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ホーム全日病ニュース(2019年)第949回/2019年10月1日号政府が医療ITに中心的な役割をはたす

政府が医療ITに中心的な役割をはたす

政府が医療ITに中心的な役割をはたす

【鼎談「医療ITの今後に関する提言」をめぐって】EHRを進めるヨーロッパ、医療ITの標準化に積極的なアメリカ

長谷川英重氏

永井庸次氏

海外の医療ITの動き情報の標準化に政府が関与


飯田 次に長谷川さんから、諸外国の医療ITの状況を説明してください。EMR・EHR・PHRの違いについてもお願いします。
長谷川 通常、電子カルテというと、病院内で情報を一元化して利用しようというもので、これはEMR(ElectricMedical Record)と呼ばれます。これに対して、ヨーロッパでは、一つの病院ではなく、地域や国全体で医療情報を使えるものにしようと取り組んでいます。これが、EHR(Electric HealthRecord)ですね。日本の電子カルテは、きめ細かい情報を集めていますが、ヨーロッパではみんなで使うことを前提にして、情報の範囲を限定し、2000年頃から国レベルで情報の標準化を進めています。
 一方、PHR(Personal Health Record)は、生涯を通じた個人の健康記録であり、異なる医療機関や施設に分散している健康・医療情報を個人単位に収集管理する仕組みです。PHRを標準化することは難しいとされています。
 ヨーロッパで進めているEHRは、GP(日本のかかりつけ医に当たります)の扱う情報を幅広く使うようにしようということです。日本の病院における電子カルテを共有する話とはレベルが違います。
 アメリカは、医療ITに関して非常に積極的な国です。2005年に法律を制定し、アメリカ全土の患者の情報を医療者が共有して診療を行うシステムをつくろうという試みが始まりました。また、情報化を司るナショナル・コーディネーターを任命しています。これは大きなポイントだと思います。
 ところがこの試みは、2008年に挫折しました。患者の情報を集めて、誰が責任を持って管理するか、そのコストを誰が負担するかというビジネスモデルができなかったのです。また、プライバシーの管理をめぐって意見がまとまらなかったという事情もあります。
 その一方で、マイクロソフトやグーグルがPHRの考え方を提案しました。個人の医療情報をこれらのIT企業に任せれば、アメリカ全土で使えるようになるというものですが、ナショナル・コーディネーターが待ったをかけました。医療情報を個々の企業に任せることはできないと言って、この提案を否定し、その後、アメリカではPHRは軽はずみに使うことができなくなりました。
 2008年にオバマ政権が登場すると、医療政策に大きな転機がありました。オバマ政権は、国の責任で医療情報の標準化を進める姿勢を打ち出し、それを実現するために3兆円を投入したのです。この資金を使って、標準的な電子カルテを開発するとともに、それを導入した病院にインセンティブの助成金を提供しました。この時の電子カルテは、非常に簡単なものです。この医療改革に最も抵抗したのは開業医ですが、抵抗を和らげるために、インターネットを活用して、誰でも使える電子カルテシステムをつくりました。紙に書いてファクスで送るようなイメージと思っていいのですが、非常に簡単な仕組みなので、瞬く間に全米に広がりました。
 大手の病院が電子カルテをみんなで使えるようにしようと取り組んでいましたが、うまくいかなかった。これに対し新しい方式は、開業医に普及しました。4年間で、病院も含めて、アメリカの90%の医療機関に普及しています。こういう形で、EHRを実現したわけです。ヨーロッパもそうですが、医療情報の標準化については、国がお金を出して責任を持って進めているのが特徴です。一見すると、ラフな面もありますが、基本的に実現しています。

FHIRが目指すものアメリカ政府のねらい


飯田 さて、FHIRの話に入りたいと思います。
 医療情報の標準化に取り組んでいる米国のHL7協会は、電子保健医療情報の相互運用性の標準規格として、FHIR(Fast HealthcareInteroperability Resources)を進めており、我が国でも、注目されるようになりました。
長谷川 FHIRがアメリカでリリースされたのは、5年前の2014年ですが、最初は恐る恐る使っていて、様子見の状況だったのです。ところが、アメリカ政府が強力に推進するようになって、ヨーロッパを含めて関心が高まっています。
 どんなイメージかというと、これまでのHL7がコンピュータを前提にした本格的なシステムであるのに対し、FHIRはスマートフォンと小さなサーバやパソコンを組み合わせた感じで、オンラインですべて対応する仕組みです。
永井 アメリカでは、政府がテコ入れして、かなり強引にFHIRを推進していますが、その理由は何でしょうか。
長谷川 FHIRは、患者と医療者が臨床データを通じてお互い共通の認識をしようという考え方に立っています。それが医療を進める上での最低の条件であるというのが、アメリカ政府の認識です。
永井 そうすると、患者もFHIRの情報を使えるということですね。患者が所有できる医療情報であり、それを医療機関も見ることができる。さらに患者は、どの病院に行っても自分の医療情報を使えるということですか。
長谷川 その通りです。
永井 患者が自らの医療情報を管理できるわけですね。今後、センサーが発達して、いろいろな生体情報が容易に収集できるようになるでしょう。それらのデータを患者が所有して、生活習慣病を管理し、自ら行動変容していく。患者が所有する医療データを医療機関に連結するという意味で、FHIRが使えると理解しています。
長谷川 患者や医療者が、あらゆる場所で情報にアクセスして利用できるというのがアメリカ政府の考えていることで、それは実現するでしょう。しかもプライバシーもきちんと保護しています。誰が患者の情報にアクセスしたか、全部ログが残るようになっています。
 さらにアメリカ政府が重視しているのは、患者のexperience(経験)です。研究成果によると、患者のexperienceが一番価値が高いことがわかっている。患者本人が経験したことや感覚などを参考にすることによって、医療の質を上げることができるからです。

活発な議論の中でFHIRが生まれる


長谷川 F H I R が生まれた基盤になったCIMI(Clinical InformationModeling Initiative、臨床情報モデリング構想)という組織があります。リーダーは、ユタ大学のStanley Huff博士で、アメリカのHL7協会の会長にもなった人です。CIMI は、2010年に世界中の医療情報のエキスパートを集めて臨床に関するモデルを検討しました。それを踏まえてCIMIは、臨床データを統一して管理できる仕組みをつくる必要があるとISOに提案しました。2012年から3年間のプロジェクトがはじまり、世界中の研究者がオンラインで議論しました。その後、CIMI はHL7の傘下に入り、作業グループとして活動しています。
 CIMIは、議論の過程ですべてのツールやレジストリをオープンにしていました。FHIRはそういう環境の中で、オーストラリアの研究者が編み出したデータモデルであり、HL7協会に寄贈されました。
飯田 FHIR は、JSON(JavaScriptObject Notation)やXML(ExtensibleMarkup Language)で記述できることが大きなメリットです。これらは、一般化された言語であり、病院のSEもわかります。もう一つは、REST(REpresentation State Transfer)が重要です。FHIR なら、JSONやXML、RESTに自動的に変換できるので、非常に汎用性が高いですね。
永井 W e b A P I ( A p p l i c a t i o nProgramming Interface)も大事な機能です。ここにいろいろなソフトを集めていくことで、汎用性が高くなり、相互運用性がよくなるのがFHIRのいいところです。
飯田 FHIRの意義は認めていますが、FHIRも完成したものではないし、問題点もあります。このまま導入するのは時期尚早であろうと考えています。

医療情報の標準化をどう進めるのか


飯田 電子カルテシステム全体を標準化しようという動きがありますが、それは無理です。ベンダーの囲い込みを排除するために、同じ電子カルテシステムをつくって、それに補助金を出すと考えているようにも見えますが、それはあり得ません。データのやり取りができるようになれば、電子カルテシステムがどの会社のものであろうとかまわないのです。そのためにデータ形式を標準化し、インターフェイスを定めておけばいい。システム全体を同じにする必要はありません。
長谷川 EMRに関しては、世界的にみても相互運用性を意識した標準はないのです。
 一方、EHRに関しては、ISOやHL7などで標準化の取組みが続けられてきました。病院間や地域間、また国をまたがって医療情報を交換できるようにするのがEHR です。
飯田 アメリカでは、EHRの定義が三つあって、basic EHR には経過記録のあるものとないもの、もう一つが全部そろっているcomprehensive EHRです。comprehensive EHRは、我々が言っているEMRに等しいものです。
長谷川 なぜそのように分けるかというと、レベルによって普及しやすさが全然違うからです。すべてを含むEHRはそう簡単に広がらないのです。最初は、データの範囲を狭くして普及させて、普及したものを基にしてデータの範囲を広げていくのが、アメリカのやり方であり、信頼を得ています。
飯田 FHIR には、80%ルールがあって、標準としては80%を決めて、現場の多様性は20%の拡張で表現しようという考え方です。これは仕方ないですが、残りの20%を勝手につくられても困るので、何らかの標準が必要です。
長谷川 とても大事な部分で、アメリカのIOM(Institute of Medicine)が提唱したやり方です。すべてをきちんと決めようとすると、無限に時間とお金がかかるので、まず80%でよしとして、あとは徐々に標準化していこうということです。
 アメリカのHL7協会でも、かなり限定した形で標準化を進めているのですが、各病院がそれをモデファイする場合のルールを標準化しています。アップデートする際に、標準に入れる部分について同意をとって標準化している。ヨーロッパでもこのやり方で進めています。標準化の進め方は、丁寧に議論し、説明する作業がものすごく大事です。
永井 標準物と実装の問題ですね。日本は、標準物を大事にするけれども、実装がバラバラで、ベンダーによって違います。アメリカでは、実装の部分についてもモニタリングして、監査しているわけです。
飯田 日本でもそこにお金を使ってほしいです。
長谷川 アメリカでは、勝手にシステムをつくらせないために様々な組織がつくられています。医療情報の標準化は、勝手にやっていたら、絶対に実現できません。何を共通にするかという意思統一をして、そのための手段やツールを用意するために予算を使っています。

医療情報化支援基金の目的を明確に


飯田 海外の医療ITの事情について聞きましたが、かなり日本の状況と差があるようです。こうした海外の動きを踏まえ、医療情報化推進基金についてどう考えるか、永井さんにお願いします。
永井 一番大切なのは、基金の目的をはっきり明示することです。何の目的で、この基金を使おうとしているのかが見えません。
 アメリカを見ると、標準物をつくる組織と標準物がきちんと実装されていることを監査する組織など、様々な組織が官民合同で立ち上がっています。これに対し、日本ではモニタリングの組織がありません。そこにお金をかけるべきだと思います。電子カルテそのもの(EMR)は個々の病院がベンダーとつくればいいと思いますが、その上の相互運用性のところは、国がきちんと仕様を公開しながら進めるべきです。
飯田 厚労省の標準に則った電子カルテに更新する場合に、補助金をつけると言っていますが、それでは相互運用性は実現できないということを強調したいのです。全体像をはっきりさせて、段階的に進めるにしても、どこから着手するかを示していただきたい。
 また、FHIRは、今のままで使えるとは思いませんが、今一番有力であり、世界標準になりつつあります。疑問点を確認しながら、日本でもFHIRを導入する準備をしてほしいし、国として取り組んでほしいのです。HELICSで標準を決めてから、それを国として決めるのは逆ではないかと思います。
 今日はありがとうございました。

 

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