じあい、心の豊かさを求めて全職員の和を図ることが最も大切であると締めくくっています。
 禁三密、禁会話、ソーシャルディスタンスの徹底といった殺伐としたコロナ禍の今だからこそ、事務長としてこの「四つの反省」を胸に強く刻み、すべての職員が同じ方向を向くように尽力するとともに、そして医療人としてあるべき姿を実現できるように全力で取組んでいきたいと思います。

 

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