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ホーム全日病ニュース(2020年)第970回/2020年9月1日号新型コロナウイルス感染症を想定した病院BCPの策定

新型コロナウイルス感染症を想定した病院BCPの策定

(株)日立製作所ひたちなか総合病院名誉院長 永井 庸次

新型コロナウイルス感染症を想定した病院BCPの策定

【●特別寄稿● 新型コロナウイルス感染症の対応】―地域を視野に入れたBCPが求められる

 新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、感染症パンデミックに対するBCPの重要性が認識されています。院内感染が発生した際に的確に対応し、医療機能を維持・継続するにはBCPが不可欠。新型コロナの対応では、病院単独の事業継続にとどまらず、行政や医師会、近隣の医療機関も含めたBCPが課題となっています。新型コロナウイルスを想定した病院BCPの留意点について、永井庸次常任理事にご寄稿いただきました。

病院BCPの必要性
 事業継続計画(Business ContinuityPlan:BCP)とは感染症パンデミック、風水害、大地震などの大災害の被災時でも事前にあらゆるリスクを想定して事業継続を可能にする計画です。医療機関が診療を継続し、急激に増加する新型コロナウイルスなどの感染症患者への対応とその他の慢性疾患の患者への医療を平時よりも少ない職員で提供するための、診療継続の方法についてあらかじめ検討したものです。東日本大震災被災経験と新型インフルエンザ等対策特別阻止法(特措法)施行から、医療界でBCPの理解が深まりました。
 しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックはわが国の病院BCPの課題を露呈しています。病院単独で医療は成立しません。医療は社会と法の中に存在します。事業継続には、地域医療における自院の位置付けに基づいたBCPが必要であり、1病院単独のBCPではなく、行政、医師会、近隣医療機関との連携・共同でBCP を作成します。

新型コロナウイルス感染拡大に備えてBCPで想定すべき事態
 新型インフル特措法では、特定接種の申請にBCPが必要ですが、2019年現在、病院BCP作成率は25%に過ぎません。既存の新型インフル用BCPをCOVID-19用に改訂するか、新規に作成する必要があります。
 新型インフルとCOVID-19ではパンデミックのステージ分類が異なります。前者では未発生期、海外発生期、国内発生早期、国内感染期、小康期、再燃期に分けますが、後者では感染ゼロ散発段階、感染漸増段階、感染急増段階、感染爆発段階に分け(分科会資料)、病床の逼迫度合い、人口10万当たりの療養者数、PCR検査陽性率、人口10万当たりの1週間の新規感染者数、前週と今週の新規感染者数の比較、感染経路不明者の割合を指標に活用します。BCPとはこれらのステージに合わせた自院の病院機能の事前対応策の計画です。厚労省の患者推計モデルを参考にした地域のCOVID-19患者・重症者予想数に基づいて、自院のキャパシティに合わせたBCP を作成します。
 COVID-19用BCPでは、①実効性の事前検証、②行政・医師会・近隣医療機関との連携、③検査体制・個人防御具(PPE)の不足事態の想定、その際、保健所関連のPCR行政検査以外に、自院等の地域外来・検査センターによる保険適用行政検査の導入検討、④無症状感染者からの院内感染の想定、⑤2年以上の長期的なパンデミック継続の想定、⑥ウイルスの病態を含め行政・学会等の情報の刻々変化する事態の想定、⑦受診抑制や外来・病棟の縮小・閉鎖による病院経営悪化の想定、⑧感染・濃厚接触による自宅待機以外に患者・医療従事者へのデマや誹謗に伴う職員のモチベーション低下・離職を想定する必要があります。看護師の10~ 40%欠勤などのシミュレーションを実施して、多様な要因による職員欠勤の影響を加味したBCPを作成します。
 BCP作成に伴い、保健所対応、帰国者・接触者外来、救急外来、患者・職員発熱対応、手術・内視鏡等対応、ベッドコントロール、患者・家族対応など、COVID-19関連業務のマニュアル作成と周知が必要です。また、パンデミックだからこそ、新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)への対応を含め、情報部門の強化体制が問われます。

新型コロナウイルス感染症の院内感染において想定すべき事項
 感染対策に必要なCOVID-19情報です。①ウイルス接触後平均5~6日(1~ 14日)で発症します。②飛沫、接触感染が主体ですが、最近はマイクロ飛沫感染(換気が重要)も重要視されています。③感染力は発症前48時間から発症後8日程度です。発症直後が最大で8日目以降急速に低下します。④発症後平均5日で入院し、発症8日目あたりで呼吸困難が出現し、2~3週(現在7日)入院し、死亡例は20日程度です。⑤80%は軽微の症状で終始し、15%は重症化し、5%は重篤化(人工呼吸器、ECMO装着など)しますが、2%は無症状のままです。⑥無症状のままの感染者と症状出現前2日間の無症状時期の感染者双方に感染力があります。⑦感染源は、50%は有症状感染者、40%は無症状感染者(先の2つのカテゴリー患者)、10%は環境(接触感染)由来です。⑧感染力(実効再生産数:1.5前後)、致死率(2%前後)がある程度高い割には感染率が高くありません。院内感染ルートは、①診断された患者または疑い患者、②診断されていない、または疑われていない患者、③同僚などの医療従事者などです。病院では、患者・職員から感染を受けやすく、いったん感染が発生すると院内感染が生じやすいリスクがあります。
 BCP院内感染対策計画は、①院内発生状況把握、②PCR検査、③環境整備、④感染予防策、⑤医療提供体制、⑥病院管理で構成します。
 PCR検査は、①患者診断、②公衆衛生(行政検査)、③健康社会(企業の従業員健康管理)、④患者発生動向調査・サーベイランス(社会・経済活動)、⑤院内感染防止に活用します。しかし、その適応は原則入院治療の必要な肺炎患者でウイルス性肺炎を強く疑う症例です。軽症例には勧めない学会もあります。医療界に過度の負荷をかけないようにすること以外に、有病率の低い集団では偽陽性率が高く、偽陽性患者が感染者対応を受けるリスクがあることが、その理由です。
 しかし、現在PCRの特異度(陰性者を陰性者と判定する率)は100%近い精度で、有病率10%以下でも偽陽性は高くなく陽性的中率も低下することはありません。一方、感度(陽性者を陽性者と判定する率)は70%程度で、感染者10人に3人はPCR陽性になりません。従って、BCP 院内感染対策では、患者・濃厚接触者の一覧表作成とともに、PCR陰性でも濃厚接触者の患者・職員の2週間程度のモニタリングを入れます。
 なお、感染症指定医療機関、帰国者・接触者外来設置医療機関が検査協力医療機関を申請すれば、保健所を通した衛研等での行政検査の他に、保険適用行政検査が可能になり、保健所、自院、地域外来・検査センター(PCRセンター)、民間検査機関に検体提出できます。他の医療機関も検査協力医療機関を申請すれば同じです。申請要件は、適切な感染対策と検査実施準備(教育・訓練、マニュアル整備、責任者配置、標準手順書作成など)、検体搬送準備、PPE備蓄、陰圧ブース設置などです。検査方式は、検査ボックス、ウオークスルー、ドライブスルーがありますが、医師会等が取りまとめて都道府県に一括申請しています。
 環境整備では、ゾーニング、コホーティングを計画します。ゾーニングとは感染区域と非感染区域を明確に分けることで、院内のレッド・イエロー・グリーンゾーンを決定します。スタッフステーションを非感染区域に、脱衣等のスペースを準感染区域に設置して、感染者とそれ以外の人との動き・流れが交差しないようにします。コホーティングとは入院患者を感染者、濃厚接触者、それ以外の患者に区別し、それに従い、病室・病棟、患者・体温計などの専用用品、医療従事者を振り分けることです。環境対策、感染廃棄物の適切な処理も計画します。
 感染予防策では、教育・訓練を含めて標準予防策・感染経路別予防策の周知・徹底計画を立てます。PPE、消毒薬等の必要数・備蓄量及びサプライチェーン確保の計画が必要です。PPE不足時は厚労省の再利用に関する通知を参考にします。
 医療提供体制では、感染者との接触を減少させる業務フローの再構築・改訂が重要であり、①ガラス・プラスチック・ビニールカーテン越しの受付・薬局業務、②待機手術・慢性疾患患者診療の延期、③感染者への対応職員の制限、④原則面会禁止、⑤テレメディスン(電話診療)の採用、⑥外来玄関での体温・マスク着用などのトリアージなどを計画します。院内感染の発生と職員欠勤の影響に基づき、外来・入院の縮小・閉鎖計画の検討もBCPには必要です。病院が集合建屋か分散しているのかで、その対応も異なります。
 病院管理では、(1)職員の市中感染や同僚からの感染防止と(2)感染患者や疑い患者からの医療提供時の感染防止を計画します。(1)では、①3密を避けて行動する、②共有物を減らす、③職員食堂など集団での食事機会を減らす、④医療機器を頻回に消毒する、⑤職員の集団モニタリングを励行する、⑥発熱などの有症状の職員は出勤させず、自宅隔離を計画します。(2)では、①各種感染予防策の実施(医療従事者以外の一般職員・受付・案内係などの標準感染予防策遵守を含む)、②診察室・病棟の可能な限りの個室化(換気に注意する)、診察後の室内換気の励行(換気できない部屋ではエアコンを切り換気扇を回す、医療従事者を流れの上流に配置、患者との距離を1メートル以上離す)、③上気道・エアロゾル発生手技中のサージカルマスク・N95着用、④消毒薬含有クロスによる聴診器・体温計・血圧計などの消毒、⑤院内移動患者のサージカルマスク着用、⑥聴診器の代用で呼吸数・酸素飽和度測定による患者状態把握などを計画しますが、最後に、⑦感染を想定していなかった救急患者・入院患者からの職員感染が多いことから、非感染病棟入院患者の発熱時対応マニュアルもBCPには必要です。個人的には入院患者(手術患者を含む)、外来・救急患者、職員(一般職を含む)の定期的なPCR検査が院内感染予防には必要と思いますが、これにはPCR検査のキャパシティや感染症法など法的規制の問題があります。
 BCP院内感染発生時対応計画は、①院内感染実態把握、②発生時対応、③感染拡大防止対策、④医療提供維持対策で構成されます。院内感染発生時には、適切なPCR検査による感染源としての患者・職員のスクリーニング、早期診断による隔離、院内感染対策の実践、感染・濃厚接触者職員の補充、外来・病棟の縮小・閉鎖等が必要ですが、職員・行政・マスコミ・地域住民への説明もマニュアル化してBCPに入れます。BCPでは、部分的・全体的施設閉鎖の想定はありますが、一律の部分的・全体的施設の縮小・閉鎖想定には注意が必要です。指揮命令系統を明確化し、保健所との連携体制(患者・濃厚接触者の一覧作成とリスク評価に基づいたPCR検査、積極的疫学調査の協力、院外移動の職員・入院患者の追跡支援、感染の疑われる病棟やその閉鎖期間の指示等)、職員感染者の入院等の指示、濃厚接触者の自宅待機指示(帰宅時には公共交通機関の使用を控える)、他の職員への出勤前・出勤時の体温・体調チェックの徹底、医療提供体制維持への適切な人材配置、全職員への感染予防策の教育・訓練、感染管理委員会による職場巡視強化、リアルタイムな情報収集・共有・発信、対外窓口の設置・一元化などを踏まえて検討することが肝要です。なお、職員のデータは個人情報ですので取り扱いに注意します。

BCP策定の手順と運用
 実効性のあるBCPでなければ無意味です。BCPは職員全員、可能なら行政、近隣医療機関、医師会と共同作成します。その策定には、事業継続マネジメントシステム(BCMS:BusinessContinuity Management System) の概念を取り入れ、BCPを最新で効果的・効率的に維持・管理する仕組みが必要です。リスク評価、教育・訓練・演習、必要データの一元化などを活用し、PDCA サイクルを回し、必要な箇所を是正・改訂します。改訂のないBCP は使われない、使えないBCP です。
 当院BCPの主なところを示します。

(1)危機管理体制
 ① COVID-19対策本部体制、②BCP発動基準(本部体制:各責任者と推進体制、本部設置基準、BCP発動・解除基準)、③情報収集(自院等の医療機能・患者状況・職員就労状況等のデータ、COVID-19疫学データ、保健所・厚労省などの行政・各種学会の指示・ガイドライン)、④PPE/医薬品等の在庫・流通状況把握、⑤外来・入院・健診対応方針、⑥職員対応方針、⑦外部機関との連絡・連携体制、⑧職員・患者・地域住民への対策周知等に関する危機管理体制をBCPで構築しています。各種データをモニタリングし、BCPの想定以上の事態が生じたときはクライシスマネジメントを検討します。

(2)病院機能のパンデミックステージ別設定
 ステージ1(感染ゼロ散発段階)では、相談センターからの帰国者・接触者外来や一般外来・救急からの疑い患者の受診と保健所からの要請による感染者の感染病床(当院では陰圧室2床)入院を想定しています。外来診療では、帰国者・接触者外来の設置(設置場所、患者待機場所、受付対応口、担当部門等)、入院診療では、陰圧室・入院病室準備、入院ルート確保、医師・看護師の配置等、職員健康管理では、健康スクリーニング、PPE配備、濃厚接触者発生時の自宅待機指示などを設定しています。
 ステージ2(感染漸増段階)では、感染者が広がり、外来患者や職員(医療従事者、一般職)の感染発生の可能性を否定できない状況を想定しています。面会制限、外来の一部閉鎖(内視鏡、心臓カテーテル等:当院では人工透析、化学療法、放射線治療は建屋が離れており継続します)や縮小(長期処方、Fax処方、テレメディスン(電話診療))の検討、地域外来・検査センターの開設、訪問診療・健診機能の縮小の検討などを設定し、HCUと病棟一部の感染者用病棟への転用も検討します。入院患者に感染が発生した場合は発生病棟の閉鎖とともに、ステージ3と同様に対応します。
 ステージ3(感染急増段階)では、感染がさらに拡大し、職員・外来患者の感染とともに、単一病棟入院患者からの感染発生を想定しています。発生病棟閉鎖、外来の一部閉鎖の検討、手術制限(緊急手術のみ)、一部病棟の感染病棟への転用や健診機能の閉鎖の検討などを設定しています。社会的には飲食店等の自粛要請が予想されます。陰圧室2床、感染者用転用病棟の20%以上、HCUの20%以上に感染患者が入院している可能性があります。なお、ステージ2と3では、患者・職員の動線の検討、帰国者・接触者外来の継続、各部門対応と職員の異動・配置の見直しなどを設定しています。
 ステージ4(感染爆発段階)では、複数病棟から複数の入院患者の感染を想定しています。一部病棟の感染専用病棟への転用拡大、外来機能の縮小・閉鎖の検討、感染発生病棟の閉鎖、手術中止、入院患者・新規入院予定患者対応の見直しなどを設定しています。陰圧室2床、感染者用転用病棟の50%以上、HCUの50%以上に感染患者が入院している可能性があります。緊急事態宣言の発出を伴うかどうかは8月19日時点では明らかではありません。ステージ4が継続する場合はBusinessContingency Planを考慮しますが、感染が消長すれば消退期に入ります。
 当院ではステージ分類に沿って職員の2週間先までの行動計画をマトリックス化して公表して好評です。いずれにしても、事前にBCPとして、自院の医療機能とその運用をステージ毎にマトリックス化し、個々の導入・解除基準を決めておく必要があります。この間の各種状況を鑑みるに、病院は自らの能力・努力でこのパンデミックによる難題を克服するしかありません。職員・患者・地域を守るために、BCP策定が病院の喫緊の課題です。

【参考文献】
1)医療機関における新型コロナウイルス感染症発生に備えた体制整備及び発生時の初期対応について:新型コロナウイルスに関連した感染症対策に対する厚生労働省対策推進本部クラスター対策班接触者追跡チーム
2)(株)日立製作所ひたちなか総合病院新型インフルエンザ等対応事業継続計画書
3)新型コロナウイルス感染症診療の手引き第2.2版:令和2年度厚生労働行政推進調査事業補助金、新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業
 一類感染症等の患者発生時に備えた臨床的対応に関する研究
4)PCR検査の利用の手引き:保険適用の行政検査を中心に:日本医師会COVID-19有識者会議COVID-19感染対策におけるPCR検査実態調査と利用推進タスクフォース中間報告書解説版

 

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