全日病ニュース

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継続的な質向上の取組みで病院経営を支援 医療にTQMの手法を導入、継続的取組みが基本

【シリーズ●全日病の委員会第3回 医療の質向上委員会 飯田修平委員長に聞く】

継続的な質向上の取組みで病院経営を支援 医療にTQMの手法を導入、継続的取組みが基本

 全日病の委員会を紹介するシリーズの第3回は医療の質向上委員会。同委員会の活動は幅広く、全日病の活動を象徴する委員会の一つだ。飯田修平委員長に委員会の活動内容や医療の質向上に取り組む意義を聞いた。

DRG委員会から質向上委員会へ

―医療の質向上委員会が設置された経緯を教えてください。
 医療の質向上委員会の前身は、1997年に設置された疾病別医療行為検討(DRG)委員会です。2000年にDRG 委員会の委員長を私が引き継ぐことになり、医療の質向上(TQM・DRG)委員会に改称しました。その頃、東京私立病院協会(現在の東京都病院協会)で、医療の質を担当していたので、それを全日病で全国展開して、品質管理の考え方や手法を医療界に広めたいと考え、当時の佐々英達会長に認めていただきました。
―あらためて、医療の質向上に取り組む意義について聞かせてください。
 みなさん、口では“質”が大事と言いますが、本当に考えている人は少ないです。“質”は、ものごとの基本ですが、本気で考えると結構難しい。
 Jurun博士は「質とは顧客要求への適合である」(Quality is fitness for use)と質の定義を述べていますが、これは医療に限ったことではなくてすべての仕事に共通しています。何事も真剣に取り組もうとすれば、“質”を追求するのは当然のことで、対象によってやり方が違うだけです。我々は、医療を提供しているので、患者あるいは患者予備群が対象となります。
 また、“顧客”の意味は幅広く考えることができます。素直にとらえると「お客さん」ですが、医療においては患者だけでなく、患者の家族や病院の職員が含まれるし、行政や地域も含まれます。広く関係者と言うことができます。カタカナは嫌いですが、「ステークホルダー」という言い方もあります。
 さらに、サービスやモノそのものの質だけでなく、組織管理の質も含まれます。だから、トータルクオリティマネジメントというのです。それを医療に展開しようと20年来ずっと続けているわけです。

組織マネジメントの質を高める

―質の高い医療を提供しようとすれば、組織のマネジメントが不可欠ということですね。いつ頃から、マネジメントの大切さに気付いたのですか。
 私は、元外科医なので、チームで仕事をすることが前提になっています。
 医師だけでなく、看護師や薬剤師、放射線技師も含めたチームがあってはじめて医療を提供できるわけです。
 病院のレジデントをしていた頃は、ちょうど労働運動が華やかなりし時期で、組合が強くて検査や手術を手配するにも頭を下げてお願いしなればならなかった。おかげで、かなりマネジメントの勉強をしました。
 そういう経験があるので、チームで取り組むのは当たり前で、わざわざ言う必要もないと思っていました。チームで提供する医療の質を上げるには組織管理が重要であることを身をもって感じていました。1991年に練馬総合病院の院長になって、最初は右も左もわからず悩みましたが、組織マネジメントが大切だとわかって、それ以来、TQM に取り組んでいます。
―長年にわたって質の向上に取り組んでいるわけですが、秘訣のようなものはありますか?
 なぜ、品質管理に取り組むのかとよく聞かれます。「どうしてそんなことを聞くのか、当たり前じゃないか」と思います。芸人だろうと、スポーツマンだろうと、ものごとを突き詰めてやろうと思えば、より質の高いものを目指すのは当然です。その過程で、困難や障害があればその原因を追究して解明し、障害をなくすように取り組むのは至極当然のことでしょう。これは、どの職種・業種であっても同じです。
 ですから品質管理の関係で、一般企業の人たちと議論して何の違和感もありません。「医療は特殊だ」と考えるのはよくないと思います。
 最近、日本を代表するような企業でも、品質管理に大きな問題があることが明らかになっています。例えば神戸製鋼は、長年にわたって品質データを改ざんしてきたことがわかりました。
 品質立国と言われた日本の製造業でもこうした問題があったわけで、昔からあまり変わっていないとも言えるが、あきらめてはいけないです。基本をきちんとやるしかありません。
 でもそれが難しい。感染管理の基本は「手を洗いましょう」ということです。子供に教えるような内容ですが、なぜ、手を洗わなければならないか理由を説明して教育して実践するしかないし、その繰り返しです。
―当たり前のことを行うのは難しくて、それを継続していくのはさらに難しい。誰かが声を出さないといけませんね。
 繰り返し言い続けて、うるさいと思われるくらいやらないとダメなんです。
 私は、それを20年続けています。
 質向上の取組みがなぜ難しいかというと、終わりがないからです。これでいい、ということはなくて、継続が求められます。
 なぜ終わりがないかというと、世の中が変わるからです。これまではよかっとしても、世の中はどんどん変わっていくし、技術も日進月歩です。
 制度も変わるし、患者をはじめとする関係者の思いも変わる。これに適合するのは不可能に近いものがあるけれど、それでもやらなくてはならないということです。
 また、医療の質向上活動に取り組んでも成果が見えないと言われます。質改善の成果は、業務に組み込んでしまっているから見えにくいということがあります。このため、質向上の取組みの成果は、できるだけ本として出版することにしています。本にしておけば、誰でも知ることができます。これまで多くの本をまとめてきましたが、昨年は、薬剤の質保証と手術室の質保証に関する報告書をまとめ、出版しました。
―医療の質向上委員会のほかにも、質に関連する委員会がありますね。
 医療の質向上委員会で、質を基軸に取り組む中で、個人情報保護や医療事故調査制度にもかかわることになり、これらの委員会を立ち上げてきたという経緯があります。
 また、医療の品質管理に取り組む中で、異業種との交流も広がることになりました。品質管理学会の会長に頼まれて、医療経営の総合的「質」研究会をつくって、全日病の委員会と併行して活動を続けています。

品質管理は理論と実践が大切

―品質管理の基本的な考え方を教えてくれますか。
 品質管理では、5ゲン主義が大事だと言われています。すなわち、原理・原則に基づき、現場で現実に現物を扱うことです。きちんとした理論を踏まえた上での実践ということです。能書きも必要だけれど実践しなければ意味がないし、ただ実践するのではなく理論が必要だということです。それが品質管理だということです。
 質向上の取組みにおいては、組織管理において質を表す代用特性をとって、それをどのように評価するかが大事です。シックス・シグマという品質管理手法がありますが、製品製造工程の各種プロセスを分析して、不適合の原因を特定し、その対策をとって、不良率の引下げや顧客満足度の向上を図る手法です。
 「数値化できないものは改善できない」という考え方がありますが、すべてを数値化できるわけではないし、数値化すること自体たいへんな作業です。
 それでも医療においては効果がありました。医師は、数字には文句を言いませんから。数値をとって公表するだけで、全体が改善していきます。
 気をつけなくてはいけないのは、数値だけを良くすればいいと思う人が出てくることです。また、あまり数字の種類が多くなるのもたいへんなので、代表的な指標をどこにとるかということで考えるしかない。世界中どこでもそうやっています。
 アメリカでは、指標をとって質の管理をしないとメディケアやメディケイドを使えない仕組みにして強制的にやっています。それも大事ですが、外圧で強制するのはあまり好きではありません。現場の自主的な取組みとして行うべきです。ただしお金はかかるので、努力した者には、診療報酬がつく仕組みが必要です。医療安全の取組みも点数がついたことで普及しました。
 厚生労働省には、もっと点数をつけてほしいと言っていますが、逆に点数がつかないものはやらないということもあって、これも難しいです。
―医療の質向上委員会では、質改善に関連する研修会を数多く手がけていますね。TQM啓発研究会や業務フロー図研修会、特殊要因図研修会などがあります。
 これだけの数の研修会ができること自体、評価すべきでしょう。特に医療安全管理者養成講習会には毎年200人が参加しているので、これはすごいことだと思います。
 この講習会では、事故対応のノウハウよりも、品質管理の考え方を取り入れています。また、講義だけでなく演習を重視して、RCA(根本原因分析)とFMEA(故障モード影響解析)の2つは最低限学習することができるプログラムを組んでいます。安全を確保するには、事故が起きる原因や問題を分析して、それを修正するための対策を練らないといけません。そのためのツールを活用した演習を続けています。

医療は安全ではないことを認識する

―特定機能病院などで医療安全の信頼を損なう事例がおきています。医療の質において安全は必須の要素ですね。
 安全は、質の一つの要素ではあるが、すべてではありません。安全なら病気が治らなくてもいいですか。医療は、もともと安全ではなくて、危険なものです。薬は毒ですし、手術は障害行為であると言っています。患者への説明も精神的には大きなストレスです。もともと危険な行為をするのが医療の特徴ですし、患者も悪い状態で病院を受診するわけで、完全な健康状態に戻るとは限りません。「安全・安心な医療」という言い方には矛盾があります。
 安全の定義を知っていますか?「許容できないリスクがないこと」です。リスクはゼロにできず、許容するものであり、その程度が問題です。また、許容する主体があるわけです。
 患者が「許容できない」と考えるリスクがあったら安全ではないということになります。患者に限定して考えるだけでなく、その地域や社会がどこまでのリスクを許容するかが大事であって、地域や社会も含めた関係者の要求水準を考えるのが、総合的質経営(TQM)の取組みです。自分たちだけで、「質がいい」と言ってもダメなのです。
―最後に今後の医療の質向上の取組みについて、一言お願いします。
 医療法の第1条では、「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保」を図ることを目的とすると謳い、第1条の5では、「病院は科学的でかつ適正な診療を受けることができることを主たる目的として組織され、運営されなければならない」と述べています。質の高い医療を提供するために組織運営の大切さを再度認識していただき、日常の診療活動を見直してほしいと思います。医療の質向上に取り組むことは当たり前のようであって、実は簡単ではないことをよく理解し、日々の努力を惜しまないことです。

 

全日病ニュース2018年5月1日号 HTML版

 

 

全日病サイト内の関連情報
  • [1] 第7章 医療の質:「病院のあり方に関する報告書」(2011年版):主張 ...

    https://www.ajha.or.jp/voice/arikata/2011/07.html

    質とは効用への適合である(quality is fitness for use)、とJuranが定義している。 ......
    また、個人の努力による部分が多く、組織的な取り組み、特に総合的質経営の取り組み
    は一部で行われているだけである。 質管理に関しては、 ... その考え方に基づいて、全日
    病では、2000年には医療の質向上(DRG・TQM)委員会を設置して活動している。

  • [2] 病院のあり方に関する報告書 (2015-2016年版)

    https://www.ajha.or.jp/voice/pdf/arikata/2015_2016_arikata.pdf

    全日病は、「関係者との信頼関係に基づいて、病院経営の質の向上に努め、良質、効率
    . 的かつ組織的な医療の提供を通して、 ... の具体的な活動の基本と位置づけられ、
    各種委員会を中心に種々の取り組みがなされる予. 定である。 本報告書では、「病院の
    基本的 ...... 一部は該当する事項がある。 4.質とは何か. 質とは効用への適合である(
    quality is fitness for use)、と Juran が定義している。ISO(International.
    Organization for ...

  • [3] 第713回/2009年7月15日号

    https://www.ajha.or.jp/news/backnumber/pdf/2009/090715.pdf

    ト調査分科会は、「2008年度医療機関の部門別収支に関する調査報告」を了. 承、同
    調査 ... 調査報告をまとめた池上直己委員(慶應大学医学部教授)は、診療科収支の
    ...... 取り組みを進めるという考え方を提示. した。 ...... 医療の質向上委員会は、2001年
    6月に、 .... Juran博士によれば“Quality is fitness for use”であり、質とは顧客要求への
    適.

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