全日病ニュース

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政府がTPP交渉参加を決める。年内に最終合意

政府がTPP交渉参加を決める。年内に最終合意

【環太平洋パートナーシップ協定】
安倍首相「日本の医療制度の根幹を揺るがすことは絶対にない」

 

 安倍首相は3月15日に首相官邸で記者会見し、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定に向けた交渉に参加することを正式に表明した。
 TPPは、2国間ベースのFTA(物品の関税やサービス貿易の障壁を削減・撤廃する自由貿易協定)やEPA(投資、人の移動、知的財産保護等のルールを作る経済連携協定)と異なり、多国間で「ヒト、モノ、カネ」の動きにかかる障壁の完全撤廃を目指す包括的な協定である。2006年のシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイからなるP4協定が基となった関税撤廃の動きは、10年3月に米、豪、ペルー、ベトナムの4ヵ国を加えた第1回会合でTPP協定の交渉を開始。その後、マレーシア、メキシコ、カナダの交渉参加が実現、日本は2年遅れの12番目の参加となる。
 交渉は非関税分野の投資や知的財産のほか、環境、労働を含む21の分野に及び、まさに、国と国の間に生じる取り引きの全分野にわたる包括的協定になろうとしている。
 参加国による協議はこの3月18日に第16回会合がもたれ、年内は5月、9月の開催が決まっているが、現在、7月にも追加で開催することが検討されている。安倍政権は今年10月の大筋合意、年内の最終合意を目指しているため、米国との事前協議を経て、7月の会合から正式交渉に入ることを目標としている。
 交渉開始に向けて政府は「TPPに関する主要閣僚会議」を設置し、3月22日に第1回会議を開くとともに、同日、甘利明TPP担当相を本部長とする政府対策本部を設置した。本部の下に、交渉を担当するチームと国内調整チームからなる100人規模の省庁横断体制を敷く。特定の通商交渉でこうした特別チームを編成するのは異例のことである。
 TPP交渉の焦点として、一般には農産物の関税撤廃に関心が集まっているが、医療も重要な交渉対象の1つとなる。40兆円という桁違いの規模をもつ医療分野に対しては、とくに、医療機器等企業や保険会社の進出をうかがう米国が重大な関心を寄せている。
 TPP交渉に対して、自民党は政権復帰を決めた衆議院選挙で、「聖域なき関税撤廃を前提とする限り、TPP交渉参加に反対する」ことを公約に掲げるとともに、TPP交渉参加の判断基準を5つ示した。その中の1つが「国民皆保険制度を守る」である。
 安倍首相は、参加を表明した会見で衆議院選挙の公約に触れ、「国民との約束は必ず守る」と述べただけでなく、国会でも「(国民皆保険制度は)日本の医療制度の根幹であり、揺るがすことは絶対にない」と答弁する(3月6日の参院本会議)など、公的医療保険制度の後退・崩壊につながる交渉結果にはならないという説明を繰り返している。
 TPP交渉に強い懸念を表明する日本医師会だが、2月27日の定例記者会見で横倉会長は、安倍首相が2月の日米首脳会談から帰国した直後の同会長宛電話で、「オバマ大統領に国民皆保険の堅持について理解を求め、了解を得た」と説明したことを明らかにしている。
 安倍首相を初めとする政府のこうした判断の背景には、「これまでに得られた情報では、(TPP交渉で)公的医療保険制度のあり方そのものは議論の対象となっていない」(安倍首相=3月6日の参院本会議)、「これまで得られた情報によると公的医療保険のあり方そのものはTPP交渉の議論の対象になっていない」(甘利TPP担当相=3月18日の衆院予算委員会)、という認識がある。
 政府公表の資料「TPP協定交渉の分野別状況(2012年3月改訂)」によると、「金融サービス」の分野に、「公的医療保険制度などGATSでも適用除外となっている国が実施する金融サービスの提供は議論の対象となっていない模様。※米国は、公的医療保険制度を廃止し、私的な医療保険制度に移行することを要求していることはないと明言」との説明がある。
 その一方で、特許や上市などを対象とする「知的財産」の分野については、医薬品関連を含む個別項目で「各国の意見が異なっており、議論が続いている」だけでなく、株式会社の市場参入を含む「投資」の分野では、「市場アクセス」に関して「ネガティブ・リスト方式を基礎とする交渉を実施」とあり、高い水準の市場自由化を前提にした議論が進んでいることがうかがえる。
 このほか、新しい分野である「労働」に「貿易・投資の促進を目的とした労働基準の緩和の禁止、国際的に認められた労働者の権利保護、(中略)等について議論が行われている」との説明があり、TPPが、労働に対しても多国間の共同した基準適用を求める可能性が示唆されている。
 政府はTPP協定の締結がわが国経済に及ぼす影響を試算、3月15日に公表したが、この試算から医療は除かれた。厚労省の中には、今回の試算の算出にあたり、「前提条件が多すぎるために正確な分析ができない」という見方がある一方、「安倍首相が皆保険制度の堅持を表明しているので、それに反した想定ができないからだ」、さらには、「皆保険制度制度がTPPの対象外であることをあえて示すことで、医療保険の市場開放を求める米国を牽制するためではないか」(いずれも保険局)まで、様々な声がある。
 工業国としてTPP交渉への参加は不可避の情勢にあるが、投資家である当該企業が相手国政府に差別的政策で受けた損害の賠償を求める権利を担保するISD条項の下では、医療機器や混合診療等の小さな規制緩和が公的医療保険制度の縮減につながる可能性も否定できない。
 皆保険の根幹につながる制度改正を迫られたときに、はたしてTPP交渉を離脱できるのか―。日本政府は難しい舵取りを迫られている。