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ホーム全日病ニュース(2019年)第947回/2019年9月1日号脳神経疾患の急性期医療から、地域包括ケアシステムへ 広報戦略が病院の業態転換をサポート...

脳神経疾患の急性期医療から、地域包括ケアシステムへ
広報戦略が病院の業態転換をサポート

脳神経疾患の急性期医療から、地域包括ケアシステムへ
広報戦略が病院の業態転換をサポート

【シリーズ●先進的な病院広報活動の紹介――その④】社会医療法人祥和会 脳神経センター大田記念病院

 先進的な広報活動に取り組む病院を紹介するシリーズの第4回は、広島県福山市の脳神経センター大田記念病院である。脳血管疾患に対する急性期医療で地域の中核的役割を担う同病院だが、地域包括ケアシステムを視野に病院のブランドイメージを変える広報戦略を展開している。減塩食を普及させるレシピ本を発刊したり、地元企業とタイアップして減塩に役立つだしパックを開発するなど、ユニークな広報活動について大田泰正理事長に聞いた。

●地域の脳卒中患者の
 7割を受入れ

 祥和会グループは、社会医療法人祥和会と社会福祉法人祥和会からなる。社会医療法人祥和会の中心は、脳神経センター大田記念病院であり、脳神経疾患に特化した急性期医療を提供する。そのほか、専門医療を担う明神館クリニックと地域のかかりつけ医を目指す沖野上クリニックがある。社会福祉法人祥和会では、地域密着型特別養護老人ホーム「五本松の家」を運営し、介護事業を通して地域社会とのつながりをつくっている。グループ全体の職員数は685人だ。
 大田記念病院は、先代の大田浩右氏が1976年に開設した大田病院(48床)からはじまる。国立福山病院に脳神経外科の専門医として勤務していた浩右氏は、自らが考える医療を実践するために開業を決断。先に開業していた夫人とともに病院を開設した。1年後にはCTを導入し、その後もMRIや顕微鏡下手術、ガンマナイフなど、日進月歩で進歩する治療技術を取り入れ、急性期医療のニーズに応えてきた。
 現在、24時間・365日の救急体制で脳血管疾患の急性期医療を提供し、福山・府中医療圏の脳卒中患者の7割を受け入れている。年間の症例数は約1,200に及び、全国でトップクラスだ。脳神経疾患に関して、地域の中核的施設となっている。


大田記念病院の外観

●地域包括ケアを視野に
 診療の幅を広げる

 脳神経疾患の専門医療に取り組んできた大田記念病院だが、高齢化に伴う環境の変化に対応するため、地域包括ケアを視野に診療の幅を広げている。
 大田泰正氏が理事長に就任したのは2006年。当時は、「急性期医療一本でいくつもりでいた」という。医療政策の方向として病床の機能分化が強調されている時期であり、「回復期や慢性期はやってはいけない雰囲気だった」(大田理事長)。50床あった医療療養病床を一般病床に転換し、ケアミックスから急性期に特化する方向を選んだ。
 ところがそれから数年後に、医療政策の風向きが変わる。少子高齢化を乗り切るため、地域包括ケアシステムの構築が政策の中心となった。
 脳卒中に特化した急性期医療だけでは経営の継続が厳しくなると判断し、法人として、「急性期医療を維持しつつ、地域包括ケアに対応する医療・介護グループ」を目指すこととした。2015年に地域包括ケア病棟を導入。訪問看護、訪問リハなどの在宅サービスの充実を図り、2018年にはリハビリスタッフを確保して、回復期リハビリテーション病棟を開設した。病棟の改修に当たっては、地域医療介護総合確保基金を活用した。また、2016年9月には、社会福祉法人を設立し、2018年6月に地域密着型特別養護老人ホームを開設している。
 こうした判断の背景には、患者ニーズの変化もある。一つは、脳卒中患者が軽症化していることだ。かつては労災や交通事故による外傷が多かったが、現在は脳卒中でも脳梗塞が主流となり、以前に比べ軽症の患者が増えた。平均在院日数も短縮し、発症早期のリハビリが重視されるようになる。自院で回復期病床を持つことでよりスムーズな対応が可能となる。年間1,200例の患者をすべて自院で対応することはできないので、3分の1の患者は他院へ紹介している。
 また、高齢化と核家族化により、退院調整に手間のかかる患者が増えている。高齢の単身者も多く、生活面も含めて対応しないと退院調整が進まない。生活保護につなぐケースもある。
 地域のニーズに応えるために介護や福祉を視野に入れ、急性期医療から回復期に診療の幅を広げる必要があったといえる。環境の変化に対応して経営の選択肢を広げる意味もある。


地元企業の協力で開発 した、
だしパックとだしつゆ

●新たなブランド
 イメージを構築

 開設以来、脳神経疾患治療に取り組んできた同病院のイメージは、地域包括ケアと距離があったのは事実だ。そこで、病院の業態転換に合わせた新たなブランドイメージをつくることになった。
 そのためにまず、病院の強みを再確認した。注目したのは、病院給食である。病院給食は「おいしくない」という評判が一般的だが、同病院の給食は、患者満足度調査で常に上位の評価を得ている。歴代の管理栄養士が食材や調味料を吟味するとともに、徹底して計量を実施。調理法を工夫して給食の改善に取り組み、病院給食の「大田メソッド」をつくりあげてきた。
 もう一つ注目したのは、同病院が脳卒中の専門病院として長年取り組んできた「減塩普及」である。脳卒中のリスク要因である高血圧や動脈硬化を減らすため、病院給食を薄味にするとともに、患者に対する栄養指導や院内の健康教室、市民向けのイベントを通じて減塩指導を積み重ねてきた。
 これらの取組みを踏まえて、減塩活動をさらに地域に広めようと企画したのが、レシピ本の出版だ。病院の40周年記念事業として、病院給食を家庭用にアレンジしたレシピをまとめ、『大田記念病院が心をこめて贈る91のレシピ』として出版した。地元の書店(啓文社)を版元とし、2016年4月に発刊。広島県内の書店で販売し、累計4,000部を売り上げた。
 あわせてレシピ本と併用する無添加のだしパックを開発した(大田記念病院が考えただしパック)。「減塩にはだしの活用が早道」と指導していたが、「具体的にどんなものを使うとよいか」と質問を受けていた。そこで、地元のメーカーの協力を得て、うま味の強いだしの開発に取り組んだ。塩、粉末醤油、砂糖、うま味調味料を一切使わず、国産の鰹節、鰯、鯖節を加工し、椎茸、昆布を加えてうま味を出した。だしパックに加え、だしつゆも開発し、今年2月から販売している。
 レシピ本やだしパックの発売に当たって、記者クラブにプレスリリースを配布。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌に取り上げられた。また、Facebookを活用して記事を配信した。
 何よりも、レシピ本とだしパックという商品がメディアとなる。レシピ本は広島県内の主要書店に配本され、だしパックやだしつゆは、県内にとどまらず全国のスーパーの店頭に並ぶ。
 健康寿命の延伸には、食生活の改善が欠かせない。地域の健康づくりに取り組む同病院の試みは、病院のイメージを変える広報活動として成果をあげている。

●広報活動を重視し
 専任スタッフを配置

 地域包括ケアの時代には、病院にかかわるステークホルダーの数が増え、コミュニケーションの必要量も増加する。同病院は、2013年に広報活動の強化を目的に、広報担当者を採用。専任で広報業務に当たっている。
 広報コミュニケーショングループの島津英昌課長は、民間企業で広報を担当した経験を持つ。プロの広報マンの存在が、病院の特徴を生かした広報戦略を可能にしている。
 広報活動は、病院の外部に対してだけでなく、内部に対しても大きな役割がある。同病院では、経営者と職員、あるいは職員同士の情報共有とコミュニケーションを図るため、院内向けの広報誌「祥和会News Letter」を発行している。広報コミュニケーショングループが編集制作を担当し、A4・8ページのNews Letter を月刊で発行。法人の経営方針や事業計画、損益の目標までわかりやすく伝えている。広報誌を通じてコミュニケーションを図ることで、職員の満足度が向上し、離職率の低下につながった。

●医師の働き方改革に
 強い危機感

 脳血管疾患の急性期医療から、地域包括ケアに守備範囲を広げることで地域のニーズに対応している同病院だが、現在、経営の根幹にかかわる問題に直面している。医師の働き方改革に伴って必要となる医師数を確保できるかという問題である。「現在の医療サービスが成立するかが一番の問題」と大田理事長は危機感を隠さない。
 医師に対する時間外労働の上限規制が適用される2024年に向けて具体的な措置が検討されているが、いまだ病院経営に対する影響は不透明である。同病院には、現在30人の医師が勤務するが、新たな規制に適応するため、仮に倍の60人の医師が必要となったとしたら、それに見合う収益を上げられるだろうか。地域の脳卒中患者の7割を受け入れる同病院が急性期から撤退することはあり得ないことである。
 医師の働き方改革とあわせ、地域医療構想、医師偏在対策を三位一体で進める改革が進められているが、この変革期をどのように乗り越え、地域医療を確保していくか─、地域の関係者の知恵が問われている。そして、その議論の場は、地域医療構想調整会議になるであろう。2025年の必要数にあわせて病床を調整することがこれまでの役割だったが、地域によっては三位一体改革のなかで、より優先度の高い課題があるのではないか。例えば、医師の偏在対策が重要課題であれば、地域全体で考える必要がある。公私の区別を超えて、地域に必要な医療機能を確保するための議論が調整会議に求められている。
 民間病院にとって存続にかかわる厳しい状況が迫っているが、こうした状況だからこそ、地域社会に働きかけ、理解を得る広報活動の重要性が高まっているのではないだろうか。

【病院の概要】

所在地  広島県福山市沖野上町3-6-28
病床数  213床(SCU18床、一般病棟床88床、地域包括ケア病棟34床、回復期リハビリテーション病棟50床)
理事長 大田泰正
顧問・名誉院長 大田浩右
院長 郡山達男
診療科目 脳神経外科、脳神経内科、脊椎脊髄外科、循環器内科、放射線科、内科、外科、リハビリテーション科、救急科、麻酔科、小児神経科、整形外科、形成外科、歯科

 

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