全日病ニュース
行動経済学的視点から考える医療人財マネジメント
~メディカルスタッフが最高に活躍できるための心くばり〜
行動経済学的視点から考える医療人財マネジメント
~メディカルスタッフが最高に活躍できるための心くばり〜
第1回 中間管理職が病みやすいのはなぜ?
昨今、医療現場を行動経済学の視点で見直す動きが出てきている。書籍『医療現場の行動経済学―すれ違う医者と患者』(2018年、東洋経済新報社)では、患者の意思決定支援や予防行動の促進、そして生命維持治療や急性期医療における医療者の意思決定などにおいて、行動経済学が新たな視点をもたらし得ることが示され、大きな注目を集めた。
この行動経済学の視点から病院の経営マネジメントを見直したとき、全日本病院協会会員にとって少なからず気づきが得られるのではないか。そこで前述の編著者である平井啓先生(大阪大学大学院人間科学研究科准教授)を講師に迎え、現役の病院経営者がつまずきやすいテーマを題材にディスカッションする座談会を開催し、その内容を記事にまとめた(全5回)。
第1回のテーマは「中間管理職が病みやすいのはなぜ?」とした。当企画は、病院のリーダーがチームメンバーを伸ばすことで、全体のパフォーマンスやクオリティを上昇させることの支援を目的としている。会員の皆様の参考となれば幸いである。
江口 病院のスタッフは愚直に頑張る人ばかりです。でも、頑張りすぎてしまって体調を崩してしまう人もいますよね。特に中間管理職が無理をしているように思います。せっかく大切な人材なのに…。
江口有一郎氏
石川賀代氏
石川 形骸化してるんですよね。「やめる」ことを誰かが決断しないと。「やめる」ことを決断できないから苦しみが生まれているような気がします。
平井 私はまさにそのことを看護師の管理者研修会で講演しています。数多くの業務がある中で優先順位を考えるグループワークをすると、みんな「一番優先すべきこと」を決めようとします。本当は「最もやらなくていいこと」を決めてほしいのです。
具体的には、ある急性期病院の病棟師長として35床を受け持っていると仮定して、仕事を覚えるのに人より時間を要している新人スタッフのお世話、看護部長から指示された学会発表の準備、細かいご希望をおっしゃってこられる患者さんのご家族への対応等々の中で優先順位を決めるというものです。
模範解答は「学会発表の準備ができませんと言って交渉する」です。今の状況で全部やろうと思ったら、とてもじゃないけど回らないという中で、きちんと「やめる」ことを宣言することが大事です。
平井 啓氏
平井 そうです。リーダーはリスクを容認する判断をしないといけない。リスクを認識した上で「何もしない」という行動をとれるかどうかです。リスクを回避するために仕事をそのまま下に押し付ける中間管理職がいると部下が疲弊し、雰囲気も悪くなって離職者が増えます。逆に、上に対して「このままでは過負荷で現場が疲弊してしまう」と言えるくらい肝の据わった中間管理職がいると部下はのびのびと仕事できる。つまり優先度の判断、リスク対応策の考え方ができないといけません。
行動経済学的に言うと人間は回避行動を取りがちなので、意識して損失を引き受けることが重要です。仮に上の意思決定がまずくても、中間層がある程度吸収できれば、皆が不必要なことをやらなくてもよくなります。吸収するといっても、自分が無理をして働いてしまっては、労働時間が長くなって病んでしまいます。そうではなくて、平たく言うと「うまくサボる」スキルを獲得させることが課題だと思います。中間層にサボる人がいないと現実的には回らないですよ。
石川 それに加えて、各部署の長が仕事の整理をしてあげることも大事ですよね。
平井 そういう名目の会議を作るといいですよ。
江口 それはまさに「働き方改革」ですね!
ところで、仕事を減らす話ではないのですが、なぜ上司は部下が本業以外のことを自発的にしようとすると反対するのでしょうか。例えば、各都道府県で地域の肝炎・肝がんを減らすための情報発信や支援を行う肝炎医療コーディネーター(肝Co)の養成が進んでおり、全国にはすでに2万人を超える多職種の医療職がその研修を受けています。
その肝Coの研修を受けたメディカルスタッフの話を聞くと、皆さん口を揃えて「上司の理解が得られないから肝Coらしい活動をしたくてもできない」と言います。私が研究代表者を務める厚生労働科学研究で行っている全国調査においても、それが活動の大きな壁になっているようなのです。
平井 上司が医師で下がメディカルスタッフという部署は非常に問題が起きやすいんです。上司からすると部下の職種が違うので業務内容を評価できません。そうすると管理だけを行うことになるので、追加の業務は損失としか思えない。つまり「管理できないことは認めたくない」わけです。上司がその業務を認めることによって「自分に何らかの損が発生しうる」という損失フレームで捉えるか、それとも「自分にもメリットになる」という利得フレームで捉えるかのどちらかなのですが、基本的に大きな組織になればなるほど、中間管理職は損失回避的に振る舞いやすいと思います。
江口 本業にプラスαされることはすべて「手間が増えた」「コストだ」と捉えてしまうのはもったいないですね。実は自分たちも助かることだけではなく、患者さんのお役にも立てることなのに。回避行動を取る前に、内容をしっかり聞いて判断していただきたいものです。
<登場人物紹介(敬称略)>
講師:平井 啓(大阪大学大学院人間科学研究科准教授)
先輩経営者:石川賀代(社会医療法人石川記念会 HITO病院 理事長・病院長)
新米経営者:江口有一郎(医療法人ロコメディカル副理事長/ロコメディカル総合研究所所長)
記事作成:田中留奈(伝わるメディカル/佐賀大学大学院)
全日病ニュース2022年7月1日号 HTML版
[1] 2019.11.1 No.951
2019/11/01 ...1が4.7%、療養病棟入院基本料Ⅰは. 14.6%だった。 ... HITO病院理事長の石川賀代氏は、 ... リハビリ科は、若いスタッフが多く.
[2] 公益社団法人 - 全日本病院協会 60周年記念誌
2015/11/28 ...包括ケア病棟」は、全日病の病院のあり方委員会が提案した「地域一般病棟」 ... 講師)石川賀代(社会医療法人石川記念会 HITO 病院 理事長・院長).
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