全日病ニュース

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治し支える医療でICTが人をつなげる

治し支える医療でICTが人をつなげる

【シリーズ●ICT 利活用の取組み――その①】社会医療法人祐愛会 織田病院

 人口減少・高齢化が進む中で、限られた医療資源をいかに活用して地域包括ケアを実現するか。その答えの一つがICT の活用である。ICT 利活用シリーズ第一弾は、佐賀県の織田病院。織田正道理事長(全日病副会長)に、織田病院のICT利活用の取組みをきいた。「治し支える医療」の実現に向け、入院時から退院を支援する多職種協働フラット型チーム医療や、退院後の患者を支援するMBC(メディカル・ベース・キャンプ)などが活躍し、ICT が一定の役割を果たしている。

 織田病院の待合室に入ると、金曜日の午前中にもかかわらず、外来患者が少ないことに気づいた。子ども連れの若い女性や高齢者がゆったりと椅子に腰を降ろしている。職員に尋ねると、通常よりも多い方だという。
 背景には、ICTを活用しながら、環境の変化に合わせ、効率化と医療の質向上を両立させる取組みがある。
 「昔は1日600人以上の外来がありました。ただ通院するのが大変な高齢者が増えて、地域のかかりつけ医への逆紹介を増やしました。代わりに、何かあったときの救急は我々が必ず引き受けます。その結果、外来は1日300人程に減り、代わりに紹介は月300人以上になりました。織田病院で対応が難しい患者は佐賀大学医学部附属病院に搬送しています」(織田理事長)。
 織田病院は佐賀県鹿島市にある。24時間365日の救急医療を担う地域密着型の急性期病院だ。病床数は111床で、DPC対象病院としては、最も小さい規模に属するが、年間の新規入院患者数は3千人を超える。2017年度の新規入院患者数は3,185人で、平均在院日数は12.1日。病床稼働率は99.8%で常に満床状態だ。診療報酬の急性期一般入院基本料で用いる「重症度、医療・看護必要度Ⅰ」の該当患者割合は、33.4%(直近3カ月平均)で「入院料1」の30%の基準値を超えている。
 病床をフル回転させて、医療資源を最大限有効に活用し収益を上げれば、それをICTを始めとしたシステム構築や手厚い人員体制など、医療の質を上げるために投資することできる。在院日数を短縮し、病床の回転率を上げることがその前提になるが、様々な理由で、退院が難しい高齢患者の割合が増えている。効率化だけを優先させれば、患者に不利益が生じかねない。
 織田病院は、この問題を解決するため、20年近く、ICTを活用する取組みを続けてきた。それは、①安心して在宅へ返すための院内の仕組み②退院後もケアの継続を図る仕組み③地域とともに支える仕組み─に整理できる。

 多職種協働フラット型チーム医療
 院内の仕組みづくりでは、「多職種協働フラット型チーム医療」を目指した。チーム医療は今日では当たり前だが、医師を頂点とするピラミッド型の組織では、多職種の専門性をうまく活用できないと織田理事長は指摘する。10年ほど前までは、入院時からの退院支援を行う上で、異なる職種間を調整する「リエゾンナース」の配置や地域連携室が功を奏し、円滑な運用ができていた。
 しかし患者の年齢層が上がり、85歳以上が増えると、一人ひとりにより多くの労力を使うようになり、連携に齟齬が出てきた。「多職種協働フラット型チーム医療」は、その解決策として生まれた。具体的には、各病棟のスタッフステーションに多職種が一堂に会し、患者情報をモニター機器で確認しながら、常に多職種で情報を共有し、情報交換をする体制を作り上げた。
 織田理事長は、「みんなが常にカンファランスを行っているようなもの」と説明する。スタッフステーションでは、カラフルな服装の職員が動き回る。赤は管理栄養士、黄緑は薬剤師、ピンクは看護師、紺は理学療法士といった具合だ。「多職種協働フラット型チーム医療」が機能し、専門性が発揮されるようになると、より専門性を持った職員を育成できるようになった。
 ステーションのあちこちには、大小様々なモニターがあり、リアルタイムで患者情報を示している。時々画面が点滅するのは、注意を向けるべき事態を職員に知らせる合図だった。モニターに表示される患者情報は、職員が持つタブレットの画面と同じもの。入退院支援に関する患者情報を電子カルテから抜き出し、総合管理システムでデータベース化したものを各端末で閲覧できるようにしている。

他職種が協働するスタッフステーション

 

MBCを司令塔に患者情報を共有
 退院後のケアの継続を図る仕組みでは、院内のMBC(メディカル・ベース・キャンプ)と院外で患者情報を共有する仕組みが活躍する。織田病院は平均在院日数が短く、患者・家族から「もう少し長く入院させたい」という声や、かかりつけ医から「こんなに早く(家に)戻すのか」といった声もあった。このため、退院後2週間は病院が在宅で患者をケアすることにした。かかりつけ医に引き継ぐ際に、1~2週間は空白が生まれ、その間に急激にADLが低下してしまう恐れがあるからだ。
 2週間、退院患者を見守り、必要に応じて訪問看護や往診を行う。その指令塔役を果たしているのがMBCだ。透明なガラスで通路と仕切られたMBCには、元は別の場所にいた訪問看護師や介護の職員も常駐している。部屋の正面には巨大なモニターのグーグル地図。織田病院の半径2キロメートルの範囲で患者宅やケアの提供状況が表示されている。画面は5分ごとに更新され、訪問看護などの車両の現在地が分かる。
 「病棟が近隣地域まで広がったイメージ」と神代修・連携センター課長は説明する。「病室でナースコールがあればすぐ駆けつけるのと同じように、院外でもあっても、MBCで患者の状況を把握し、必要があれば、一番近くにいる車両などに連絡し、駆けつけてもらいます」。小規模だが、消防署やタクシーと類似のシステムといえる。
 織田理事長は「半径2キロメートルに人口が密集し、どの家に行くのも5分程度」という地域の特殊性も指摘した。それより遠くの患者は、同法人が運営し、介護老人保健施設やグループホームなど様々な施設が集まる「ゆうあいビレッジ」などで一定期間を過ごす。
 患者情報の共有化では、情報を電子カルテから抜き出し、一元化したデータベースをクラウド化し、それを各端末の画面に転送する形で閲覧できるようにしている。クラウド化により、各端末にデータは保存されず、そこからの情報漏えいは生じないため、セキュリティは高い。織田病院では現在、電子カルテそのものをクラウド化し、保健・医療・介護の患者情報を一元化・共有化する試みを進めている。
 ただ織田理事長は、「クラウド化により、一定のセキリティは確保しています。でも悪意のある情報漏えいは防げません。顔の見える関係の中での活用にとどめるべきです」と強調した。

MBCの風景(左側に近隣マップがある)

 

IoT・AIで在宅見守りシステム
 自宅に戻った患者に対しては、IoT・AIを使った在宅見守りシステムがある。患者の状態を把握し、緊急事態に素早い対応を可能にするため、タブレットで声がけし、スマートウォッチでバイタル情報を収集し、カメラで転倒などの異常を察知する。医師や看護師がタブレットで特定の患者を選択すれば、患者宅でタブレットが自動で起動するため、「院内の病室見回りのように、遠隔からいつでも声をかけることができる」(織田理事長)。

見守りシステムのIoT・AI機器

 ただタブレットなどの機器に拒否感を示す患者もいる。タブレットはスマートフォンより画面は大きいが、高齢者にとっては、「誰が話しているのかわからない」といった不満もあった。このため苦手意識を示す患者には、液晶テレビで代替することにした。特に、高齢者はテレビの前にいることが多く、なじみがあることから、好評を得た。
 このような在宅見守りシステムの運用で、高齢者にアクシデントが起きた場合には、MBCのアラートが鳴る。地図に表示されている状況から、近くを走っている車両に訪問を頼むことができる。さらに、患者が使う内服管理表が不規則になると、病院に連絡が届く、AIカメラによる内服管理の取組みなども実用段階にある。
 これらのIoT・AI 機器は無料で貸し出される。退院2週間以降も使用を希望する場合は、実費について相談するという。病院の負担について、「多くの人が想像するほど高くはありません。もちろんICT機器だけでは赤字になりますが、病院の収入全体で吸収できています」と織田理事長は話した。

織田正道理事長

 

85歳以上の急増が大きく影響
 ICTの活用を含めたこれらの取組みは、時代の変化により、「治す医療」から「治し支える医療」への転換が求められている中で、患者が住みなれた地域で自分らしく最期を迎えられる仕組みづくりを考えた結果である。特に、111床の病床をフル回転させる効率的な医療経営を目指したときに、「安心して在宅に戻れる体制」を整えることが必要になったという。ICTはそれを実現するのに大きな役割を果たした。
 織田病院のある佐賀県鹿島市は、公立・公的病院がないので、競合する急性期病院は少なく、医療機能ごとの役割分担が比較的うまく機能している。その中で、高齢化が急速に進む。織田理事長は、特に85歳以上人口増の影響を強調する。85歳以上になると、要介護・認知症になるリスクが高くなる。回復にも時間を要するため、簡単には在宅に戻せない。
 患者像の変化に対して、地域包括ケアを機能させるため、織田病院はICTを積極的に活用している。織田病院の先進的な取組みは、同じ課題を抱える多くの病院の参考となりそうだ。

 

全日病ニュース2018年6月1日号 HTML版